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第131話「もう一つの海戦」
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グラン王国 西部海域 ――
シャルルたちがアレス王子率いる王都防衛艦隊と戦っていた頃、グラン王国西部海域では王国艦隊と、キャプテンオルガが率いる海賊連合が戦っていた。
王国艦隊側は退きながらの消極的な戦いのため、両艦隊ともに被害は出ていなかった。しかし、後背を突く予定だったセイシール艦隊が、いつまで経っても姿を現さないことに、エッケハルト王子は苛立ちを募らせていた。
「エクムントは何故来ないのだっ!」
「何らかの問題が発生したとしか……考えたくはありませんが、別動隊に足止めされているのかもしれません」
激昂するエッケハルト王子を、海将イグラス・ヴァイスが落ち着くように宥める。しかし、もうとっくに海賊連合の後背を現れてなければおかしいタイミングだ。
それでも王国艦隊は来ない援軍を待ち、王都まで押し込まれるわけにはいかなかった。
「王都を襲撃した連中以外にも、他にまだいると言うのか!?」
「可能性の話です。前回の海戦の損害から考えて、連中にそれほど船を割けられるとは思えませんが……」
アレス王子はホワイトラビット号を追う前に、王国艦隊に向かって伝令艦を出していた。内容は王都が襲撃された件と、犯人と思われる海賊船を追跡する旨が伝えられた。
「こうなれば、我々だけで何とかするしかありませんな」
「無論だっ! このまま奴らを王都まで向かわせてなるものかっ!」
エッケハルト王子に了承を得たヴァイス海将は、力強くうなずくと副官に指示を伝える。
「全艦回頭だ! 本艦以外の半数は北、残りは南に回頭せよっ!」
「ハッ!」
副官は敬礼をすると、すぐに各艦に魔導通信で連絡を取っていく。しばらくして艦隊が回頭を始め、西方から攻め上がってくる海賊艦隊に向かう。
旗艦であるリンドロードを中心に、艦隊は左右に広がっていく。陸上であれば鶴翼の陣と呼ばれる陣形だ。
「奴らは、また大型船を盾として押し出してくるはずだ! 狙いは先頭のグレートスカル号、全艦は砲撃のタイミングを合わせよっ!」
「了解っ!」
ヴァイス海将の指示は直ちに全艦に伝えられ、各艦の砲門が開いていく。彼の予想は的中し、海賊連合側は構わず中央突破を試みる。
「よし、放てぇ!」
手を突き出したヴァイス海将の号令で、全艦が一斉砲撃を開始するのだった。
◇◇◆◇◇
同刻、グレートスカル大海賊団 旗艦グレートスカル号 ――
左右に展開した王国艦隊からの砲撃は、まさに十字砲火だった。並みの船なら一瞬で轟沈するほどの破壊力である。しかし、先頭のグレートスカル号は問答無用で突き進んでいた。
「頭ぁ! これは、さすがに厳しいぜっ!」
「いいから撃ち返せっ!」
グレートスカル号からの砲撃で、王国艦隊の二隻が轟沈する。しかし反撃出来ているのは、驚異的な装甲と長距離砲を備えているグレートスカル号のみで、他の随伴船は一隻また一隻と航行不能になっていく。
「ちぃ、この船が大丈夫でも、これじゃ一方的にやられるだけか……」
グラン王国艦隊は砲撃と同時に旋回しながら徐々に下がっており、このままでは接近する前に力尽きてしまうのは目に見えていた。そんな時、グレートスカル号の隣からしがれた声が聞こえてきた。
「おぅ、クソガキ! 右翼はワシらに任せなっ!」
「あんたは、確か……」
「ワシはキャプテンオミールだ。知らねぇか? おめぇの親父とは、よくやりあったもんだがなぁ」
グレートスカル号の右翼に現れたのは、キャプテンオミールが率いるアルニオス帝国の傭兵船団だった。
その全てを魔導帆船で構成された船団は、飛んでくる砲弾を魔導防殻で防いでいく。それに合わせてリッターリック大海賊団が、右翼側を大きく迂回して回り込むように動き出した。
続いて前に出てきたのはビアード・シーロードが率いるビアード船団、そして左翼側を同様に回り込むような動きを見せるアクセル船団である。
「それじゃ、左翼は俺たちがいただくぜっ! キャプテンオルガ、あんたは敵の旗艦を頼むぜ」
「お前ら……よし、テメェら気合を入れろっ! 俺らは直進だっ! あの旗艦をぶっ潰すぞっ!」
「おぉぉぉぉ!」
左翼にアクセル・ビアード兄弟、右翼にアルニオス帝国の傭兵船団とリッターリック大海賊団、そして中央を進むのはグレートスカル号と、その後ろに控えるビーティス大海賊団という布陣になった。
「頭ぁ、正面旗艦から強力な魔導反応!」
「なにぃ!?」
その報告にオルガが驚くと同時に、リンドロードから眩いばかりの光が放たれた。アレス王子が乗っていたグランロードにも搭載されていた魔導砲の輝きである。
その閃光はグレートスカル号に直撃し、大爆発を巻き起こしたのだった。
◇◇◆◇◇
グラン王国艦隊 旗艦リンドロード ――
発射された一筋の閃光は、見事グレートスカル号を貫いた。リンドロードからは爆煙でグレートスカル号の姿は、まったく見えなくなっていたが、エッケハルト王子は勝利を確信し歓喜の声を上げる。
「おぉ、やったぞっ! さすが最新型の魔導砲だな」
「えぇ、さすがに無事ではないかと思いますが……第二射、準備を急げよっ!」
「ハッ!」
慎重なヴァイス海将は、まだ警戒を緩めなかった。グレートスカル号は、全ての船乗りにとって絶対的な力の象徴だ。いくら強力な魔導砲とは言え、一撃で沈められるとは思っていなかったのだ。
その期待に応えてか、爆煙の中からグレートスカル号がその姿を現す。帆が何枚か破れているが、船体自体に損傷が見られない。ある程度予想していたヴァイス海将ですら、その頑強さに驚きの表情が隠せなかった。
「ば……馬鹿な!?」
元々グラン王国海軍にとって、グレートスカル号は最大の脅威と認識されていた。先の海戦において、リンドロードを含める魔導艦三隻と無傷で戦い抜き、撤退戦においては追撃艦隊を全滅させたと思われていたからだ。
実際はドーラによって焼き払われたのだが、生存した艦がいなかったため、グラン王国ではそう結論付けたのだ。
先程発射された魔導砲も、そんなグレートスカル号に対抗するために開発された物だった。
それが直撃したにも関わらずグレートスカル号の損傷は軽微で、後方に控えていたビーティス大海賊団も、船団としての機能を失うほどのダメージは受けていないようだった。
「くそ、化け物船めっ! 悔しいが兄上の考えが正しかったということかっ!」
「エクス・グラン号ですか……確かに、いまここにあれば」
エクス・グラン号 ―― 先の海戦の損害状況を報告された王太子カーマイン・ミスト・グランは、グレートスカル号に優る軍艦の必要性を唱え、オットー商会の資金提供のもと建造した巨大軍艦。近く試験航海が行われる予定になっていた。
「しかし、無いものを嘆いていても仕方ありません。再充填はまだかぁ!?」
「砲身の冷却も考えると、もうしばらく掛かります」
ホワイトラビット号のラビット・ソード・カノンとは違い、この魔導砲は軍用である。威力を抑えていることもあり、一発撃てば使い物にならなくなるような耐久性はしていないが、それでも砲身の加熱問題はクリアできていなかった。
「くっ、では各艦にグレートスカル号を近付けるなと伝えよっ!」
「ですが……」
「むっ!? そんな余裕はないかっ」
歯切れの悪い副官に、ヴァイス海将は戦況を改めて確認する。両翼ともに展開された海賊連合の船団に押されて艦隊運用が崩れつつあった。とてもじゃないが、中央の本隊を相手にしている余裕はなさそうだ。
「仕方がないか……さらに後退することになりますが、一度退いて体勢を立て直しましょう」
「蛮族どもを、さらに王都に近付けるというのか!?」
安全策を取ろうとするヴァイス海将の提案に、不服に思ったエッケハルトが激昂する。何とか説得しようと宥めている最中に、見張り役の兵士から報告が飛んできた。
「『大髑髏』が左舷をこちらに向けましたっ! 撃ってきますっ!」
「なにっ!?」
その報告にヴァイス海将は驚きの声を上げる。そのまま突っ込んでくると思っていたグレートスカルが、急遽転舵して砲門を向けてきたのだ。
「魔導防殻展開! 急げっ!」
ヴァイス海将がそう叫んだ瞬間、グレートスカル号の左舷側の砲が轟音と共に全て火を噴いたのだった。
シャルルたちがアレス王子率いる王都防衛艦隊と戦っていた頃、グラン王国西部海域では王国艦隊と、キャプテンオルガが率いる海賊連合が戦っていた。
王国艦隊側は退きながらの消極的な戦いのため、両艦隊ともに被害は出ていなかった。しかし、後背を突く予定だったセイシール艦隊が、いつまで経っても姿を現さないことに、エッケハルト王子は苛立ちを募らせていた。
「エクムントは何故来ないのだっ!」
「何らかの問題が発生したとしか……考えたくはありませんが、別動隊に足止めされているのかもしれません」
激昂するエッケハルト王子を、海将イグラス・ヴァイスが落ち着くように宥める。しかし、もうとっくに海賊連合の後背を現れてなければおかしいタイミングだ。
それでも王国艦隊は来ない援軍を待ち、王都まで押し込まれるわけにはいかなかった。
「王都を襲撃した連中以外にも、他にまだいると言うのか!?」
「可能性の話です。前回の海戦の損害から考えて、連中にそれほど船を割けられるとは思えませんが……」
アレス王子はホワイトラビット号を追う前に、王国艦隊に向かって伝令艦を出していた。内容は王都が襲撃された件と、犯人と思われる海賊船を追跡する旨が伝えられた。
「こうなれば、我々だけで何とかするしかありませんな」
「無論だっ! このまま奴らを王都まで向かわせてなるものかっ!」
エッケハルト王子に了承を得たヴァイス海将は、力強くうなずくと副官に指示を伝える。
「全艦回頭だ! 本艦以外の半数は北、残りは南に回頭せよっ!」
「ハッ!」
副官は敬礼をすると、すぐに各艦に魔導通信で連絡を取っていく。しばらくして艦隊が回頭を始め、西方から攻め上がってくる海賊艦隊に向かう。
旗艦であるリンドロードを中心に、艦隊は左右に広がっていく。陸上であれば鶴翼の陣と呼ばれる陣形だ。
「奴らは、また大型船を盾として押し出してくるはずだ! 狙いは先頭のグレートスカル号、全艦は砲撃のタイミングを合わせよっ!」
「了解っ!」
ヴァイス海将の指示は直ちに全艦に伝えられ、各艦の砲門が開いていく。彼の予想は的中し、海賊連合側は構わず中央突破を試みる。
「よし、放てぇ!」
手を突き出したヴァイス海将の号令で、全艦が一斉砲撃を開始するのだった。
◇◇◆◇◇
同刻、グレートスカル大海賊団 旗艦グレートスカル号 ――
左右に展開した王国艦隊からの砲撃は、まさに十字砲火だった。並みの船なら一瞬で轟沈するほどの破壊力である。しかし、先頭のグレートスカル号は問答無用で突き進んでいた。
「頭ぁ! これは、さすがに厳しいぜっ!」
「いいから撃ち返せっ!」
グレートスカル号からの砲撃で、王国艦隊の二隻が轟沈する。しかし反撃出来ているのは、驚異的な装甲と長距離砲を備えているグレートスカル号のみで、他の随伴船は一隻また一隻と航行不能になっていく。
「ちぃ、この船が大丈夫でも、これじゃ一方的にやられるだけか……」
グラン王国艦隊は砲撃と同時に旋回しながら徐々に下がっており、このままでは接近する前に力尽きてしまうのは目に見えていた。そんな時、グレートスカル号の隣からしがれた声が聞こえてきた。
「おぅ、クソガキ! 右翼はワシらに任せなっ!」
「あんたは、確か……」
「ワシはキャプテンオミールだ。知らねぇか? おめぇの親父とは、よくやりあったもんだがなぁ」
グレートスカル号の右翼に現れたのは、キャプテンオミールが率いるアルニオス帝国の傭兵船団だった。
その全てを魔導帆船で構成された船団は、飛んでくる砲弾を魔導防殻で防いでいく。それに合わせてリッターリック大海賊団が、右翼側を大きく迂回して回り込むように動き出した。
続いて前に出てきたのはビアード・シーロードが率いるビアード船団、そして左翼側を同様に回り込むような動きを見せるアクセル船団である。
「それじゃ、左翼は俺たちがいただくぜっ! キャプテンオルガ、あんたは敵の旗艦を頼むぜ」
「お前ら……よし、テメェら気合を入れろっ! 俺らは直進だっ! あの旗艦をぶっ潰すぞっ!」
「おぉぉぉぉ!」
左翼にアクセル・ビアード兄弟、右翼にアルニオス帝国の傭兵船団とリッターリック大海賊団、そして中央を進むのはグレートスカル号と、その後ろに控えるビーティス大海賊団という布陣になった。
「頭ぁ、正面旗艦から強力な魔導反応!」
「なにぃ!?」
その報告にオルガが驚くと同時に、リンドロードから眩いばかりの光が放たれた。アレス王子が乗っていたグランロードにも搭載されていた魔導砲の輝きである。
その閃光はグレートスカル号に直撃し、大爆発を巻き起こしたのだった。
◇◇◆◇◇
グラン王国艦隊 旗艦リンドロード ――
発射された一筋の閃光は、見事グレートスカル号を貫いた。リンドロードからは爆煙でグレートスカル号の姿は、まったく見えなくなっていたが、エッケハルト王子は勝利を確信し歓喜の声を上げる。
「おぉ、やったぞっ! さすが最新型の魔導砲だな」
「えぇ、さすがに無事ではないかと思いますが……第二射、準備を急げよっ!」
「ハッ!」
慎重なヴァイス海将は、まだ警戒を緩めなかった。グレートスカル号は、全ての船乗りにとって絶対的な力の象徴だ。いくら強力な魔導砲とは言え、一撃で沈められるとは思っていなかったのだ。
その期待に応えてか、爆煙の中からグレートスカル号がその姿を現す。帆が何枚か破れているが、船体自体に損傷が見られない。ある程度予想していたヴァイス海将ですら、その頑強さに驚きの表情が隠せなかった。
「ば……馬鹿な!?」
元々グラン王国海軍にとって、グレートスカル号は最大の脅威と認識されていた。先の海戦において、リンドロードを含める魔導艦三隻と無傷で戦い抜き、撤退戦においては追撃艦隊を全滅させたと思われていたからだ。
実際はドーラによって焼き払われたのだが、生存した艦がいなかったため、グラン王国ではそう結論付けたのだ。
先程発射された魔導砲も、そんなグレートスカル号に対抗するために開発された物だった。
それが直撃したにも関わらずグレートスカル号の損傷は軽微で、後方に控えていたビーティス大海賊団も、船団としての機能を失うほどのダメージは受けていないようだった。
「くそ、化け物船めっ! 悔しいが兄上の考えが正しかったということかっ!」
「エクス・グラン号ですか……確かに、いまここにあれば」
エクス・グラン号 ―― 先の海戦の損害状況を報告された王太子カーマイン・ミスト・グランは、グレートスカル号に優る軍艦の必要性を唱え、オットー商会の資金提供のもと建造した巨大軍艦。近く試験航海が行われる予定になっていた。
「しかし、無いものを嘆いていても仕方ありません。再充填はまだかぁ!?」
「砲身の冷却も考えると、もうしばらく掛かります」
ホワイトラビット号のラビット・ソード・カノンとは違い、この魔導砲は軍用である。威力を抑えていることもあり、一発撃てば使い物にならなくなるような耐久性はしていないが、それでも砲身の加熱問題はクリアできていなかった。
「くっ、では各艦にグレートスカル号を近付けるなと伝えよっ!」
「ですが……」
「むっ!? そんな余裕はないかっ」
歯切れの悪い副官に、ヴァイス海将は戦況を改めて確認する。両翼ともに展開された海賊連合の船団に押されて艦隊運用が崩れつつあった。とてもじゃないが、中央の本隊を相手にしている余裕はなさそうだ。
「仕方がないか……さらに後退することになりますが、一度退いて体勢を立て直しましょう」
「蛮族どもを、さらに王都に近付けるというのか!?」
安全策を取ろうとするヴァイス海将の提案に、不服に思ったエッケハルトが激昂する。何とか説得しようと宥めている最中に、見張り役の兵士から報告が飛んできた。
「『大髑髏』が左舷をこちらに向けましたっ! 撃ってきますっ!」
「なにっ!?」
その報告にヴァイス海将は驚きの声を上げる。そのまま突っ込んでくると思っていたグレートスカルが、急遽転舵して砲門を向けてきたのだ。
「魔導防殻展開! 急げっ!」
ヴァイス海将がそう叫んだ瞬間、グレートスカル号の左舷側の砲が轟音と共に全て火を噴いたのだった。
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