その白兎は大海原を跳ねる

ペケさん

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第125話「消えた艦隊」

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 時間は更に遡り、シャルルたちがオットー商会に乗り込む前、グラン王国西方海域にグレートスカル号を旗艦とした海賊艦隊が集結していた。

 この海賊艦隊には、グレートスカル、リッターリック、ビーティスの三つの大海賊団と、ゼフィール大海賊団の中からアクセル船団とビアード船団、そしてシャルルに雇われたアルニオス帝国の傭兵船団が参加している。

 船数としては大小合わせて百二十八隻、前回の海戦の三分の一程度になっていた。

 それと対峙するように展開しているのが、グラン王国の王国艦隊四十隻だ。一年前と同じく、魔導艦はまだ多くないが魔導帆船が増えており、艦の質で言えばグラン王国艦隊の方が上である。

 夕暮れ時に布陣してから、両陣営は睨みあったまま膠着状態になっていた。

 そんな中、グレートスカル号の甲板に立つキャプテンオルガが、ランプの灯りを頼りに懐中時計を見ながら、秒針が真上に辿り着くのを待っていた。

「もうすぐだな」

 そして作戦開始を告げる秒針が真上を通り過ぎると、オルガは手を前に突き出した。

「よぉし時間だっ! 連中の汚ねぇケツを蹴り上げて、王都まで攻め入るぞっ! 信号弾、打ち上げぇ! 銅鑼ぁ鳴らせぇ!」
「了解っ!」

 信号弾と共に、グレートスカル号に大髑髏と呼ばれる大きな海賊旗が掲げられると、船員たちは手持ちの銅鑼を一定間隔で打ち鳴らす。

 それに応じるかのように、他の海賊船も海賊旗と交戦旗を掲げ、グラン王国艦隊に向かって進み始めた。

 グラン王国艦隊も負けじと三隻を前衛に進み始め、舷側を海賊艦隊側に向けると射程距離の差を活かして先に砲撃を開始した。

「ウチの連中に、そんな軟な攻撃が効くわけねぇだろっ! 進めっ!」

 グレートスカル号を先頭に、グレートスカル大海賊団が艦隊を守る盾として前に出た。グレートスカル大海賊団は、重量級の大型船を多く所有する海賊団だ。多少の被弾は物ともせずグラン王国艦隊に肉薄していく。

 十分距離を詰めるとグレートスカルの船の横を通り過ぎ、主力のビーティス大海賊団が前に出た。

「砲撃で沈めようなどと考えるなっ! 食らいつけぇ!」

 キャプテンライオネルの号令のもと、ビーティス大海賊団が戦艦に突っ込んでいく。激突した船の損傷は激しく、双方とも航行不能に陥った。突撃をした船の獣人が武器を抜くと、一気に駆け出して相手の艦に向かう。

「うぉぉぉぉ、いくぞぉ!」
「ガァァァ!」

 雄たけびを上げながら次々と船に乗り込んでいく海賊たち、これが最も勇猛で白兵戦が得意な大海賊団、ビーティスの本来の戦い方である。一度乗り込まれてしまえば、人族中心のグラン海軍では相手にならず、もはや虐殺といった様相だった。

 さらにアクセル船団、リッターリック大海賊団、アルニオス帝国傭兵船団が回り込んで、左右から横槍を入れる動きを見せる。

 その動きに対し、王国艦隊の旗艦リンドロードは、損害が少ない内に艦をまとめて撤退を開始していた。

 このまま乱戦に持ち込まれると不利になると判断したもので、名将と名高いイグラス・ヴァイスらしい差配である。

◇◇◆◇◇

 旗艦リンドロードの甲板上 ――

 後退をする艦隊に激高する男が、ヴァイス海将に対して怒鳴りつけていた。

「海将、なぜ退くのだっ! すぐに戻って、あの蛮族どもを殺せっ!」

 そう怒鳴りつけてきたのは、この艦隊の最高責任者であるエッケハルト・ミスト・グラン第二王子だった。その若い王子を宥めながら、ヴァイス海将が戦況を説明する。

「殿下、あの場で戦うのは不利です。あの勢いで詰められては、魔導艦の性能が発揮できません」

 いくら魔導艦とは言え、鉄壁を誇るグレートスカル大海賊団の船を沈めるのは、一発二発当てるだけでは難しい。彼らの対処に手間取っていると、取り付かれて白兵戦に持ち込まれてしまい、魔導艦の機動力と火力を活かすことができないのだ。

「ここは退きながら距離を保ちつつ、砲弾を喰らわせるのがよろしいかと」
「むぅ……そうか、そうだな」
「それにこちらに引き付けることで、セイシール将軍の助けになりましょう」

 ヴァイス海将がそう付け加えると、エッケハルト王子はハッと気が付き力強く頷いた。

「あぁ、その通りだ! エクムントが奴らの後背を突けば、いつでも形勢は逆転できるぞ」

 エクムント・セイシール将軍 ―― エッケハルト王子の側近で、先の海戦でビクス大海賊団とゼロン=ゴルダ大海賊団を懐柔して、グラン王国に勝利をもたらした人物である。

 またオットー会長に廃船を用意させ、火船戦術を用いてビーティス大海賊団を足止めしたのも、彼の差配によるものである。

 そんなセイシール将軍は艦隊の一部を率いて、海賊艦隊の後背を突くために迂回している最中だった。彼らが到着すれば海賊艦隊は挟撃される形になり、戦況は一変することになるだろう。

「よし、面舵! 砲撃開始だ!」
「砲撃開始っ!」

 こうしてセイシール艦隊が到着するまで、王国艦隊は退きながら戦うことになったのである。

◇◇◆◇◇

 数時間後、夜明け前の魔導艦アルテイアの甲板上 ――

 以前はアレス王子が乗っていた魔導艦アルテイアは、現在エクムント・セイシール将軍が乗船していた。軍艦としては小ぶりだが、その分機動力があり今回の奇襲作戦に丁度良い艦だった。

「セイシール将軍、前方に船が見えます」
「船だと、敵船か?」
「いいえ、おそらく商船かと」

 報告を受けたセイシール将軍が、副官から望遠鏡を受け取ると前方を覗き込む。報告の通り、そこには妙な形の船が浮かんでいた。それほど大きくなく、とても外洋交易船には見えない。

「一隻か、この辺りに航路などなかったはずだが……」
「どうしますか?」
「おそらく迷った商船だろうが偵察船かもしれぬ、我々の存在が連中に割れるとまずい。構わん、沈めろ!」
「ハッ!」

 セイシール将軍がそう告げると、すぐに他の船に指示が飛び、艦隊の内三隻が船に向かって砲撃を開始した。

 しかし、あまりに予想外の出来事が起きる。その弾が船の近くに落ちるや否や、その船は赤い光に包まれ、一匹の赤き竜が突如姿を現したのだった。

「なっ! なんだ、あれは!?」
「わかりませんっ!?」

 突如ドラゴンが出現したことに驚く間に、砲撃してきた三隻に向かって竜が炎を吹く。その一撃で海面が弾け飛び、一瞬のうちに三隻が蒸発した。

「り……離脱だぁ! 全速で、ここから離れよっ!」
「ハ、ハッ!」

 すぐに反転を開始した艦隊だったが、その赤き竜はそれを追いかけるべく翼を羽ばたかせるのだった。

◇◇◆◇◇

 セイシール艦隊から砲撃が始まる少し前 ――

 スルティアの竜の末裔ドラゴス・スルティア号は、シンフォニルスに向かって航海していた。舵を握っているアッテルが、確認するように空を見上げる。

「エインズ、なんか随分東に流れてねぇか?」
「そうですね……思った以上に風が悪かったかな?」

 航海士のエインズは弱った様子で頭を掻く。この一年で随分とリザードマンたちにも慣れたようだ。

「グラン王国は、現在戦争中らしいですよ? 早く舵を切った方がいいのでは?」

 そう提案してきたのはレオ族の商人レードだった。彼はスルティア諸島とシンフォニルスの交易を一手に担い、スルティア諸島の人々の生活を劇的に向上させていた。

「まだ着かんのか? そろそろ海にも飽きてきたぞ」

 尻尾をバシバシと叩きながら文句をつけて来たのは、サラマンデル族の族長ドーラだった。普段は船には乗らない彼女だったが、たまには旨い物を自分で探すと言って乗り込んでいたのだ。

 ドラゴス号が東に流れグラン王国の海に入ってしまっていたのも、彼女が急かすことで帆を張り続けた船が流されてしまっていたからだった。

「族長、何か近付いてきます」
「ん~? あぁ、船だな」

 ザラン戦士長がそう告げると、ドーラは舷側から顔を覗かせる。彼女の琥珀色の瞳に三隻の船が近付いてくるのが見えた。あまり興味なさそうに見つめていたが、突然砲撃が開始されたのだ。

 その砲弾はドラゴス号のすぐ近くに落ち、大きな水柱が打ち上がる。その大量の水はドラゴス号にも降り注いだ。

「なぁ!? 撃ってきたぞっ! 取舵、取舵一杯!」

 取り乱したエインズがそう叫ぶと、ドラゴス号の甲板は騒然となった。リザードマンたちは慌ただしく動き回り船を動かそうとする。

 そんな中、ドーラは体から湯気を立ち上げながら、身に着けていた装飾品を外していく。

「我に攻撃を仕掛けるとは、余程命がいらぬと見えるなっ!」

 舷側に足を掛けたドーラは、そのまま船外に向かって跳び出し赤き竜に変化する。そして、ひと飛びで上空まで飛び上がると、襲ってきた三隻に向かってファイアブレスを放った。

 水蒸気爆発によって吹き飛んだ三隻を見下ろしながら、次の目標として逃げていく艦隊を捉える。

「逃さぬわっ!」

 ドーラは艦隊を追撃すると、その全てを焼き払った。ドーラは唯一防殻を展開して生き残ったアルテイア号に降り立つと、彼女の重量によって艦がメキメキと音を立てて割れていく。

「この化け物めっ!」

 剣を手にしたセイシール将軍がドーラに挑みかかるが、ドーラはその太い尻尾で彼を横薙ぎにして吹き飛ばす。彼は悲鳴も上げれず、そのまま海に落ちていった。

「ふん、相手にもならぬわ」

 ドーラはそう吐き捨てると、アルテイア号から飛び立った。その反動でアルテイア号は完全に真っ二つに割れ海中に沈んでいく。

 こうして、意図せずドラゴンの尻尾を踏んでしまったセイシール艦隊は全滅したのだった。海戦に参加できなかった彼らの存在は、後の歴史書に消えたセイシール艦隊と一筆残るだけとなった。
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