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第52話「監視塔の兵士」

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 ザクーディ砦跡への入場許可を得たシャルルは、今後の予定を話し合うために乗組員クルーをホワイトラビット号の甲板に呼び戻していた。

 甲板の上で主要メンバーが輪になって座り、黒猫たちはその周りに適当に転がっている。真面目に話を聞こうとする者もいれば、ゴロゴロと寝ながら毛繕いしているのもいた。

 アナスタジアたちから聞いた情報を伝えたあと、広げた海図を指差しながらシャルルが話し始める。

「ここが今いる所で、こっちがザクーディ砦跡。だいたい歩いて五日ぐらいの位置にあるみたい」
「ふむ、そこそこ遠いですな」
「このルビナ川は船で昇れないのか?」

 ハンサムが指差したのは、ローニャ公国の北側に流れる大河だった。このルビナ川の上流に丁度ザクーディ砦に隣接している村がある。ルビナ川は大河と呼ぶに相応しい大きな川で、地図上の大きさから見れば行けそうに見える。

「う~ん、ホワイトラビット号の喫水じゃ無理があるわ」
「さすがに無理か……」

 比較的小さいと言っても、ホワイトラビット号は外洋航海船である。航海を安定させるために喫水もそれなりの深さがあり、いくら大河と言っても川に侵入すればあっという間に座礁してしまう。

「むぅ……そうなると、しばらく船から離れなければなりませんなぁ」

 ヴァル爺が唸りながらそう呟く。彼は根っからの船乗りなので、長い間船を空けることに難色を示しているのだ。

「でも全員で探索に行くわけにもいかないでしょ? だからヴァル爺にはシンフォニルスに荷を運んで欲しいの」
「なるほど、ただ待っているよりは有効に活用できそうですな」

 シャルルの提案にヴァル爺は頷いた。元々帆船というものは、かなりの人数が乗っている。もっとも多いのが操帆を担当する甲板員で、ホワイトラビット号においては黒猫たちがそれに当たる。

 もし全員が降船すれば隊商も真っ青の規模になり、それに伴う食費や滞在費といった膨大な費用が掛かってしまう。そのためシャルルは調査隊以外は船に残し、普段通りに運用するつもりなのだ。

「それじゃ、調査隊はわたしとマギ、ハンサム、あと黒猫を選抜して四匹ほど連れていくわ」
「まぁ当然よね~」
「今回は俺か、精霊種ってのも気になるしいいぜ」

 選ばれなくても付いていくつもりのマギはともかく、ハンサムは操舵士として船に残ることが多い。しかし未知の敵がいるということで、調査隊に選抜することになったのだ。

「それじゃ、ヴァル爺と君は船をお願い。残りの黒猫たちもね」
「うむ、任せてくだされ」
「ぼ……僕も頑張りますっ!」
「ニャー!」

 船に乗ってから、シャルルと別行動になったことがないカイルは、少し不安そうな顔をしていた。シャルルは、そんな彼の頭を優しく撫でるとニッコリと微笑む。

「基本的にはヴァル爺の指示に従ってくれれば大丈夫。せっかくだから操舵も時々代わってあげてね」
「はいっ!」

 元気よく返事をしたカイルに、満足したシャルルは視線を地図に戻す。

「シンフォニルスで荷を下ろしたら、この町に来て欲しいの」
「ロービンの町ですな?」
「うん、帰りはルビナ川を下ってくるつもりだから」

 ロービンの町はローニャ公国の北部にある港町で、丁度ルビナ川の河口にある。シャルルの計画では調査を終えたらイタリスには戻らず、ロービンの町で合流するつもりなのだ。

「それじゃ出発は三日後だから、準備は進めておいてね」
「了解だ」
「わかったわ~」

 こうしてホワイトラビット号は、二手に分かれて行動することになったのである。

◇◇◆◇◇

 それから数日後 ――

 調査隊に選ばれたシャルル、マギ、ハンサム、そして黒猫四匹は森の中を歩いていた。

 途中の村までは商人の馬車に便乗できたので、比較的簡単に移動することができた。しかし現在歩いている森の道は、ほとんど使われてないため荒れていて歩き難かった。

 村人に聞いた話では、軍からザクーディ砦には近付かないように通達がされており、この道を使うのは監視塔の兵士が物資の補給に降りてくる時だけらしい。

 そんな森の道をしばらく歩いていると、蔓に覆われた塔が見えてきた。さらに奥には石造りの大きな壁も見える。

「あれがザグーディ砦の跡地かな?」
「それじゃ、あの塔が監視塔かしら?」
「たぶんな」

 そんな話をしながら、そのままその塔に近付いていくシャルルたち。ザクーティ砦より新しいのだろうが、蔓に覆われているため監視塔も時代掛かって見える。

「すみません~、誰かいますか~?」

 シャルルが扉を叩きながら問いかけるが、塔の中からは返事がなかった。耳を扉に傾けて中の様子を窺うが、微かにうめき声が聞こえるだけだった。

「誰かいるみたいだけど、うめき声みたいのしか聞こえないわ」
「誰か倒れてるんじゃない?」
「えっ!? ハンサム、お願い!」

 驚いたシャルルはハンサムを呼びながら目配せをする。ハンサムは頷き、扉の取っ手を激しく動かして破壊した。扉はギィと軋む音をたてながらゆっくりと開き、その内部を陽の光で照らす。

 シャルルが中に飛び込むと部屋の中には妙な臭いが漂っており、彼女は鼻を押さえてフラッとバランスを崩した。慌てたハンサムがシャルルを抱きとめると部屋の中を睨みつける。

「どうした、姫さん? この臭いは何だ!?」
「この臭いは……アレが原因じゃないかしら?」

 マギが呆れた様子で指差すほうを見ると、一人の兵士が酒瓶に囲まれて突っ伏していた。ハンサムは改めて鼻を引くつかせて臭いを嗅いでみるが、その臭いは安酒特有の嫌な臭いだった。

「酒の臭いかよ! おい、てめぇら、姫さんを外に連れ出せ」
「任せてニャー!」

 四匹の黒猫たちはシャルルを持ち上げ外に向かって運び出すと、そのまま投げ捨てるように放り投げた。

「いったぁ~……何するのよ~!」

 痛みで起きたシャルルが黒猫たちに怒鳴りつけるが、気分が悪くあまり力が入らないようだった。黒猫たちは口笛を吹く真似をしてそっぽを向いている。

 ハンサムが倒れていた兵士を調べると、単純に酔いつぶれているだけのようだ。彼は兵士を掴むと、そのまま肩に乗せて外に運び出す。

「臭くてかなわねぇ、中を換気しといてくれ」
「仕方ないわねぇ」

 マギが軽く杖を振ると、風が吹いて塔の中の窓を次々に開けていく。ハンサムは地面に下ろした兵士の頬を軽く叩く。

「おい、大丈夫か? 生きてるか?」
「うぅ……」
「こりゃ、ダメだな。マギ、治癒術を使ってやってくれ」

 塔から出てきたマギにそう頼むと、マギは心底嫌そうな顔をする。

「嫌よ、私の大魔法は酔い覚ましじゃないのよ?」
「良いから頼むぜ、姫さんのついでだろ」

 マギがチラッとシャルルの顔を見ると、強いアルコールの臭いを嗅いだ彼女の顔色はあまり良くなかった。

「仕方ないわね……癒しの風!」

 マギが杖を振ると杖の先が緑色に輝き始め、その光はシャルルと兵士の体を包んでいく。少し気分が悪かったシャルルも徐々に元気を取り戻し、兵士のほうも顔色が改善されていった。

 しばらくして目を覚ました兵士は目の前に飛んできたハンサムの顔を見て、驚きのあまり叫び声を上げる。

「うわぁぁぁぁ!? なんだ、お前ぇ! 俺は食ってもうまくねぇぞ!?」
「食わねぇよ! よく見ろ、俺は豹族の獣人だ」
「獣人!? 獣人がなんだってこんなところに……」

 状況が掴めず兵士が混乱していると、起き上がったシャルルが近付いて顔を覗き込ませた。

「いたた……この監視塔にいるのは貴方だけ?」
「あぁ、そうだが……あんたらは何者なんだ?」
「わたしはホワイトラビット号のキャプテンシャルルよ。そっちの黒豹の獣人がハンサムで、あっちのエルフがマギ、あとは手下の黒猫たちよ」

 一通り紹介された兵士は戸惑いながらも名乗る。

「俺は第三兵団所属、第四分隊分隊長のハンスだ。何の用か知らんが、ここは許可ある者しか近付いてはならん」

 酔いから醒めて職務を思い出したのか忠告してくるハンスに、シャルルは鞄から一枚の書状を取り出して突き付けた。

「これは……ザクーディ砦の入場許可証? 何々、この者に最大限の便宜を図るようにだと!?」

 許可証を見たハンスは慌てて立ち上がると、シャルルたちにビシッと敬礼をする。

「ようこそザクーディ砦監視塔へ! 何なりとお申し付けください!」
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