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第43話「我が侭姫の海賊船?」

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 公都イタリス近海、ホワイトラビット号の船尾甲板 ――

 陸地から大きく迫り出した崖の上に白く大きな灯台が見える。イタリスの大灯台と呼ばれる公都を代表する建造物の一つだ。ホワイトラビット号が進む北側のルートでは、この灯台がある崖を越えるとローニャ公国の公都イタリスが見えてくるのだ。

 公都イタリスが近いこともあり大型の商船が行き来しており、これから向かう街がいかに栄えているが窺えるものだった。

「相変わらず、ここの港は大混雑ね。周辺の船に気を付けてよ」
「任せるにゃ~」

 見張りからの返事にシャルルは満足そうに頷く。操船には参加しないカイルやマギを除けば、この船の乗組員クルーはベテラン揃いだ。シャルルがいちいち指示しなくてもやるべきことはわかっている。

「そろそろイタリスだが、今回はあのお嬢ちゃんは来るかね?」

 どこか楽しそうに尋ねてくるハンサムに、シャルルは微妙な表情を浮かべる。

「やめてよ、本当に来たら面倒でしょ?」
「嫌な予感がするって顔をしているぜ? はっはは、こりゃ来そうだな」

 ハンサムが目を細めて進行方向を見つめると、正面から向かってくる三隻の船影が見えた。この距離でも見えると言うことはかなりの大型船だ。周りにいた商船もその船から離れるように針路を変更しているので航路が乱れ始めていた。顔を顰めたハンサムは見張りに向かって指示を飛ばす。

見張りルックアウト、前方三隻の大型船を確認しろっ!」
「にゃ~!」

 マスト上の見張りは望遠鏡で指示されたほうを覗き込む。まだ距離はあるが船の造りから、明らかに商船ではない。先頭を奔る船の船首には一角獣のレリーフが彫られており、フォアマストに張られている帆には、薔薇で囲われた大きく髑髏がティアラをした意匠が掲げられている。そして僚船である二隻も同様にしっかりした造りの船だった。

「大型のローニャ船にゃ! 帆に薔薇、髑髏、ティアラのマーク、所属旗はなしにゃ~」

 船籍を示す旗は掲げていないが、船の造りには国の特徴が出る。長く船乗りをやっている黒猫たちなら、艤装を見ればある程度どこの船なのかもわかるのだ。その報告を受けてシャルルは深い溜め息を漏らす。薔薇とティアラの意匠、そして海賊船にしては豪華すぎる船に見覚えがあるからだ。

「はぁ……あの娘ったら、海賊ごっこがエスカレートしたのかな?」
「はっははは、姫さんにも負けないほどお転婆だな。どうするんだ、付き合ってやんのか?」
「仕方ないわね。後々面倒になりそうだし……とりあえず取舵一杯!」

 シャルルの指示で、ホワイトラビット号は東に向かって針路を取る。シャルルたちにその気がなくても、多数の船がいるこの海域で戦闘にでもなったら大問題である。船乗りの間で悪評が広がると動き難くなるし、下手すればローニャ公国への入港禁止もありえる。そうなれば商売的にも大損害である。

 ホワイトラビット号は、それを避けるために交易航路から離れる針路を取ったのだ。予想通りローニャ船も針路を変えて追跡してくる。

「よーし、お前たち! ちょっと遊んであげるよっ!」
「にゃ~!」

 積荷を満載していても船足あしはホワイトラビット号の方が速く、十分に距離を取ってから追いかけてくる船団を改めて確認するシャルルとヴァル爺。

戦船いくさぶね……と言うより、あの艤装はローニャ公国の近衛艦隊じゃない?」
「海賊船に艤装しているつもりのようじゃが、おそらく間違いないかと……どうしますか、お嬢?」

 ヴァル爺にそう問いかけられてシャルルは考え込む。あの船に乗っている人物にも心当たりがあるし、間違っても近衛艦隊を沈めたりすれば、かなり問題になることは子供でもわかる。

「とりあえず、正攻法でいこっか。旗掲げ! 『本船は許可されている船である』」
「ニャー!」

 シャルルの指示で黒猫の一匹が旗を持ってくると、ロープに括り付けて掲げ始めた。

◇◇◆◇◇

 ローニャ公国 近衛艦隊 ――

 前方に奔っているホワイトラビット号から旗が上がると、場違いなドレスに船長服を羽織ったアナスタジアが目を輝かせながら騒ぎ出す。

「提督、お姉さまの船から旗が揚がったわ! 何て言ってきたの?」
「あれは『許可船である』という抗議の旗ですな、おそらくこちらの素性ももうバレているかと」

 そう答えたのはコッラデッティ提督、この近衛艦隊を預かる提督である。歳は五十後半、長年ローニャ公国の海を守る軍人である。そんな彼の言葉にアナスタジアがキョトンとした顔で小首を傾げる。

「あれ? どうしてバレちゃったんだろ? わざわざ海賊船に仕上げて貰ったのに」
「まぁ、この程度では誤魔化せないでしょうな」

 自身の乗艦ではためく可愛らしい髑髏と薔薇のマークを見て、提督は哀愁を感じる表情を浮かべる。十分不敬な態度であるが、よい年齢の大人が子供のお遊びに狩り出されているのだから仕方がないことだろう。空気があまり読めてないアナスタジアは特に気にした様子はない。

「殿下……どうやらバレておるようですし、このまま帰港ということでよろしいですか?」
「えっ、ダメよ! せっかくお姉さまが来てくれたんだから遊んで貰いたいわ」
「ですが、正規の許可を得ている船が抗議旗まで掲げておるのです。理由もなく攻撃や拿捕はできません」

 アナスタジアの我が侭に、提督は困ったような表情を浮かべる。上から命令なので逆らわなかったが、どうせすぐにバレて諦めてくれると思っていたのだ。そもそも近衛艦隊が許可船に攻撃すれば他国から批難されるし、相手はハルヴァー大海賊団の所属船だ。ローニャ公国としても、こんな理由で大海賊団と事を構えるのは躊躇われた。

「それじゃ、お願いしてみましょう。きっとお姉さまなら付き合ってくれるわ。提督、あの船を勝負を挑んでくれる?」
「勝負ですか? やれやれ仕方ありませんな。断られたら諦めてくださいよ?」

 提督は弱ったような表情で、近くにいた副官を呼び寄せて伝令を伝える。それを聞いた副官は信号旗と手旗信号の手配をするために走っていった。

 しばらくして近衛艦隊はホワイトラビット号の針路を塞ぐように展開して、『模擬戦を申し込む』という信号旗を掲げるのだった。

◇◇◆◇◇

 対するホワイトラビット号 ――

 掲げられた旗と針路を塞ぐように展開された艦隊を見て、シャルルはさらに深い溜め息をついた。やはり諦めてはくれないようだ。ヴァル爺はどこか楽しそうな顔で笑っている。

「フォフォフォ、やはりタダでは通してくれないようですな」
「まったくあの子は、少しお仕置きが必要なようね」

 シャルルは少し目尻を上げると全体に号令を出す。

「お前たち! お転婆娘の尻を蹴り上げて、イタリスに入るよ! 旗掲げぇ、『了解、貴婦人によろしく』よ。回頭、面舵一杯!」
「ニャー!」

 シャルルの指示通り信号旗が掲げられると、ホワイトラビット号は右旋回を始め近衛艦隊の方に船首を回す。近衛艦隊の左舷がこちらに向いており、いくつかの砲門が開いていた。

「当てる気はないと思うけど、たぶん撃ってくるわ。操舵、遅れないでね?」
「ハッ、俺の舵取りが遅れたことあったか?」
「あはは、無いね~」

 ハンサムがニヤリと笑うと、シャルルは声を出して笑った。幸い後方から風が吹いており順風である。その風に乗ってホワイトラビット号はグングンと船足あしを上げていく。

 ホワイトラビット号が接近すると近衛艦隊側に動きがあった。大きな爆音と共に砲撃を開始したのだ。もっとも砲門の半数以上は閉じたままだし、着弾位置から見ても狙っているとはとても思えない精度である。ローニャ公国軍は伝統を守る余り強兵という訳ではないが、だからと言って弱兵というほどではない。

「やっぱり近衛艦隊は、あの子に付き合わされてるだけみたいね」

 相手艦隊の意図を読み取ったシャルルは小さく頷くと、手を前に突き出して号令を出す。

「よーし、このまま突っ込むよっ!」
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