その白兎は大海原を跳ねる

ペケさん

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第91話「珍客」

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 マギを見送ってから数日後、大公府にてシャルルの叙任式が行われた。彼女の希望もあり大公の他には数名の大臣のみが参加し、褒賞の内容を告げて勲章を授けただけの簡素化された式典だった。

 そして叙任式の翌日には出港し、現在はシンフォニルスに向かって航海中である。

「デイム・シーロード! 航海は順調だぜ……いてっ!?」
「その呼び方やめてって言ってるでしょ! 次言ったら本気で蹴るからね?」

 からかうようにデイムと呼んだハンサムの脚に、シャルルが文句を言いながら蹴りを入れる。

「わかった、わかった、そんなに怒んなよ。それより航路はこのままでいいのか?」
「いつも通りでしょ、何か問題があった?」
「いや、順調そのものさ。だがグランの連中に動きがあったみたいじゃねぇか」

 公都イタリスでシャルルとは別行動をとっていたヴァル爺とハンサムは、グラン王国を含む周辺国の情報を仕入れていた。その中にグラン王国が艦隊を港町ラーゼントに集結中という情報があったのだ。

「すでに大きな海戦が起きてるかもね」
「まぁそんなに心配いらねぇか、何せ七つの大海賊団が全て揃ってんだ。魔導艦の一隻や二隻程度でどうにかなるような戦力じゃねぇ」

 魔導艦と対峙したことがあるハンサムですら、この戦いに関しては楽観視していた。七つの大海賊団というのは、それだけの戦力なのだ。

「どちらにしろ、そろそろ商品を持っていかないとアイナさんが怒るもの」
「あのねぇちゃんが、姫さんに怒ってるところを想像できねぇがな」
「叙任式やら何やらで思ったより滞在が伸びちゃったし、何か早く戻ったほうがいい気がする……少し船足あしを上げようか」

 ハンサムは少し驚いた表情を浮かべると甲板側に視線を落とす。そこでは黒猫たちが暇そうにゴロゴロと転がっていた。風も順風で帆の調整をする必要がなければ、特にすることがないのだ。

「まぁ、いいか。あんまりダラダラさせるのアレだしな。久しぶりに訓練ってのもいいかもしれねぇ」

 ハンサムはそう呟くと、大きく息を吸って一度止めた。そして船中に響き渡る大音量で、黒猫たちに号令を発する。

「野郎ども起きろっ! 船足あしぃ上げんぞ! さっさと配置に付けっ!」
「にゃ!? にゃにゃにゃにゃ~」

 跳び起きた黒猫たちは慌てて配置に付き、帆を動かすためのロープを握る。もはや脊髄反射的なもので、中には何故ロープを握っているのかわかってない黒猫もいる。

「総帆適帆! 魔導動力炉起動! 間違っても裏帆打たせるんじゃねぇぞ!」
「にゃぁぁぁ!?」

 帆走状態の魔導航行は魔導帆船で最も速度が出る航法だ。その代わり風を掴むのが難しくなり、万が一裏帆を打った場合、急制動が掛かり下手すればマストが折れて転覆する恐れがある。戦時でもなければ、基本的に使わないのはそのためである。

 ハンサムの指示を聞き逃さないように黒猫たちも必死だ。そんな彼らを応援しながら、シャルルは眼前に広がる水平線を見つめるのだった。

◇◇◆◇◇

 それから数日後、ホワイトラビット号はシンフォニルスに入港する。港にはいつものようにアイナと白猫たちが出迎えのために集まっていた。

「アイナさん、お待たせ~」
「おかえりなさいませ、シャルルお嬢様。数日前から、お客様がいらっしゃってますよ」
「お客様? 特に約束した覚えがないんだけど……」

 身に覚えがない来客にシャルルが首を傾げる。アイナは少し困った様子でシャルルに耳打ちした。それを聞いたシャルルは驚きの声を上げる。

「えぇ!? 本当に?」
「はい、今は商館に滞在されています」
「わかったわ、すぐに向かおう。カイル!」
「はい! 船長さん、どうしましたか?」

 シャルルに呼ばれて、カイルが小走りに駆け寄ってくる。

「君も一緒に商館に付いてきて」
「え!? はい、わかりました」
「ハンサムと黒猫たちは、いつものように荷下ろしをお願い」

 白猫たちに言い寄って、顔を爪で引っ掛かれている黒猫たちにそう声を掛けると、シャルルはカイルを連れてホワイトラビット商会に向かった。その道中で理由を聞かされていないカイルが尋ねてくる。

「いったい、どうしたんですか?」
「お客さんが来てるんだって、君も知ってる人だよ」

 そう簡単に答えると、シャルルはそれ以上は何も言わずに商館に向かって急ぐのだった。

◇◇◆◇◇

 裏口から商館に入り、二階にある客室に向かったシャルルは開けっ放しになっている部屋に飛び込んだ。部屋に入る瞬間チラッと視線を送ると、ドアは空いているわけではなく、蝶番ごと破壊された跡が残っていた。

「おぉ、やっと帰ってきたか、待ちわびたぞ! 久しいな、キャプテンシャルルよ!」
「ドーラ、いったいどうして?」

 入ってきたシャルルに声を掛けてきたのは、サラマンデル族の族長ドーラ・サラマンデルであった。彼女はソファーに胡坐をかいて座っており、その後ろにはザラン戦士長も控えて、近くにはレオ族とカーマン族のリザードマンが立っていた。

 シャルルが突然の珍客に驚いているとドーラがニヤリと笑う。

「うむ、実はお主に相談があったのだ……」

 彼女の話によるとスルティア諸島の三氏族、つまりサラマンデル族、カーマン族、レオ族の族長が集まった機会に、ドーラがホワイトラビット号が持ち込んだ商品などの話をしたところ、他の族長たちも大いに興味を示したそうだ。

 元々スルティア諸島はそれほど盛んに交易船が来るわけでは無いらしく、島内で賄えない物に関しては供給が不安定で困っていた。その問題を解決するため、スルティア諸島のリザードマンたちは自らで交易をすることを決めたらしい。

 しかし彼らの船は漁業用で、近海の海にしか耐えれないので移動の手段がない。そこで交易に耐えうる交易船を手に入れようと考えたのだが、島に来た商人たちに船が欲しいと言えば、強奪されると勘違いされて逃げられてしまったそうだ。

 表情がほとんど分からないリザードマンから、突然そんなことを言われれば、逃げたくなるのもわからなくもない。

「ほとほと困っていたところ、レイモンド商会の船長が話を聞いてくれてな。聞けば、この街にお主がいると言うので連れて来て貰ったのだ」
「つまり、わたしに船を用意して欲しいってこと?」
「そうだ、頼めるか? お主への報酬としてコレを持ってきた」

 ドーラがそう言いながらテーブルに置いたのは、拳二つ分ほどある大きな宝玉だった。赤く輝いており、何か特別な力のようなものを感じる。

「ひょっとして魔石?」
「我々は『竜の瞳』と呼んでおる。人族には中々貴重な物だと聞いたぞ?」
「確かに、この大きさなら一財産になるだろうけど……わたしの店、洋服店なんだけどな~」

 シャルルが困ったような顔をすると、ドーラは少し悲しそうな表情を浮かべる。

「頼めぬだろうか? お主ぐらいしか頼れる者がおらんのだ」
「う~ん……わかったよ、ちょっと知り合いに聞いてみるわ。新造船は無理かもしれないけど、中古の船なら手に入るかもしれない」
「おぉ、頼まれてくれるか!」
「ちょ! お店を燃やさないでよ!?」

 喜びのあまり口端から炎が漏れ出すドーラに、シャルルは慌てて止めに入った。その様子にドーラはケラケラと笑う。

「ところで二つほど聞きたいんだけど?」
「なんだ?」
「そちらの二人はどなた?」

 ドーラの後ろに立っていたレオ族とカーマン族のリザードマンを見て尋ねる。ドーラは失念していたと断ってから紹介を始めた。

「レオ族の方は商人のレード、今回の取引のために連れてきた。カーマン族の方は漁師のアッテルだ、こやつは操船を覚えさせるために連れてきたのだ」

「レードです。初めまして、シーロード会長」
「アッテルだ、よろしく頼む」

 二人とも丁寧に挨拶をしてくる。いきなり襲い掛かってきたサラマンデル族と違い、両氏族は比較的友好的な種族のようだ。

「はい、よろしくお願いします」

 二人にお辞儀をすると、シャルルは二つ目の質問をすることにした。

「それで二つ目だけど、あのドアが壊れてる理由は?」

 シャルルが指差したドアを見つめて、ドーラが神妙な顔で首を傾げる。

「ドア? あぁ、あの木の板か! 生意気にも我の行く手を阻んだので、軽く小突いたら吹き飛んでしまったのだ」
「どうすればドアが吹き飛ぶのよ……」

 よく考えてみるとサラマンデル族の集落では、すだれのようなものが入口に掛けられているだけで、ドアなどなかったと思い出したシャルルは頭を抱える。

 あまりの文化の違いに少し不安になったが、何とか船を用意できないだろうかと頭を回転させ始めるのだった。

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