上 下
110 / 145

第110話「黒いフードの少女」

しおりを挟む
 剣状に変化させたカニィナーレを構えながら、シャルルは改めて眼前の少女を観察する。

 前が開いた黒いローブから覗く肢体は、人族の少女のように華奢に見える。フードから伸びた大きな耳袋があり獣人だと思われるが、正面からは尻尾が確認できないので尻尾が無いか短い種族だ。そもそもハンサムを蹴り飛ばした力は人族のそれではなかった。

 大きな耳袋があるせいで分かりにくいが、背丈はカイルより小柄だ。黒いローブは手元に向かって袖が広がっており、手元がまったく見えないので何かを隠し持っていても分からない。

 そして一際目に付くのは、少女の顔を隠している黒い仮面だった。赤い瞳を覗かせるそれは、表情が読み取れないので不安な気分にさせられる。

「貴女、何者なの? ゴルティアス号に小さい子が乗ってるなんて話、聞いたことないんだけど。それに……たぶん海賊じゃないでしょ?」
「…………」

 シャルルの問い掛けに、少女は何も答えなかった。ただ、その雰囲気や動き方が海に生きる者とは違うと、シャルルの直感が囁いていた。

 シャルルは今回の海戦に挑むにあたって、ゼロン=ゴルダ大海賊団について調べ上げていた。船の数や性能はもちろん、船乗りたちの質や構成など、作戦を立てる上で不安要素は一つずつ潰したのだ。

 しかし、この少女の情報はどこにもなかったのである。これほど強く目立つ存在なら、秘匿されていても噂ぐらい聞きそうなものだ。

「無口な子ね……小さい子と戦うのは気が引けるんだけど……なっ!」

 シャルルが踏み込むと甲板に衝撃が走る。そして一足で少女との間合いを潰すと、一撃で気絶させるつもりでカニィナーレの持ち手を少女に振り下ろした。しかし少女は身を低くして、その攻撃を潜ると手を甲板に付いて、逆立ちの要領でシャルルを蹴り上げた。

 咄嗟に左手でガードしながら、自らも跳んで衝撃を逃がしたシャルルだったが、少女の蹴りの威力は予想以上で、威力を完全に殺し切ることはできなかった。

「痛ぁぁ……折れてはないけど、ヒビぐらいは入ってるかも?」

 攻撃を受けた左手は、痙攣して力が入らなくなっている。これ以上カニィナーレを持っていられないと感じたシャルルは、左手のカニィナーレを腰に納めた。

 その場でゆっくりと左右に揺れた少女は、お返しだと言わんばかりにシャルルに突撃してきた。袖口からチラッと見えた鈍い光に、シャルルは上空に跳んでマストから横に伸びているヤードに逃れた。

 しかし、少女も同じように跳躍して追いかけてくる。

「しつこいっ!」

 シャルルはそう叫びながら、再び跳んで別のヤードに飛び移って距離を取る。自分の動きについて来れる存在に、今まで出会ったことがなかったので、彼女も少なからず動揺しているようだ。

 そのまま何度かヤード間を飛び移りながら空中で斬り結び、やがて二人は同じヤードの上に着地した。何度か刃を合わせて分かったのは、少女が隠し持っている武器は分厚い両刃のダガーのようだった。

 お互い武器を構えたまま睨みあう。シャルルは小さく息を吐きながら、カニィナーレを持つ手に力を込めた。

「これは……子供が相手とか言ってられないな」

 シャルルの赤い瞳がさらに深い色に輝くと、彼女は少女に向かって駆け出した。狭いヤードを一気に駆け抜け、突き出されたダガーを飛んで躱しながら右廻し蹴りを少女に叩き込む。

 吹き飛んだ少女はいくつかの帆を突き破りながら、船首にある貯蔵庫の扉に激突した。貯蔵庫には小麦粉でも積んでいたのか、モクモクと白い煙が立ち昇った。

「さすがに無事ってことは無いと思うけど……」

 シャルルはヤードの上から目を凝らすが、少女の姿を確認しようにも白煙が邪魔だった。仕方なくヴァル爺たちの状況を確認しようと視線を動かす。

 彼らはゼロン=ゴルダの海賊たちと乱戦になっており、寡兵ながら互角以上の戦いを見せていた。その中には少女にやられたハンサムが復活して参戦していたが、先程のダメージが残っているのか右手だけで槍を振り回している。

「わたしも参戦しなくちゃ……っ!?」

 シャルルが助けに向かおうとした瞬間、白い煙の中から鈍い光が飛び出してきた。激しい悪寒を感じた彼女は、咄嗟にカニィナーレで飛んで来た物を弾き飛ばしたが、足を滑らせてバランスを崩してしまう。そこに白煙から飛び出してきた少女が、猛然とシャルルに襲い掛かってきた。

「がはぁ!?」

 まるで弾丸のような少女の蹴りが見事に腹に突き刺さり、吹き飛ばされたシャルルはメインマストまで吹き飛んだ。背中からマストに強打したシャルルは一瞬呼吸が止まったが、何とかしがみ付くようにヤードを掴んで落下だけは阻止した。

 その後、何とかヤードをよじ登ると、少女もシャルルにトドメを刺そうと、ヤードに飛び乗ってきた。少女は多少汚れていたが、ダメージがあるのか無いのか、黒い仮面に遮られて窺い知れなかった。

 意識がはっきりしない中、シャルルはヴァル爺に教えの一つを思い出していた。

「く、苦しい時こそ……前に出るっ!」

 シャルルが思いっきり踏み出すと、彼女たちが乗っているヤードが激しく揺れて少女がバランスを崩した。その隙を逃さず駆け出したシャルルが、下から上に掛けてカニィナーレを振り抜く。

 その切っ先が、仰け反った少女の仮面に当たると、滑りながらフードを跳ね上げた。

「っ!?」

 予想外の攻撃を喰らった少女は、後ろに跳びシャルルから距離を取る。そのお陰で一呼吸入れることができたシャルルは、何とか意識と視界を回復させようと努めた。

 シャルルの視界が定まってきたタイミングで、ダメージを受けた少女の仮面が、真ん中から割れて下に落ちる。そして彼女の素顔が白日の下に晒されることになった。それを見たシャルルは息を飲む。

「あ……貴女、まさか兎人族なの?」

 少女の素顔はシャルルと同じ綺麗な銀髪に赤い瞳で、とても整った顔立ちをしている。そして銀髪からは同じ色の長い兎の耳が伸びていた。それは幻の種族、兎人族の特徴に合致したものだったのだ。

「……あなたも同じ?」

 初めて聞いた少女の声は、あまり抑揚がなかったが、とても可愛らしい声をしていた。声だけ聴けば年相応に感じる。彼女の問いかけにシャルルは少し悩んだあと首を横に振った。

「たぶんね……赤ん坊の時に奴隷船に乗ってるところを、パパに拾われたから詳しくわからないの」
「ふぅん、そう……あなたは運が良かったのね」

 少女はあまり興味なさそうにそう呟くと、一気に間合いを詰めてきた。虚を突かれたと言っても、ヤードの上なので動きは直線である。ダメージが残っていても、シャルルなら反応できる速度だった。

 突っ込んできた少女に対して、シャルルは反射的に右上から剣状のカニィナーレを振り下ろす。その攻撃に対して少女は左手のダガーで受けると、腰を捻ってシャルルの脇腹に右廻し蹴りを放った。

 シャルルは咄嗟に痛めた左手で受けて直撃は避けたが、ヤードから蹴り出されてしまった。彼女は重力に従い、そのまま甲板に落下していく。さすがのシャルルも、無防備なまま甲板に激突すれば無事では済まない。

「くぅ! 伸びろっ!」

 シャルルはカニィナーレの剣身を鞭状に変化させると、先程までいたヤードに巻き付かせた。そして振り子のように、勢いをつけて空を舞うと再びヤードまで戻ってくる。

 シャルルは痛む左手を押さえながら呟く。

「この子、かなり強い……早くみんなのところに行かなきゃならないのに」

 シャルルの総合的な戦闘力はかなり高い。力自慢のハンサムや師であるヴァル爺であっても、本気で当たれば良い勝負はできると思っている。それでも彼女が素直に負けを認めている人物は二人いた。

 一人はサラマンデル族の族長ドーラ・サラマンデル。もう一人はゼフィールの懐刀であるノット・ソーである。

 この目の前の少女からは、その二人と同等のプレッシャーを感じていた。おそらく同族であり素の身体能力はほぼ互角だろうが、殺すことに慣れているのか、攻撃に一切の躊躇を感じないのだ。

 この少女が今までどんな人生を過ごしてきたのかはわからない。しかし、少なくともシャルルよりは辛く厳しい人生だったのを感じさせた。彼女の強さは普通に生きてきた者には辿りつけないものだ。そう考えると、シャルルの胸は少しだけ痛んだ。

「なかなかしぶといね。今まで、こんなに手こずったことはなかった」
「それは褒めてくれてるのかな? 見ての通りボロボロだけどね。せっかく話してくれるようになったんだから、名前ぐらいは教えてくれないかしら?」

 シャルルはウインクをしながら尋ねる。純粋な興味と、少しでも息を整える時間が欲しかったのだ。

「名前なんてない……仕事上は黒兎と呼ばれていた」
「仕事? キャプテンゼルスに雇われたの?」

 黒兎と名乗った少女は首を横に振った後、首を隠している布を少し下げて無骨な首輪を見せてきた。それは奴隷商などが使う契約の首輪という魔導具で、契約した主人を裏切らないようにする効果がある。

 その首輪の存在に、シャルルは顔を顰める。

「それ……キャプテンゼルスに付けられたの?」
「答えても意味はない。お前らの排除を命じられている……悪いけど死んでくれる?」

 少女から殺気が溢れだすと、再びゆっくりと近付いてくる。シャルルは手にしたカニィナーレをギュッと握りしめた。

「悪いけど……たった今、死ねない理由が増えたの。キャプテンゼルスをぶん殴って、キミを助けてあげないとね」

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

転生調理令嬢は諦めることを知らない

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。  主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。  追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。  2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

処理中です...