BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび

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※他の投稿サイトにて記念リクエスト募集し、抽選したものです。

 本編とは何も関係ありません。




リクエスト内容

[再び不審者に襲われる唯兎、そこを助ける大原と桜野]

です。
ごゆるりとお楽しみください。



































平和だ。
最近凄く平和だ。

女子は転校生の皇に夢中で兄さんの事とかでのいざこざはない。
成績も中の上をキープしてるから先生からの呼び出しもない。
兄さんも落ち着いていて、この前も一緒にご飯作りながらデザートなんて用意してくれたりしてて。






「…平和だ」

「平和だからってグダるな、蕩けてるぞ」







帰りのHRが終わったタイミングで机に突っ伏した俺の頭を大原がコツン、と小突いてくる。
見上げれば鞄を持って俺を見てくる大原が1人。






「…桜野は?」

「部活の勧誘断りに行ってる、アイツ無駄に体力馬鹿だから陸上部がしつこいんだと」

「はぇー…」








うちの中学は部活入部は自由。
勧誘も自由な分声はかかるがそれに応えるかは本人次第なのである。

桜野は勉強は出来なくても運動神経良し、体力も良しな為陸上部からの勧誘が最近多くてそれの対応に席を外していることが増えた。
大原も俺も運動はそこまで得意ではない為運動部からの勧誘はなく、桜野が戻ってくるまでは平和に雑談をして待つ。それが日常だ。

大原は前の席の椅子を引き出すとそこに座り、俺の顔をジッと見てくる。
なんだなんだ、と俺もジッと見てみると謎に撫でられた。本当に謎。







「俺唯兎のその猫目好きだわ」

「…俺ってそんな猫目?ただの吊り目じゃない?」

「いや猫目だろ、目ぇぱっちりしてて且つ少し吊り上がった目は完全に猫」






どうやら大原は俺の目を見ていたらしく、俺の目尻を軽く撫でてくる。
それに合わせるように撫でられた方の目を閉じると大原の口角が上がった。
…本当猫好きだよな、大原って。

そんな静かなひと時を過ごしていると、廊下からバタバタバタバタ!と大きな足音と先生の「走るなー」という声が聞こえてきた。







「大原ー!唯兎ー!おまた!帰ろ!!」

「うるさ」

「陸上部大丈夫そ?」

「おう!また声かけるってさ!」








それって今日は見逃してやるけど諦めないって事なんじゃ…。
そんな俺たちの目に気付かないまま帰ろ!帰ろ!と誘ってくる桜野に苦笑しながら立ち上がると呆れた目をしていた大原も追うように立ち上がる。

2人のテンポのいい会話を聞きながら靴箱まで来ると、それぞれの靴を取りに歩いていく。
俺も自分の靴箱を開けると、そこに見慣れない封筒が入っていた。

なんだこれ、と手に取るとそれを目敏く見つけた桜野があー!と大きな声をあげる。







「唯兎!ラブレターか!?そうなのか!?」

「唯兎にもついに春が来るのか」






靴を履き替えた2人が近寄ってくるのを感じながらも中身が気になって2人には見えないように確認する。







「………っ」

「…唯兎?何が書いてあった?」







サ、と顔色を変えた俺に気付いた大原が俺の手から手紙を取ろうとする。
それをなんとか避けて手紙を鞄の中に突っ込むとなんでもない、と途中だった靴をしっかりと履く。







「なんでもなくないだろ、見せてみろって」

「なんでもないんだって、ほら帰ろ」

「唯兎、なんでもない奴の顔じゃないって自分でもわかってんだろ?早く見せろ」

「いいから、本当」







頑なに見せようとしない俺に大きな溜め息を吐いた大原は仕方ない、とそこで一度諦めてくれたらしい。
そんな俺たちのやりとりを近くで見ていた桜野は普段しないような真面目な顔をして俺の肩を掴んだ。







「今回は見ないでおくけど、もし続くなら力付くで見せてもらうぞ」

「…わかった、大丈夫だから」








こうなった俺は折れない、と知ってる2人はとりあえず今回は見逃してくれるらしい。
帰るか、と歩き始めた大原を追うように俺と桜野は一緒に歩き始めた。





















「唯兎、今日何かあったんじゃない?」








家に着くなり兄さんが玄関で待っていた。
今日は兄さんは午前中だけで授業が終わりだったらしく、放課後は大原と桜野に託していたのだ。

まだ玄関が開いていて、2人を見ると顔を逸らされる。
報告したのはこの2人か。







「なんでもないよ」

「唯兎」

「いいから、俺手を洗ってくるから。大原も桜野もまたね」







半ば強引に中に入ると鞄を持ったまま洗面所に向かう。
鞄の中にはさっきの手紙が入っている、それを見たら絶対にみんな心配するから。

震える手を押さえるように鞄を握る手に力を入れる。
息をゆっくり吐き出して顔を冷たい水で洗うとさっさと鞄を部屋に持っていく。
中に入っていた手紙は俺のポケットに、万が一ということもある。

大丈夫、ただのイタズラだ。
きっと大丈夫。












「唯兎」







リビングに降りれば兄さんが怖い顔をして俺の名前を呼ぶ。
ソファに座るように言われたらそれに従うしかない。
俺はゆっくりと兄さんに近付いて行き、隣に座る。







「2人から話聞いたんだけど、手紙見た時から様子がおかしいって」

「なんでもないよ、普通の手紙」

「…帰ってからも様子がおかしいのわかるよ、何が書いてあったのか教えて」

「なんでもないって」










少し突っぱねるように言えば兄さんは心配そうに、少し悲しそうにこちらを見てくる。
でもこれはあまり、俺自身も知られたくないところがあった。
続くようなら相談する、ただのイタズラならそれで終わる。

出来ることなら知られないままイタズラで、全部なかったことで終わらせたい。
頑なに説明もしない、手紙も見せない俺に大きな溜め息を吐いた兄さんは珍しく荒々しく立ち上がりキッチンへと向かった。

心配してくれてるのはわかるし、有難いと思う。
でも、今回は変に知られたくないという変なプライドが働いてしまった。







「…兄さん、俺今日ご飯いら」

「食べなさい」

「…食欲なくて」

「残してもいいから食べなさい」








今日は食欲もないし、さっさと風呂に入ってさっさと寝てしまおうと思って兄さんに提案したら怒ったような口調でピシャリと言われてしまった。
兄さんは料理をする手を止めるつもりはないらしく、トントンと包丁で具材を切っていく音がリビングに響く。

俺も手伝おう、と隣に立つと早く寝たいなら今のうちに風呂入ってくるようにと野菜を洗うのに使おうとしたボールを取り上げられてしまった。
わかった、と返して着替えを取りに部屋に戻れば俺はポケットからその手紙を取り出す。

カサカサと音を立てながら再度中身を確認すれば1枚の写真と[大事にするね]と書かれ、貼り付けられた付箋。
その写真には2枚程広げられた男物のパンツが写っていた。







「…………っ」







改めて見ても、この下着は俺の物だった。
2枚写っているうちの1枚は昨日洗濯した時に見当たらなくなり、風に飛ばされてしまったのかと諦めていたものだ。
もう1枚も随分前に無くしたと思っていたもので、両方とも俺の記憶の中にしっかり残っているくらいよく履いていた下着だった。

頭をフルフルと大きく振ると封筒に写真をしまい、兄さんには見られないように机の鍵の付いた引き出しの中に入れた。
最悪、これが残ってれば嫌がらせが続いた時に兄さんに相談する時に使う証拠になる。

鍵をしっかり閉めると財布の中にその鍵を入れ鞄の奥底に入れ直した。

シャワーは最低限…にしたいが、湯船に浸からないと怒られるしやっぱり何かあったと勘付かれそう。
いつも通り時間をかけて風呂に入り、リビングに向かえばいつも通りソファに座ってドライヤーを構えた兄さんが待ち構えていた。
これは毎日の恒例行事のため、俺は慣れ切っている。






ゴォォッという音を上げて俺の髪を乾かしていくドライヤーとその髪を撫でる兄さんの指。
良い具合に気持ちが良くてすぐにでも眠れそうだ、とコクリコクリと頭が揺れ始めた段階で兄さんがドライヤーをやめて俺の髪を整える。







「ほら、眠そうにしてないでご飯だよ」

「…はぁい」







ふぁ、と欠伸をしながらゆっくり立ち上がると後ろで兄さんがクスクス笑う声がした。

兄さんが作ってくれていたシチューとサラダを食べ、身体が暖まったところで本格的に眠気が襲ってくる。
今日は平和だと思っていたのに一瞬で平和が消え去った。
そのせいで一気に疲れが溜まってしまった俺の身体はお腹も満たされ、兄さんの優しさに触れコクリコクリと頭が揺れる。







「唯兎、寝るなら部屋に行かないと」

「…ん~…」






目を擦ろうとして赤くなる、と手を押さえられる。
眠い、横になりたい。
寝惚け眼で兄さんを見上げると困ったような顔をして俺に手を差し伸べた。
一緒に部屋に行ってくれるようだ。
その手に甘えることにして俺はゆっくりと立ち上がる。






「ほら唯兎、しっかり歩いて」

「…ぁぃ…」






フラフラしながら階段を上がる俺の手を握っていた兄さんだったが、流石に危ないと思ったのか俺の腰を抱いてゆっくり上がって行く。
兄さんが腰を支えてくれているおかげで階段を上がりやすくなった俺は兄さんに寄り掛かりながらニヘラ…と締まりのない笑顔で兄さんを見上げた。
そんな俺の頭を優しく撫でた兄さんはいつの間にか着いていた俺の部屋の扉を開けてくれる。








「ほら、部屋ついたよ。しっかり暖かくして寝るんだよ」

「…んー…おやすみにいさん…」

「目、擦らない。おやすみ唯兎」






再び目を擦ろうとした俺の手を掴んで阻止した兄さんにヘラーと笑いながら挨拶して部屋に入る。

今日は平和だと思ってたのになんだか疲れてしまった。
さっさと寝て全て忘れてしまおう。

半分眠った状態の頭のまま布団に入ればすぐに夢の中。
夢の中に旅立ってしまえば先程まで悩んでいたこともそのまま置いてゆっくり出来る。
ぬくぬくと暖かくなった布団に包まりホッとした顔で夜を過ごした。


























「はよ」

「唯兎おっはよ!よく眠れたか?」

「おはよ、もうぐっすり」






教室に着くなり俺の元に歩み寄ってくる2人に挨拶を返せば2人は良し、というような顔で頷いた。
大原に関しては俺の目元まで確認するほどだ、お前ら兄さんの事言えないと俺は思うぞ。

よく寝たし、元気なのは事実なため2人には普段通りの自分を見せる。
大原は納得していない様子だったが、桜野が元気なのは良い事だ!と頷いた事でこの話は終わりとなった。

授業も滞りなく進み、いつも通り放課後を迎えると兄さんのLINEを確認する。
今日は課題の関係で帰るのが遅くなりそうとの事、2人にはLINEしてあるから3人で気を付けて帰ってと連絡が来ていた。

俺の席まで来た2人に目を向けるとスマホをちらつかせて頷いていた事からLINEの内容は把握しているようだ。
3人で帰れる事の嬉しさから緩んだ顔を見せると2人に頭をぐしゃぐしゃと撫でられる、頭が鳥の巣だ…どうしてくれる。

HRも終わり3人で階段をゆっくり降りて行くと、昨日の事をフと思い出してしまった。
いや、きっとただのイタズラだから。と軽く首を振るとそれを横目で俺をみていた大原に見られていたらしい。
大丈夫か?と問われた言葉に反射的に大丈夫と答えて靴箱を見ればいつもと何も変わらない、変哲もない靴箱が待ち構えていた。






「唯兎、昨日言ったこと覚えてるよな?」






いつにも増して真面目な顔をして俺の肩を強めに掴む桜野にコクン、と頷いた。
だってただのイタズラだもの、二日三日と続くわけがない。
後ろから2人がジっと見てくるのを背中に感じながら俺は深呼吸して靴箱を開ける。







「………っ!」







また封筒だ。
俺の反応を見た桜野が靴箱から封筒を取り出そうと手を伸ばしたところで慌てて靴箱から取り出す。
桜野が黙ってこちらを見る。






「…唯兎」

「ま、待って!先に俺に内容確認させてよ、何か変な事書いてあったらすぐ見せるから」







封筒を両手で握るように持ち、2人を見ればお互い顔を見合わせてる。
困らせてるのはわかってる、けど2人に見せるなら先に内容確認してからがいい。
我儘だということは理解していながらも2人に懇願すれば、2人はそのくらいなら…と盛大なため息を吐いて俺が封筒を開けるのを待ってくれている。
それにホっと胸を撫で下ろすと両手に握られたことでぐしゃぐしゃになった手紙に目を向ける。









「…唯兎…?」

「…唯兎、見るぞ」






桜野が手を伸ばしてきた所で俺は靴を履き替える事もなく外に向かって走り出した。
離れないと、早く。







「あんの馬鹿!!」

「桜野先に…」

「桜野ー!お前課題はどうした!?」

「げ、先生…!?」








そんな声が後ろから聞こえてくる。
どうやらタイミング悪く来た先生に捕まったらしい桜野はそこで足止めを食らったらしい。
大原は意外と運動は苦手で俺より足は遅い、大丈夫だ追いつかれない。

上靴のままただただ走る。
そのまま走って走って、学校からも家からも離れた公園まで来た。

ここまで止まる事なく走ってきたせいで息が苦しい。
なんとか息を整えようと胸に手を当ててゆっくり深呼吸を繰り返す。
深呼吸をする息が震える、それはここまで走ってきたせいなのか。それとも手紙の内容のせいなのか。

そういえば、と俺は無意識に走ってきた公園を見る。
ここは俺が小学校から家に帰る時に使っていた道、つまりは不審者と出会ったのもこの道であった。
兄さんからはここは使ったらいけないと言われ、アレからは兄さんと帰る時でも大原や桜野と帰る時でも少し遠回りして違う道で帰った。
久しぶりに来た道だけど何も変わってないな、と公園に向けて足を進める。

この公園での思い出はない。
元々が公園で遊ぶタイプでもなかったからか、ここで遊んだ記憶はない。
しかし、公園というのはどこも大きく変わるものでもない為前世で遊んだ懐かしさを感じることはある。

気持ちを落ち着かせる為に、とブランコに座ってみると思ってたより小さくて少し笑ってしまった。
記憶ではちょうど良いくらいだったのにな、と足元を見ると上靴のままだった事を思い出す。
それと連動するように手紙のことも思い出して心臓が嫌な音を立てて激しく活動を始める。
改めて手紙を開いてみると


[友達に言うの?お兄ちゃんに言うの?言ったらどうなるか、わからない?
 ぼくは君の友達の家も、お兄ちゃんと君が住んでる家も知ってるんだよ]


その手紙と一緒に体育の時に無くなったタオルの写真が出てきた。
汗を拭いたそのタオルが写っていて背筋にゾッと悪寒を感じる。








「…っ、なんなんだよ…なんで俺なんだよ」 








他の人なら良い、というわけではない。
ただ、何故こんな平々凡々で可愛いわけでもなく何処にでもいるような奴を狙ってくるのか、本当に理解が出来ない。
大きな溜め息を吐いてブランコの上で頭を抱えると……。








「…ゆ、い、と、くん…」








後ろから肩を抱かれた。
ブランコに座っていた身体が反射的にその相手から距離を取ろうと動こうとする。
しかし、その相手が力強く両手で肩を押さえることで俺は痛みで呻くしか出来ないまま再びブランコに座る事になる。

俺がまたブランコに座ったのがお気に召したのか、後ろからうんうんと頷く声が聞こえてきた。






「急に動いたら気分悪くなっちゃうよ、唯兎くん」

「…だ、れ……」

「やだなぁ、恋人を忘れちゃったの?あ、手紙読んでくれたんだね!嬉しいっ!」






両手で握り込んでぐしゃぐしゃになった手紙を奪われる。
それを目で追って行くとその男の姿も現れた。

中肉中背、髭は生えて髪は肩まで伸びている。
…40?50?くらいのおじさん。
肉がついた身体には似合わないくらい身長が高く、180cmはあるだろうか…見上げる首が痛い。






「唯兎くんから貰ったパンツもタオルも家に大事に置いてあるんだよ、ちょっと汚しちゃったけど…あ、そうだ!」

「ぇ、ぁ…っ」






1人でぺちゃくちゃと喋っていたおじさんが閃いた、とでも言うように両手をパンっと軽く合わせる。
そして俺の腕を掴むとそのままトイレの裏に進んだ。
ここはトイレとその裏に生えた木が多く、探しに来ない限りは誰かが居るだなんて気付かないような場所になっている。

まだ保育園や幼稚園が終わる時間には早いからか子供もおらず、少し歩いたところに散歩に最適な広い公園がある為この公園には人がいない。

そんな場所に連れてこられ、俺は身体が言うことを聞かない状態になってしまう。
逃げないと、コイツから離れないと、確か交番は…。
頭ではやらないといけないことがわかるのに身体は全く動いてはくれない、ただただ震えるだけ。






「そんなプルプル震えないで、僕らお付き合いしてるんだから怖くないでしょ?」

「…お、俺アンタのこ、と…しら、ない…っ」

「いやいや、この前僕が落としたノート拾ってくれたじゃない。その時からお付き合いしてるでしょ?あの時の唯兎くん優しすぎてぼく感動しちゃった…あのノートには殺したい人の名前とか殺し方とか書いてあったんだけど、ぼくに必要なのはあんなのじゃなくて唯兎くんだったんだ…。迎えにくるのが遅くなってごめんね、でも文通も楽しかったよ!プレゼントも嬉しかった!やっぱり唯兎くんだけがぼくの生き甲斐だ」

「……っ」






ここでそんな記憶ない。
知らない、なんて言ったらどうなるだろう。

この人は多分精神的なものを抱えてる人なんだろう、俺の記憶にないものが多く混じってる。
確かに数ヶ月前に学校帰りにノートを落とした人に拾って渡したような記憶はある、にしても他のことは全てこの人の妄想だ。

知らない、と言えたら楽なのに俺の口からはその言葉が出てこない。
怖い、それだけが俺の全てを占めてしまう。






「そうだ、唯兎くんにお願いがあってね」

「…ぇ」

「今履いてるパンツちょーだい」






ニィ…と歪んだ笑顔を見せてくるおじさんに身体が自然と距離を置こうとする。
しかし、腕を掴まれているが故に離れようとした身体を無理矢理引っ張られ抱きしめられる。
臭い、汗の匂いと加齢臭…思わず口と鼻を手で塞いでしまう。






「ほぉら、ここは誰も見えないから脱いでも大丈夫だよー。恥ずかしくないよー」

「……っや!やめっ…ぉぇっ」






ベルトを外されてズボンを下げようとされる。
それに反抗しようと声を出せば匂いが酷すぎて声より先に吐き気の方が出てくる。
喉に残る胃液の味で更に気分の不快感が増して何かを吐き出そうと喉が痙攣してしまい、声が出せない。

ズボンを片手で押さえるが、口元も押さえていないとすぐに吐いてしまいそうでなかなか力が入らない。
ついにはズボンを下まで下げられてしまい、おじさんが足からズボンを抜こうと足を浮かせる。
その反動で俺の身体は後ろに倒れてしまい、無防備だった背中を強く打ち付けてしまった。






「…っげほっ!ごほっごほっ」

「ぁぁっ!ごめんね!もう少しだからね、大丈夫だよー」

「ゃ、め…っ!ごほっ」






背中を強く打ち咽せる俺に口だけで謝り、ズボンを脱がせる行為に戻る。
既にズボンは片足が脱げ、靴も片方脱げてしまっている。
おじさんは焦ったくなったのか、片足に引っかかっているズボンをそのままに俺の下着に手を掛けた。

俺は焦って痛む背中を庇いながらも下着を下ろさせまいと身を捩って下せないようにする。






「ぁー、だめだよ!もう少しだから頑張って!ねぇ、ほらちゃんと身体上にして!」

「…ゃ、もうやめ…っ」

「泣き顔可愛いねぇ、そんな顔が一番好き…でも今はパンツだよ!ほら早く!」






いつの間にやらボロボロと流れ出てきていた涙をベロリ、と舐められ気持ちが悪くなる。
止まることなく流れ出る涙におじさんはウットリしながらも下着を下ろそうとする力を緩める事はない。

もう諦めようかな…と下着を押さえる手を緩めようとした時。







「がっ!」







のしかかるように俺を押さえていた男が俺の上からいなくなる。
酷い匂いから解放された事で新鮮な空気を求めていた肺が一気に空気を取り込むと、急に空気を入れすぎて激しくむせこんでしまった。






「唯兎…!」

「お前…っ!何してやがる!」

「ヒッ…」






涙でよく見えないながらにも理解出来たのは、大原と桜野が俺を助けにきてくれた、そのことだけだった。

大原が俺の下半身に自信の学ランを掛けてくれる。
桜野がおじさんを抑えていてくれる。






「…唯兎、遅くなってごめん。途中交番で助けるよう言ってきたからすぐお巡りさんも来るよ」

「…ふっ、ぅぇ…っごめ、なさ…っ」

「唯兎はなんも悪くねーよ!いいから大原に抱きついてろ!」






桜野はいまだに俺に手を伸ばして俺に声をかけてくるおじさんに苛立ちを覚えてるのか少し荒々しい口調で俺に言ってくる。
それすらも俺を心配しての事だってことはわかってるから俺は桜野の言う通り大原にギュッと抱きついていた。






「おっさんマジでくせーよ!そんなんで唯兎に抱き付いてたとか冗談やめろ!」

「く、臭くない…!ね、唯兎くん…!臭くないよねぇ!?」

「唯兎に話しかけんな!」






「…っ」

「大丈夫、ほら…お巡りさんも来たから。俺たちもいるから、もう大丈夫」







俺を優しく撫でながら声をかけてくれる大原の声に集中していると、大原の言う通りお巡りさんが2人来てくれたようだ。
1人が応援要請してる間にもう1人がおじさんに事情を聞いている。

おじさんは始終
「警察なんていらない!」
「唯兎くんとぼくは付き合ってるんだ!」
「唯兎くん、たすけて!」
と大きな声で喚いていた。

応援要請が終わったらしいお巡りさんがこちらの事情を聞きに近寄ってきたのを感じる。






「唯兎、事情話す前に…今の下半身の状況見せても大丈夫?」

「………ん」







俺に一言言ってくれた大原が俺の返事を聞くとおじさんには見えないように俺の下半身をお巡りさんに見せた。
お巡りさんは俺の顔が見える方に移動すると
「見せてくれてありがとう」
「話する前にズボン履いちゃおうか」
と優しく声をかけてくれる。
それにコクン、と頷いて大原に預けていた身体を起き上がらせようとするも力が入らなくて大原から離れられない。
そんな俺に大原が優しく頭を撫で








「そのままでいいよ。桜野!」

「ん、どした」

「唯兎のズボン、履くの手伝って」






おじさんの方にいた桜野を呼ぶと2人で俺のズボンを履かせてくれた。
…上靴は回収され、俺がブランコの方に置いてきた鞄と一緒に大原が持つ事になった。

おじさんは応援に来た警察に連行され、俺は近くの交番で詳しく話をする事になった。
その道中は桜野がおぶってくれて、ガッチリした背中に身体を預ける。







「…だから言っただろバカ唯兎」

「…ごめんなさい…」

「この中で一番馬鹿な桜野に言われたら終わりだぞ唯兎」

「今成績カンケーねーもん!!」






いつもと変わらない姿を見せてくれる2人に顔が緩み、ヘラっと笑うと大原に頭をガシガシと撫でられた。
「俺の分も鳥の巣作っといて」という桜野の声にも応えるように両手でガシガシされた結果だ、鳥の巣どころの話じゃない。

交番につきお巡りさんに話してる間に再び涙が流れ始め、それがお巡りさんにどう写ったのか俺たち3人に温かい飲み物を振る舞ってくれた。
それをコクコクと少しずつ飲んでいると、交番の扉がガラッと勢いよく開いた。







「唯兎っ!!」

「わっ」

「ぐへっ!」







勢いのままに抱きついてきたのは兄さんだった。
兄さんの勢いに負けて後ろに倒れそうだったところ丁度そこにいた桜野が全身で支えてくれた…ただ激突しただけども言える。
兄さんはほぼ涙目の状態で俺の身体をペタペタ触ると更に目の周りを確認し始めた。








「怪我は!?痛いところない!?ぁぁ、こんなに目を赤くして…、僕が迎えに行けなかったから…ごめんね…っ!」

「に、兄さん大丈夫…っ!大丈夫だから!」

「照史先輩、なんも大丈夫じゃなかったです」








兄さんを宥めようと大丈夫、と繰り返してた俺の言葉を遮るように大原が兄さんに向き直った。
詳しい事はお巡りさんが代わりに説明してくれる、と言う事だったから俺は黙って俯いている事しか出来ない。

お巡りさんに椅子を借りた兄さんがストーカー擬きの男が俺の靴箱に入れてた封筒を兄さんに手渡す。
それは俺がぐしゃぐしゃにしてしまった他に、俺の涙で濡れていたり土が付いていたりしてかなり汚い状態になっていた。
居た堪れなくて手紙から目を逸らすと隣に座ってた大原が俺の頭を優しく撫でる。
大原の目はまるで大丈夫か?とでも言うかのように優しく、心配の色を見せてくれる。
それに応えるようにへら、と笑いコクンと頷いた。

そんな俺を見ていた兄さんが少し震えた声で俺を呼ぶ。








「…唯兎、昨日も手紙がどうってあったよね…?もしかしてそれも…」

「…ごめんなさい…」

「すんません、俺達もそれに気付いてたのに防げなくて」

「…すみませんでした」






俺の謝罪に合わせて兄さんに頭を下げる2人に俺は慌てて立ちあがろうとしたが、それは兄さんの手に遮られる。
まさか、2人を怒る気か!?と慌てたのもほんの数秒のこと。






「唯兎を守ってくれた2人が謝るのはおかしいでしょ。君たちがいなかったら今頃唯兎は…、感謝しても足りないくらいだよ。ありがとう」







2人の頭をポンポンと撫でた兄さんはお巡りさんにも感謝の言葉を述べ、またストーカー擬きに関しては後日連絡をしてもらうこととなり今日のところはこのまま帰る事になった。

大原と桜野には再度感謝の言葉を述べると2人に頭を撫でられまた明日な、と別れる。
そんな2人の背中を気が済むまで眺めると兄さんと家に向かって歩き出す。
家に着くまで兄さんは無言のまま、俺の手をギュッと力強く握っていた。
まるで、この手を離さないと言っているように。







「唯兎、昨日の手紙持ってここに座りなさい」






家に着くなりリビングのソファに座った兄さんが床を指差して俺を睨む。
俺はたじろぎながらも今回は俺が悪い、と腹を括り手紙を持って正座をする。

どんな言葉でも受け入れます。と正座のまま兄さんを見れば兄さんはポツリと小さな声で俺に言葉を紡いだ。








「唯兎にとって、僕はそんなに頼りない…?」

「…ぇ」

「僕にも相談出来ないくらい、僕は弱く見える…?」







悲しそうに俺を見つめてくる兄さんにそんなことない、と言っても兄さんは素直に受け止めないだろう。







「ごめん兄さん…俺、あの手紙を見た時まず恥ずかしいって思っちゃったんだ。男なのに、って…だから相談出来なくて…迷惑かけてごめんなさい」

「迷惑って思ってる時点でダメ、許さない」







ピシャリと言い放った兄さんにピクリと肩が上がる。
しっかり叱られてる気がする、けど今回は素直に受け入れるしかない。








「…でも何より、唯兎が無事で良かった」







ギュッと強く抱きしめられて兄さんが少し震えてるのを感じる。
それだけ兄さんは俺のことを心配してくれてたんだ。
そう思うと止まっていたはずの涙がぽろっと流れ出る。

本当に俺はバカなことをした。
恥ずかしい、なんて思わずに相談してたらこんな悲しませずに…心配かけずに済んだはずなのに。







「ごめ、なさい…っにいさん…ごめんなさいぃっ!」

「うん、許さないけど…いいよ」







兄さんに縋り付いて泣く俺に、兄さんは嫌がることなく受け入れて頭を撫でてくれる。

あたたかい。

こんなにあたたかく俺を見守ってくれる家族が、友達がいるんだ。
俺は、頼ってもいいんだ。

兄さんのワイシャツを涙で濡らしながら兄さんの温もりですごく安心してしまう。
今日だけでいろいろあり、沢山泣いて疲れた身体はその温もりの中で夢を見ようと俺を夢の中に誘う。

そんな俺を咎めることなく、そのまま眠るように撫でてくる兄さんの優しい手に甘えて今日はもう眠ろう。

そして明日、また言うんだ。
ありがとうって。









その前に待ち構えていたのは父さんからのお怒り電話だったのはまた別のお話。














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リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

底辺冒険者で薬師の僕は一人で生きていきたい

奈々月
BL
 冒険者の父と薬師の母を持つレイは、父と一緒にクエストをこなす傍ら母のために薬草集めをしつつ仲良く暮らしていた。しかし、父が怪我がもとで亡くなり母も体調を崩すようになった。良く効く薬草は山の奥にしかないため、母の病気を治したいレイはギルのクエストに同行させてもらいながら薬草採取し、母の病気を治そうと懸命に努力していた。しかし、ギルの取り巻きからはギルに迷惑をかける厄介者扱いされ、ギルに見えないところでひどい仕打ちを受けていた。 母が亡くなり、もっといろいろな病気が治せる薬師になるために、目標に向かって進むが・・・。 一方、ギルバートはレイの父との約束を果たすため邁進し、目標に向かって進んでいたが・・・。

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