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第105話「大きな変化」
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グルゲントルク諸島沖海戦から、およそ一年が経過していた。
あの時、ドーラたちをオルガに任せたシャルルは、一度ドラゴス号と合流し、黒猫とヴァル爺を回収してから一路海都に向かった。
彼女が戻ってから三日後、ハルヴァー船団とビアード船団が海都に帰還を果たす。
両船団とも半数以上は失い、残った船も大規模な修繕を行わなければならない損傷を受けた船ばかりである。それでも生死が不明だったハルヴァーと、退路を切り開いたビアードは生還することができた。もっとも無事であるとは言い切れず、ハルヴァーはあの砲撃によって右足を失っていた。
それから数日後、ゼフィール船団の中で旗艦であるブラックオルカ号のみが帰ってきた。船長のゼフィールは無事だったが、損傷が激しかったブラックオルカ号は廃船となってしまった。
ハルヴァーは、これを機にゼフィールに跡目を譲り自身は隠居を決めた。そして伝統に則りハルヴァー大海賊団は、ゼフィール大海賊団に改名、ゼフィール自身もブラックオルカ号から、改修したエクスディアス号に乗り替えて再スタートすることになった。
また他の大海賊団でも、大きな変化が起きていた。
あの海戦でバッカーラ大海賊団は最後まで戦い抜き、ビクス大海賊団とグラン王国第一艦隊に大きなダメージを与えたが全滅。キャプテンバッカスも帰らぬ人となった。
謎の船団と戦ったビーティス大海賊団は、燃やした船を突っ込ませる火船戦術に苦しめられながらも、ライオネルの優れた指揮で損害を抑え離脱することができた。結局襲ってきた船団の所属は不明だったが、殆どが商船だったのでおそらく軍属ではなかったという。
グレートスカル大海賊団の損傷は、グレートスカル号や殿を務めたゼフィールのお陰で軽微で、現在は自分の縄張りに戻っている。そして殆どの船を失ったリッターリック大海賊団は、現在彼らに身を寄せているとのことだった。
裏切ったビクス大海賊団は、グラン王国の東の海域を縄張りにしており、彼の国から技術供与を受けて勢力を拡大していた。そのため隣接しているビーティス大海賊団との抗争が絶えない状態だ。
同様に裏切者であるゼロン=ゴルダ大海賊団も、ローニャ公国の南方にあるロイス王国を中心に勢力を強めていた。
そして、世界情勢も大きく変化していくことになる。
まず大海賊連合に勝利したグラン王国だったが、第一・第二艦隊の損耗も激しくしばらくは大きな動きはなかった。しかし一年が経ち、最近になって隣国であるヴィーシャス共和国への圧力を高め始めていた。
それに対してヴィーシャス共和国は、傭兵船団を雇い防衛を強化していた。二国間の緊張が高まると、ホワイトラビット商会でも動きがあった。国境沿いにあるシンフォニルスからアイナやシャーリーを含め希望者を連れて、本店をローニャ公国の公都イタリスへ移転したのだ。
シャルル自身は移転を嫌がっていたが、母であるカティスに店員を護るためだと説得されて渋々承諾した。
しかし、そのローニャ公国もロイス王国との戦争が秒読み段階となっていた。元々ロイス王国から独立したローニャ公国だったが、決して平和的に独立したわけではなく戦争によって勝ち取った結果である。その為、ロイス王国との関係は根深いものがあるのだ。
それでも最近まで静かだったロイス王国側が強気に出てきたのは、ゼロン=ゴルダ大海賊団が台頭した影響が大きかった。彼らを雇い入れたロイス王国は制海権を奪取し、一気にローニャ公国を屈服させようと考えているのだ。
こうして大きく変わった世界の中で、シャルルたちは再び動き出そうとしているのだった。
◇◇◆◇◇
海都 シーロード家専用港 ――
海都にある専用港に、シーロード一家が集まっていた。ハルヴァーを中心に三人の妻と息子たち、そしてシャルルの総勢八人が揃っている。
杖を突いているハルヴァーがシャルルの肩に手を置くと、心配そうな眼差しで彼女を見つめる。
「本当に行くのか、シャルル? お前が危険なことをする必要はねぇんだぞ」
「大丈夫、わたしがパパの仇を取って来てあげるから期待しててね! それに妹分を助けてあげなくちゃいけないしね」
ハルヴァーの心配をよそに、シャルルは弾んだ声で拳を握って見せる。彼女はローニャ公国公女アナスタジアに頼まれて、次男のアクセルと共にロイス王国との戦いに参戦することになっている。それはロイス王国に与するゼロン=ゴルダ大海賊団との対決でもあるのだ。
そんなシャルルの肩に腕を回したアクセルがハルヴァーから引き離すと、ニカッと笑いながら親指を立てる。
「まぁ、シャルルのことは俺に任せなっ! 親父はケガしてんだから、お袋たちと穏やかな老後でも……ごふっ!?」
アクセルの顔面に突然ハルヴァーの右ストレートが突き刺さり、鼻血を噴き出しながら後ろに吹き飛んだ。アクセルは鼻を押さえながらハルヴァーを睨みつける。
「痛てぇ……何しやがんだ、親父っ!」
「はっ! 年寄り扱いするんじゃねぇよ。こんな攻撃も避けれないようじゃ、まだまだシャルルは任せられねぇなぁ」
鼻で笑いながらアクセルを煽るように見下ろすハルヴァー、鼻血を拭きながら起き上がったアクセルは呆れた様子で肩を竦めた。
「そんなことで、いきなり殴りかかってくるんじゃねぇよ」
「そうだよ、パパ。今のはパパが悪いっ!」
「ごめんな、シャルル~、パパが悪かったぞ」
愛娘には謝っても息子には決して謝らない、それがハルヴァーという男だ。そんな彼のことを十分理解している家族は、それ以上の追及は無駄なのがわかっていた。
そんな彼らにゼフィールが割って入ってきた。
「しかし、心配なのは確かだ。やはり、うちの船団からいくつか連れていくか?」
「ううん、ゼフィ兄とビア兄のほうも大変でしょ?」
「まぁ、こちらも心許ないが……」
大海賊団を継ぎ、頭領となったゼフィールと三男のビアードは、ビーティス大海賊団のキャプテンライオネルの要請を受け、裏切者のビクス大海賊団の討伐に参加することになっている。これにはグレートスカル大海賊団やリッターリック大海賊団も参加を表明していた。
タイミング的には偶然だが、大海賊連合を裏切ったビクス大海賊団とゼロン=ゴルダ大海賊団と同時に戦うことなったのである。
この戦いはその後に続くグラン王国との戦いの前哨戦と目されており、海賊としても避けれない戦いだった。
「も~、みんな心配しすぎだよ。この新しいホワイトラビット号があれば大丈夫だって」
シャルルが指差した方を見ると、ホワイトラビット号が港に繋がれている。外見は殆ど変わらないが、動力炉はガディングが造った魔剣型動力炉・改に換装しており、船首には砲台のような装置が突き出ている。また海底で見えないが左右にスラスター、後方に水流ノズルを付けて旋回性能を各段に向上させた。
船種で言えば魔導帆船のままだが、すでに魔導船と言っても遜色ないほど強力な海賊船になっている。この改造はシャルルのポリシーには反しているが、グルゲントルク諸島沖海戦でハルヴァーたちが敗れたことが、彼女の考えに少なからず影響を与えたのだ。
そのホワイトラビット号から、ハンサムが顔を覗かせてシャルルを呼ぶ。
「おーい、姫さん。出航準備が整ったぜっ!」
「わかったわ、すぐに行く」
シャルルは手を挙げてそう答えると、改めて家族の方を向いた。そして一人ずつにハグして回り、しばしの別れを告げていく。
「それじゃ、行ってくるねっ! パパはちゃんと大人しくしてなきゃダメだから」
「わぁっとるよ、今は船もねぇしな」
最後に念を押されて、ハルヴァーは髭を擦りながら答える。エクスディアス号はゼフィールに譲ったため、現在専用船が無いのだ。
シャルルはそのままタラップを上がり、ホワイトラビット号に乗り込む。
「それじゃ、出航用意っ!」
「にゃ~」
係船ロープを全て外し、帆を少し張って微速前進する。桟橋から徐々に離れて行きながら、舵を左に切って離岸した。ある程度桟橋から離れたところで、シャルルが再び号令を発する。
「イタリスに向かうよっ! 総帆開けぇ!」
「ニャァァァァ!」
帆が一斉に開いていき、ホワイトラビット号がガクンっと揺れて加速を開始する。港に残ったハルヴァーたちは、その白く美しい船が波を滑るように進むのを、少し寂しそうな眼差しで見送るのだった。
あの時、ドーラたちをオルガに任せたシャルルは、一度ドラゴス号と合流し、黒猫とヴァル爺を回収してから一路海都に向かった。
彼女が戻ってから三日後、ハルヴァー船団とビアード船団が海都に帰還を果たす。
両船団とも半数以上は失い、残った船も大規模な修繕を行わなければならない損傷を受けた船ばかりである。それでも生死が不明だったハルヴァーと、退路を切り開いたビアードは生還することができた。もっとも無事であるとは言い切れず、ハルヴァーはあの砲撃によって右足を失っていた。
それから数日後、ゼフィール船団の中で旗艦であるブラックオルカ号のみが帰ってきた。船長のゼフィールは無事だったが、損傷が激しかったブラックオルカ号は廃船となってしまった。
ハルヴァーは、これを機にゼフィールに跡目を譲り自身は隠居を決めた。そして伝統に則りハルヴァー大海賊団は、ゼフィール大海賊団に改名、ゼフィール自身もブラックオルカ号から、改修したエクスディアス号に乗り替えて再スタートすることになった。
また他の大海賊団でも、大きな変化が起きていた。
あの海戦でバッカーラ大海賊団は最後まで戦い抜き、ビクス大海賊団とグラン王国第一艦隊に大きなダメージを与えたが全滅。キャプテンバッカスも帰らぬ人となった。
謎の船団と戦ったビーティス大海賊団は、燃やした船を突っ込ませる火船戦術に苦しめられながらも、ライオネルの優れた指揮で損害を抑え離脱することができた。結局襲ってきた船団の所属は不明だったが、殆どが商船だったのでおそらく軍属ではなかったという。
グレートスカル大海賊団の損傷は、グレートスカル号や殿を務めたゼフィールのお陰で軽微で、現在は自分の縄張りに戻っている。そして殆どの船を失ったリッターリック大海賊団は、現在彼らに身を寄せているとのことだった。
裏切ったビクス大海賊団は、グラン王国の東の海域を縄張りにしており、彼の国から技術供与を受けて勢力を拡大していた。そのため隣接しているビーティス大海賊団との抗争が絶えない状態だ。
同様に裏切者であるゼロン=ゴルダ大海賊団も、ローニャ公国の南方にあるロイス王国を中心に勢力を強めていた。
そして、世界情勢も大きく変化していくことになる。
まず大海賊連合に勝利したグラン王国だったが、第一・第二艦隊の損耗も激しくしばらくは大きな動きはなかった。しかし一年が経ち、最近になって隣国であるヴィーシャス共和国への圧力を高め始めていた。
それに対してヴィーシャス共和国は、傭兵船団を雇い防衛を強化していた。二国間の緊張が高まると、ホワイトラビット商会でも動きがあった。国境沿いにあるシンフォニルスからアイナやシャーリーを含め希望者を連れて、本店をローニャ公国の公都イタリスへ移転したのだ。
シャルル自身は移転を嫌がっていたが、母であるカティスに店員を護るためだと説得されて渋々承諾した。
しかし、そのローニャ公国もロイス王国との戦争が秒読み段階となっていた。元々ロイス王国から独立したローニャ公国だったが、決して平和的に独立したわけではなく戦争によって勝ち取った結果である。その為、ロイス王国との関係は根深いものがあるのだ。
それでも最近まで静かだったロイス王国側が強気に出てきたのは、ゼロン=ゴルダ大海賊団が台頭した影響が大きかった。彼らを雇い入れたロイス王国は制海権を奪取し、一気にローニャ公国を屈服させようと考えているのだ。
こうして大きく変わった世界の中で、シャルルたちは再び動き出そうとしているのだった。
◇◇◆◇◇
海都 シーロード家専用港 ――
海都にある専用港に、シーロード一家が集まっていた。ハルヴァーを中心に三人の妻と息子たち、そしてシャルルの総勢八人が揃っている。
杖を突いているハルヴァーがシャルルの肩に手を置くと、心配そうな眼差しで彼女を見つめる。
「本当に行くのか、シャルル? お前が危険なことをする必要はねぇんだぞ」
「大丈夫、わたしがパパの仇を取って来てあげるから期待しててね! それに妹分を助けてあげなくちゃいけないしね」
ハルヴァーの心配をよそに、シャルルは弾んだ声で拳を握って見せる。彼女はローニャ公国公女アナスタジアに頼まれて、次男のアクセルと共にロイス王国との戦いに参戦することになっている。それはロイス王国に与するゼロン=ゴルダ大海賊団との対決でもあるのだ。
そんなシャルルの肩に腕を回したアクセルがハルヴァーから引き離すと、ニカッと笑いながら親指を立てる。
「まぁ、シャルルのことは俺に任せなっ! 親父はケガしてんだから、お袋たちと穏やかな老後でも……ごふっ!?」
アクセルの顔面に突然ハルヴァーの右ストレートが突き刺さり、鼻血を噴き出しながら後ろに吹き飛んだ。アクセルは鼻を押さえながらハルヴァーを睨みつける。
「痛てぇ……何しやがんだ、親父っ!」
「はっ! 年寄り扱いするんじゃねぇよ。こんな攻撃も避けれないようじゃ、まだまだシャルルは任せられねぇなぁ」
鼻で笑いながらアクセルを煽るように見下ろすハルヴァー、鼻血を拭きながら起き上がったアクセルは呆れた様子で肩を竦めた。
「そんなことで、いきなり殴りかかってくるんじゃねぇよ」
「そうだよ、パパ。今のはパパが悪いっ!」
「ごめんな、シャルル~、パパが悪かったぞ」
愛娘には謝っても息子には決して謝らない、それがハルヴァーという男だ。そんな彼のことを十分理解している家族は、それ以上の追及は無駄なのがわかっていた。
そんな彼らにゼフィールが割って入ってきた。
「しかし、心配なのは確かだ。やはり、うちの船団からいくつか連れていくか?」
「ううん、ゼフィ兄とビア兄のほうも大変でしょ?」
「まぁ、こちらも心許ないが……」
大海賊団を継ぎ、頭領となったゼフィールと三男のビアードは、ビーティス大海賊団のキャプテンライオネルの要請を受け、裏切者のビクス大海賊団の討伐に参加することになっている。これにはグレートスカル大海賊団やリッターリック大海賊団も参加を表明していた。
タイミング的には偶然だが、大海賊連合を裏切ったビクス大海賊団とゼロン=ゴルダ大海賊団と同時に戦うことなったのである。
この戦いはその後に続くグラン王国との戦いの前哨戦と目されており、海賊としても避けれない戦いだった。
「も~、みんな心配しすぎだよ。この新しいホワイトラビット号があれば大丈夫だって」
シャルルが指差した方を見ると、ホワイトラビット号が港に繋がれている。外見は殆ど変わらないが、動力炉はガディングが造った魔剣型動力炉・改に換装しており、船首には砲台のような装置が突き出ている。また海底で見えないが左右にスラスター、後方に水流ノズルを付けて旋回性能を各段に向上させた。
船種で言えば魔導帆船のままだが、すでに魔導船と言っても遜色ないほど強力な海賊船になっている。この改造はシャルルのポリシーには反しているが、グルゲントルク諸島沖海戦でハルヴァーたちが敗れたことが、彼女の考えに少なからず影響を与えたのだ。
そのホワイトラビット号から、ハンサムが顔を覗かせてシャルルを呼ぶ。
「おーい、姫さん。出航準備が整ったぜっ!」
「わかったわ、すぐに行く」
シャルルは手を挙げてそう答えると、改めて家族の方を向いた。そして一人ずつにハグして回り、しばしの別れを告げていく。
「それじゃ、行ってくるねっ! パパはちゃんと大人しくしてなきゃダメだから」
「わぁっとるよ、今は船もねぇしな」
最後に念を押されて、ハルヴァーは髭を擦りながら答える。エクスディアス号はゼフィールに譲ったため、現在専用船が無いのだ。
シャルルはそのままタラップを上がり、ホワイトラビット号に乗り込む。
「それじゃ、出航用意っ!」
「にゃ~」
係船ロープを全て外し、帆を少し張って微速前進する。桟橋から徐々に離れて行きながら、舵を左に切って離岸した。ある程度桟橋から離れたところで、シャルルが再び号令を発する。
「イタリスに向かうよっ! 総帆開けぇ!」
「ニャァァァァ!」
帆が一斉に開いていき、ホワイトラビット号がガクンっと揺れて加速を開始する。港に残ったハルヴァーたちは、その白く美しい船が波を滑るように進むのを、少し寂しそうな眼差しで見送るのだった。
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