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第51話「近衛騎士襲撃?」
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ロッジェ商会との商談から数日後 ――
シャルルとカイルは、ホワイトラビット商会の商館二階を拠点として公都に滞在していた。
ハンサムと黒猫たち、そしてヴァル爺はホワイトラビット号で寝泊まりをしている。マギは姿を見せていないが、大きな街ではいつものことなので誰も気にしていないようだ。
シャルルがベッドで眠っていると、カイルが作っている朝食の香りが漂ってくる。その香りに誘われるように、そろそろ起きようかと考えていると、慌てた様子のアンネリーゼが寝室に飛び込んできた。
「お嬢様! 起きてくださいっ!」
「……何なの、アン? 朝からうるさいよ」
「いいから外! 外を見てくださいって!」
無理やり起こされて少々不機嫌なシャルルが身を起こすと、少し乱れた髪を掻きながら窓から外を見下ろした。
そこには甲冑に赤いサーコートを身に着けた集団が整列していた。こんな街中で甲冑を着込む集団など数えるほどしかいない。間違いなくローニャ公国軍だが、赤いサーコートが許されているのは近衛騎士だけである。
その近衛騎士たちが店の前に整然と並んでおり、今にも突入してくるような雰囲気を漂わせていれば、アンネリーゼが取り乱してもおかしくなかった。しかし、シャルルは少し呆れた様子で溜め息をつく。
「うちは真っ当に商売しているし、そもそも捕まえる気で取り囲んでるなら、近衛じゃなくて衛兵でしょ。きっとあの子が来たんだよ」
シャルルはバンッと窓を開けると、眼下の近衛騎士たちに向かって叫ぶ。
「ナーシャ、いるんでしょ!? 近所迷惑だから近衛騎士さんたちは帰って貰って!」
「おはようございます、お姉さま! わたくし、会いにきましたわ!」
整列していた近衛騎士の陰から目を輝かせているアナスタジア、そして老紳士のフルヴィオと侍女のベッラが姿を現した。
「いいから、帰・ら・せ・て!」
「はーい、皆さん、護衛はもう結構ですわ!」
近衛騎士たちは敬礼をすると、速やかにその場を後にした。おそらくアナスタジアの無茶ぶりを聞きなれているのだろう。まったく朝からご苦労なことだとシャルルは思う。
「アン、悪いけど彼女たちを応接室に通しておいてくれる? 着替えとか準備があるから」
「えっ!? 公女殿下をですか?」
「ナーシャなら大丈夫だから、お願いね」
アンネリーゼは頷くと、慌てた様子で部屋から出ていった。シャルルはそれを見送りながら、この後のことを考えて小さく溜め息をつくのだった。
◇◇◆◇◇
手早く着替えたシャルルは応接室に向かった。今日も動きやすさを重視した町娘風の服である。ドアを開けると、アナスタジアの顔がパァと明るくなる。
「お姉さま、今日も素敵ですっ!」
「あはは、ありがとう。ナーシャも可愛いね」
社交辞令的に返すと、アナスタジアの顔が少し赤くなっていき視線を外すように俯いてしまった。シャルルが対面のソファーに座ると、アナスタジアはフルヴィオの顔をチラリと見る。
「シーロード様、こちらを……」
そう言ってテーブルに置かれたのは大きな布袋だった。置いた時にジャラという金属が合わさる音が聞こえたので、まず間違いなく硬貨の類である。
「約束の身代金を持ってきましたの」
「ありがと……船の修繕費にでも充てさせて貰うわ」
シャルルは中身を確認せずに袋を受け取ると、それをテーブルの脇に移した。そもそも身代金の金額を伝えていないし、迷惑料を受け取るという行為が重要なのだ。
「それより、お姉さま! お聞きしましたわ!」
「聞いたって何を?」
突然話を振られてシャルルが小首を傾げる。アナスタジアはニコニコと満面の笑みを浮かべている。
「お姉さまは、ザクーディ砦跡に調べているそうですね! それなら、わたくしがお力になれるかと!」
「……どこで聞いたのよ?」
ザクーディ砦跡とは、狐堂のファムから得た情報にあった遺跡の正式名称である。砦と名乗っているが天然の洞穴を利用した場所であり、隣国のロイス王国との戦争時に補給基地として利用されたらしい。
「お姉さまの行動は、逐次報告が届きますの」
しれっと答えるアナスタジアに、シャルルは彼女の後ろに立っている二人の従者を睨むが、二人はスッと顔を逸らした。どうやらお付きの二人は止めることができなかったようだ。
「監視でも付けてるの? やめてよね」
「あの砦跡はわたくしの家が管理しておりますわ。ですから、何でもお聞きになってくださいな」
「それじゃ……ザクーディ砦の建造とかに海賊が関わってるらしいけど、どこの海賊なのかわかる?」
「わかりませんわ!」
きっぱりと言い放つアナスタジアに、シャルルは深い溜め息を付いた。その失望を隠さないシャルルの態度に、アナスタジアは慌てて取り繕う。
「お、お待ちになってお姉さま! 当時は戦時中でしたので、記録があまり残ってませんの。それでも一応捜しましたのよ? わかったのは、かなり大きな海賊団が物資の輸送などを手伝ってくれたことぐらいですわ」
それを聞いたシャルルは少し考え込む。この辺りで大きな海賊団と言えば、それほど多くはない。シーロード家かまたはそれに属する海賊団である可能姓は高い。そうでなくとも海賊が関わっているという、ファムの情報の裏が取れただけでも良かった。
「お姉さまのために、お父さまから入場許可をいただいてきましたの」
アナスタジアが軽く手を上げると、フルヴィオがスッと一枚の紙を差し出してきた。受け取ったシャルルはその内容を確認する。金貨一枚はしそうな上質な紙に、流麗な文字でザクーディ砦への入場を許可することが書かれており、最後に大公のサインと印璽が押されている。間違いなく正式なものである。
「それを監視塔に詰めている兵士に渡してください」
「監視塔?」
アナスタジアが頷くと、代わりにフルヴィオが話し始めた。
「シーロード様、ザクーディ砦が現在封鎖されていることは御存知ですか?」
「えぇ、それは聞いたよ。老朽化が激しくて封鎖したんでしょ?」
ここ数日ザクーディ砦の情報を集めている間に聞いた話だった。しかしフルヴィオは首を小さく横に振る。
「先の戦争時に使った物なので確かに古いのですが、強固な砦ですので十分実用可能でした。閉鎖したのは別の理由があります」
「魔物が出るんですって!」
アナスタジアが興奮した様子で話に割って入ってくるが、シャルルはフルヴィオに視線を映しながら首を傾げた。
「魔物?」
「はい、何年か前から魔物が棲みつきまして、近くに監視塔を設けて兵を常駐させているのです」
フルヴィオの話によると、ザクーディ砦跡はその魔物の根城と化しており、それを監視するために監視塔を作ったそうだ。当然、討伐隊を送ったものの見事に返り討ちに遭ってしまい、現在は監視だけに留めているらしい。
「軍でも討伐できないなんて、そんなに凶悪な魔物なの?」
「はい、お恥ずかしいお話なのですが……」
「こぉんなに大きいんですって!」
アナスタジアが両手を思いっきり広げて大きさを表現しようとしているが、彼女の体の大きさでは猪程度の大きさにしか見えない。
「しかも、どうやら精霊種らしいのです」
「精霊種!? しかも具現化してるの?」
シャルルが驚きの声を上げると、フルヴィオは小さく頷いた。
精霊種 ―― 非常に曖昧な存在で生物なのか精神体なのかも不明であり、普段は姿を見せないが魔力の強い場所などで稀に具現化する性質を持つ種族の総称だ。かつては契約することで彼らを使役する者たちもいたが、その技術も現在では失われていた。
「はい、ですので……ザクーディ砦へ行きたい目的は存じませんが、危険ですので近付かないほうが宜しいかと」
「えぇ!? 何を言っているの、フルヴィオ! それじゃ、お姉様の新しい冒険譚が聞けなくなりますわ!」
彼女は出会った頃からシャルルの冒険譚を聞くのが好きらしく、色々と手配していたのはそれが目的だったようだ。
「ん~忠告はありがたいけど、一度行って見るつもり」
「さすが、お姉様! わたくし、楽しみにしておりますわ」
「あはは、ナーシャの期待には添えないかもしれないけど、せっかく入場許可を貰えたし手掛かりがあるかもしれないからね」
シャルルの言葉にアナスタジアは眼を輝かせている。
こうして入場許可を得たシャルルは、ザクーディ砦跡に向かうことを決意するのだった。
シャルルとカイルは、ホワイトラビット商会の商館二階を拠点として公都に滞在していた。
ハンサムと黒猫たち、そしてヴァル爺はホワイトラビット号で寝泊まりをしている。マギは姿を見せていないが、大きな街ではいつものことなので誰も気にしていないようだ。
シャルルがベッドで眠っていると、カイルが作っている朝食の香りが漂ってくる。その香りに誘われるように、そろそろ起きようかと考えていると、慌てた様子のアンネリーゼが寝室に飛び込んできた。
「お嬢様! 起きてくださいっ!」
「……何なの、アン? 朝からうるさいよ」
「いいから外! 外を見てくださいって!」
無理やり起こされて少々不機嫌なシャルルが身を起こすと、少し乱れた髪を掻きながら窓から外を見下ろした。
そこには甲冑に赤いサーコートを身に着けた集団が整列していた。こんな街中で甲冑を着込む集団など数えるほどしかいない。間違いなくローニャ公国軍だが、赤いサーコートが許されているのは近衛騎士だけである。
その近衛騎士たちが店の前に整然と並んでおり、今にも突入してくるような雰囲気を漂わせていれば、アンネリーゼが取り乱してもおかしくなかった。しかし、シャルルは少し呆れた様子で溜め息をつく。
「うちは真っ当に商売しているし、そもそも捕まえる気で取り囲んでるなら、近衛じゃなくて衛兵でしょ。きっとあの子が来たんだよ」
シャルルはバンッと窓を開けると、眼下の近衛騎士たちに向かって叫ぶ。
「ナーシャ、いるんでしょ!? 近所迷惑だから近衛騎士さんたちは帰って貰って!」
「おはようございます、お姉さま! わたくし、会いにきましたわ!」
整列していた近衛騎士の陰から目を輝かせているアナスタジア、そして老紳士のフルヴィオと侍女のベッラが姿を現した。
「いいから、帰・ら・せ・て!」
「はーい、皆さん、護衛はもう結構ですわ!」
近衛騎士たちは敬礼をすると、速やかにその場を後にした。おそらくアナスタジアの無茶ぶりを聞きなれているのだろう。まったく朝からご苦労なことだとシャルルは思う。
「アン、悪いけど彼女たちを応接室に通しておいてくれる? 着替えとか準備があるから」
「えっ!? 公女殿下をですか?」
「ナーシャなら大丈夫だから、お願いね」
アンネリーゼは頷くと、慌てた様子で部屋から出ていった。シャルルはそれを見送りながら、この後のことを考えて小さく溜め息をつくのだった。
◇◇◆◇◇
手早く着替えたシャルルは応接室に向かった。今日も動きやすさを重視した町娘風の服である。ドアを開けると、アナスタジアの顔がパァと明るくなる。
「お姉さま、今日も素敵ですっ!」
「あはは、ありがとう。ナーシャも可愛いね」
社交辞令的に返すと、アナスタジアの顔が少し赤くなっていき視線を外すように俯いてしまった。シャルルが対面のソファーに座ると、アナスタジアはフルヴィオの顔をチラリと見る。
「シーロード様、こちらを……」
そう言ってテーブルに置かれたのは大きな布袋だった。置いた時にジャラという金属が合わさる音が聞こえたので、まず間違いなく硬貨の類である。
「約束の身代金を持ってきましたの」
「ありがと……船の修繕費にでも充てさせて貰うわ」
シャルルは中身を確認せずに袋を受け取ると、それをテーブルの脇に移した。そもそも身代金の金額を伝えていないし、迷惑料を受け取るという行為が重要なのだ。
「それより、お姉さま! お聞きしましたわ!」
「聞いたって何を?」
突然話を振られてシャルルが小首を傾げる。アナスタジアはニコニコと満面の笑みを浮かべている。
「お姉さまは、ザクーディ砦跡に調べているそうですね! それなら、わたくしがお力になれるかと!」
「……どこで聞いたのよ?」
ザクーディ砦跡とは、狐堂のファムから得た情報にあった遺跡の正式名称である。砦と名乗っているが天然の洞穴を利用した場所であり、隣国のロイス王国との戦争時に補給基地として利用されたらしい。
「お姉さまの行動は、逐次報告が届きますの」
しれっと答えるアナスタジアに、シャルルは彼女の後ろに立っている二人の従者を睨むが、二人はスッと顔を逸らした。どうやらお付きの二人は止めることができなかったようだ。
「監視でも付けてるの? やめてよね」
「あの砦跡はわたくしの家が管理しておりますわ。ですから、何でもお聞きになってくださいな」
「それじゃ……ザクーディ砦の建造とかに海賊が関わってるらしいけど、どこの海賊なのかわかる?」
「わかりませんわ!」
きっぱりと言い放つアナスタジアに、シャルルは深い溜め息を付いた。その失望を隠さないシャルルの態度に、アナスタジアは慌てて取り繕う。
「お、お待ちになってお姉さま! 当時は戦時中でしたので、記録があまり残ってませんの。それでも一応捜しましたのよ? わかったのは、かなり大きな海賊団が物資の輸送などを手伝ってくれたことぐらいですわ」
それを聞いたシャルルは少し考え込む。この辺りで大きな海賊団と言えば、それほど多くはない。シーロード家かまたはそれに属する海賊団である可能姓は高い。そうでなくとも海賊が関わっているという、ファムの情報の裏が取れただけでも良かった。
「お姉さまのために、お父さまから入場許可をいただいてきましたの」
アナスタジアが軽く手を上げると、フルヴィオがスッと一枚の紙を差し出してきた。受け取ったシャルルはその内容を確認する。金貨一枚はしそうな上質な紙に、流麗な文字でザクーディ砦への入場を許可することが書かれており、最後に大公のサインと印璽が押されている。間違いなく正式なものである。
「それを監視塔に詰めている兵士に渡してください」
「監視塔?」
アナスタジアが頷くと、代わりにフルヴィオが話し始めた。
「シーロード様、ザクーディ砦が現在封鎖されていることは御存知ですか?」
「えぇ、それは聞いたよ。老朽化が激しくて封鎖したんでしょ?」
ここ数日ザクーディ砦の情報を集めている間に聞いた話だった。しかしフルヴィオは首を小さく横に振る。
「先の戦争時に使った物なので確かに古いのですが、強固な砦ですので十分実用可能でした。閉鎖したのは別の理由があります」
「魔物が出るんですって!」
アナスタジアが興奮した様子で話に割って入ってくるが、シャルルはフルヴィオに視線を映しながら首を傾げた。
「魔物?」
「はい、何年か前から魔物が棲みつきまして、近くに監視塔を設けて兵を常駐させているのです」
フルヴィオの話によると、ザクーディ砦跡はその魔物の根城と化しており、それを監視するために監視塔を作ったそうだ。当然、討伐隊を送ったものの見事に返り討ちに遭ってしまい、現在は監視だけに留めているらしい。
「軍でも討伐できないなんて、そんなに凶悪な魔物なの?」
「はい、お恥ずかしいお話なのですが……」
「こぉんなに大きいんですって!」
アナスタジアが両手を思いっきり広げて大きさを表現しようとしているが、彼女の体の大きさでは猪程度の大きさにしか見えない。
「しかも、どうやら精霊種らしいのです」
「精霊種!? しかも具現化してるの?」
シャルルが驚きの声を上げると、フルヴィオは小さく頷いた。
精霊種 ―― 非常に曖昧な存在で生物なのか精神体なのかも不明であり、普段は姿を見せないが魔力の強い場所などで稀に具現化する性質を持つ種族の総称だ。かつては契約することで彼らを使役する者たちもいたが、その技術も現在では失われていた。
「はい、ですので……ザクーディ砦へ行きたい目的は存じませんが、危険ですので近付かないほうが宜しいかと」
「えぇ!? 何を言っているの、フルヴィオ! それじゃ、お姉様の新しい冒険譚が聞けなくなりますわ!」
彼女は出会った頃からシャルルの冒険譚を聞くのが好きらしく、色々と手配していたのはそれが目的だったようだ。
「ん~忠告はありがたいけど、一度行って見るつもり」
「さすが、お姉様! わたくし、楽しみにしておりますわ」
「あはは、ナーシャの期待には添えないかもしれないけど、せっかく入場許可を貰えたし手掛かりがあるかもしれないからね」
シャルルの言葉にアナスタジアは眼を輝かせている。
こうして入場許可を得たシャルルは、ザクーディ砦跡に向かうことを決意するのだった。
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