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第二十三話
しおりを挟む言ってしまった。
言うつもりもなかった、思ってもいなかった言葉を兄さん言ってしまった。
「俺は兄さんが嫌い、俺に関わらないで」
アレは俺の言葉じゃない。
俺はそんなこと思っていない。
俺は違う、兄さんを嫌ってなんかいない。
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あの後すぐ、俺は家を飛び出した。
いつもなら呼び止める兄さんの声は、ない。
行き着いたのは少し離れたところにある公園。
ここは人も少なく、静かで考え事をするには適している。
ただ…。
ちら、とスマホを見るとソレは充電が切れていて当然のことながら動かない。
見つめていても使えないスマホを見ていても仕方ない、とスマホをポケットにしまって視線を上に向ければ公園に設置してある時計には夜の8時を示されていて1人溜息が出る。
じわりと額に汗が浮かび上がる。
そりゃ夏だもの、陽が落ちて夜になったとしても暑いものは暑い。
腕で額の汗を拭いながら兄さんの事を考える。
こんな暑い中走り回ってくれた兄さんに、最低な事をした。
俺もどうかしてたんだ、昨日の事もあるけど今まで溜まりに溜まったものが一気に出てきてしまった…。
しかも、さっきの俺は俺としてじゃなく…唯兎として発言をしていた。
俺はあんな事考えてない、違う。
あれは…俺じゃない。
「…っはぁ…」
喉が詰まり、鼻がツンとしてくるのを溜め息を吐くことで誤魔化す。
薄暗い公園のベンチに座って頭を抱えてる俺は周りから見たら不審者…いや、中学生だから不審者ではなく保護対象?注意対象?
再び時計を見るとアレから10分も経っておらず、その10分が長く感じた俺はある意味絶望を覚えた。
暑いから帰りたいけど今は兄さんに会いたくない。
…いや、会ったら会ったで嫌な事を言ってしまいそうだ。
どうするか、と悩ませているとザッザッと足音が聞こえてきた。
顔を伏せていた俺は見えないが、足音が公園内を歩く音なのは確かだ。
ただ散歩に来たお爺ちゃんか、公園のトイレを使いに来た人か…。
その人物の姿を確認しようと少しだけ顔を上げてみる…が、ソレを今では後悔している。
そこにいたのは兄さん……ではなく、随分と長い事姿を見せなかった人…。
「久しぶり、唯兎君」
「…いく、ま…さん…」
少し離れたところにいるのは高城郁真…ゲームではバッドエンドがかなり多く存在していて、唯兎を利用して兄さんに嫌がらせをさせていた人…。
ずっと会わなかったのになんでこのタイミングで…。
「たまたま君と照史と…もう1人が言い合ってるのを見ちゃったんだよね」
「そ…です、か…」
「その後で公園にいるってことは、照史と喧嘩したんだ?」
微笑みながら俺に聞いてくるこの人はかなり意地悪だと思う。
しかもどこか嬉しそうに言ってくるあたり、やっぱりこの人は俺を利用しているんだろうと勘繰ってしまう。
慌てて立ち上がり、公園の外に向かって歩き始めた。
「…ちょっとだけ外に出ただけです、もう帰るところなんで…失礼しま」
「俺さぁ」
結構長い事我慢したんだよ。と俺の手首を強く握って言う郁真さんに暑いはずなのに背筋がゾッとする。
にこ、と笑いかけながら俺の手首を力任せに握るため手首が痛くて顔が歪む。
振り払いたくても郁真さんの手を振り払う力は俺にはなく、力任せに引き寄せられた。
「ねぇ、選択肢あげる」
「……聞きたくない、です…っ」
「とことん照史に嫌がらせをして照史から離れるか、このまま仲直りして照史を泣かせるか」
つい、抵抗をやめて郁真さんを見上げてしまう。
見た目はただの爽やかなイケメンだ。
しかし、その話している内容がわからない。
わかりたくもない。
「…俺に何の得もない選択肢ですね」
「そうだね、でも確実に言えることは君が照史と仲直りしたら照史が泣くってところだよね」
兄さんが泣く…なんて何を言ってるんだこの人は。
しかし、この高城郁真というキャラは唯兎を利用した他にも前世で俺がドン引きした内容が何かあった気がする…。
それもあり、妹ですら高城郁真の攻略を最後まで渋っていた部分もある。
それがなんなのか全然思い出せず、俺は頭をこんがらせながら前世の妹の言葉を思い出そうと俯いてしまう。
それをどう取ったのか、郁真さんは俺の頭をポンポンと軽く撫でてきた。
「LINEのIDを渡しておこう、決まったらすぐに連絡するように」
「唯兎!!」
「唯兎っ」
手に紙を握らせられながら困惑した表情のまま郁真さんを見上げようとすると公園の外から聞き慣れた2人の声が聞こえてきてそちらを振り返る。
すると郁真さんは俺の肩を思い切り押し、距離を取るとそのまま振り返らずに走り去っていく。
顔を見られると困ることがあるのか…いや、そりゃ困るよな。
地面に叩き付けられた俺はお尻を強く打ちつけてしまい悶絶していた。
「唯兎、大丈夫か!?」
「あの野郎…っ!」
「桜野、大丈夫だから!追いかけなくていいから!」
駆け寄ってきてくれた2人にホッとしたのも束の間、カッとした様子の桜野の腕を掴んで阻止する。
掴んで離さないでいると、困ったような表情のまま俺の頭を優しく撫でる。
大原を見ても同じような表情をしていて…察した。
俺はこの2人を困らせていたんだ。
いつから、なんてわからないけども多分今日や昨日などの問題じゃなく…ずっと前から。
見ないようにしていただけだ、保身のために。
「唯兎…?」
「なぁ、大丈夫か?」
郁真さんと再会して、改めて現実を見てしまうと…俺は保身のために周りを巻き込みすぎていたんだと。
俺のせいで周りは迷惑して、混乱して、困っていたんだと理解してしまう。
きっと2人にそれを言っても優しい2人はそんなことない、と言ってくれるんだろう。
ただ、2人はまだ…困った顔をしている。
俺が困らせている。
どうして俺は、普通に生きたいだけなのに周りを困らせてしまうのだろう。
七海唯兎として、幸せに生きたいだけなのに。
何も上手くいかない。
「唯兎、帰ろう。照史先輩もきっと心配してる」
「送っていくからさ、ほら」
桜野が手を差し伸べてくる。
その優しい手を、俺は取ってもいいのか?
また困らせるだけなんじゃないのか?
ダメだ、何もかもが前向きに考えられない。
郁真さんに目をつけられた以上、俺はもう前みたいには歩けない。進めない。
俺はもう…幸せにはなれないんだ。
「唯兎…ほら、いつまでも座ってないで…」
「…ごめん…」
「……唯兎…」
優しく俺に差し伸べてくれていた手を無視して1人で立ち上がる。
そのまま何も言わずに公園の外に向かって歩き出した俺の後を2人はついてくる。
…俺を家まで送ってくれるんだろう。
「……着いてこなくていいよ、1人で帰れる」
「そういう訳にもいかないだろ、こんな暗いんだ」
「いいから、2人はもう帰って…」
俯きながら言う俺に桜野は反対の声を上げるが、それを大原が腕を掴んで阻止する。
地面をジッと見ていて大原の顔も、桜野の顔も何も見えないけどきっとまた困った顔をしてる。
俺が困らせてる。
もう解放してあげなきゃ。
もう俺のお守りから、解放してあげなきゃ。
「…もう、俺に構わないで」
「なんで、そんなこと言うんだよ」
震える声で俺に問う桜野の言葉に喉が詰まる。
今にも溢れ落ちそうな涙を2人には見えないように処理しようと背中を向けながら腕で軽く目を拭う。
上を向いて大きく深呼吸すると、2人に向き直り勢いよく頭を下げた。
「…唯兎?」
「今まで沢山困らせてごめんなさい」
「…っ、ふざけんな!なに自己完結して勝手なこと言ってんだよ!?」
「桜野!」
頭を下げた俺に掴み掛かろうとした桜野を大原が腕を掴んで止めている。
ほら、俺は2人を困らせるしかできない。
2人は優しいから仕方なく俺に付き合ってくれていただけだ。
優しい2人はきっと、高校が別になっても俺を気にしてくれるだろう。
どんなに面倒でも困ってても、俺を見ていてくれるだろう。
…俺はただ生きているだけなのに、迷惑をかけることしかできないんだ。
ネガティブな事を考え始めると止まらない、とはこの事か。
俺は今までにないくらいにマイナスな事ばかりを考えてしまい、脳が暴走する。
俺と一緒にいたら不幸になる。
お母さんだって俺といたせいで父さんと別れないといけなくなった。
俺のせいで兄さんは自由になれない。
俺のせいで父さんは自由になれない。
俺のせいで大原は自由になれない。
俺のせいで桜野は自由になれない。
俺がいるせいで
俺がここにいるせいで
頭を下げていたせいか目からポロポロと涙が溢れ出る。
それに気付いたらしい桜野はピタリと動きを止め、小さくため息を吐く。
動きを止めた桜野にホッとした様子の大原は俺に向き直り、一歩前に踏み出した。
「唯兎は、どうしたい?」
「…………」
「俺達に、どうして欲しい?」
いつもと変わらない、優しい問いかけ。
そんな大原の声に更に溢れ出る涙を止める事もできないまま俺は言葉を紡いだ。
「……っ、お、れの事は…っ、ほっといてください…っ」
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