その白兎は大海原を跳ねる

ペケさん

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第64話「賭け札」

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 数日後、ファムを乗せることになったホワイトラビット号は、ハルヴァー大海賊団の本拠地である海都を目指していた。

 現在はヴィーシャス共和国の南方海域を東に向かって進んでいる。波も穏やかで航海は順調そのものだった。

 航海が順調であれば細かな操帆なども必要ないので、甲板の上では暇になった黒猫たちが賭け札などに興じている。その中にはいつの間にか馴染んだファムが混じっていた。

「わっははは、どうや~ウチの勝ちやで~」

 そう大声で勝ち誇るファムの周りに、カードを手にした黒猫たちが大の字で転がっている。

「にゃ~勝てないにゃ~」
「ちくしょー、イカサマニャー!」

 ファムに相当絞り取られたようで、黒猫たちは手足をバタバタと振り回しながら文句を言っている。賭け金を回収しながら、そんな黒猫たちをファムが鼻で笑う。

「ハッ、ウチを舐めるんやないで~。こちとら日夜、商人バケモノどもと駆け引きしとるんや~」

 そんなファムの態度に、黒猫たちは悔しそうに歯を鳴らす。そこにシャルルとカイルが近付いてきた。

「なに? お前たち、また負けたの?」
「お頭、こいつをボコボコにして欲しいニャー!」
「にゃ!? マ……マジかにゃ?」

 黒猫の一匹がシャルルに敵討ちを頼むと、周りの黒猫たちが騒然とした雰囲気になる。そんな黒猫たちに、シャルルは少し驚いた様子で苦笑いを浮かべた。普段、彼らはシャルルを賭け札に誘わないからだ。

「ボコボコって……あらら、随分と巻き上げられたみたいねぇ」

 チラッとファムの周りに積み上げられたコインを見て、シャルルは呆れた様子で肩を竦めて見せる。

 トラブル防止として、乗組員クルー同士の賭け事を禁止している船もあるが、ホワイトラビット号では禁止していない。そのためイカサマを使われたわけでもなければ、乗組員クルー同士の喧嘩に船長が出る幕ではないのだ。

 新たにシャルルカモが現れ、ファムは上機嫌に尻尾をバッサバッサと振りながら、シャルルを煽り始めた。

「なんや~、今度は会長はんが相手でっか? ウチは構いまへんで~?」
「まぁ黒猫たちが負けても別にいいんだけど、せっかくだから遊んでいこうかな? ポーカーでいい?」
「ええよ~、会長はんは金持ちやから、レートは銀貨一枚からでどうや?」
「銀貨一枚ね。それで構わないわ」

 ポーカー ―― 五枚の手札で役を作るカードゲームの一種。ホワイトラビット号でよく遊ばれているのは、ドローポーカーという一番単純な種類だった。

「決まりや! ほなディーラーは……僕ちゃん、頼むわ~」

 シャルルとの勝負が決まると、ファムはカードを集めてカイルに向かって差し出した。カイルは少しムッとした顔をしてそれを受け取る。

「僕のほうが年上だと思うんだけど……」
「細かいことは気にしなさんな~、ほな頼んだで~」

 シャルルはファムの前に座り、カイルもシャルルとファムの間に座ってカードのカットを始める。カイルは時々黒猫たちに誘われているので、カードの扱いもそこそこ様になっていた。

「それじゃ、始めましょうか。久しぶりだから少し緊張するわ」

 シャルルがそう宣言すると、カイルがカードを配り始める。それぞれが手札を確認すると、まずファムが銀貨を一枚置いた。

「ほな、様子見で賭けベットやな」
「それじゃ、同額コールね」

 シャルルも同じように銀貨を一枚置いた。続けてファムは手札から二枚交換、シャルルは三枚交換する。そしてファムは相変わらず笑顔のまま、さらに銀貨を二枚置いて宣言する。

上乗せレイズ! さぁ勝負や!」
「……降りるフォールド
「なぁ!? そりゃないで~会長は~ん」

 勝負せずに降りたシャルルにファムはガクッと肩を落とす。しかしポーカーでは、勝てないと思ったら降りることも立派な戦術である。ファムは仕方なくシャルルが賭けた銀貨一枚を回収した。

 そのまましばらく勝負を続ける二人だったが、積極的に勝負に出るファムに対してシャルルは常に消極的なプレイスタイルだった。いつもなら攻め気のあるシャルルに似合わず、勝てないと思った勝負には一切乗らず降りてしてしまうのだ。

「う~ん、あまり稼げへんな~」

 ファムはそう呟くと手元にあるチップを横目に見る。そのチップは開始時からさほど変わらず、シャルルをカモろうと思ってたファムとしては不満の募る結果になっていた。

 そんな中ファムの手札に、この日一番の強力な役が舞い込んでくる。ほくそ笑みたいのを我慢して、ファムは顔を顰めながら天を仰ぎながら大げさに嘆いて見せる。

「かぁぁぁぁ! なんや、このカードはっ!?」
「あらら、そんなに酷いカードだったの?」
「それは言えへんわ~、まぁここは賭けベットだけはしとこかぁ」

 のらりくらりと言った態度で、敢えて高額は賭けずにシャルルの様子を窺うファム。シャルルはニッコリと微笑むと銀貨十枚を重ねて置いた。

「それじゃ、上乗せレイズね」
「なっ!? いきなりやる気ですやん、そんなに強い手がきたん?」
「それはどうかな~?」

 シャルルは自慢げに答えるが、ファムはまんまと引っ掛かったと心の中でニヤリと笑う。そして、さらに二十枚の銀貨を積み上げると高々と宣言する。

上乗せレイズや! くくく……ブラフやろ! 騙されへんで、会長は~ん」
「こっちも再上乗せリレイズ
「なんやてっ!?」

 ファムの上乗せレイズに対して、シャルルは涼しい顔で即座に金貨を一枚を再上乗せリレイズする。その金貨の眩い光にファムの額に冷たい汗が流れ出す。それはひょっとして本当に強い手が来たのか? そう疑心暗鬼に陥らせるには十分な額だった。

 その上よく考えてみると、シャルルが乗った勝負では常に彼女が勝っていた。そんな彼女が金貨を賭けてきたのだ、今回も勝てる確信があるのかもしれない。しかし降りてしまえば、すでに賭けた銀貨がパァになってしまう。ファムはじっと自分の手札を見つめる。なかなか来ないかなり強い役だ、勝負に出て負ける可能性はほとんどない。

「ええ度胸や! ウチは逃げへんで~、賭けたるわ! 同額コールで勝負やっ!」

 覚悟を決めたファムは、革袋から金貨を取り出すとパシンと叩きつけた。周りで見守っていた黒猫たちも固唾を飲み、場の緊張感が一気に高まっていく。そんな時マスト上の見張りから報告が飛んできた。

「お頭~、海都が見えたにゃ~」
「おっ、了解~! それじゃ、これで終りだね」

 シャルルは見張りに返事をしながら、躊躇なく手札を床に置いて開いた。それを凝視するファムは目を丸くすると、やがてカードをバラ撒きながら後ろにパタリと倒れて叫んだ。

「嘘やぁぁぁぁ!」

 シャルルの手札は僅かにファムの手札より強い役が出来ていた。ファムはあまりのショックに真っ白になって震えているが、黒猫たちは大歓喜で踊り始める。

「ざま~みろニャー」
「さすがお頭っ! 無自覚で心をへし折ってくるにゃ~」

 黒猫たちが、シャルルを賭け札に誘わないのには理由がある。彼らもすでに何度もシャルルに負けまくっているのだ。彼女の特殊能力と言えるほど鋭い勘は、ポーカーやブラックジャックのような賭け事でも比類なき強さを見せる。

 彼女は勝てると思った勝負でしか乗ってこないため、当然負けることもあるが、勝てると思った勝負は確実に拾っていくので、トータルで大きく負けることはないのだ。

 今回のファムとの勝負でもフォールドした分は取られても、勝負した分でさらに取り返しているので、最後の勝負の時点で殆ど差がなかった。

 その鋭すぎる勘のせいで、勝負が決する前から心を折られてしまい、黒猫たちはシャルルを賭け事には誘わなくなったのである。

 シャルルは賭け金を回収すると、崩れ落ちてるファムに向かって優しく声を掛ける。

「まぁまぁ、そんなに落ち込まないで~。海都についたら、このお金で何か奢ってあげるから」
「それ……元々ウチの銭やぁぁぁぁ」

 こうして海都に向かうホワイトラビット号の甲板では、ファムの絶叫が響き渡ったのだった。
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