その白兎は大海原を跳ねる

ペケさん

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第34話「意識改革」

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 シャルルがシャーリーのデザイン画を褒めたことで、場は少し騒然とした。自分たちを差し置いて、新人のシャーリーが認めらるのは先輩職人としては面白くなかったのだろう。

 つまらない火種を作る必要はないと思ったシャルルは、デザイン画をテーブルに戻しながら問題点も一緒に付け加える。

「でも、ちょっと奇抜すぎかな? このままじゃ着る人を選びそうだね」
「う~ん、そうですかね?」

 少し落ち込むシャーリーを横目に、シャルルは職人たちに向かって総括を述べる。

「どれも可愛いし、とても良いデザインだと思う。しばらくは、この流れで頑張って欲しいかな」

 職人たちもシャルルの反応が芳しくないのは感じており、少し落ち込んだ様子だ。しかしシャルルの言葉は嘘ではなかった。提出されたデザイン画は現在の流行に合わせた物だったし、ローニャ産の衣装に比べても特別に劣っているわけではない。

 シャルルも職人たちも、この工房から流行を創り出していきたいと考えているため、妥協はしたくないと考えていた。その情熱はローニャ公国の職人たちにも負けてはいないと自負している。ただその意識が強すぎるのか、情熱が空回りしている感じなのだ。

「よし、皆! 次こそは会長が驚くデザインを仕上げましょう!」
「はいっ!」

 職人たちのリーダーが発破を掛けると職人たちは大きく頷いた。だいぶ肩に力が入っているので、シャルルは極めて明るく振舞いながら尋ねる。

「ねぇ、みんな。アイナさんが食堂を用意してくれたと思うんだけど、ちゃんと利用している?」
「はい、お昼はちゃんといただいてます」
「お昼だけじゃなくて休憩にも使っていいんだよ? ちゃんと適度に休憩もしてね」
「それは……」

 シャルルの質問に答えていたリーダー格の職人が目を逸らすと、合わせて他の職人たちも一斉に目を逸らした。どうやらアイナの報告通り、休憩はおろか食事もそこそこに作業に没頭しているようだ。

「ちゃんと休憩も取ってね? これ、オーナー命令だから!」

 燃え上がった彼女たちのやる気に対して水を差す行為だが、所詮燃え上がる炎にコップの水を掛ける如くである。これ以上は無意味と感じたシャルルは一先ず保留すると、もう一つの目的のために食堂に向かうことにしたのだった。

◇◇◆◇◇

 ホワイトラビット工房 食堂 ――

 職人たちと別れたシャルルが食堂まで来ると、やはり人影はなく灯りが消えていた。予想通り他の部署もまともに使われていないようだ。シャルルは微妙な表情を浮かべながら一唸りする。

「う~ん……どうにか休んで欲しいけど」

 アイナの報告によると寝食を忘れて作業に没頭する職人が多いため、食堂と厨房を設置して専用の料理人も雇って改善しようとしたらしい。そのお陰か食事は何とか取るようになったのだが、やはり休憩までは気が向いてないようだ。

 そんなことを考えていると厨房の方から甘い香りと、食欲を刺激する香ばしい匂いが漂ってきた。その匂いに釣られてフラフラと厨房に近付くと、そこではカイルが何かの作業を行っていた。

「何を作ってるの?」
「あっ、船長さん! 来てたんですか」

 シャルルが声を掛けると、カイルはパァと明るい笑顔を向ける。シャルルが近付いて彼の手元を覗きこむと、フライパンで何か黒っぽい物を炒めているようだった。

「これは玉ねぎですよ、色々な料理のベースに使えるんです。でも作るのには時間が掛かるので、船上だとちょっと……だから今の内に作り置きしておこうかな~って」

 ホワイトラビット号の厨房は様々な魔導具が置かれており、外壁も万が一の時に炎上しないように特別仕様になっている。それでも木造船である以上長時間の火の使用は推奨されておらず、オニオンベースのような長時間火を使うような料理は控えていた。

「ふ~ん、美味しいの?」
「はい、そのまま食べても美味しいけど、スープに入れても美味しいし他にも色々使えるんですよ」
「それで、この甘い匂いは何?」

 シャルルが鼻をクンクンと動かしながら尋ねる。玉ねぎの香ばしい匂いの他に、砂糖の甘い匂いが漂っていたのだ。

「あぁ、そっちのオーブンでお菓子を焼いてるんですよ」
「お菓子! 君、お菓子も作れるんだね」
「はい、クッキーみたいな簡単な物だけですけど。昔、お母さんが教えてくれたので」

 シャルルはカイルの頭を撫でながら先程の職人たちの顔を思い出し、彼女たちのために何か出来ないかと考え始める。

「このクッキーってたくさん作れる?」
「はい、クッキーは保存食にも向いてますし、たくさん焼いておこうと思ってますけど?」
「ごめん、ちょっと使わせて欲しいんだけど」

 シャルルはそう言うと、思いついた計画をカイルに説明する。カイルは少し驚いた様子だったが、すぐに笑顔を浮かべて頷いた。

「わかりました、それじゃ準備しますね」
「うん、何か手伝えそうなことがあったら言ってね!」

 シャルルの言葉に一瞬固まったカイルは、すぐに気を取り直して「任せてください!」と答えるのだった。シャルルは釈然としなかったが準備をカイルに任せると、アイナに協力を求めるために一度商館に戻ることにした。

◇◇◆◇◇

 翌日、工房の食堂 ――

 デザイン部門の職人たちは工房の食堂に集められていた。アイナからの業務連絡であり、作業に集中したかった職人たちも大人しく食堂に集まっている。

「いったい何があるんでしょう?」
「わからないけど、会長さんの案みたいだよ」
「でも、なんだか良い香りがしてくるね」

 厨房から香ってくる甘い匂いに職人たちがそんな話をしていると、厨房からシャルルとアイナが出てきた。

「お茶会に参加してくれてありがとう。わたしは普段留守にしているし、今日は交流と言うことで、お茶を飲みながら色々とお話しましょう」

 シャルルがそう言って合図を送ると、カイルと専属コックが焼菓子と紅茶を運んできてテーブルに配膳していく。昨日作っていたクッキー以外にも、保存を考慮していないジャムを使った可愛らしいクッキーや、チョコレートを埋め込んだ物など様々な焼菓子が用意されている。その中には、スルティア諸島で仕入れてきた蜜芋を使ったお菓子などもあった。

「わぁ可愛い!」
「美味しそうだね」

 少し緊張気味だった職人たちの顔も、お菓子の甘い香りの前では笑顔になっていく。それに満足したシャルルも、彼女たちと同じようにテーブルに着く。そして職人たち交流するためのお茶会が始まった。

 当初は立場の違いでぎこちなさもあったが、シャルルの持ち前の愛嬌の良さとカイルの用意した焼菓子によって、お茶会は次第に和やかな雰囲気になっていく。

「シャルル様、旅のお話を聞かせてください! ローニャ公国の都ってどんな感じなんですか? やっぱり芸術の都って言うぐらいだから凄いんですよね?」

 談笑の中でシャーリーが尋ねると、シャルルは微笑みながら頷いた。それこそシャルルが聞いて欲しかったことだったのだ。

「うん、そうだね。ローニャの公都イタリスは、歩いている人もみんなオシャレでね。街並みもこの辺りに比べるとだいぶ洗練されているね」
「ふむふむ」

 やはり芸術の都と呼ばれる流行の最前線の話だからか、他の職人たちも興味深そうに耳を傾けている。

「取引をさせて貰ってる職人さんたちも、誇りを持って仕事をしているのは当然だけど、どこから余裕のようなものがあるんだよ。仕事中でもこんな感じでお茶会を開いて相談したり、工房によってはお昼寝時間ってのを設けてるところもあったりしてね」
「えぇ!? 仕事中にですか?」

 その話を聞いた職人たちは驚いた声を上げる。ローニャ職人たちの考えや生き方は、彼女たちにとって衝撃的なものだったからだ。

「やっぱり余裕があると、斬新なデザインを思い浮かぶみたいだしね」

 その一言に衝撃を受けたようで職人たちはザワザワと話し始めた。今のシャルルの話について、色々と話し合っているようだ。その様子に手応えを感じたシャルルとアイナは顔を見合わせて頷く。

 すぐに変わるものではないだろうが、これで少しでも意識改革が出来ればいいと思いながら、シャルルはクッキーを一つ口に放り込むのだった。

「ん~……美味しい!」
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