上 下
133 / 145

第133話「動く城」

しおりを挟む
 一方、シャルルたちは ――

 ミュラー諸島を離れ、海を飲み込む月の島ルナ・インスーラに停泊していた。王都に向かうための補給などを済ませるためである。

 王都防衛艦隊の乗組員は全員ミュラー諸島に降ろし、彼らを監視するために損耗が激しいものを中心に十隻を残した。残った戦力はホワイトラビット号を含め二十四隻。その中で主要な者たちが、ホワイトラビット号に集まっていた。

 乗り込んで来たのはゼフィールとノット・ソー、ゴルダとノーテムである。通常この手の会談は最も大きな船でやるが通例なのだが、エクスディアス号は先の戦いで、メインマストの一部が破壊されて修繕中だった。

「損害もかなり出ちまったが、作戦もようやく大詰めか」
「うん、あとは王都海上を押さえるだけね」

 若干疲れた顔のゼフィールに、シャルルが頷きながら答える。彼らの作戦ではオルグたちが王国艦隊を引き付け、その間に王都の軍事施設を破壊、防衛艦隊をミュラー諸島に誘引して撃滅。そして海賊艦隊で王都海上を押さえて、砲艦外交を行うというものだった。

 さすがのグラン王国も喉元にナイフを突きつけられれば、海賊たちとの交渉に応じるしかない。

「そんなことしても無駄だ。兄上たちが戻ればお前たちなど壊滅させられるぞっ!」

 そう喚き散らしてきたのは、船縁で縛り上げられていたアレス王子だった。シャルルは少し呆れた様子で肩を竦める。

「王子さま、海賊艦隊が負けると思っているなら海賊を舐め過ぎよ?」
「我が国は最新の魔導艦が増えているのだ、負けるわけがないっ!」
「でも、貴方は負けたじゃない」

 シャルルが突き放すように言うと、アレス王子は声を詰まらせて黙ってしまった。

「操るのがアレだからちょっと心配だけど、グレートスカル号がいる時点で向こうが負けることはないはずよ」
「戦力もあちらに集中させてあるし、まぁ大丈夫だろう。キャプテンライオネルもいるしな」

 兄妹揃ってキャプテンオルガの評価が微妙だが、二人とも勝利に関しては疑っていなかった。それほどグレートスカル号の力は絶対的なのだ。

「あと何隻残っているのかわからないけど、たぶん十隻もいないでしょ」
「ふ……ふん、グレートスカル号とは言え、あの艦に勝てるわけがない」

 アレス王子の負け惜しみのような言葉に、シャルルの直感が少しだけ騒めいた。彼女はツカツカとアレス王子に近付くと、彼の襟を掴んで立ち上がらせる。

「あの艦って何のこと?」
「グレートスカル号を倒すために造られた新造艦さ、名はエクス・グラン号!」

 軍事機密をベラベラと喋ってしまうアレス王子にシャルルは内心呆れていたが、ニッコリと微笑むと興味津々といった様子で尋ねる。

「へぇ、そんなに凄い艦なんだ! どんな艦なの?」
「我が国の技術の粋を集めて作った巨大戦艦さっ! 八つの大型魔導動力炉を搭載し、高い防御力と火力を両立した……まさに艦の王と呼ぶべき戦艦さ!」
「へぇ凄い~、さすがねっ! 他にはどんな特徴があるの?」

 シャルルに煽てられて、興奮気味にベラベラと詳細な軍事機密を漏らしていくアレス王子。その様子を見つめていたマギは、カイルの頭を撫でながら呟く。

「あの子、自分の魅力を自覚してアレをやるから怖いのよねぇ。坊やも気を付けなさいねぇ」
「え? いや、僕はよくわからないです」

 シャルルにジロリと睨まれたカイルは、慌てて視線を逸らした。シャルルがアレス王子から情報を根こそぎ聞き出すと、それを聞いていたゼフィールたちはそれぞれ意見を出し始めた。

「そんなに巨大な艦が動くのか?」
「多くの動力炉を積み込めば動くとは思うが……」
「たぶん鈍足ノロマだろ? 取り囲んじまってボコボコにしちまえよ」

 そんな話をしていると、見張り台の黒猫から慌てた様子で報告が飛んできた。

「にゃ~、北から大型艦にゃ~! グレートスカル並みにでかいにゃ~」
「何ですって!?」

 シャルルは望遠鏡を取り出すと北側の海を見る。霧が出ていて分かりにくかったが、確かにかなり大きな船がこちらに向かって来ているのが見える。帆は張っていないところから魔導艦だと思われた。

「これは……噂をすればなんとやらかな?」
「迎え撃つか、シャルル?」

 ゼフィールに尋ねられたシャルルは少し考えこむ。アレス王子から聞き出した情報が真実であった場合、現存の戦力で対抗するのは難しそうだったからだ。

「とりあえず、交渉できるか試してみるよ。切り札もあることだし、大人しく退いてくれるかも?」

 シャルルが親指でアレス王子を指差しながら提案すると、ゼフィールは少し考えてから頷く。

「そうだな……戦わずに済むなら、それに越したことはない」

 ゼフィールは、無残な状態の自分の船を見つめながら答えた。フォアマストとメインマストの一部が破壊されたエクスディアス号では、まともな戦闘は難しいとの判断だろう。

「とりあえず、わたしが先行して交渉してみる。ゼフィ兄たちはあまり刺激しないようについて来て」
「わかった、シャルルに任せる。頼んだぞ」

 対応が決まると、ゼフィールたちはそれぞれの船に戻っていった。シャルルは残った乗組員クルーに向かって指示を出していく。

「さぁ、もうひと頑張りだよ。錨を上げろっ! メインスル開けぇ、微速前進!」
「にゃぁぁぁ!」

 錨を上げたホワイトラビット号はゆっくりと動き出し、接近中のエクス・グラン号に向かうことになったのだった。

◇◇◆◇◇

 ホワイトラビット号を先頭に形成された船団は、真っ直ぐにエクス・グラン号に向かっていく。近付くとエクス・グラン号の異様さが良くわかる。グレートスカル号並みの巨大な船体に帆もまったくない姿は、もはや船にすら見えず海上で動く城と言った風貌である。

「あの大きさだと衝角突撃ラムアタックを仕掛けても、こっちが転覆しそうね」
「確かにな……それに、あのデカさだと乗り込むのも難しいだろうよ」

 シャルルの率直な感想にハンサムが頷く。大きいというのは、それだけで攻略が難しいのだ。エクス・グラン号を観察に、甲板まで上がってきていたガディンクに向かってシャルルが尋ねる。

「ガディ親方は、どう見る?」
「大型魔導動力炉を八基積んでるってのはマジかもな。それぐらいなきゃ、あの巨体は動かせんだろ。この距離からじゃわからんが、砲数も相当ありそうだ」

 アレス王子から聞き出したエクス・グラン号の性能が間違いないとなると、かなりの難敵である。シャルルは目を細めてエクス・グラン号を見つめると、確認するようにガディングに尋ねる。

「ラビット・ソード・カノンはやっぱり使えない?」
「あぁ、やっぱり砲身が相当ガタついている。撃てねぇこともないだろうが、下手するとこっちの船が吹っ飛ぶぞ」

 ラビット・ソード・カノンは、グラン王国艦が所有する魔導砲より高威力だ。その代償に安全に撃つためには毎回砲身の換装が必要になってくる。今回の航海ではすでにグランロードに向かって放っているため、砲身が溶解しつつあった。

「ん~……いざという時のために用意しておきたいんだけど、何とかならないかな?」
「わぁったよ、仕方ねぇな。やれるだけやってみるさ、上手くいかなくても文句言うなよ?」
「うん、お願いねっ!」

 ガディンクは、頭をボリボリと掻きながら船首に向かって歩いていく。シャルルはそれを見送ると甲板上の黒猫たちに命じる。

「旗ぁ掲げぇ、『本船にはアレス王子が乗船している。武装を解除し停船せよ!』」
「了解にゃ~、ついでにこいつも吊るすかにゃ?」
「うわっ、何をする放せっ!?」

 黒猫たちに囲まれて慌てるアレス王子に冷や汗を流していると、シャルルは呆れた様子で首を横に振る。

「それは、まだいいわ」

 ホワイトラビット号にスルスルと旗が掲げられ、シャルルたちは相手の出方を慎重に監視しながら、交渉を求めることにしたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...