その白兎は大海原を跳ねる

ペケさん

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第101話「開戦、グルゲントルク諸島沖大海戦」

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 グレートスカル号、上空 ――

 突如現れたドラゴン ―― 竜化したドーラの出現に、グレートスカル号の甲板では混乱が起きていたが、その背に乗っているシャルルの頭に直接ドーラの声が響く。

「キャプテンシャルルよ、どれが我らが敵だ?」
「グレートスカル……あの大きな船の後ろの三隻と、奥の艦隊は全部よっ!」

 それを聞いたドーラは大きく息を吸い込み、グレートスカル号の後方を抜けようとしていた三隻に向かって炎のブレスを吐き出した。そのブレスに巻き込まれ一隻が、あっという間に消し炭になると同時に、そこを中心に大爆発を巻き起こった。

 海面に向かって炎のブレスを放ったことで、急激に熱せられた海水が水蒸気爆発を引き起こしたのだ。その爆風を受けた近くの船も消し飛ばされ、グレートスカル号も発生した高波の影響で西に流されている。

「うわぁ……なに、この威力!?」
「どうだ、我が本気になればこんなものよ。あの扉とて破壊できるはずだ」

 ドーラが自慢げに語るが、例えルナ・インスーラの水門を破壊できたとしても、中身も無事では済まないだろう。まさに目的と手段が逆になると言うやつである。

「わたしが開けるんだから、壊さないでね?」
「ふむ……何か言ったか?」

 シャルルの呟きに対してドーラが尋ね返していると、グレートスカル号の奥にいた艦隊が反転を開始した。ドーラの圧倒的な力の前に逃げ出したのだ。逃げる判断をしたのは間違ってはいないが、空を高速で飛び回るドーラに対して、船の船足あしで逃げ切れるものではなかった。

 ドーラが二撃目を放つと、残りの艦隊も容赦なく消し炭と化した。シャルルはグレートスカル号を指差しながら、ドーラに降りるように頼む。

「あの大きな船に着地できる?」
「構わぬが、沈んでも文句を言うでないぞ」

 ドーラはグレートスカル号の周りを旋回すると、船首の開けた場所に着地した。船体全体が軋む音と共に船首が大きく沈み込む。それでも沈没しなかったのは、さすがグレートスカル号だと言えた。

 シャルルがドーラから飛び降りると、すでに周りを武装した海賊たちが取り囲んでいた。

「て……てめぇ何者だぁ!?」
「の、乗り込んでくるたぁ、いい度胸じゃねぇかっ!」

 海賊たちは威勢のいい言葉で怒鳴っているが、誰もドーラの前では一歩も前に出ることが出来なかった。そんな中、キャプテンオルガが手下たちを掻き分けて姿を現した。

「可愛い子ちゃん! 可愛い子ちゃんじゃねぇか、あんただったのか!」
「キャプテンオルガ、久しぶりね。あまり会いたくなかったわ」
「つれねぇこと言うんじゃねぇよ。それより、そのドラゴンは何なんだ?」

 オルガがドーラを睨みつけると、彼女は徐々に縮んでいき、いつもの人型に変化した。

「我が名はドーラ・サラマンデルだ。覚えておくが良い、小僧」

 腰に手を当てて胸を張りながら名乗るドーラに、シャルルは慌てて自分の船長服を脱ぐと彼女を隠した。

「ちょっと! なんで服着てないのよっ!?」
「うむ、あんなもの破れるに決まっておろう!」
「どうでも良いから、これを着て隠してっ!

 ドーラは納得いかない顔だったが、翼を極限まで小さくすると、シャルルの船長服を着ることにした。オルガも他の海賊たちは、何が起きているのかわからず完全に固まっている。

「それより、キャプテンオルガ! 貴方、何でこんなところにいるのよ? グラン王国との海戦はどうなったの?」
「見りゃわかんだろ、負けだ、負け! 俺様はバラけた船をまとめながら、何とかここまで来たんだ」
「負けって……パパは!? うちの船団は!?」

 シャルルがオルガの襟に掴みかかりながら問い詰めると、オルガは困った様子で首を横に振った。

「わからねぇ、最後まで残ってたわけじゃねぇからな。まぁあの爺やお前の兄貴たちが、簡単にくたばるとは思えねぇけどよ」
「いったい、どうして……」

 信じられないと首を振りながらシャルルが肩を落とすと、オルガは表情を険しくしながら、海戦で起きたことを話し始めた。

「裏切者がいたんだよ」

◇◇◆◇◇

 グルゲントルク諸島沖 ――

 七つの大海賊団の内、ビクス大海賊団を除く六つの海賊団が集結し、南北に分かれてグラン王国第二艦隊と睨みあっていた。この場にいないビクス大海賊団は、東から向かってきているグラン王国第一艦隊の押さえとして、グラン海の東側に展開している。

 ハルヴァー大海賊団の主力ハルヴァー船団と、彼の三男が率いるビアード船団を中心に、左翼をライオネルのビーティス大海賊団、右翼をバッカスのバッカーラ大海賊団が固めている。

 先鋒として前面に展開しているのは、オルガのグレートスカル大海賊団、ハルヴァー大海賊団のゼフィール船団、アルフレットが率いるリッターリック大海賊団だった。

 そして後詰としてハルヴァー船団の後方を守っているのは、ゼルス率いるゼロン=ゴルダ大海賊団である。

 対するグラン王国第二艦隊は、魔導戦艦リンドロードを旗艦に、ほぼ無傷の五十隻が展開している。彼らが各個撃破を狙っていたゼフィール船団は、彼らとの衝突を避けたため両船団ともに船舶の被害は出ていない。

 しかしゼフィールは、進軍中に昼夜襲撃する素振りを繰り返し、乗っている兵士の疲弊を狙ったため、兵士はもちろん将官ですら苛立ちを募らせていた。

 ゼフィール船団が直接戦わなかったのには、損害を嫌った以外にも理由がある。

 第一艦隊と第二艦隊が、東西に分かれて進軍してくるのは事前に掴んでいた。そのため両艦隊の進軍速度をズラすために策を弄したのだ。そのお陰もあって第二艦隊のみが、先に大海賊連合の前に引き摺りだされる形になったのである。

 そんな第二艦隊を睨みつけながら、グレートスカル号のキャプテンオルガは鼻で笑う。

「はっ、あの程度の数なら俺様たちだけで十分だぜ。てめぇら、いくぞっ!」
「おぉぉぉぉぉ!」

 グレートスカル号の乗組員クルーたちは、気勢を上げると戦闘準備に取り掛かる。グレートスカル号を中心にゼフィールのブラックオルカ号と、アルフレットが乗る新しい旗艦アルバート・リック号が後を続く。

 対するグラン王国海軍第二艦隊も呼応するように動き出した。後にグルゲントルク諸島沖大海戦と呼ばれる戦いの始まりである。

 風は西から東に吹いており、旗艦リンドロードと他の魔導艦三隻は、風上を押さえるために西に切り上がっていく。残りの艦船は艦列を組みながら、風下である東寄りに進み始めた。

 それを見たオルガは、忌々しそうに舌打ちをする。

「ちっ面倒くせぇ、バラけやがったか」
「船長、ブラックオルカ号から伝令だ! 『左翼に回られたし』」

 マスト上の見張りから伝声管で伝えられ、副長を通じてオルガに伝えられる。

「ゼフィールの奴に命令されるのは癪だが、一番有効か……相変わらずお利口さんだぜ」

 ゼフィールとオルガは縄張りが隣接しているため度々諍いを起こしており、決して仲が良いとは言えなかったが、それ故にお互いの力量は正しく認識していた。

「仕方ねぇ、この船は西に切り上がって敵の魔導艦を迎え撃つ! 残りはゼフィールに付いていけ! 取舵一杯、両舷砲門開けぇ!」
「ヘイッ!」

 グレートスカル号が左旋回を開始すると、ゼフィールが率いるゼフィール船団は右に回頭して、残されたグレートスカル大海賊団と合流する。驚異的な火力と耐久性を持ったグレートスカル号で魔導艦を押さえ込み、残り船団で風下に降りていった艦隊を叩く作戦である。

 グレートスカル号を横目に通りすぎていく、ブラックオルカ号ではゼフィールがニヤリと笑っていた。

「オルガの野郎、珍しくちゃんと動いてんじゃねぇか」
「船長! リッターリックの連中が離れていきますぜ!?」
「なにぃ?」

 副長からの報告に驚いたゼフィールは右舷に駆け寄った。アーサー率いるリッターリック大海賊団が右に回頭して、グラン艦隊に向かい始めていたのだ。

「ちっ、オルガの他に馬鹿がもう一人いるとは思わなかったぜ! 旗、掲げぇ! 『回頭せよ、我に続け』だ」
「りょ……了解でさぁ!」

 急いで信号旗が掲げられるが、リッターリック大海賊団の船団は、そのまま艦隊に向かい続けている。リッターリック大海賊団は先のグラン沖海戦で損耗しており、今回参戦出来たのも十隻に満たない。対するグラン第二艦隊は、魔導艦がいなくとも五十隻はいる。

 それでも構わず突撃を選択したのは、余程恨みが深かったのだろう。一つの命令系統で動いているわけではない大海賊団の連合の弱点が、早くも出てしまった形である。

「読み違えたぜ……仕方ねぇ、こっちも追いかけるぞ! ここで奴らをやらせるわけにはいかねぇからな、面舵一杯!」
「面舵一杯ぃ!」

 ゼフィールの号令でゼフィール船団二十隻と、グレートスカル大海賊団の十五隻が、針路を変更してアーサーのアルバート・リック号を追いかけ始めるのだった。
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