その白兎は大海原を跳ねる

ペケさん

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第50話「届いた手紙」

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 シャルルがロッジェ商会で衣装を選んでいる頃 ――

 ハルヴァー大海賊団の旗艦エクスディアス号とゼフィール船団は、アルニオス帝国の北方の海域を北東に移動していた。エクスディアス号を中心にゼフィール船団を率いている姿は、まさに大海賊団を名乗るのに相応しいものだった。

 エクスディアス号の船尾甲板には、船長服を着た二人の男が肩を並べている。一人はこの大海賊団の頭領であるハルヴァー・シーロード。とうに全盛期は過ぎた年齢だが、その鋭い眼光はまだまだ現役だと言いたげに輝いている。

 もう一人は彼の長男でゼフィール・シーロード。顔立ちは若い頃のハルヴァーに似て精悍で、次男のアクセルに負けないほど筋肉質な体をしている。気質もハルヴァー大海賊団を引き継ぐに値する海賊であると、他の大海賊団の頭領からも一目置かれている人物である。

 普段はゼフィール船団の旗艦ブラックオルカ号に乗船しているが、今回は大海賊会議に参加するために大海賊団の旗艦エクスディアス号に臨時の副長として乗船していた。

 そんな彼に配下の海賊が駆け寄ってくる。

「ゼフィール様、前方からアクセル船団の船が近付いてきてます」
「弟の? レッドファング号か?」
「いえ、レッドファング号ではありませんが、アクセル船団の船団旗と、本船に接舷を求める旗を掲げています」

 ゼフィールは少し考えると、横で聞いていたハルヴァーに確認するように尋ねる。

「どうする、親父? 船を止めて接舷させるか?」
「大事な会議の前だ、適当な船に接舷させて確認させろ」
「そうだな……念には念を入れるか」

 ハルヴァーの言葉を受けてゼフィールが手旗信号の手配をする。現在、大海賊会議の会場に向かっているために移動中である。万が一あの船が敵船でエクスディアス号に突撃を仕掛けてきた場合、沈められることはなくとも、航海に支障がでるかもしれないと考えての決断だった。

「頭ぁ!?」

 しかし手旗信号を送るために、船首に向かった海賊が慌てた様子で戻ってきた。副長代理であるゼフィールを飛び越えて、直接ハルヴァーに報告を始めたところから緊急性が窺える。

「どうしたぁ、そんなに慌てやがって? 敵襲か!?」
「いいえ、アクセル船団の船から返信が……『こちらの荷はシャルルお嬢さんの手紙だ。本当にエクスディアス号に接舷しなくていいのか?』っと」
「シャルルからの手紙だぁ!? 馬鹿野郎、停めるに決まってんだろっ! さっさと持ってこさせろ!」
「へ、へいっ!」

 ハルヴァーに怒鳴りつけられて、手旗を持った海賊は再び船首に向かって走っていった。ゼフィールは少し呆れた様子で首を横に振る。

「親父、本当にいいのか? 風が良くねぇから少し後れ気味だろ」

 全ての船に魔導動力炉が積んでいるわけではない。大型帆船は一度止めてしまうと、再度動かして行き足を付けるまでに、それなりの労力が掛かるのだ。

「あぁ!? お前ぇ、シャルルと他の海賊団の頭領ども……どっちが大事だと思ってんだぁ?」
「そりゃ、シャルルだが」
「だろぉ? いいんだよ、あいつらなんて待たせときゃ」

 娘馬鹿のハルヴァーはもちろんだが、ゼフィールも妹に相当甘い男である。二人にとって他の海賊たちよりシャルルからの手紙の方が大事なのだ。

「仕方ねぇな、全船に通達! 指令があるまで下手回しで旋回だ。エクスディアス号は停止させる! 投錨!」
「へいっ!」

 手旗信号によって全船に通達が行われ、船団は大きく右旋回を始めた。完全に停止させてしまうと大変だが、旋回させることで船足を落とさず、その場に留まれるという訳だ。

 帆を絞り錨を降ろしたエクスディアス号が停船すると、アクセル船団所属の高速船が接舷してくる。船のサイズが違うため、近くに停めてボートでの接舷だ。

 しばらく待っていると、若い海賊が一人縄梯子を使って登ってきた。赤い船長服を着ており、歳は二十前後といったところだろうか。

「アクセル船団のレッドリーフ号の船長フライです。アクセル団長から預かったシャルルお嬢さんの手紙を持ってきました」
「おぅ、ご苦労!」

 ハルヴァーはそう言うと、差し出された手紙を奪うように掴み取った。そしてウキウキ気分で開封すると、すぐさま手紙を読み始める。読みながらシャルルの顔を思い出しているのか、ハルヴァーの顔はだいぶ揺るんだ物になっていた。

「ごほんっ! あ~……親父、シャルルはなんて?」
「ゼフィール……会議にはおめぇだけで行って来い」
「はぁ!? ダメに決まってんだろ」

 突然とんでもないことを言い出したハルヴァーに、ゼフィールは呆れたように反論する。会場になる船には頭領の他に副長、そして後継者や家族の乗船が許されているが、会議への参加はあくまで頭領たちである。つまりハルヴァーが行かなければ話が始まらないのだ。

「シャルルは、何て書いてきたんだよ?」
「おいっ!?」

 ハルヴァーから手紙を奪い取ると、ゼフィールはシャルルの手紙を読み始めた。彼女の手紙を要約すると『船のことで相談したいことがあります。あとドラン王国の動きが気になるから気を付けて、シャルル』といった感じだった。

「返せ! シャルルが俺を頼ってくれるなんて、いつぶりだと思ってんだ!? ワシは今すぐシャルルのところへ向かぞ!」
「ダメだって言ってんだろ。ほら、ここにも書いてあんだろ?」

 ゼフィールはシャルルの署名の後に、書き足された文字を指差しながらハルヴァーに突き出す。そこには『大海賊会議に参加すると聞いたよ、わたしの用事は会議の後でいいからね』と書かれてきた。ハルヴァーなら会議を無視して、シャルルに会いに来ようとすると読んでいたのだ。

「むぅ……仕方ねぇな。ちょっと待ってろ、返事書くからよ」

 ハルヴァーはそう言い残すと、船長室に引っ込んで行ってしまった。残ったゼフィールはフライにアクセル船団の近況を尋ねる。

「アクセルの奴はどうだ、ちゃんとやれてるのか?」
「はい、この前の海戦でも勝ちましたぜ」
「ほぅ海戦だと?」

 前日行われたルブルム沖の海戦の情報は、まだゼフィールの耳には届いていなかったため詳しく尋ねる。その報告を聞いている途中で彼は驚いて声を荒げた。

「はぁ? シャルルのホワイトラビット号が参戦しただってぇ!? どういうことだ?」
「丁度アクセル団長のレッドファング号が、ドッグ入りだったんですよ。そこでお嬢さんが旗艦を買って出てくれて……」
「ちっ、アクセルの野郎。シャルルを危ない目に遭わせてんじゃねぇぞ」

 ゼフィールがそう毒づくので、フライは慌てて取り繕うようにシャルルの活躍を話し始める。危険な囮役を買って出て、敵海賊船団を手玉に取ったと聞いてゼフィールは小さく唸った。

「むぅ……シャルルは、そんなに船を上手く操るのか? ヴァルトールが付いてるとは言え凄いな。さすがシャルルだ」

 彼らの中ではシャルルはまだ小さい女の子であり、海賊として独り立ちさせるのは心配だった。しかし聞いた話では、随分と立派になったらしいと少し嬉しい気分になっていた。

 しばらくゼフィールとフライが話していると、ハルヴァーが分厚い封筒を持って帰ってきた。

「おぅ、待たせたな。こいつを頼むぜ」
「はい、シンフォニルスのホワイトラビット商会に届けておきます」

 手紙を受け取ったフライはそう答える。よほど緊急でもない限り、航海中の船を追いかけて手紙を届けたりはしないのだ。

「任せたぜ、なるべく早くな」

 フライは頷くとレッドリーフ号に戻っていった。ゼフィールはそれと並行して号令を出していく。

「よし、錨を上げろ! 総帆開けっ!」
「へいっ!」

 フライのボートが離れると、それに合わせるようにエクスディアス号が動き始める。

「旗掲げぇ! 『我に続け』」

 エクスディアス号が信号旗を掲げると、旋回して留まっていた船団が集まり始める。

「よし、後れを取り戻すぞ! 取舵一杯、風を掴めっ!」
「取舵一杯!」

 こうしてエクスディアス号とゼフィール船団は、大海賊会議に参加するために再び動き始めるのだった。
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