その白兎は大海原を跳ねる

ペケさん

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第135話「乾坤一擲」

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 少し遡り、ホワイトラビット号 ――

 エクス・グラン号の追跡から逃げているホワイトラビット号の船尾甲板では、シャルルが望遠鏡でエクス・グラン号と仲間たちの動向を確認していた。

「通常砲撃じゃ、まったく効いてないか……信号弾用意! 『撤退』と『友軍と合流されたし』」
「にゃぁ!」

 このまま攻撃しても被害が広がるだけと判断したシャルルは、両船団に撤退の指示を出した。現有戦力では勝てず、オルガたちと合流しなければならないと判断したのだ。

 信号弾が上がると同時に、再びエクス・グラン号の船首に魔導砲が展開中なのを見てシャルルは目を細める。

「懲りずに撃ってくる気ね、今度は大きいよっ!」

 魔導砲の収束する輝きに対しシャルルは回避のタイミングを図る。魔導砲は弾速が速いため発射されてから避けては躱せないが、早めに回避行動を起こせば照準を変更されてしまう。

「ハンサム、取舵一杯!」
「取舵一杯っ!」

 ハンサムが舵輪を廻し、ホワイトラビット号は左に舵を切る。制動が掛かり左折を開始したホワイトラビット号は、エクス・グラン号から発射された魔導砲を回避する。

 シャルルが安堵の溜め息をついた瞬間、マギが叫び声をあげた。

「うさぎちゃん、もう一発くるわっ!」
「えっ!?」

 驚いたシャルルがエクス・グラン号を睨みつけるが、マギの言う通り魔導砲の収束する輝きが消えていなかった。

「もう一門!? くっ……面舵一杯っ! 裏帆を打ってもいい、廻せぇ!」
「にゃぁぁぁぁ!」

 無理やり風上に船首を立てたことで、帆が裏打ち船足あしが鈍る。激しく揺れる船上で、シャルルは踏ん張りながら魔導砲を睨みつけて計算を始める。

 エクス・グラン号の船首の角度とホワイトラビット号の位置、直撃はしなくとも船が無事では済まない状況だった。

「避けきれないっ! 船尾、魔導防殻全力展開っ!」

 回避しきれないと判断したシャルルは魔導防殻の発動を命じたが、先程から見せている魔導砲の威力を考えれば、魔導防殻でどうにかなるレベルではなかった。それでも直撃するよりはマシと祈るしかない状況なのだ。

「みんな、衝撃に備えてっ!」

 シャルルの声に乗組員クルーたちは、腰を落として衝撃に備える。

 しかし、その衝撃はいつまで経っても襲ってこなかった。シャルルが顔を上げてエクス・グラン号を確認すると、その船首は何故か爆破炎上していたのだった。

◇◇◆◇◇

 さらに少し遡り、ゼロン=ゴルダ大海賊団 旗艦ゼロン号 ――

 ホワイトラビット号によって沈められたゴルティアス号の代わりに、頭領代行のノーテムと先代頭領のゴルダが乗船しているのがゼロン号である。

 先代頭領であるゴルダが引退後にも乗っている老朽船だが、彼が頭領を務めていた頃は、旗艦として活躍していた大型船だ。

「おいおい、どんだけ硬ぇんだ!?」

 集中砲火を耐えて反撃してきたエクス・グラン号に、ノーテムは呆れた様子で肩を竦めた。現在ゼロン号は南東に向かって回避行動に出ていた。攻撃は通らないと見てエクス・グラン号の足止めに向かうことにしたのだ。

「代行、どうするんだ? 突っ込んだところで止めれる気がしねぇぜ」
「さて、どうするか……あの威力じゃ迂闊に近寄れねぇ」

 ゴルダに問われノーテムが眉を顰めながら考え込む。ゼロス号の火力では、エクス・グラン号の装甲を抜けないことは、すでに証明されている。

 それなら船をぶつけて乗り込むかと言えば、まるで城壁のように高い舷側では、甲板までよじ登ることも困難だった。

 そこに見張り台の海賊から報告が飛んでくる。

「代行っ! やっこさん、また魔導砲を撃つつもりだ、今度はでかいぜっ! あと嬢ちゃんの船から撤退の信号弾!」

 ノーテムが並走するエクス・グラン号を見ると正面の砲門が開き、ゆっくりと魔導砲の砲身がせり出してきていた。

「ちっ、舐めやがって……こっちは完全に無視かよ。攻撃が効かねぇと思ってやがるな!?」
「先代、ちょっとここは任せたぜっ!」

 ノーテムはそう言い残すと、急いで砲列甲板に向かって駆け下りていった。そんなノーテムを見てゴルダはニヤリと笑う。

「ククク、久しぶりに海神の砲手の腕前が見れそうじゃねぇか」

 砲列甲板とは上甲板の下にあり、文字通り大砲を並べている甲板のことだ。ノーテムがそこに降りてきたことにより、砲撃の指揮を執っていた海賊が驚きを見せる。

「ノーテムさん、どうしたんですか?」
「左舷の一番砲を借りるぞ! テメェらも、あの魔導砲を狙え!」
「へ……へいっ!」

 その指示に従い海賊の砲手たちは、エクス・グラン号の船首目掛けて砲撃を繰り返す。しかし仰角が確保できないのか、船首の下の方に当たるだけで魔導砲には届く気配すらなかった。そんな中、ノーテムだけが集中して呼吸を整えている。

「まだだ……まだ……」

 エクス・グラン号の反撃がゼロン号の近くに落ち、それによって発生した波に、船体が激しく揺れる。大きく傾いた船体に転覆を危ぶむ声が漏れた。

 しかし船が大きく傾いたことで、ノーテムが狙いを付けた大砲の狙いが普段は届かない位置まで上がる。ノーテムは、その一瞬を逃さず大砲を発射させた。

 爆音と共にノックバックする大砲、発射された砲弾は真っ直ぐに飛んでいき発射直後の魔導砲に直撃する。その衝撃で蓄積していた魔力マナに影響したのか大爆破を引き起こし、船首付近を破壊したのだった。

「よっしゃぁぁぁ!」
「わぁぁぁぁぁ、さすがノーテムさんだっ!」

 周りの砲手たちも、ノーテムの神業のような砲撃に歓声を送る。ノーテムは拳に力を込めると小さく突き上げてアピールをする。その姿に歓声はさらに高まるのだったが、次の瞬間舷側の一部が弾け飛び、砲手たちが吹き飛ばされる。

「うわぁぁぁぁ!?」
「痛ぇ……痛ぇよ」

 吹き飛ばされ怪我をした海賊たちは呻き声をあげていた。同様に吹き飛ばされていたノーテムも何とか立ちあがると、ポッカリと空いた舷側から外の様子を覗き込む。

「……やっとこっちを見やがったか、クソ野郎!」

 魔導砲を破壊されたことで逆鱗に触れたのか、エクス・グラン号の集中砲火がゼロン号に襲い掛かっていた。しかし砲手の腕が悪いのか、直撃したのは先程の一発だけだった。それでも、このままでは轟沈するのは時間の問題である。

「もう撃たなくていい! 生きてる奴は怪我人を救出と、船の応急処置を優先しろ。俺は甲板に戻るから、ここは頼んだぜ」
「へいっ! お前ら、急げっ!」

 砲手たちは埋もれた仲間たちを助けるために動き出す。ノーテムは痛む体を引きずりながら甲板に戻ってきた。

 甲板上もそれなりに被害が出ていたが、砲列甲板ほどではなかった。怪我人の救助をしつつ、残った甲板員はゴルダの指示に従って回避行動に移っている。

「気合入れて動かせよぉ、このままじゃ沈められちまうぜぇ!」
「こんちくしょぉぉぉ!」

 ボロボロの体で船尾甲板に上がってきたノーテムを見て、ゴルダはニヤリと笑う。

「おぅ生きてたかっ、頭領!」
「あぁ何とかね……それより、俺はあくまで代行だ」
「いいや、周りを見てみろよ」

 そう言われたノーテムは後ろを振り向いて甲板を見下ろす。そこには期待する眼差しでノーテムを見つめる海賊たちがいた。

「頭領、指示をくれっ!」
「俺たちはあんたに付いていくぜ、頭領!」

 先程の一撃でゼロン=ゴルダの海賊たちの心をガッチリと掴んでしまったノーテムは、彼らの中ですでに頭領として認識されてしまっていたのだ。

 今まで先代頭領ゼルスをサポートすることに徹し影に隠れていた男が、ついに日の目をみることになったのである。

 期待する眼差しで指示を仰いでくる海賊たちに「あくまで代行だ」とは言えず、ノーテムは覚悟を決めたように指示を出していく。

「俺らの役目は終わった。さっさとズラかるぞ、面舵一杯だっ! 死んじまったらお嬢ちゃんから報酬貰えねぇからな」
「まったくでさぁ、はっははは!」

 海賊たちは笑いながらノーテムの指示に従い、ゼロン号はエクス・グラン号から離れていく。

 エクス・グラン号も射程外まで逃げられると、それ以上は追いかけずにホワイトラビット号の追跡を優先させたのだった。
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