その白兎は大海原を跳ねる

ペケさん

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第81話「その白兎は大海原を跳ねる」

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 第二ポイントの島を廻ったところで、仕掛けてきたアスマン造船所の所属船に、前方を塞がれてしまったダーナー号では、アレスが苛立った様子で喚き散らしていた。

「爺さん、前を塞がれちまったぞ! どうするんだっ!?」
「フォフォフォ、困ったのぉ。とりあえず縮帆じゃ、フォア・ミズンは絞れ」

 ヴァル爺の指示で甲板員たちは帆を絞り始める。前を塞がれてしまった以上、衝突しないように速度を落とすしかなかったのだ。

「困ったのぉじゃないだろ! 魔導航行で突っ切るか? この船の装甲なら押し退けられるっ!」

 アレスの言う通りダーナー号の硬い装甲であれば突破も出来るだろう。しかし、それでも無理やり押し通れば船体の損傷は避けれず、その損傷がレースにおいて致命的にならないとも限らない。さらに迂闊に両船の間に割って入れば、近距離から砲撃も受ける可能性が高かった。

「アーガス号は右舷から回り込むつもりか、さすがにそのまま行かせるわけにはいかんのぉ。右舷砲門開け! 操舵手、面舵じゃ!」

 ダーナー号が右舷に舵を切ると、ブロックしている船もそれに合わせて舵を切ってきた。進行方向とはズレる形だが、徹底してブロックを解くつもりはないようだ。

 この船がホワイトラビット号であれば、舵を切ったと見せて切り返すことでブロックを外すことも可能だろうが、大型船のダーナー号にはそこまで機敏な操船はできなかった。

「よし、アーガス号の鼻面に集中して放てっ!」

 ダーナー号から放たれた砲撃は、アーガス号の進行方向に水柱を打ち上げる。しかし射程外であり、アーガス号も特に針路を変更する様子はなかった。それを見たヴァル爺は苦々しく呟く。

「すでに射程は見切っておるようじゃな。どうやら、少し撃ち過ぎたようじゃ」
「アーガス号の船長はオミールっていう爺さんだ。ベテランの船乗りで元海賊らしい」

 これまでの消極的なレース運びは、ダーナー号と船長であるヴァル爺の能力を見るためだったようだ。このタイミングでのブロックと言い、その老獪な指揮にヴァル爺は目を細める。

 そこにマスト上の見張りから報告が飛んできた。

「前方に小島だ」

 ヴァル爺が前方を確認すると、報告の通り正面に島が見えてくる。第二ポイントの島より遥かに小さな無人島のようだ。

「メインスル以外は絞れ! ブロックを外してから取舵一杯じゃ!」

 このまま無人島に突っ込むわけにはいかないので、さらに減速したダーナー号が船首を南南東に向ける。やはりブロックしていた船もそれに合わせてきた。何が何でも先には行かせないという気概を感じる動きだ。

 アーガス号もそれに倣って無人島の手間で曲がり、ダーナー号が減速した隙に抜き去ろうとしていた。

「キャプテンオミールめ、なかなかやりおるわい。ここままでは抜かれるな。この船の機動力では抜かれたら難しいじゃろうが……」

 そこまで言うとヴァル爺はにやりと笑う。アーガス号の先にある小島から、望んでいた影が姿を現したのだ。

「その白兎は大海原を跳ねるぞ」

◇◇◆◇◇

 無人島前、アーガス号の甲板 ――

 無人島の手前で舵を切ったアーガス号の甲板では、キャプテンオミールが勝利を確信していた。ダーナー号は完全に抑え込み、目の前には加速するのに十分なスペースが開いている。

「よし総帆絞れ、魔導動力炉に火を入れろっ! このままぶっちぎるぞっ!」
「へいっ!」

 キャプテンオミールの指示で甲板員が帆を絞り始める。アーガス号の船足あしが鈍り魔導動力炉が起動を開始した。そのタイミングで見張りの船乗りが慌てた様子で叫ぶ。

「ふ……船だっ! 右舷後方、突然現れたっ!?」
「なにぃ?」

 キャプテンオミールは驚きの声を上げると、確認するために左舷に身を乗り出す。その船はホワイトラビット号だった。突如現れた船に驚いたが、無人島の陰から伸びる航跡を見て舷側に手を叩きつける。

「あんな所に隠れてやがったのかっ! くそがっ、迎え撃つぞ! 総帆開けぇ、面舵一杯!」
「へ……へいっ!」

 船というものは、船足あしが出ていないと曲がることもままならない。魔導航行に移行中だったが、アーガス号ほどの大型船に船足あしを付けるには、起動したばかりの魔導動力炉では稼働率が低かった。

 まさに最悪のタイミングでの強襲だったが、それでも帆を開き何とか右舷をホワイトラビット号に向けるアーガス号。キャプテンオミールは腕を振り上げて叫ぶ。

「右舷全砲放てぇ!」

 片舷四十門はある大砲が放たれ、その砲弾がホワイトラビット号に襲い掛かる。しかし、ホワイトラビット号はそれをまるで波の間を跳ねるように躱していった。

「な、なんだ。あの動きはっ!?」

 普通の帆船の動きから逸脱した反応に、キャプテンオミールは驚愕の声を漏らした。シャルルの直感と指示、ハンサムの操船技術と黒猫たちとの連携、そしてホワイトラビット号の異常な性能が可能にした操船であり、まるで砲弾の雨を縫うように進んでくる。

 そしてともを流しながらアーガス号に取り付くと、鉤爪付きのロープが船舷に向かって次々と投げ込まれた。

「や……野郎ども、白兵戦用意! 乗り込んでくるぞっ!」

 キャプテンオミールがそう叫ぶと、海賊たちは腰のナイフを次々と抜いて戦闘態勢を整える。次の瞬間、ホワイトラビット号の甲板を蹴ったシャルルが、アーガス号に飛び乗ってきた。

「アーガス号の皆さん、こんにちは。お邪魔するわね、わたしはキャプテンシャルル! 悪いんだけど、この船にはここで航行不能になって貰うわ」
「おいおい、まさか旗艦に乗り込んでくるたぁ恐れいったぜ。しかも、こんな嬢ちゃんがキャプテンだって? 俺らの時代じゃ考えられなかったぜ」

 キャプテンオミールは、少し呆れた様子で肩を竦める。シャルルほど若い女性が船長をやっていることは極めて稀だった。これも時代の流れか? と自嘲気味に笑う。

「しかも、この船を落とすだってぇ? こっちの船にゃ戦える奴が百は下らねぇぞ、そっちは何人だ? 十か二十か? もっと冷静になるんだな、嬢ちゃん」
「あら、お爺さん。心配してくれるの? 怖い顔のわりには優しいじゃない?」

 シャルルが揶揄うようにクスッと笑う。それに対して、オミールはわざとらしく両手を広げながら呆れてみせた。

「嬢ちゃんみたいな若い娘さんに、怪我なんてさせたら目覚めが悪いだろ。なぁ?」

 それを合図にシャルルの死角から、筋肉質の船乗りが彼女に向かって飛び掛かった。シャルルはそれを躱しながら、左のハイキックを船乗りの顔に叩き込み彼を海に叩き落す。

「あらら、ダンスのお誘いならもっとスマートにして欲しいわね」
「ちっ、意外と強ぇじゃねぇか。仕方ねぇ……野郎どもぶっ殺して海に叩き落せっ!」
「おぉぉぉ!」

 オミールの号令で手下の船乗りたちが、一斉にシャルルに襲い掛かる。

「させるかニャー!」
「うにゃ~!」

 しかし、船舷から飛び出してきた黒猫たちの蹴りを喰らって、鼻血を噴き出しながら後ろに吹き飛ぶ船乗りたち。気勢をそがれた船乗りたちが尻込みをしていると、黒猫たちが次々と乗り込んできて最後にハンサムが登ってきた。

「待たせたな、姫さん」
「歓迎してくれたから、退屈はしてなかったよ?」
「そいつぁ良かった。こっちもお返ししとかないとなぁ」

 ハンサムはニヤリと笑うと槍を肩に担ぎあげる。黒猫たちはすでに臨戦態勢で、シャルルもカニィナーレを構える。

 それでも十人程度のホワイトラビット号の乗組員クルーたちに、キャプテンオミールは手下の船乗りたちに発破を掛ける。

「てめぇら、相手は大した数じゃねぇ! さっさとぶっ殺してダーナー号を追いかけるんだっ!」
「お……おおぉぉぉ!」

 それに乗って船乗りたちは再び気合を入れてナイフを構え、ホワイトラビット号の乗組員クルーたちを取り囲んだ。
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