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交際ゼロ日からはじまる異世界溺愛生活

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 ある日の帰り道。ふと歩道橋の上から桜並木を見てみたくなって、目についたすぐそばの階段を上った。
 昨年からずっと取り組んでいたプロジェクトが成功し、課のみんなと祝杯を挙げたのは数時間前のこと。酔い醒ましに歩いて帰る、と告げて皆と別れた私の足取りは軽かった。
 一段飛ばしで上った先にあった景色は、言葉にならないほど美しい。
 風に揺れる枝、ふわふわ飛んでいく花びらたち。夜空に浮かぶ大きな満月と、行き交う車のライトに照らされて、きらきらゆらゆら、桜色がまばゆくたゆたう春の夜。
 上がっていた気分がさらに良くなって、よし、コンビニで追加のチューハイを買って帰ろう、と決めて歩き出す。
 鼻歌を歌いながら、一段ずつ階段を降りる。リズムに合わせて左右に体を揺らし、一歩、二歩。
 いい気分で歩を進めていたそのとき。後ろから走ってきた誰かの体が肩にぶつかる。そのまま駆け下りて行った人物に、ちょっと危ないじゃない、と抗議しようと前のめりになった。しかし酔いの回った体は言うことを聞かない。足がもつれて、ヒールが段差を捉え損ねた。
 あ、やってしまった、と思った時にはもう遅い。
 山肌を転がる落石のように、ごろごろと勢いよく体が転がり落ちていく。
 いたい、やばい、どうしよう。
 回る視界越しに、歩道のアスファルトが間近に見えた。もうすぐあそこに体が叩きつけられてしまう。
 出来る限り体を丸め、ぎゅっと目を閉じた。
 しかし、いつまで経っても衝撃はやってこない。くるくると浮遊する感覚はいまだに続いているというのに。
 そっと目を開くと、ぶわっと視界いっぱいに白い光が広がった。

「え、えええっ!? うわあああ!!!!」

 再び瞼を強く閉じても光る波が襲ってくるのが分かる。両腕で体を抱きしめたすぐあと、柔らかいものに体が衝突する。そして同時に複数の人の叫び声が聞こえてきた。

「きゃあああ!!」
「わあっ!?」
「いやああぁっ!」
「何、何なの!?」

 あれ、周りにこんなに人いたっけ……と、ぼんやりする頭で考えてみたが、よく思い出せない。

「うう…………き、きもちわるぅ…………」

 頭がくらくらする。やっと回転は止まったようだが、すぐに体を起こせそうにない。瞬きをしても、強烈な光を浴びた後遺症なのか、様々な色の残像が視界全体に浮かんでいて周りの様子が分からない。
 むかむかする胸を押さえながら唸っていると、ざわめきの内容が聞こえてくる。誰かの名前を心配そうに呼ぶ声がした。
 もしかしたら階段下に誰かがいて、下敷きにしてしまったのだろうか。
 怪我していないといいな、早く謝らないと。

「あー、すみません、だいじょうぶですか…………」
「……全く大丈夫ではないな」
「本当ですか、どこか怪我を……、あの、すみません私、……ちょっと待ってもらえますか……からだ、痛くて……あとまだよく見えないので……」

 手を動かして辺りを探る。地面だと思っていたところは柔らかく、そしてお尻の下は温かく感じる。少なくとも冷たいアスファルトではないようだ。どうやらぶつかった人の体の上に乗ってしまっているらしい。

「ご、ごめんなさい! 重いですよね! い、今動きますね、っ……いったた……うう……」

 慌てて腰を浮かせようとして激痛が走る。それもそうだ、全身を階段に打ち付けていたのだから動くのもやっとだ。相手に体重をかけないようにしようとしても、なかなかうまく行かない。

「う、うーん……、ん?」
「っ、おい……っ」
「えっ、あ、あの、すみません」

 何か掴まれるものはないかと動かしていた手が、硬い棒のような何かに触れる。それを恐る恐る擦って握りしめると、下敷きにしている体がびくっと震えた。

「……いい度胸だ」
「すみませんすみません!」

 若干の怒りの籠った声に身がすくむ。
 それもそうか、いきなり歩道橋の上から落ちてきた女に追突されたのだから。

「あの、ごめんなさ…………うわっぷ!?」

 急に腕を引かれて体が倒れる。ぐるんと姿勢が反転して、背中に柔らかい布のような感触が広がった。まるで高級な羽毛布団に寝かされたような。

「え? なんで……」

 どうして道路に布団が、と続けようとした言葉はそれ以上出てこなかった。

「ん、んんっ!?」

 唇に何かが触れている。周りから悲鳴が聞こえる。何かが倒れたような音もする。
 ぬるっとしたものが口の中に入ってきて、遠慮なく咥内をなぞっていく。何となく身に覚えのあるその感触が、自分を押し倒した人物の舌であると気付いたのは、湿った唇が離れて行ってからだった。

「――な、な、なななな」

 口をぱくぱくさせて目の前の相手を見る。徐々に回復してきた視界には、長い金の髪がさらりと顔にかかっている男が映る。彼は口の端をあげてにやりと笑った。

「それほど余に触れたいのなら手伝ってやろう」
「え、いや、え、なに、えっ!?」
「もう動けるであろう? 余の力を分け与えたのだ、光栄に思え」
「え? あ、たしかに…………って、ちからってなに……、あっちょっと!!」

 大きな手が伸びてきて、私の服を剥がしていく。ジャケットの袖を引き抜かれ、シャツのボタンを引きちぎられたところで悲鳴を上げた。

「い、や、いやいやいやこのシャツお気に入りだったのに!! っていうか何するんですか!?」
「伽の邪魔をしたのだ、そなたが責任を取って奉仕せよ」
「…………はぁ? ……とぎ?」
「見て分からんのか?」

 男は呆れたような声を出して私を見下ろす。何度も瞬きをして、私はそろりと辺りに目を向けた。

「…………え、えぇ……?」

 そこは車の行き交う道端でも、歩道橋の真下でも、真夜中の屋外でもない。だだっぴろい空間にきらびやかな調度品、着飾った――すこし、いやかなりきわどい衣装の――女の人がたくさん、そして私の上の、古代ギリシャの人が着ていたような白い布を纏った男の人ひとり。背中の柔らかいものは救助用のマットでも病室のベッドでもなく、五人はゆうに眠れそうな巨大な寝台。
 つまりは…………

「ここ、どこです…………?」
「余の寝室だ。知らないとは言わせない」

 は? 「よ」? 「よのしんしつ」ってなに????
 頭の上にはてなマークをいくつも浮かべている間に、周りに向けて手をさっと振った男は、室内にいた女の人たちを全員下がらせてしまった。
 扉がぱたんと閉じて、部屋の中は私と彼のふたりきり。衣擦れの音が聞こえるだけでしんと静まり返っている。

「あっ、え、あのーっ!! ちょっと!!」
「なんだ」
「わたしっ、本当にここがどこか分からないんです!! ここ病院ですか? あなたお医者さん?? 力って、キスで怪我を治せる人とか聞いたことないのですがわたし救急車で運ばれたんでしょうかっ! 東京のどこですか!? 環状線沿いを歩いていたはずなのですが!?!?」

 再び私の服に手をかけようとした男を何とか制して、言葉を浴びせかける。

「落ち着け」
「おおお落ち着いていられません!!」
「余は医者ではない。体液を通じて回復の力を与えただけだ。それに、きゅうきゅうしゃ? ……とう、きょう? 知らんな。そんなでまかせを言っても逃がさん」

 ずいっと顔を近づけてくる男に、首を振って抗議する。
 このままの体勢でいたら危険しか感じない。先程言っていた「とぎ」とはつまり「伽」――セックスのことに違いない。こうして今も脱がせようとしてくるし、打撲の状態を診るような雰囲気は微塵もない。
 助けてくれたとはいえ、体を差し出せと言われても。出会ったばかりだというのに急すぎやしないだろうか。

「あ、や、あああああのっ、だってわたし階段から落ちて、それで気が付いたらここにいたんですよ!? おかしくないですか!?」
「ふむ」
「なんかもう駄目かもって思ったら強い光がせまってきて、それですごい眩しくて目を閉じた次の瞬間にはあなたに追突してて、それでっ」
「――なるほど」
「え?」

 片眉を上げた彼の、紫の瞳がきらりと光った気がした。

「確かにおかしいと思ったが……そなた、『来訪者』だったか」
「え? らいほうしゃって……、きゃああああっ」

 言葉の意味を尋ねようと上半身を起こしたが、その隙にスカートの裾をまくられて、一気に引き下げられる。ボタンがちぎれてはだけたシャツに、下着とストッキングだけを身に着けた姿にされて頬に熱が灯る。

「なにするんですか! やめて!」
「やめぬ。始めたのはそなただ」
「えっわたしがどうして」
「触れただろう? 余の陽根に」
「……えっ」

 も、もしか、して…………。さっき手探りで掴んだ硬い棒のようなアレ、って、だったの!?!?!
 目を白黒させる私を置き去りにして、男は行為を進めようとする。再び背中を布団に押し付けられ、高く上げさせられた脚から器用にもストッキングが外れていく。

「ま、あ、まって、謝ります、だからっ」
「待たぬ」
「ひ、やぁっ」

 ぺろりと内腿を舐められて、ぞわっと痺れが走る。ぬるぬるする熱い舌が太腿をなぞり、大きな手のひらが臀部をかすめる。抵抗しようとする気力が抜けていってしまう。
 仕事が忙しくてしばらく彼氏もおらず、ひたすら家と職場を往復する平日。疲れ果てて溜まった家事をこなすことで終わっていく休日。そんな生活では、こんな艶めいた行為をする暇も相手もない。
 久しぶりの感覚に頭が追いついていかず、気づけばシャツさえ取り払われていた。
 重点的に脚を嬲る男は、私が快感を含んだ声を上げるたびに執拗に下半身を攻めてくる。なのに、肝心な脚の奥の秘部には触れてこない。もどかしくて膝を擦り合わせれば、下着が湿った音を立てた。

「――ふ、感じやすいのだな?」
「……! こ、れは……っ、あっ、あ、ひ、ああぁっ」
「熱いな」
「あ、う、はあっ、は、あ、やぁ……!」

 するりと脚の間に入ってきた指が割れ目を撫でる。濡れたショーツの上を往復するたびに、にちゃにちゃといやらしい水音が聞こえてくる。やがて入り口を見つけた中指が、布と一緒に中に侵入した。ショーツ越しにほんの浅く出し入れされるだけでも、どうしてか声を抑えられないほどに気持ちが良い。腰が揺れてしまうのを止められそうにない。
 男は片手で陰部をいじりながら、もう片方で私のブラジャーのストラップを肩からずり落とす。カップも引き下げられて、隠されていた乳房がぽろんとこぼれた。
 触れられてこなかったというのに、乳首はぴんと立ってじんじんと赤く染まっている。それを見て薄く笑った男は、ためらいなく乳房の先を口に含んだ。

「っあ、ひゃ、んんぅ……、そ、んな、一緒に、さわら、ない、でぇ……!」

 抗議の声は聞き届けられず、ちゅうっと尖りを強く吸われる刺激も、ゆるゆると膣をなぞっていた指が秘芽を弾く強烈な感覚も止まらない。触れられるたびに、腰骨から子宮のあたりにじわじわと、快感の種が芽吹いていく。

「や、……っもう……、っあ、ああっ!?」

 官能が弾けそうになるのを何とか逃がそうと、ふるふると頭を振る。しかし男は攻めの手を止めず、ショーツをずらして直接陰核に触れ始めた。あふれる蜜を掬ってはこりこりと指の腹で擦り、二本の指でこねるように陰部をいじめる。執拗な動きに脚がわなわなと震えて腰が浮いてしまう。途方も無い愉悦の波にさらわれてどこかへ飛んで行ってしまいそうで、思わず目の前の男にしがみついた。

「あっうぁ、っあ、ひぃ、……っく、いくぅ………っ、あ、あああぁ……っ!!」

 ぎゅっと目を閉じ、達した快感のままに声を吐き出す。びくびく揺れる体が自分じゃないみたいだ。全身から汗が噴き出してきて、疲労感が体を襲う。このまま眠れたらさぞかしぐっすりと…………。

「……っは、は、……っあ…………あ?」

 力を抜いてベッドに四肢を投げ出していたのに、ごろりとひっくり返された。ぼんやりした頭で後ろを振り返れば、口の端を上げた男と目が合った。

「余は奉仕せよと言ったのだ。まさかこのまま寝る気ではあるまいな?」
「あ……あはは、……えーっと…………」
「ひとりだけ盛大に果てておいて」
「っ、あっ」

 後ろに引き寄せられて、男の腰が臀部に当たる。どくどくと脈打つ塊は、愛液でぐちゃぐちゃになったショーツを再び濡らしていく。腰を持たれてぐりぐりと擦り付ける男の動きに、散っていったはずの昂りがまた頭をもたげてしまう。

「――幸いなことに夜は長い。余が許すまで……寝かせはしない」


 ◇◇◇


「……っあ、うっ、あ、や、あ、ああッまたっ、またいく、いっちゃう、からぁっ」
「そなたはここが好きだな」
「あ、や、あーっっ、うあっ、ひゃ、あああッッ」

 あれからどれだけ時間が経ったのだろう。
 身に纏っていた最後の下着たちも取り払われ、四つん這いにさせられた私は男の責め苦を受けていた。
 『奉仕しろ』と言う割には、男は私にフェラチオやペッティングなどをさせようとしない。自分は服は着たままで、私がイくのを楽しんでいる風だ。
 男の愛撫はどれもが的確で、軽く触れられているだけで声が甘くなる。ぶ厚い舌で腟内を嬲られ、それが出ていったと思えば長い指を入れられ、私の啼くスポットを探っていく。最初の絶頂よりも深い快感が何度も何度もやってきて、あられもない声が止まらない。これまで中でイッたことがなかったのに、一度見つかってしまえば連続でそこを重点的に弄られて、もう数えられないほど達している。

「……、っう、はぁ、も、だめ…………」

 きゅうきゅう収縮を続ける膣から男の指がズルリと抜けた。膝が震えて体勢を保てなくなってベッドに突っ伏した。肩どころか全身で息をしても、酸素が足りそうにない。ここにやってきたとき以上に頭がくらくらする。

「……来訪者」
「…………な、んですかぁ……」

 気の抜けた声で返事をする。男の方を見る余裕もない。枕に頭を任せてぼんやりしていると、ふいに体を起こされた。ふらつきながら身を任せれば、ぽすりと温かいものに頬が触れる。やや湿っていて、でもいい匂いがする。柑橘系の香水と、少しの汗と、砂の上を吹く乾いた風のような香りだ。もっと嗅いでみたくて擦り寄ると、それはぴくりと震えた。その動きが何だか面白くて、さらに頭を擦り付ける。するとぎゅうっと腕が背中に回された。くすぐったいのだろうか。思わずくすくすと笑いがこぼれる。頭上から降ってきたため息に、ちらりと視線を向ける。

「……そなた……」
「なんです?」
「随分と余裕だな」
「そんなことないですよ……ただ」
「……」
「……あったかくて、気持ちいいなって……」

 ひとに抱き締められたのはいつぶりだろうか。たとえそれが、今日初めて会って、いきなり(百歩譲って私が悪いとしても)襲ってくるようなひとであっても、嫌じゃないと思うのはどうしてだろう。
 この人なら足りない何かを埋めてくれる気がして、本気で拒めない。私以外に何人も、こんなことをする女の人がいたとしても。
 ――あの人たちは何だったんだろう。
 そこまで考えて、ふと疑問がよぎる。

「そういえばわたしたち、お互いのこと何にも知りませんね」
「あぁ……そうだな」
「新野あおばです。にいの、が名字……一族?の名前で、あおばが私の名前」
「ふむ。アオバか」
「あなたは?」
「余はダークカマル・イル・アキーユ・アルザフル」
「だー……? え?」
「ダークカマル・イル・アキーユ・アルザフル」
「…………な、長いですね」

 流石に日本人離れした容姿であるから、名前も海外風なのだろうとは思っていたが、どうにも一度では覚えられない。うんうん唸っていると、男は腕の力を緩めて私の顎に手を置いた。

「……そなたは、余をダークと呼んでよい」
「ダーク?」
「うむ。余を愛称で呼べるのは、余が許したもののみ。光栄に思え」
「……ふふ、はい、ダーク」

 偉そうに言う姿が可愛らしく思えて微笑むと、男が顔を寄せてくる。紫の、アメジストによく似た瞳が迫ってくる。部屋のランプが反射して、光が散乱する様子に見惚れてしまう。ふと唇に柔らかいものが触れて、離れていく。残された温もりが惜しくて追いかければ、ちゅ、とリップ音が部屋に響いた。
 そういえばこの人とキスするのはこれが初めてだな、なんて頭のどこかで考えているうちに、深いキスが始まる。苦しくなって薄く開いた口から、相手の舌が入り込む。ザラザラした表面同士を擦り合わせて、舌先で上顎を探って、唾液を交換する。舌を絡めたまま押し倒され、腕を彼の首に回す。キスの終わりにかぷりと噛みつくと、同じようにやり返される。喉の奥で笑う私に、男も笑みを返してきた。
 キスをしながら服を脱いでいく彼を見て、逞しい体つきに息を呑む。裸になって改めて、そのモノが平均より大きいのではというのが分かる。長さはもちろん、太さも立派なもので、歴代の彼氏たちとは大違いだ。

「……そんなにじろじろと見て、これが早く欲しいのか?」
「あ、っ、や、その…………」

 男は腰を突き出して、私のへその辺りにペニスを擦り付ける。つるつるした先から透明な液が垂れていて、それを腹に塗りつけられる。へその窪みに先端が引っかかると、挿入されたみたいでむず痒い。
 先程から体をいじられていて、この男がセックスがうまいのは分かっている。だから心の中で期待してしまっているのかもしれない。このペニスが入ってきたら、どんなに気持ちよくなれるのか。何も考えられなくなるような高みに昇らせてくれるのではないか。そう想像するだけで秘部が濡れてくる。
 普段なら、行きずりの相手とどうこうなるなんて考えられないし、卑猥な言葉なんて恥ずかしくてとても言えない。でもこの非日常な空間なら、この人なら、隠してもしょうがない、本音をさらけ出しても許される気がした。

「どうした?」

 ごくりと唾を飲み込んで、男と視線を合わせる。

「…………ほ、ほしい、です。……ダークの、……お、おっきいの」
「……」
「あ、あのっ、でもそのちょっと手加減してほしいというかっ、気持ち良すぎるのでつらいというか……っどこか飛んでいってしまいそうなので……っ」

 ゆっくりしてほしい、と続けたかった言葉は最後まで言えなかった。ゆるゆると動いていた男が腰を引いて、私の膣口に鈴口を合わせたかと思った刹那、どちゅんと奥まで貫かれる。たくさん達していたおかげで蜜で潤んでいたが、男の質量は相当なもので、息が止まりそうになる。衝撃を逃すために浅く呼吸を繰り返しても、みちみちと胎内を広げる圧力に苦しくなる。

「あ、う、あっ、ふ、うぅ……っ」
「……力を抜け」
「あ、や、やって、ます……、んっ、けど……っ」

 意識すればするほど、どうしたらいいか分からなくなる。うっすらと目尻に涙が滲む。ふう、とひとつ息を吐いた男の唇が降ってきて、額と頬、鼻、唇を啄んでいく。ぺろりと歯列を舐められて、いつの間にか噛み締めていた奥歯の力が抜けていく。

「……ん、ふう……」
「ん……」

 鼻にかかる声がふたりの耳に響く。くちゅくちゅと唾液を塗り込んで、互いの舌を絡めている間に、男がゆっくりと動き出して抜き差しを始めた。
 ずぷずぷと埋めて、またぬるると出ていく。また挿れられて奥にこつんと先端が当たり、小刻みに角度を変えて子宮口を突く。熱い幹で襞を擦られて、亀頭の段差で感じる位置を刺激されて、徐々に苦しさが快感に変わっていく。蜜の量もどんどん増えていく。男が動くたびに鳴る水音がより大きく聞こえてきて、頬に朱が走る。ゆるく閉じていた瞼をそっと開ければ、紫の瞳が私を見つめていた。挿入する前よりも、もっと熱を持っているように見えるのは勘違いではないはずだ。額に浮かぶ汗が愛しくて、思わず私からキスをねだった。

「……、ん、ダーク……っ、ん、あっ」
「……っ、どう、した?」
「きもち、いい、の………っ、ダークはっ?」
「……あぁ、そなたの中は、きつくて、うねっていて……っ、良い……っ、とても……」
「……、へへ、うれし……おんなじだぁ、……っん」
「……っ、そなたは……っ」
「んっ? あ、ダーク……? ひゃっ」

 へらりと笑えば、中で動く熱がさらに高まった気がした。私の側に置かれていた両腕が下りてきて腰を掴んだかと思うと、それまでの優しい動きから一転、激しさを伴うものへと変わる。じゅぷじゅぷと愛液が混ぜられて、奥をこじ開けるように突かれて、入ってはいけないところまで広げようとするみたいに男の腰が私の体と密着する。それから一気に腰を引かれて、亀頭まで全て抜けそうになるのに惜しむ声を上げれば、男はくっといたずらな笑みを浮かべながら再びひと息に膣を蹂躙する。ばちゅ、ばちゅ、と皮膚同士がぶつかる。逞しい男根が胎内を行き来して、ばちばちと目の前に光が散った。

「ダーク、だー、くぅ……っ」
「……アオバ……っ」

 ぐいぐい突き上げられて、彼を逃さないとばかりに膣が勝手に締め付ける。指でイかされていた時よりもっと、深くて強い渦に呑み込まれそうだ。涙で滲む視界にぼんやりと映る金色に縋りたくて腕を伸ばす。触れた肌が温かくて口元が緩む。腰から離れた男の手が私のものに重なって、首に回すように誘導された。残った力でしがみつき、男の背中に爪を立てる。

「んんぅ、もう、っあ、だっ、ダーク……いく、いく、うぅっ」
「ん、……余もっ、もう……っ」
「あ、ああ、あ、は、ぁあー……っ」
「……っく、う…………っ」

 膣の腹側を亀頭のエラで力強く擦られて、全身に震えが走る。足の指がぎゅうっと丸まって、だらしない声が漏れる。私が達してすぐに、彼のペニスも一層膨らみ硬さを増した。彼はぐっと腰を進めて動きを止め、鈴口を最奥の子宮口につけたまま、びゅくびゅくと熱を吐き出す。精液が出ていくごとに幹が震えて、その感覚にさえ反応してしまって息が上がる。すぐには降りてこられなさそうな絶頂に身を任せて目を閉じた。

「ん……、く、はぁ…………」

 抱き締めた熱い体から、ふわりと香るいい匂い。それが鼻をくすぐって、私を落ち着かなくさせる。達したばかりだというのに、もっと欲しくなってしまう。
 でも流石にそろそろ寝ないと体力の限界だと、体のあちこちが悲鳴を上げている。徹夜続きだったし酒も飲んでいたし、寝かせてもらおうと腕の力を抜いた途端、横になっていた体を起こされる。未だに硬さを保って膣内に居座る幹に下から貫かれた。

「っあ、や、な、なんで……っ」
「まだ足りない」
「えっうそ、えっ、あ、やっああっ」
「一度で済むと思ったのか?」
「や、やぁっもう、わたし、むりぃっ」
「無理じゃない。回復の、ちから……また、分けてやっただろうっ」
「ひゃ、あ、っ、あっ、あ、ぁっ!」

 向かい合わせになり、男は腰を突き上げて私を揺さぶる。男の出した白濁が加わったからか、ぐちゅ、ぶちゅ、と、より淫靡な音が響いて止まらない。
 そこで私は重大なことに気がついて、慌てて男の腕の中から逃れようとした。

「ね、ねえっ、ダークっ」
「ん……、なんだ」
「ひ、ひにんっ、避妊っしてないっ」

 コンドームなんて持っていなかったし、男も挿入する前につけていた様子はなかった。射精したあとも抜かずにいたため今気付いたが、明らかに中から、恐ろしい量の精液が垂れてきている。

「ねぇっ、抜いて、っあ、せーえき、なかから、出さないと……っ」

 私がそう言って体をひねると、男は眉をぐっと寄せて腕に力を込めた。

「必要ない」
「な、そん、なあっ、あ、やっ」

 暴れる私を押さえながら、男は動き続ける。正常位でしていたときと当たる位置が変わって、子宮口を舐め回すように突く動きに腰が揺れてしまう。また絶頂へ導かれていく。
 逃げ出さなきゃいけないのに、あの快感がもっと欲しくて、膝が震えて立ち上がれない。
 善がる私に、ずいっと顔を近づけた男が耳元で囁く。

「――このまま出すぞ」
「……!」
「……、っ」
「あう、あっ、あ、ひゃ、あ……っ」

 どすんと腰を突き進められ、先端から熱がほとばしる。二回目だというのに、勢いは先程と同じか、それよりも激しい。膣内は感覚が鈍いと聞くけれど、びゅうびゅう出される精液の熱さをまざまざと感じる。

「ん、ね、ねぇ、もう、いいでしょ……にかいも、したし……っ」
「どうして」
「どうしてって…………こ、子供でもできたら、どうするの……」

 私の言葉に、中のペニスがぴくりと動く。彼は恐ろしいことにまだ硬く元気で、隙間なくぴっちりと私に嵌っている。

「アオバ。これは伽だ、と言ったな」
「は、はぁ……」
「余は子孫を残す義務がある。ゆえに、子作りのための夜伽は必要だ」
「え、ええ、そう……なんです、ね?」
「ああ。そしてそなたは、来訪者だ」
「あ、あの……はい、それはそうなんでしょうけど、その、私が来訪者?とかいうものだとして、それがこれとどう関係が……」
「ある」
「えっ、あっ、ちょ、ちょっとダークっ、んんっ」

 律動を再開した彼に非難の目を向ける。肩をぽかぽか叩いて、笑う膝を叱咤して立ち上がろうとしても、がっちりと背中と腰を掴まれていては抜け出せない。
 睨む私に、なぜか満足そうに笑って彼は言う。

「……、来訪者とは、遠い世界からやってきて幸をもたらすもの……、その者たちは高い生殖能力を持つと言う。そして、初めて目にした者と最も相性が良く、ん……、恋に落ちると言い伝えられている」
「…………えっ、……っあ、え、ええっ!?」
「そなたが初めて見たのは余であろう?」
「……っ、や、あ、そ……そう、だけど……っ」

 ここにやってきて、よく見えなくて、彼にキスされてから視力が戻ったことを思い出す。そのときに私の視界いっぱいにいたのは、目の前の、イケメンだけど偉そうで傲慢そうで、でも優しいキスをくれるひとだった。
 だから、触られても嫌じゃなくて、好ましい香りに惹かれたのだろうか。
 私はもう、恋に落ちているのだろうか。

「この世界では、年に一度、ある日にしかヒトは受胎しない。しかもそれは絶対妊娠するものではない。だが……、来訪者は違う」
「ふっ、うっあっ、あ……っ、な、なに、がっ」
「……男の来訪者は女を孕ませ、女はこの世界の男の子を孕むことができる。特定の日でなくともだ」
「そ、れって……っ、あっ、や、っうう」
「だから余がそなたを離すはずがなかろう?」
「そんな勝手な、あっ……!」

 この国の言い伝えだとしても、自分もそうだとは限らない。出会ったその日に子作りしろと言われても困る。前回の生理の時期からして、排卵日まではまだ時間はあるはずだから、このセックスで妊娠してしまう可能性は低い。だけど確率は低くても、まったくない訳ではないのだ。

「そろそろ世継ぎを、とせっつかれていたのだ。この好機、逃さんぞ」
「ん、あうっ、や、でもっ、わたしっあなたのこと、っなんにも、知らない……っのに……っ」
「それはお互い様だろう? それに嫌なら殴ってでも逃げれば良い。……逃げられるならな?」
「そ、れは……っ」

 彼について知っていること。
 名前と、容姿と、多分偉い人なんだろうということ。
 彼の見た目は確かに好みだ。声も聞いていて心地いいし、セックスもうまいし…………ちょっと強引すぎる気もするが、今のところ乱暴に扱ってくることはない。
 ――夫にする相手としたら、実はいいこと尽くめなのではないだろうか。
 結論の出ないまま悶々と考える私を見て、彼は片眉を上げて私にキスをする。

「んっ、ん……ダーク……?」
「集中してもらいたいものだな」
「や、んっあ、あっ、あうっ」

 ちゅ、と私の額にキスしながら、男は腰を回して中をえぐり始めた。右手で背骨のラインをなぞり、空いた左手で胸の尖りをこりこりとこねる。ぴんと弾かれて快感に喉を晒せば、唇が首筋に吸いついて、ちりりと痛みが走る。

「アオバ……」
「だ、ダーク、っん、あ、あっ」
「こんなに、際限なく抱きたいと思うのは……っ、そなたが初めてだ……っ」
「あ、っ、んんっ、……っうぁ、ひ、あっ」
「いくらでも出せる、……っ、アオバ……!」

 舌を絡め合いながらベッドに押し倒される。膝裏に手を置かれて、膝が胸につくくらいに体を折りたたまれた状態でペニスを打ち付けられる。苦しい、けれど気持ちいい。逃さないという彼の欲をまざまざと感じて、嬉しささえ湧き上がる。
 理性と本能が戦っていたけれど、目の前のひとを感じたいという欲求が勝った。とめどない快楽に思考が流されていく。
 交際ゼロ日で結婚するニュースを聞いたときは、そんなのありえないと思っていたけれど、案外アリなのかもしれない…………。

 正常な意識を保てたのはそれが最後だった。
 喉から出ていくのは喘ぎ声だけで、とろんとした視界には、目元を赤く染めて私を求める男だけが映る。
 行為はそれからも続いて、ベッドで二度、浴室で一度中に出された。再び寝室に戻ってきてからは数えていない。白む空を感じながら、彼のペニスが抜けていったあと、ごぽりと白濁が流れていくのをもったいなく思ったのがその日最後の記憶だ。


 ◇◇◇


 翌日、部屋と私の惨状を目の当たりにした召使いたちは戦慄したそうだ。
 ダークはいくら夜伽のための女性を呼んでも、ここまでひどく(?)扱ったことはなかったそうで。至るところに情事の跡が残っていて、感動するとともに少し驚きました、と朝食を運んできてくれた侍従長さんは涙を浮かべていた。
 それで私が『来訪者』であると知って、みんなは納得したらしい。
『来訪者』は彼の言った通り、訪れた国に幸福をもたらす者であり、初めて目にした者と恋に落ちる。その人と結ばれることがほとんどだそうだ。
 しかしそれだけではなかった。何でも、『来訪者』は向こうの世界で死ぬはずだった人が何らかの理由でこちらに呼ばれるため、もう帰れないと言うのだ。
 最初にそれを聞かされたときには動揺して取り乱したが、もし向こうに戻れたとしても、死ぬと決まっているのならどうしようもない。こちらで生きられるのはラッキーなのだと前向きに考えることにした。
 そして、最も驚いたのは……。

「アオバ」
「ダーク、おかえりなさい」

 私は読んでいた本を閉じた。立ち上がり、書斎に入ってきた人物に声をかける。

「また本を読んでいたのか?」
「はい。この国についてなんにも知らないんですもの、ちょっとは勉強しなきゃ」
「それは熱心なことだ」

 彼は相好を崩して私の頭を撫でる。腕に嵌る、じゃらじゃらとした腕輪たちがきらりと揺れた。
 彼の正装である、きらびやかな装飾に身を包んだ姿は何度見ても見慣れない。その指に、この国でひとつしかない最高級の指輪が嵌っているのだからなおさらだ。

「そなたの勤勉さを大臣たちにも見習ってほしいものだ」
「ははは…………」

 ダークはこの国、晨明国しんめいこくを治める王様だった。
 あっちの世界で実物の王様に会ったことなんてなかったから、教えられたときはどんな態度を取ればいいのか、これまでにしてきた言動や行動は不敬だったのでは、と目を白黒させた。しかし彼は、「そなたはこれまで通りでよい」と許してくれた。
 確かに、こんな広くて豪華な部屋を使っていて、たくさんの女の人たちを侍らせていて、しかも一人称が「余」だったら……そりゃあ、皇帝か王様か、とんでもなく偉い人に決まっている。こちらにやってきたときに、それら全てを目と耳にしていたはずなのに気付けなかった。あのときの私は相当混乱していたのだろう。

「……アオバ」
「あ、はいっなんでしょ……」

 思考の波に呑まれていた私の唇に、彼のそれが重なる。触れるだけで離れていった顔に視線をやると、少し不満そうな紫と目が合った。

「何を考えている?」
「あぁ、えっと…………あなたのことです」
「余のこと?」
「はい。ここに来てから10日ほど経ちますけど、色々あったなぁって……うわっ!?」

 そう言うや否や、彼は私を抱き上げる。すたすたと歩いて部屋を横断し、次に降ろされたのは寝室のベッドの上。

「あっちょっとダーク!? 夕飯もまだ……っ、あっ」
「そなたが先だ」
「そ、それ昨日もっ、んんっ、言ってましたよね!?」

 首筋を食む彼の頭を叩いて抵抗する。
 昨日も政務が終わって部屋に戻ってきてすぐ、「疲れたから癒やしてくれ」と言って散々貪られた。合間に軽食をつまませてくれたものの、それから朝まで抱かれていた。こんな生活を続けたら体力が保たない。

「そうだったかな」
「ん、あっ……と、とぼけ、ないっで! くださいっ!!」
「いてっ」

 彼の頬を両手でつねると、流石に痛かったのか体を引く。その隙に彼の腕の中から転げるように逃げて、ベッドを挟んで反対側に陣取った。

「アオバ」
「に、睨んでもダメですよ! ちゃんと食べないとっ回復しないんですからね!! ごはんは大切ですっ!!」
「……」

 じいっとこちらを見てから、彼はため息をついてベルを鳴らした。私が引かないと感じ取ったのか、今日は先に夕食にしてくれるらしい。
 応接間のソファに移動してすぐに扉がノックされ、給仕のためにメイドたちが入ってきた。
 いい匂いに胸が躍る。わくわくしながら隣の彼に笑顔を向けた。

「美味しそうですねダーク、今日はどんな……」
「アオバ」
「え?」

 腰を引き寄せられて、彼の吐息が耳元をくすぐる。

「たくさん食べよ。今宵は全て食らい付くしてやる。そなたが止めてもな」
「――なっっ」
「余に『待て』をさせたのだ。言うことを聞いたあとは褒美を与えるものだと、決まっているだろう?」
「……っ、~~~~っ」

 口をパクパクさせる私を置いて、彼は並べられた食事に手を付け始める。

「食べぬのか」
「た、たべっますっ!!」

 彼の言うことは正しい。正しいけれど、釈然としない。
 素知らぬ顔でナイフとフォークを動かす彼をひと睨みして、私も食事に目を向ける。美味しそうなのに、味がしない気がする。このあとのことを考えてしまって落ち着かない。
 頬を熱くしながら無言で食べ進める私に、くすりと笑った彼が囁いた。

「そなたはすぐ顔に出る」
「わ、悪かったですねっ昔からこうなんですっ!!」
「悪くはない。むしろ好ましい」
「……王様は、口もうまいんですね。からかって楽しんでいるんでしょ。わかってる。わかってます、ええ、はい」
「本心だが?」
「はぁそうですか、なるほど、へぇ」
「……アオバ」

 彼はやさぐれ始めた私の手を握る。そのまま持ち上げて、手の甲に優しく唇をつける。

「機嫌を直してくれ。余の得難き花」
「…………なんですかそれ」
「そなたのことだ。全てはそなたを求めるゆえのこと。この憐れな男に慈悲をくれないか」
「う、うぅ…………」

 じいっと真剣な眼差しで見つめられたら、もやもやもどこかへ消えていく。その瞳の奥に、確かな炎が灯っていることが分かれば尚更だ。
 私はこくりと頷いて、彼の手にキスを返した。

「わ、分かりました。むしろごめんなさい、カッとなってついいじけて……」
「いや、よい。そなたは何をしていても余を楽しませてくれる」
「楽しいですか……って、あ、あれ?」

 眉尻を下げながら、ふと周りが気になって視線を動かすと、さっきまでいたはずのメイドたちがいない。いつの間にか部屋には私達だけになっている。

「どうした」
「あ……ど、どうして誰も、いないのかなーって…………」
「気を利かせたのだろう」
「え、ええっ? ひゃうっ!?」

 握っていた手を引かれて、彼の胸に収まる。そっと見上げれば、柔らかい笑みを浮かべるひとと目が合った。

「アオバ、そなたのことを考えるとつい頬が緩む。部屋に戻れば笑顔で迎えてくれることも、腕の中で甘く啼く姿も、すべてが愛おしい」
「ダーク……」
「来訪者だからとか、そんなことはもう関係ない。そなたはこんな気持ちが余にあると教えてくれた。片時も離したくないと思う。……そなたはどうだ?」
「わ、たしは……」
「――同じだと嬉しい」
「……っ」

 初めてダークに出会った日の記憶が蘇る。
 玉のような汗を浮かべて私を抱く彼。胸の中に収められて嗅いだ心地よい香り。強引で偉ぶっていて、優しい瞳。
 彼の事情を知っていった数日間。ほんの短い時間ではあるけれど、楽しくて、ずっとここにいたいと願っていた。彼と離れたいと思う日はなかった。
 ――多分これは、なんだろう。

「……、ダーク」
「なんだ?」
「わ、わたし…………その…………」

 気づけば体が動いていた。彼の頭に腕を回し、唇を奪う。角度を変えて何度かキスをしたあと、彼の耳にそっと呟いた。

「……、すきです、ダーク」
「……」
「……うわっ!?」

 ダークは私を抱えて立ち上がる。無言でずんずんと進む彼の首にしがみつくと、ふと真っ赤になった耳が目に入って思わず笑みがこぼれる。

「ダーク」
「……なんだ」
「たくさん、抱いてください」
「……っ、言われなくとも、そなたが止めても止めぬ」
「ふふ、……はい、ダーク」

 寝室の扉を閉めて、朝になるまでふたりきり。甘く重なる声はいつまでも部屋に響いていた。


◇◇◇


 私達が正式に結婚するまでに、ダークが後宮にいた女の人達をみんな家に帰らせたり、私の向こうでの知識を狙う人に襲われたりと様々な騒動があったけれど、それはまた別の話。
 ただの会社員だった私が一国の王妃になり、たくさんの子どもたちに囲まれて過ごす人生は、大変ながらもなかなかに楽しいものだ。
 いつかは知らなかったお互いの嫌な面を見て、気持ちが冷めてしまうのではと思うときもあった。でも、10年経った今でも、出会ったときのような新鮮な気持ちでダークと過ごしている。言いたいことは言うし喧嘩もするけれど、すぐ話をして仲直りする。忙しい中でもちゃんと向き合ってくれる彼はとてもいい旦那様だ。

 あのとき見た桜並木を思い出して、たまに郷愁にとらわれることもある。こっちの世界でも、似たような花がないか探してみるのもいいかもしれない。
 私の第二の人生は、まだまだこれからも続いていくのだから。
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