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第77話「岩礁地帯」
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それから数時間後 ――
仮眠を終えたシャルルとハンサムが、再び船尾甲板に戻ってきた。彼女たちが休んでいるあいだはカイルが舵を握っており、その補佐にマギと黒猫が一匹付いていた。
「おぅご苦労さん、代わるぜ」
「はい、お願いします」
カイルに代わってハンサムが舵を握る。その間シャルルは星の巡りを計測しながら、現在の船の位置を確認する。陸地が見えない外洋での航海では、天測することで自船の位置を割り出すことができる。普段は航海士でもあるヴァル爺に任せているが、現在はいないので代わりにシャルルが行っていた。
「少し南に流されているみたいね」
風は相変わらず北西から吹いており、昼間より少し強くなってきてるようだった。特に意識せずに西進すれば当然風下である南側に流される。ハンサムのような腕の良い操舵士なら、その辺りも計算して調整するので、あまりズレは出てこないが、カイルではそこまではできなかった。
「ハンサム、面舵五」
「あいよっ!」
返事をしたハンサムは舵を回して調整する。シャルルはマスト上を見上げると、見張り役の黒猫に状況を確認する。
「見張り役、追いかけてきていた船はどう?」
「一隻はまだ追いかけてきてるにゃ! もう一隻は見失ったにゃが、途中までは付いて来てたにゃ」
それを聞いたシャルルは船尾の方へ歩いて行き、そこから後方を見つめる。闇夜に覆われているが、辛うじて月が出ているおかげで敵船を確認できる。目を凝らしながら耳も峙て、波の音と共に帆に風が当たる音などを聴き分けていく。
「見えないけど、二隻とも来てるか……」
シャルルが再びハンサムたちのところに戻ると、カイルが少し興奮した様子で尋ねてきた。
「船長さん、敵は来そうですか?」
「ん~……まだ距離はあるけど、たぶん岩礁地帯前に仕掛けてくるんじゃないかな? この船足なら二時間後ぐらいだと思うわ」
「それなら急いで夜食を作って来ますね」
カイルはそう言うと、そそくさと厨房に向かってしまった。そんな背中を追ってシャルルは微笑むと、ハンサムの背中を軽く叩く。
「食べ終わったら、一勝負あるだろうから気合入れてよね」
「リードしてんなら無理しなくてもいいんじゃねぇか?」
「後半戦のために、あいつらにこのままついて来られると困るのよ」
ハンサムは少し呆れた様子だったが、シャルルは作戦を変えるつもりはないようだ。それからしばらくの間は何事もなく、ホワイトラビット号は西に向かって進み続けるのだった。
◇◇◆◇◇
二時間後、ホワイトラビット号を追随するオルデス号 ――
ホワイトラビット号をしつこく追いかけている船は、バシュ造船所のオルデス号だった。後続にはアスマン造船所の船が続いているが、両船は敵チームであり共闘しているわけではない。
この船オルデス号の船長は、バシュ造船所の雇われ船長だがベテランの船乗りである。第一ポイントの島で西進を始めたホワイトラビット号に、嫌な予感を感じ取り独自の判断で追跡してきたのだ。
「くそっ! あの白い船、船足が上がってねぇか?」
徐々に離れていくホワイトラビット号に、苛立ちを募らせながら船長が毒づく。二時間ほど前まではもう少しで追いつけるという位置だったのに、ここに来て徐々に離されているからだ。これは舵と指揮がハンサムとシャルルに変わったためであり、微かな風も掴んで船足を上げているからだった。
「船長、もう少しで岩礁地帯です。このまま進んだら危ないんじゃ?」
「そんなことをわかってんだよ、あの船が進んでいる間は大丈夫だ。とっとと船足を上げろ」
彼らの作戦では、ホワイトラビット号が転進して北に切り上がるタイミングで、同様に切り上がって横に並び、砲撃をもってホワイトラビット号は岩礁地帯に追い込む予定なのだ。そのためにはあまり距離を離されるわけにはいかなかった。
船乗りにとって闇夜の中を進むのは、それだけで相当神経を使う行為だ。見えない岩礁に乗り上げて座礁する可能性もあるし、そうでなくとも針路を見失いやすい。それでも前方に船がいるのであれば、それを追いかけている間は安全だと感じられた。
「敵船変針! 北に向かって切りあがり始めた!」
「ちっ、ようやくか! 魔導航行で一気に追いつくぞっ!」
「おぉぉぉ!」
魔導航行に移行したオルデス号は、一気に加速してホワイトラビット号に並ぼうと迫っていく。
「よし、追いつけるぞ! 左舷砲門開けぇ……っ!?」
船長が砲撃準備を指示した瞬間、大きな衝突音が響き渡り船体が激しく揺れる。船長の体は船尾甲板から放り出され、甲板に背中から激しく叩きつけられてしまう。
「がはぁ!?」
体中に走る激痛に耐えながら船長が身を起こすと、目も覆いたくなるような惨状が広がっていた。船首部分はひしゃげて潰れており、フォアマストがへし折れて、斜めになった船体からは船乗りたちが、悲鳴を上げながら次々と夜の海に落ちていく。
「な……何があった!?」
船長の空しい叫びは船乗りたちの悲鳴によってかき消され、その答えが返ってくることはなかったのだった。
◇◇◆◇◇
一方、ホワイトラビット号の甲板 ――
大きな音が響き渡る中、後方を確認していた見張りの黒猫が状況の報告する。
「にゃ~! 馬鹿が突っ込んだにゃ~」
「ちゃんと航行不能になった~?」
「間違いないにゃ! あのダメージ、浅瀬じゃなかったら沈んでるにゃ~」
船首に立つシャルルは、その報告に満足そうに頷く。ハンサムの隣に立っていたカイルは、船尾のほうを見つめながら呟く。
「いきなり壊れたみたいだけど、何があったんだろ?」
「岩礁に突っ込んだのさ、しかも魔導航行で加速中にな」
「この海に慣れてるはずなのに、ついてないですね」
カイルがそう答えると、ハンサムは大きな口を開けて大笑いする。いきなり笑い出したハンサムに、カイルはきょとんとした顔をしている。
「あははは、ついてないか……確かにな。だが、ついてないのは座礁したことじゃねぇよ。相手が姫さんだったことさ」
「どういうことですか?」
「今は夜で海面なんてほとんど見えねぇだろ? しかも前方には危険地帯がある。そんな時、目の前に船が走ってたらどうする?」
「そんな時は、前の船に付いていきます!」
前の船が事故らない限り、ついて行く分には安心なはずである。ハンサムは人差し指を一本立てると、それを真下に下ろす。
「そいつは正しいが、ここがすでに危険地帯ならどうだ?」
「それなら追ってる船も……えっ、ここってもう岩礁地帯なんですか!?」
カイルが驚いた声を上げると、船首に立ってるシャルルから指示が飛んでくる。
「面舵一杯! メイン、ミズン、風抜けぇ!」
「にゃ~」
急速に右旋回を開始するホワイトラビット号、その瞬間ガガガガという音と共に船体が激しく揺れる。その揺れに耐えながらハンサムが怒鳴り声をあげる。
「姫さん、船底が擦ったぞっ!」
「もっと早く回してっ!」
「お頭は無茶言うにゃ~」
文句を言いつつも表情が真剣になっていく黒猫たち。間髪入れずに次の指示がシャルルから出される。
「舵戻しぃ、総帆適帆っ!」
「ニャー!」
先程より機敏に黒猫たちが帆を張り調整していく。再びスピードに乗ったホワイトラビット号に、シャルルは満足そうに頷いた。
先程の振動で転んでいたカイルが、起き上がりながらハンサムに尋ねる。
「いたたた……一体、何が起きてるんですか?」
「この船はな、今も岩礁地帯を走ってるんだ」
カイルが驚いて目を見開くとハンサムは何度か頷く。
「わかるぜ、信じたくねぇよな。だが、間違いなく岩礁地帯の真っ只中だ」
ハンサムの言う通り、現在ホワイトラビット号は岩礁地帯を航海中だった。岩礁地帯と言っても、全ての場所に均等に岩礁があるわけではない。当然浅かったり深かったりするのだ。ホワイトラビット号はその深い場所を選んで進んでいるのである。
それも何度か練習で航海して覚えた道と、シャルルの勘による無謀とも言える挑戦だった。そんなシャルルが見張り台の黒猫に尋ねる。
「見張り役! もう一隻も座礁した?」
「もう一隻は追跡を諦めて北進中にゃ~」
「ちっ、やっぱり前の船を見て気付かれたか……バシュ船より、アスマン船のほうが手強そうね」
ここで二隻とも沈めておきたかったシャルルは、そう毒づきながら舌打ちをする。それでも気を取り直して仲間たちに向かって叫ぶ。
「こうなったら、さっさと岩礁地帯を抜けるよ! 総員、気合を入れろっ!」
「にゃ~」
こうしてホワイトラビット号は岩礁地帯の突破に挑み、他の船は回避するために北に向かって針路を切るのだった。
仮眠を終えたシャルルとハンサムが、再び船尾甲板に戻ってきた。彼女たちが休んでいるあいだはカイルが舵を握っており、その補佐にマギと黒猫が一匹付いていた。
「おぅご苦労さん、代わるぜ」
「はい、お願いします」
カイルに代わってハンサムが舵を握る。その間シャルルは星の巡りを計測しながら、現在の船の位置を確認する。陸地が見えない外洋での航海では、天測することで自船の位置を割り出すことができる。普段は航海士でもあるヴァル爺に任せているが、現在はいないので代わりにシャルルが行っていた。
「少し南に流されているみたいね」
風は相変わらず北西から吹いており、昼間より少し強くなってきてるようだった。特に意識せずに西進すれば当然風下である南側に流される。ハンサムのような腕の良い操舵士なら、その辺りも計算して調整するので、あまりズレは出てこないが、カイルではそこまではできなかった。
「ハンサム、面舵五」
「あいよっ!」
返事をしたハンサムは舵を回して調整する。シャルルはマスト上を見上げると、見張り役の黒猫に状況を確認する。
「見張り役、追いかけてきていた船はどう?」
「一隻はまだ追いかけてきてるにゃ! もう一隻は見失ったにゃが、途中までは付いて来てたにゃ」
それを聞いたシャルルは船尾の方へ歩いて行き、そこから後方を見つめる。闇夜に覆われているが、辛うじて月が出ているおかげで敵船を確認できる。目を凝らしながら耳も峙て、波の音と共に帆に風が当たる音などを聴き分けていく。
「見えないけど、二隻とも来てるか……」
シャルルが再びハンサムたちのところに戻ると、カイルが少し興奮した様子で尋ねてきた。
「船長さん、敵は来そうですか?」
「ん~……まだ距離はあるけど、たぶん岩礁地帯前に仕掛けてくるんじゃないかな? この船足なら二時間後ぐらいだと思うわ」
「それなら急いで夜食を作って来ますね」
カイルはそう言うと、そそくさと厨房に向かってしまった。そんな背中を追ってシャルルは微笑むと、ハンサムの背中を軽く叩く。
「食べ終わったら、一勝負あるだろうから気合入れてよね」
「リードしてんなら無理しなくてもいいんじゃねぇか?」
「後半戦のために、あいつらにこのままついて来られると困るのよ」
ハンサムは少し呆れた様子だったが、シャルルは作戦を変えるつもりはないようだ。それからしばらくの間は何事もなく、ホワイトラビット号は西に向かって進み続けるのだった。
◇◇◆◇◇
二時間後、ホワイトラビット号を追随するオルデス号 ――
ホワイトラビット号をしつこく追いかけている船は、バシュ造船所のオルデス号だった。後続にはアスマン造船所の船が続いているが、両船は敵チームであり共闘しているわけではない。
この船オルデス号の船長は、バシュ造船所の雇われ船長だがベテランの船乗りである。第一ポイントの島で西進を始めたホワイトラビット号に、嫌な予感を感じ取り独自の判断で追跡してきたのだ。
「くそっ! あの白い船、船足が上がってねぇか?」
徐々に離れていくホワイトラビット号に、苛立ちを募らせながら船長が毒づく。二時間ほど前まではもう少しで追いつけるという位置だったのに、ここに来て徐々に離されているからだ。これは舵と指揮がハンサムとシャルルに変わったためであり、微かな風も掴んで船足を上げているからだった。
「船長、もう少しで岩礁地帯です。このまま進んだら危ないんじゃ?」
「そんなことをわかってんだよ、あの船が進んでいる間は大丈夫だ。とっとと船足を上げろ」
彼らの作戦では、ホワイトラビット号が転進して北に切り上がるタイミングで、同様に切り上がって横に並び、砲撃をもってホワイトラビット号は岩礁地帯に追い込む予定なのだ。そのためにはあまり距離を離されるわけにはいかなかった。
船乗りにとって闇夜の中を進むのは、それだけで相当神経を使う行為だ。見えない岩礁に乗り上げて座礁する可能性もあるし、そうでなくとも針路を見失いやすい。それでも前方に船がいるのであれば、それを追いかけている間は安全だと感じられた。
「敵船変針! 北に向かって切りあがり始めた!」
「ちっ、ようやくか! 魔導航行で一気に追いつくぞっ!」
「おぉぉぉ!」
魔導航行に移行したオルデス号は、一気に加速してホワイトラビット号に並ぼうと迫っていく。
「よし、追いつけるぞ! 左舷砲門開けぇ……っ!?」
船長が砲撃準備を指示した瞬間、大きな衝突音が響き渡り船体が激しく揺れる。船長の体は船尾甲板から放り出され、甲板に背中から激しく叩きつけられてしまう。
「がはぁ!?」
体中に走る激痛に耐えながら船長が身を起こすと、目も覆いたくなるような惨状が広がっていた。船首部分はひしゃげて潰れており、フォアマストがへし折れて、斜めになった船体からは船乗りたちが、悲鳴を上げながら次々と夜の海に落ちていく。
「な……何があった!?」
船長の空しい叫びは船乗りたちの悲鳴によってかき消され、その答えが返ってくることはなかったのだった。
◇◇◆◇◇
一方、ホワイトラビット号の甲板 ――
大きな音が響き渡る中、後方を確認していた見張りの黒猫が状況の報告する。
「にゃ~! 馬鹿が突っ込んだにゃ~」
「ちゃんと航行不能になった~?」
「間違いないにゃ! あのダメージ、浅瀬じゃなかったら沈んでるにゃ~」
船首に立つシャルルは、その報告に満足そうに頷く。ハンサムの隣に立っていたカイルは、船尾のほうを見つめながら呟く。
「いきなり壊れたみたいだけど、何があったんだろ?」
「岩礁に突っ込んだのさ、しかも魔導航行で加速中にな」
「この海に慣れてるはずなのに、ついてないですね」
カイルがそう答えると、ハンサムは大きな口を開けて大笑いする。いきなり笑い出したハンサムに、カイルはきょとんとした顔をしている。
「あははは、ついてないか……確かにな。だが、ついてないのは座礁したことじゃねぇよ。相手が姫さんだったことさ」
「どういうことですか?」
「今は夜で海面なんてほとんど見えねぇだろ? しかも前方には危険地帯がある。そんな時、目の前に船が走ってたらどうする?」
「そんな時は、前の船に付いていきます!」
前の船が事故らない限り、ついて行く分には安心なはずである。ハンサムは人差し指を一本立てると、それを真下に下ろす。
「そいつは正しいが、ここがすでに危険地帯ならどうだ?」
「それなら追ってる船も……えっ、ここってもう岩礁地帯なんですか!?」
カイルが驚いた声を上げると、船首に立ってるシャルルから指示が飛んでくる。
「面舵一杯! メイン、ミズン、風抜けぇ!」
「にゃ~」
急速に右旋回を開始するホワイトラビット号、その瞬間ガガガガという音と共に船体が激しく揺れる。その揺れに耐えながらハンサムが怒鳴り声をあげる。
「姫さん、船底が擦ったぞっ!」
「もっと早く回してっ!」
「お頭は無茶言うにゃ~」
文句を言いつつも表情が真剣になっていく黒猫たち。間髪入れずに次の指示がシャルルから出される。
「舵戻しぃ、総帆適帆っ!」
「ニャー!」
先程より機敏に黒猫たちが帆を張り調整していく。再びスピードに乗ったホワイトラビット号に、シャルルは満足そうに頷いた。
先程の振動で転んでいたカイルが、起き上がりながらハンサムに尋ねる。
「いたたた……一体、何が起きてるんですか?」
「この船はな、今も岩礁地帯を走ってるんだ」
カイルが驚いて目を見開くとハンサムは何度か頷く。
「わかるぜ、信じたくねぇよな。だが、間違いなく岩礁地帯の真っ只中だ」
ハンサムの言う通り、現在ホワイトラビット号は岩礁地帯を航海中だった。岩礁地帯と言っても、全ての場所に均等に岩礁があるわけではない。当然浅かったり深かったりするのだ。ホワイトラビット号はその深い場所を選んで進んでいるのである。
それも何度か練習で航海して覚えた道と、シャルルの勘による無謀とも言える挑戦だった。そんなシャルルが見張り台の黒猫に尋ねる。
「見張り役! もう一隻も座礁した?」
「もう一隻は追跡を諦めて北進中にゃ~」
「ちっ、やっぱり前の船を見て気付かれたか……バシュ船より、アスマン船のほうが手強そうね」
ここで二隻とも沈めておきたかったシャルルは、そう毒づきながら舌打ちをする。それでも気を取り直して仲間たちに向かって叫ぶ。
「こうなったら、さっさと岩礁地帯を抜けるよ! 総員、気合を入れろっ!」
「にゃ~」
こうしてホワイトラビット号は岩礁地帯の突破に挑み、他の船は回避するために北に向かって針路を切るのだった。
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