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第七話

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「ただいまー!」
「照史ー!唯兎ー!寂しかったわよー!」



とある日の朝。
まだ8時だと言うのに騒々しく玄関の扉を開けて来たのは父と母であった。

小学生の時からずっと海外で仕事をする事になってしまってはいるが、月に1度は必ず帰って来て状況を見てくれてるから特に苦労もなく過ごせている。
学校で必要なもの、日用品で欲しいもの、自分たちが買いたいもの。
それらは電話で知らせているため、それ以外の様子を見にわざわざ飛行機に乗って帰って来てくれているのだ。



「照史、ここ一ヶ月何か変わりはあった?」

「最近は凄く平和なものだよ、電話で知らせた女の子も遠くに引っ越したみたいだし問題ない」



そう、あの桃中事件の犯人である桃中本人は気付いたら学校に来ていなかった。
桃中と同じクラスの子に話を聞いてみるとなんでも引越しをした、らしい?
詳しくはわからないけど先生に聞いたところで家庭の事情、としか教えてもらえなかった。




「唯兎、嫌な思いしたね…近くにいてあげられなくてごめんね…」



悲しげに俺を抱きしめる母さんに俺は大丈夫だよ、と答えるもその答えにすら母さんは悲しげに眉を顰める。
さらにギュッと抱きしめられて頭を撫でられるが、慣れてない故にどうしたら良いかわからず兄さんをチラッと見てしまう。
そんな俺に気付いたのか兄さんは困ったようにクスッと笑い母さんに声をかける。



「お母さん、ここ玄関だしそろそろ中入ろう?お土産早く見たいな」

「そうね!今回もいろんなの買ってきたのよ!唯兎はTシャツとかこだわりないかな?可愛いの沢山買って来ちゃった!」



兄さんの声にハッとしたように俺を解放するとお土産の袋を持って足早にリビングへ向かう。
ホッと胸を撫で下ろしながら兄さんにありがとう、と小声で伝えると兄さんは小さく笑いながら俺の頭をポンポンと撫でた。




「唯兎ー!Tシャツのサイズ合うか確認してー!」




リビングから大きな声で俺を呼ぶ声が聞こえてあわあわと急いでリビングに走る俺を微笑ましげに見つめる父さんと兄さんの目に気付かないまま俺は母さんの相手に向かった。











_______________________________










「ねぇ、お父さん…聞きたいことがあるんだけど」




パタパタと小走りでリビングに向かう唯兎を見送りながら照史は自分より高い位置にある父の顔を見上げた。
唯兎がこの場を離れるのを見計らったかのようなタイミングに父はふむ、と少し髭の生えた顎を指で撫でる。





「唯兎ー、父さん買い忘れ思い出したから少し外出るな」

「え、俺ついてく?」

「照史借りるからいいよ、母さんの相手してやっててくれ」





リビングからヒョコッと顔を出した唯兎はそれなら、とコクンと頷いていってらっしゃいと一言伝えるとまたリビングに戻って行った。
リビングから響いてくる母の楽しそうな声とそれに戸惑うような唯兎の声を後に家を出て少し歩いた先にある公園へと向かった。




「唯兎とは仲良くなれたか?」

「仲良く…はわからないけど、最近は少しずついろんな唯兎が見られるようになってきたかな…?この前とか見たいテレビがあるっていつもよりお風呂早く入ったのに時間間違えて覚えてて見たかった番組がやってる時間にお風呂入っちゃってさ、出てきたらもうエンディングで凄くショック受けてて可愛かった。見たい番組のタイトル聞いてたから録画しておいたんだけど、それを伝えたら半泣きで沢山お礼言われてさ…。あ、あと唯兎って猫が好きなのかな?学校帰りに野良猫を見つけてなんとか触ろうとしてた。勿論自分から無理に触りにいこうとしてなくて、鳴き真似しながら猫から来るように促してたんだけど全然来てくれなくて最終的には諦めて残念そうにしながら一緒に帰ったよ。そうだ、あとこの前…」

「わかった、とりあえずその話はまた次回にでも聞こうかな!そこのベンチに座って照史が聞きたいって言ってた事話してくれないか?」




何気なく聞いた話題であったが、照史の口からはどんどん唯兎の情報が出てきて止まらない事は家に帰ってくるたび起きるイベントだからか父も驚くことなくストップを掛け、ベンチへ座るように促す。
いつもならもう少し話を聞いてあげるし、父としても2人の様子が知られて嬉しい時間ではあるのだが今回は照史から父へ聞きたいことがあると言うことでわざわざ外まで出てきたのだ。
2人でベンチへ座ると照史は少しずつ話をし始めた。





「…お父さんとお母さんが出張言ってすぐ、唯兎がお母さんって泣いてたって電話したでしょ?」

「…ああ、あの時はありがとうな。それからは唯兎がお母さんって泣くことはあったか?」

「いや、あれだけ。もしかしたら1人の時とかに泣いてるかもしれないけど、僕が確認出来たのはその時だけ」




あの時の唯兎は本当に悲しそうに泣いていて照史はとても胸が苦しくなった。
お母さん、お母さんと泣いていても近くには照史しかおらず頼れる大人など誰もいない。
また同じように泣いたらどうしようと不安になっていたが、それ以来唯兎はお母さんと泣くことなく中学生に上がった。
唯兎の口からは[お母さん]という単語が出てくることはなく、安心していたのは確かだがそれ以上に唯兎の中の悲しみがどのようなものなのか。
取り除く事は出来ないかと考える時間も多々あるのも事実。

そこで父が帰ってくる今日、唯兎の[お母さん]について父に聞こうと決めていたのだ。




「そう、だな…お前ももう立派なお兄ちゃんだもんな。知ってていいかもな…」



父はジッと目を見てくる昭史に何かを決めたかのようにボソッと呟くと改めて昭史に向き直った。




「お母さんには結婚する前に伝えたことだ。それをふまえて結婚を承諾してもらった」

「お母さんも知ってるんだ…」

「単刀直入に言うな。唯兎は実の母親に虐待されていたんだ」



思ってもみなかった言葉に昭史の脳は受け入れることを拒否したかのように何も考えられなくなり、口からはは…という音だけが出てきた。
昭史はお母さんに会いたいと泣いていた唯兎を見て離婚の原因は夫婦内での問題だとばかり考えていた。
なんなら、今日父から話を聞いた後唯兎をお母さんと会わせてあげてほしいと頼むつもりでもあった。



「…お母さんと再婚したのは…8歳の時…?」

「お父さんが虐待に気づいてやれたのが5歳の時だった、あいつが言うには3歳の時から虐待まがいなことをしていた、らしい」




らしい、というのもその証言は元母親のものであり幼い唯兎はそもそも虐待を受けているという感覚があったかどうかも怪しいところ。
故に元母親からの証言のみで確定的なものは無いため「らしい」という表現になってしまうようだ。





「俺が気付けたのはたまたまだった…それまでは俺の前では優しく振る舞っていたアイツだったが、とある日唯兎に暴力を振るった。その痣を俺が見つけられたからこそ虐待の事実が浮かび上がった…けど、もしあの時痣を見つけられてなかったら……」





目頭を押さえ、大きな溜息を吐いた父にどうしたらいいかわからず照史は膝の上に置いた両手を見つめているしか出来なかった。
唯兎が実際どんな事をされていたか、それはハッキリされなかったそうだ。
ただ父が問い詰めた時に元母親の口から「この子が全部悪いのよ!」という言葉が出始め、虐待があったという事が浮き彫りになったと父は話した。

唯兎に離婚のことを話せば「ママとまた会える?」と悲しんだそうだ。
父は「また会えるよ」とだけ話、離婚成立と共に家を出たと顔を上げることなくぽつりぽつりと話をした。





「俺もな、唯兎がどんな事をされてどんな事で傷付いたのかわからないんだ…ただ、あの時の事を聞いて思い出させたくない…。辛い事は忘れて欲しいんだ」

「……うん」

「だから、唯兎にとってはアイツは【大好きなお母さん】でもいいと思っている。それで会わせるか、と聞かれたらそれはまた考えないといけないところだがあの子の記憶を辛いものにしたくないんだ」

「…………ん」





今度はしっかりと照史の目を見つめて、唯兎ことを大事そうに話す父を見て自然とポロポロと涙が出てくる照史に困ったように眉を下げて父はギュッと抱きしめた。





「ごめんな、照史…。でも唯兎を任せられるのはお前だけなんだ。俺も母さんも頑張るから、どうか唯兎を守ってやってくれ」

「あた、りまえだよ…僕唯兎のこと大好きなんだから…」





涙を拭いながら唯兎が大好きだと言う照史に父は嬉しそうに笑い、再びギュッと抱きしめた。










「俺も母さんも、照史と唯兎の事大好きだ」

















 










「あ、おかえ……兄さん?」




たまたまトイレに立っていて、リビングに戻る途中だった俺は本当にたまたま丁度帰ってきた兄さんと父さんと廊下で会った。
何故か兄さんの目は赤く充血していて泣いていた事がよくわかる。
兄さんは優しく微笑んでただいま、なんて声をかけてくるが買い忘れがあったと出たはずなのに手には何も持っていなくて2人の間で何かあった事だけしかわからない。




「兄さん、どうしたの?父さんにいじめられた?」

「唯兎…父さんは照史をいじめたりしません」




呆れたように笑い、俺の頭をコツンッと叩いて先にリビングへ戻った父さんにヘラっと顔が緩む。





「ごめんね、ちょっとお父さんに相談事があって話を聞いてもらってたんだよ」





父さんにコツかれた頭をよしよし、と優しく撫でてくる兄さんは嘘をついてるようには見えずなるほど…と納得した。
確かに兄さんは俺には凄く優しくて守ってくれてるけど、そんな兄さんだって悩みの1つや2つあるに決まってる。
それを父さんに相談してついつい涙が出てしまったという事なのだろう。





「兄さん、俺にも相談して良いんだからね。俺も一緒に考えられるよ」




泣いてしまう程悩みを出す場所がなかった兄さんに申し訳無さが生まれてしまい、兄さんを見上げながら提案すれば兄さんは心底嬉しそうに俺の事をギュッと抱きしめる。





「うん、ありがとう…じゃあ今度は唯兎に相談してみようかな」




ギュッと抱きしめる手がなんとなく熱く感じて兄さんを見上げれば、またうっすらと目に涙が浮かんでいた。
流石に弟に泣いてるところは見られたくないだろう、と目を逸らし抱きしめてくる兄さんの手を解くと手を洗ってくるように洗面所へ促す。
素直にうん、と答えた兄さんは先にリビングに行ってるように言うとゆっくり洗面所へ足を向けた。

その姿を見届けてからリビングへ戻ると、父さんと母さん2人が微笑みあって談笑している光景が目に入ってなんとなく眩しく感じる。





「唯兎、照史はどうした?」

「手を洗ってくるって、先に戻っててってさ」




兄さんの分の飲み物を用意しながら答えるとそうか、と答えてお土産の荷物の中身を探り始めた。
遅くなったが1ヶ月ぶりに帰ってきた父さんと母さん。
たくさんのお土産やお土産話があるだろう、と話を聞いてる間のつまみとしてクッキーや煎餅を皿に準備して兄さんの好きな紅茶と一緒にテーブルへ置く。

そのタイミングで兄さんが戻ってきて準備をした俺に「ありがとう」と声をかける。
そんな兄さんに「ん」とだけ返したら父さんと母さんがどんどんとお土産を俺たちに渡してきた。


Tシャツ
ノート

2人用の食器
スマホ用のケース
お菓子が数種類


いつもお土産買い過ぎだって怒るけど、2人は気にした様子もなく「寂しくさせてるお詫びも含めてる」と正当化してどんどんとお土産を増やしていく。
おかげで服もお土産で買ってきてくれたものばかりだし鞄だって買い足す必要ないくらいに揃っている。
友達のことも考えてくれているようで友達に配れるように大きな袋に小分けにされて入ったお菓子なんかも何種類か買ってきてくれている。





「お父さん、お母さんお土産ありがとう」

「ありがと…だけど買い過ぎだってば」




呆れたように言ったところで2人はふふっと笑うだけ。
既に次はが欲しい?なんてリクエストまで取ろうとしているあたり全く俺の声は聞こえてないのが窺える。

そんな父さんや母さん、兄さんが3人で笑い合ってる姿が俺にはとても幸せなものなのだと感じている。
本来の唯兎には手に入れられなかった幸せ。

嫉妬そのものは感じる時はあれど、それを兄さんにぶつけるつもりはない。

今はただ、この幸せをみんなで共有したい。


とりあえず、あとで友達用にお菓子を袋に分けておこうかな。
なんて1人でクスッと笑ってると3人からの視線を感じた。




「…なに?」

「いや、幸せだなって思ってな」





締まりのない笑顔で答えた父さんだが、俺も同じことを思っていたこともあってなんとなくむず痒い気持ちになる。
母さんも兄さんも同じことを思っているのか、とても優しい笑顔で俺を見つめている…正直恥ずかしい。





「家族4人、これからも幸せで暮らそうな」

「…まずは仕事頑張っておいでよ」




ついついツンっとした態度で答えると父さんに「確かにな!」と大きな声で笑われた。
兄さんとは違う、ガシガシと少し乱暴な頭の撫で方をされた頭は爆発しそれを優しく兄さんが直してくれる。
そんな3人を微笑みながら母さんが見ていてくれる。






幸せ、だな…
ずっとこのまま、幸せでいられたらいいな。







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