その白兎は大海原を跳ねる

ペケさん

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第132話「獣王」

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 グレートスカル号から放たれた砲弾は、雨のようにリンドロードに降り注ぐ。しかし緊急展開された魔導防殻によって、その攻撃は防がれてしまった。

 まるで爆発したような音が上空で響き渡り、防ぎ切れない振動が突き抜けて、船体を激しく揺らす。

「くっ!? なんという威力だ。そう何度も防げんぞっ!?」

 揺れる甲板の上で踏ん張りながらヴァイス海将が顔を顰め、グレートスカル号を睨みつける。グレートスカル号は、そのまま斜めに進みながら砲撃を繰り返しており、抜け出す隙を与えないつもりのようだ。

 その砲撃も驚異だったが、さらに問題なのはグレートスカル号に隠れていたビーティス大海賊団が、真っ直ぐに向かってきているところである。

「とにかく移動だっ! 囲まれる前に艦を動かすぞっ!」
「無理ですっ! 頭を押さえられてますっ!」

 砲弾を防げるほど強力な防殻を展開すると、海面の抵抗が上がり艦を動かすのが難くなる。グレートスカル号は、その砲門数を利用して大砲をいくつかのグループに分け、時間差で放つことで防殻を展開させ続けリンドロードの動きを封じ込んでいた。

「防殻解除とタイミングを合わせよっ!」
「ハッ!」

 ヴァイス海将の指示に甲板上が緊張感に包まれる。グレートスカル号の砲弾が防殻に着弾したタイミングで、ヴァイス海将が手を振り下ろす。

「今だっ!」

 リンドロードは防殻を解除すると共に、魔導動力炉をフル稼働させて加速する。次弾の殆どは海水に落ち水柱を打ち上げたが、一発だけリンドロードの右翼にめり込み船体を大きく歪めた。

 その衝撃で激しく揺れた甲板からは、何人もの兵士たちが海に投げ出されていく。

「うわぁぁぁ!?」

 倒れたヴァイス海将は何とか立ち上がると、混乱中の甲板に向かって叫ぶ。

「状況報せぇ!」
「落水者多数! 右舷第一砲門不能! 防殻も損傷……ですが何とか動けますっ!」
「停船して救助している暇はないっ! 左舷ボート、落とせっ!」

 ヴァイス海将の命令で兵士たちが慌てて斧を手に取ると、船の横に吊るしてあるボートの固定用ロープを切り落としてボートを落下させる。

「海将、進路を塞がれますっ!」

 南に離脱を図ったリンドロードの進路を塞ぐように、ビーティス大海賊団の船が、広がりながら突っ込んできている。

 これまでの戦闘で多少減っていると言っても、五十隻あまりの一斉突撃だ。その姿は、もはや海上に出来た壁のようである。

「くっ、魔導砲の様子はどうだっ!?」
「一番は消失ロスト、二番は撃てますっ!」
「よし、あの大きな船に照準を合わせろっ! 通常の砲は近付いてくる船に撃てっ!」
「ハッ!」

 絶体絶命の状況になっても、ヴァイス海将は戦意を失っていなかった。次々と飛ばす指示を兵士たちは忠実にこなしていく。

 しかし、エッケハルト王子はすでに立ち上がる気力もなく、ガタガタと震えるのみである。

「準備できましたっ!」
「よし、放てぇ!」

 ヴァイス海将の号令のもと、再び魔導砲の閃光が放たれた。

◇◇◆◇◇

 リンドロードから放たれた閃光は、海面を切り裂きながらビーティス大海賊団の旗艦リオネーレ号を飲み込もうとしていた。

 リオネーレ号は頑丈な船だが、魔導帆船ではない。魔導砲を喰らえば一溜りもなく吹き飛んでしまう。

「取舵一杯っ! 衝撃に備えろぉ!」
「取舵一杯!」

 キャプテンライオネルの号令のもとリオネーレ号は左に舵を切り、魔導砲はその近くに着弾した。何とか直撃は避けたが、巨大な水柱と共に発生した衝撃波が容赦なくリオネーレ号を襲う。

「うおぉぉぉ!?」

 左舷側の装甲が弾け飛び、マストもメインを除いてへし折れる。甲板員たちも甲板に叩きつけられ、うめき声を上げている。

 同様に頭を打ったライオネルの額からは、ダラダラと血が流れていた。彼はその血を舌で舐めとると甲板の状況を確認する。

「野郎ども、無事かぁ!?」
「へい、俺らは何とか……」
「左舷から浸水! 大穴だ、手の打ちようがねぇぜ!」

 船倉から駆け上がってきた犬獣人がそう報告すると、ライオネルは歯をむき出しにして唸り声をあげる。

 このままでは、間違いなくリオネーレ号は沈没してしまう。それを避けるには、排水しながら港まで急行するしかない。

 しかし、ライオネルは意を決したように頷くと、手を突き出しながら大声で命じる。

「旗ぁ掲げぇ! 『全軍、進めっ!』だ」
「了解っ!」

 傾いたリオネーレ号に『進軍』を示す信号旗が掲げられる。これは僚船に対する指示であり、それを受けた僚船は沈みゆく旗艦に見向きもせずに、リンドロードに向かって突き進む。

「野郎ども、この船はもう沈む! テメェらは、ボートでさっさと離れろぉ!」
「か……頭はどうするんですか?」

 手下の一人が尋ねると、ライオネルはニヤリと不敵に笑う。そして雄たけびを上げると舷側に向かって駆け出した。

「悪いが、俺様は……あいつらにぶっ殺しにいくぜっ!」

 そして舷側から跳躍すると、丁度近くを横切った船に飛び移った。いきなり乗り込まれた船乗りたちは驚いていたが、ライオネルは構わずリオネーレ号に向かって叫ぶ。

「あとで必ず拾ってやる、生き残れよっ! さぁテメェら、船足あしぃ上げろぉ! あの船に一番に食らいつくんだっ!」
「へ……へいっ!」

 いきなり頭領に乗り込まれては、この船の船長も従うしかなかった。帆をさらに張り増し船足あしを上げる。双方とも、もはや損害など気にしている余裕もない総力戦である。

 リンドロードから放たれる砲弾に晒されながら、ライオネルが乗り込んだ船が突き進む。三隻に取り囲まれて、リンドロードも動きが取れなくなってきていた。

「いくぞ、てめぇら! 食らいつけぇ!」
「おぉぉぉぉ!」

 ライオネルの号令と共に船乗りは雄たけびを上げ、船はそのままリンドロードに突っ込んだ。

 先程グレートスカル号に食らった右舷に衝突され、さらにリンドロードは大きく傾いた。ライオネルが乗っていた船も、船首がグチャグチャになっている。

「乗り込めぇ!」
「うぉぉぉぉぉ!」

 ライオネルを先頭に獣人たちがリンドロードに乗り込んでいく。向かってきた兵士を手にした大剣で一薙ぎで両断すると、ライオネルは雄たけびを上げる。

「うおぉぉぉぉぉ、皆殺しだぁ!」
「殺せぇ!」

 それを合図に獣人たちが踊り出て、兵士たちと乱戦状態になった。

 ビーティス大海賊団には、様々な獣人が所属している。頭領であり獅子獣人のライオネルを中心に豹や牛、猿、サイ、鷹獣人な多種多様な獣人たちだ。

 基本的に纏まりのない彼らだったが、獅子獣人のみが本能的に彼らを統率する能力を持っていた。これは遥か昔にあった獣人たちの国の王が、獅子獣人だったからであると言われている。

 そんなライオネルが指揮した獣人の群れの勢いは凄まじく、あっという間に船尾甲板まで乗り込んでいく。

 船尾甲板にはヴァイス海将と副官、腰が引けているエッケハルト王子、彼の護衛として熟練兵が二人いた。

 ライオネルは肩に大剣を担いで、ヴァイス海将を睨みつける。

「てめぇが艦長か?」
「海将のイグラス・ヴァイスだ。その獅子顔、貴様はビーティス大海賊団の頭領だな?」
「俺様はライオネル・バルドバだ。悪いが死んで貰うぜっ!」

 ライオネルは一気に駆け出すと、担いでいた大剣を振り下ろす。ヴァイス海将は腰からショートソードを引き抜きながらバックステップで躱す。代わりに前に出た熟練兵がライオネルに斬りかかるが、後ろに控えていた豹獣人が彼らを槍で突き殺す。

「邪魔するんじゃねぇよ。テメェら、下がってろ」
「お前は、殿下をお守りしろ」

 ライオネルが手下を下がらせると、ヴァイス海将も副官にエッケハルト王子を託して前に出る。その姿にライオネルはニヤリと笑った。

「いくぜぇ! ウォォォォォ!」

 雄叫びを上げながら駆け出したライオネルは、ヴァイス海将の首を取ろうと大剣を振り回す。ヴァイス海将はそれをしゃがんで躱すと、地を這うように前に出てライオネルと肉薄する。

「フッ!」

 ライオネルの腹を目掛けてショートソードを突き出すヴァイス海将、その一撃はまさに必殺のタイミングだった。しかし、ライオネルは右腕を捨ててショートソードを防ぐ。剣が突き刺さった右腕からは鮮血が吹き出し、ヴァイス海将の顔を濡らした。

「グゥゥゥ、見事だっ! だが、俺様の太い腕はその程度で貫けねぇよっ!」
「……化け物めっ!」

 ライオネルは残った左手で大剣を振り下ろし、動けなかったヴァイス海将を肩から斬り伏せた。鮮血を巻き散らしながら崩れ落ちるヴァイス海将の姿に、副官が腰から剣を引き抜いて襲い掛かってくる。

「閣下!? うわぁぁぁぁ……グッ!?」

 ライオネルの左の一閃が副官の顔にめり込む、船尾甲板から甲板まで吹き飛んでいった。ライオネルは、震えながら剣を構えるエッケハルト王子を睨みつける。

「さてと、あとはテメェだけだが? 俺は投降なんて勧めやしねぇぜ、生き残りたきゃ掛かってきな」
「この蛮族がぁぁぁぁ!」

 エッケハルト王子は、錯乱したように叫びながらライオネルに斬りかかった。しかし、その刃は届くことなく、ライオネルは大剣は真っ直ぐに振り下ろされるのだった。
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