その白兎は大海原を跳ねる

ペケさん

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第70話「旅立ちと反攻作戦」

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 鉱人ドワーフのガディンクに、魔導動力炉の強化を頼むことに決めてから数日後、シャルルは当初の予定通りアルニオス帝国のアーゴンレットの街に向かおうとしていた。

 現在はシーロード家の専用港で、ホワイトラビット号の出航準備に取りかかっている。

「シャルルゥ~、本当に行っちまうのか?」
「ちょっと、パパったら情けない声を出さないでよ。今度はすぐに帰ってくるから」
「本当か? 本当だな!?」

 再びシャルルと離れることになり、物凄く残念そうな顔をしているハルヴァーに、シャルルは困ったような苦笑いを浮かべる。

 港まで見送りに来てくれたのはハルヴァーの他に、家族ではゼフィールとカティスの二人だった。ヘレンとアイディーンは、屋敷で別れを済ませている。

 別れを惜しんでいると、ゼフィールがシャルルに手紙を差し出してきた。シャルルは首を傾げながらそれを受け取る。

「手紙?」
「あぁ、シャルルは帝国に向かうんだろ? すまないが、アルテイダムのノッティに届けてくれないか?」
「ソーさんに?」

 ノッティとは、ゼフィールの右腕ノット・ソーの愛称だ。ゼフィールが留守の間、アルニオス帝国に残した船団を取り仕切っている人物である。

「あぁ、俺はしばらく帰れそうもないからな」
「うん、いいよ。アーゴンレットに行く前に寄っていくね」

 ゼフィールはグラン王国への締め付けを強化するため、これからグラン方面に注力することになる。そこで不在の間の指示をシャルルに託したのだ。

 ゼフィールの話が終わると、ハルヴァーが旅立つ愛娘に忠告をする。

「わかってると思うが、グラン海域には近付くなよ」
「パパ……そんなこと言っても、シンフォニルスはグランとの国境に一番近いんだよ?」

 シャルルが母港として使っているシンフォニルスは、ヴィーシャス共和国の最東端にあるため、グラン王国との国境にもっとも近い街である。意図してグラン海域に行かなくても、近付くなというのは無理がある話だった。

「いい子だから近付くんじゃねぇ」
「うん、わかったよ。どうせしばらくはアルニオス帝国方面だし安心して」

 普段はあまり見せないハルヴァーの真剣な表情に押されて、シャルルはそう答える。そんな話をしていると、ホワイトラビット号の甲板からハンサムの声が聞こえてきた。

「姫さん、出航準備完了したぜ」
「わかったわ、すぐ行くっ!」

 シャルルはそう答えたあと、ファムと話していたカティスにも声を掛けた。

「カティスママ、わたしたちそろそろ行くね」
「またすぐに帰ってきなさいよ?」

 カティスはシャルルに近付くと、彼女を優しく抱き締める。シャルルは彼女の温もりに幸せを感じながらニッコリと微笑んだ。

「うん、もちろんだよ」
「あと馬鹿息子アクセルに会うことがあったら、一度顔を見せに来いって伝えておいて」
「いいけど、ルブルムにはしばらく行かないから、手紙出したほうが早くない?」

 シャルルはアルニオス方面に向かう予定なので、もし会うことになっても半年以上先になりそうだった。カティスは抱き寄せてるシャルルの服をギュッと掴む。

「手紙なんかで帰ってくるなら、とっくに帰ってきてるわよ。まったくあの馬鹿息子が、ちっとも帰ってきやしないのよ」
「あはは、わかったよ。もし会えたら必ず伝えておくね」

 カティスと約束を交わして彼女から離れたシャルルは、そのままタラップを駆け上がった。

「よし、それじゃホワイトラビット号出航よ!」
「ニャー!」

 シャルルが号令を出すと魔導動力炉が駆動する。そして黒猫が港に合図を送り、待機していたトーマスが係留柱からロープを外してくれる。

 港から解き放たれたホワイトラビット号は、魔導航行で離脱を開始する。そしてある程度離れてから、シャルルは再び号令を発した。

「目的地はアルテイダムよ! 総帆開けぇ!」
「にゃ~」

 黒猫たちによって、ホワイトラビット号の全ての帆が開かれる。風を孕んだ帆に押されるように、ホワイトラビット号はアルテイダムに向かって出発するのだった。

◇◇◆◇◇

 ヴィーシャス共和国 東方海域 ――

 ホワイトラビット号が帝国に向かってからしばらく経った頃、グラン王国の武装商船マドナ号が護衛船と共にシンフォニルスに向かっていた。

 船乗りにしては身なりのいい男性が、マドナ号の船長に声を掛けてきた。

「船長、航海は順調かね?」
「旦那、いつもの通りですよ。決まった航路で順風だ、眠ってたってシンフォニルスに到着します」
「ははは、頼もしいな。しかし船長も聞いているだろ? しばらく前にグラン沖で……」
「あぁ、軍と海賊どもがぶつかったらしいですな。軍の発表では海賊を一掃したとか」

 グラン王国海軍は国民向けに、リッターリック大海賊の圧勝した発表していた。しかし帰ってきた艦船の数が半減していれば、国民たちもそうそう騙されはしない。

「勝利したってのは本当かもしれんが、圧勝ってわけではないだろうな。商人おれたちの間では、海賊どもが報復に出るんじゃないかって噂になってる」
「へぇ、それで護衛を雇ったんですかい?」

 船長は訝しげに並走している護衛艦を見る。群がる海賊たちを追い返したこともある自尊心から、今回の航海で雇い主が急遽決めた護衛を快く思っていないのだ。

「船長もこのマドナ号も信用してないわけじゃないんだが、少し前にオットー商会の商船も襲われたそうじゃないか」
「あの海上要塞みたいな船に、風穴を空けられたって聞きましたよ。あの噂は本当ですか? とてもじゃないが近付けないと思うんですがね」
「どうやら本当らしい、オットー会長は大激怒さ。しかし、そんなことをやってのける海賊とは出会いたくないものだな」

 二人がそんな話をしていると、並走している護衛船から信号旗が上がった。それに気が付いた副長が船長に駆け寄る。

「船長、左舷に海賊船です」
「なんだと? よし、いつものように一、二発撃ちこんでやれ。どうせビビって帰っていくさ」
「わかりました。お前たち、左舷から海賊だ、左舷砲撃準備!」

 副長の号令で船乗りたちは慌ただしく動き始める。左舷の砲門を開き、大砲を突き出すことで向かってくる海賊たちを威嚇する。

 小さな海賊であれば、相手が武装商船だとわかるだけ近付いてこない。砲弾の一発でも喰らえば船が沈みかねないし、壊れたら船を修理する金もない。そんなリスクを負っても得られる利益が僅かだからだ。

 しかし、今回の海賊は違った。一切躊躇なく進路を塞ぐような針路を取っている。その動きには襲撃を止めるつもりがないという明確な意志を感じたのだ。

「なんだ、あいつら? 構わん、何発か叩き込んでやれ!」
「左舷、撃てぇ!」

 マドナ号に合わせて護衛船も砲撃を開始したが、その弾は海賊船の付近に落ちたが直撃弾はなかった。そして海賊船たちは、より近い護衛船に向かって一斉に反撃を開始する。

 集中砲火を喰らった護衛船は、あっという間に炎上してしまった。その苛烈な攻撃を目の当たりにした商人は唖然として震えだす。護衛船が手も足も出なかったこともそうだが、海賊たちの攻撃に躊躇がなかったからだ。

 通常、海賊稼業では積荷を奪ったり、人質を取った身代金で成り立っている。そのため相手の船を沈めることは稀なのだ。

「船長、何かがおかしい! 今すぐ逃げるんだ」
「旦那、そいつぁ無理だ。あっちの船のほうが明らかに船足あしが速い!」
「あぁ、なんてことだ……」

 商人は頭を抱えるが、船長の判断は間違っていなかった。荷を満載しているマドナ号では、今更逃げたところで早々に追いつかれてしまうだろう。

 そして護衛船を沈めた海賊船たちは、そのままマドナ号に向かって進んできた。

「くそっ、とにかく撃ちまくれっ!」

 やけくそになった船長の命令に、砲手たちは慌てた様子で砲撃を撃ち続ける。しかし命中率が元々低い大砲だ、そんな恐慌状態で当たるわけもない。結果的にマドナ号は早々に海賊たちに囲まれてしまった。

「船長、もう無理だ。白旗を上げるんだ!」
「くそっ、旗を掲げろっ!」

 雇い主からの命令に従いマドナ号に白旗が上がる。そして商人も白旗を振りながら舷側に駆け寄ると、海賊船に向かって叫ぶ。

「おーい、降伏する! 積荷はすべてやるから攻撃しないでくれっ!」

 積荷を失うより船と命が無事のほうが、損失が少ないという商人らしい合理的な考えだったが、彼は一つだけ大きな勘違いをしていた。それは海賊たちが元々交渉のテーブルに着くつもりがなかったことだ。

 次の瞬間、海賊船から容赦なく放たれた砲撃はマドナ号の舷側を吹き飛ばし、そこにいた商人は物言わぬ者となった。その後の攻撃も苛烈を極め、それほど時を置かずマドナ号は爆破炎上して海の藻屑と化したのだった。

 これが数か月に渡って行われるグラン王国船籍の封じ込め作戦、通称グラン狩りの始まりである。
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