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第九話
しおりを挟む『郁真は昔から照史が好きで、照史が引っ越してからもずっと照史の事を想ってたの!』
『でも照史は女の子に凄くモテるし、何より久しぶりにあったら照史は弟の事をずっと考えてるでしょ?』
『照史もね、手紙で唯兎の事を郁真に相談してたの。どうしたら仲良くなれるかなって』
『仲良くなれるにはどうしたらいいかって、大事に想ってる照史が他の男の話をしてくるわけでしょ?それが弟であってもね』
『それで郁真は歪んだ感情を抱え始めたの』
『…大好きな、大事にしてる唯兎に裏切られた照史はどうなるかな、って』
『そこに自分が介入して照史を守ったら、照史は自分だけを見てくれるようになるんじゃないかって』
『ゲームの郁真ルートはそういうお話。沢山の嫌がらせを受けた照史は優しく守ってくれる郁真に依存して照史への嫌がらせを止めた郁真しか見えなくなる』
『ゲームユーザーからしたらある意味バッドエンドだけど、郁真からしたらハッピーエンドだよね』
『だからエンディング後にはこう書かれてたのよ』
『ゲームエンディング[絶えぬ愛の行方]
ハッピーエンド?
ってね』
そこでハッと俺は目を覚ました。
あの後、俺は本当に体調を崩して38.0度もの熱を出した。
勿論俺は学校を休んでるし、兄さんは俺のためにお粥や冷えピタ、スポドリを用意して何かあったら連絡するようにと念を押して学校へ行っている。
妹の言葉を思い出してから外に出るのが怖い。
近くに郁真さんが住んでる。
もしかしたら兄さんがいない内を狙って俺に声をかけて来るかもしれない。
今の俺は不安定すぎる。
もしかしたら郁真さんから話を聞いて唯兎としての感情が強くなるかもしれない。
もしかしたら今感情が落ち着いてるのは今から起きる[何か]の為の温存期間なのではないか。
もしかしたら今にも兄さんに嫌な事を教えているかもしれない。
もしかしたら
もしかしたら
もしかしたら
現実に起きていない事への恐怖が余りにも大きく俺に伸し掛かる。
実際にそれが起きているわけでもないのに、不安が落ち着かない。
「……けほっ」
目が覚めてから何も口にしておらず、喉が渇いてしまい自然と咳が出て来る。
サイドテーブルに置いておいたスポドリに手を伸ばしたが、そこには何も入っていない。
全部飲んでしまってそのまま寝てしまったんだ、と落胆しつつも喉が渇いてしまってしょうがない。
兄さんがスポドリを部屋に持っていきやすいように別の小さめなピッチャーに入れて用意してくれてるはず。
それを取って部屋に持って行くだけ。
それだけだから、と布団から出る。
ただ布団から出ただけなのに妙な不安が心を覆う。
「…はぁ、……はっ」
部屋から出て階段を降りて行く。
それだけなのに身体が重い。
熱のせいだけじゃない、何かに心が怯えてる。
なるべく早く冷蔵庫へ辿り着くと思っていた通り兄さんが部屋へ持って行けるようにピッチャーを用意していてくれた。
それを手に取りリビングから出ようとすると、フルっと身体が震えた。
「…といれ…」
フと出た声がカサついていた。
早く部屋へ帰りたいのに身体はトイレへ行く事を望む。
自然現象だから仕方ないのはわかっているが、今じゃなくても…と理不尽に苛立ちが募る。
ピッチャーを一度テーブルに置いて急ぎ足でトイレへ向かう。
急いだせいかなんとなく頭痛がしてきて頭を抑える。
額についた冷えピタがぺろっと捲れたのを軽く直してトイレから出ると軽く手を洗ってからそそくさとピッチャーのあるリビングを目指す。
その時
________ピンポーン_________
身体が大袈裟なくらい跳ね上がった。
バクバク、と心臓がこれでもかってくらい主張し始める。
________ピンポーン________
「………っ」
ゆっくり、静かにTVインターホンから外を確認する。
インターホンが鳴ると自然と外の様子が見られるようになっている為、インターホンを鳴らした人物は見られている事すら気付かない優れもの。
それをありがたいって思ったのはこれが初めてだったけども。
_______ピンポーン________
鳴らしていたのは、思っていた通りの人物。
高城 郁真だった。
身体が震え始めて息が上がるのを感じる。
はぁ、はぁ…と口から出る息の音を抑えようと口に手を当てるとソッとTVインターホンから離れる。
その時、扉をどんどんと叩く音に驚き身体が大きく跳ねてインターホン近くにある棚の上に置いてあった小さな置物を落としてしまった。
『唯兎くん、いるよね?出てくれないかな』
ヒッ、と口から小さな悲鳴が上がる。
足から力が抜け、その場に座り込んで頭を抱えてしまう俺に頭の中の冷静な俺が呆れてしまう。
ただお見舞いに来てくれただけかもしれないのに何をそんなに怖がっているのか。
最後に具合悪そうな俺を見て別れてるから気になって来てくれただけかもしれない。
兄さんに聞いて心配で来てくれたのかも。
脳内の冷静な俺は郁真さんが来た理由を良いものとして捉えている。
…にも関わらず、俺の身体は完全に彼を恐れている。
コンコン
『唯兎くん、お兄さんに頼まれて来たんだ。開けてくれない?』
兄さんに頼まれた。
そうか、じゃあ開けても良いよね。
とはならない俺の身体。
郁真さんがノックをするたび、声をかけてくるたびに身体が怯える。
「は…っ、はぁ…っ」
『唯兎くん、唯兎くん?大丈夫?心配だから早く開けて』
コンコン
『唯兎くん』
コンコン
『…早く開けてくれない?』
元々熱を出していた俺の身体は強張った身体に反応したかのように更に身体を熱くする。
熱い、頭がガンガンする。
喉が渇いた。
息が苦しい。
「…っは…っ」
その場から動けないまま流れる涙を拭う余裕もなく、荒れる息を整えようと胸に手を当てる。
どのくらいそうしていたのかわからない、気付いた時にはインターホンは鳴っておらず静かなリビングで俺の荒い息だけが響いていた。
「へ、や…もど…らなきゃ…」
せっかく冷えていたピッチャーもぬるくなり、周りには水滴が沢山付いてしまっていた。
部屋に戻らないといけない。
郁真さんはもういないから大丈夫。
早く横にならないと。
そう思っても身体が動かない。
その場で横になってしまいたいが、リビングで横になるのはどうなのかと冷静な脳内の自分からお叱りを受ける。
「唯兎…!!」
もう冷静な脳内とか良いから横になってしまおうか、と考えているといつの間に帰っていたのかリビングの扉を開けて驚いた顔をした兄さんが立っていた。
兄さんは慌てて荷物を投げ捨てて俺に駆け寄る。
その荷物、卵入ってなかった…?
「唯兎、大丈夫…!?飲み物取りに来たの…?具合は?熱は?あ、それよりも部屋に戻ろう…ね、帰るの遅くなってごめん」
慌てて周りを確認して水滴の沢山ついたピッチャーを見つけた兄さんは飲み物を取りに来てそのまま具合が悪化したと思ったらしい。
いろいろ端折ればそうなるからそれで良いか、と抱き上げて部屋へ連れて行こうとする兄さんに身体を預ける。
その後、汗を沢山かいた身体を温いタオルで拭いて貰い新しいパジャマへと着替えた。
ピッチャーも別のものを用意してくれてひんやりとしたスポドリをゆっくりと飲む。
着替え、水分補給、冷えピタも新しくしてから改めて熱を測ると38.5度。
朝よりも上がってしまった熱に自然とため息が出る。
「唯兎ごめんね、僕が帰るの遅くなったせいで…」
「兄さんのせいじゃないよ…俺こそごめん、兄さん勉強で忙しいのに熱なんか…」
「そんな事言わない、熱はしょうがないでしょ」
優しく頭を撫でてくれる兄さんに昼間感じていた強い恐怖が嘘のように安心感を得られる。
おかしな話だ、俺は元々兄さんに嫌な事をする筈だったキャラなのに今では兄さんに安心感を貰ってる。
「兄さん、いつもありがとう…ごめんね」
「ごめんはいらないよ、僕のほうこそありがとう」
優しく微笑みを浮かべて俺の頭を撫で続けてくれる兄さんに甘えて、熱が上がってしまった俺は重い瞼を閉じる。
そのまま兄さんの優しい温もりを感じながら夢の中へ入って行くのだった。
_________________________________
唯兎の様子が変だ。
今は熱を出して寝込んでいるが、何かに怯えるような様子を見せることがある。
それは、久しぶりに会った【高城 郁真】に再会してからのように感じる。
高城 郁真…僕は郁ちゃんと呼んでいる。
郁ちゃんは僕が幼い頃住んでいた家の隣に住んでいたお兄さん。
とても優しくて、僕も本当のお兄ちゃんのように感じていた。
そんな彼に再会出来て嬉しく思う。
唯兎も郁ちゃんと仲良くなれたら良いな、なんて思ってすらいた。
けれど、唯兎はどこか郁ちゃんに対して怯えてるように思う。
それは初対面での唯兎の取り乱し方や、郁ちゃんがお見舞いに来てくれた時に
「ごめんなさい…俺、会いたくない…」
と、泣きそうな顔で言われた時に郁ちゃんが怖いのでは、と感じた。
その事もあり、今お父さんとお母さんに相談の電話をしている。
「郁ちゃんは別に唯兎の怖がるようなことは何もしてない筈なんだけど…」
『でも唯兎はその郁真くんを怖がっている、と…』
『そうね、郁真くんは怖い見た目をしているわけでもないし…雰囲気も柔らかくて優しいから見た目の問題でもなさそうね』
お父さんに連絡をしたらお母さんにも相談しよう、ということになり今は3人でテレビ通話をしている。
唯兎は熱があり参加できないのが残念。
「唯兎が何に怯えてるのかわからなくて、気をつけようがないんだ…」
『…照史、唯兎の事考えてくれてありがとうな』
「あ、当たり前だよ…お兄ちゃんだし」
お父さんからの感謝の言葉はなんとなく擽ったくて少しだけ照れてしまう。
そんな僕たちの後ろでお母さんがねぇ、と声を出す。
『唯兎、もしかして大きい男の人が怖い…んじゃない…?』
「ぇ」
『…そうか、変質者に襲われた時の恐怖がもしかしたら脳裏に焼き付いていてその郁真くんにも恐怖を感じているのかもしれない』
『郁真くん、身長高いからもしかしたら…』
唯兎は小学生の時、変質者に腕を掴まれ連れ去られそうになった事がある。
その時のことを思い出して、自分より大きな郁ちゃんが怖く見えて体調を崩した…とするとこれまでの唯兎のおかしい様子も合致がいく。
『ごめんなさい、私が深く考えないで郁真くんに家の場所教えたから…』
『母さんは何も悪くないだろ、誰も予想なんて出来ないことだ。だが…照史』
「…はい」
『もし本当に唯兎が大きな男の人が自分に近寄って来たことで恐怖を覚えるのであれば、その郁真くんは一度離れてもらった方がいいかもしれない』
せっかく近くの大学に通うことになり、家も近くだからと好意的に接してくれた郁ちゃんには悪いけど僕も郁ちゃんには事情を話して唯兎との接触はやめてもらおうと考えていた。
郁ちゃんは優しいから、わかってくれる。
「明日、郁ちゃんには僕から話す…」
『ごめんな、久しぶりに会って嬉しかっただろうに…』
「ううん、それに…唯兎がそういう事で怖い思いするとしたら、その原因は僕にある…」
あの時、唯兎を1人にしなければ
あの時、女の子達に時間が取られていなければ
あの時からずっと後悔が止まらない。
『照史、あれは照史のせいじゃない。だから自分を責めるな』
「……うん」
『今日はもう寝ましょう、照史も疲れたでしょ?ゆっくり休みなさい』
お母さんのその一言で通話はお開きとなった。
明日、郁ちゃんに話さないと。
唯兎の為にも、唯兎が怖いと思うものは全部遠ざけないと…。
「唯兎…」
眠る前に唯兎の部屋に入る。
はぁ、はぁ…と苦しそうに眠る唯兎の冷えピタを新しいものに変えるとそのまま優しく頭を撫でる。
「唯兎、僕が守るから…」
君はこのまま僕と一緒にいて。
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