その白兎は大海原を跳ねる

ペケさん

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第30話「百獣の王」

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 数日後、ホワイトラビット号はスルティア諸島から北に向かって帰路についていた。天気がとても良く、行きと同じく黒猫たちが陽気にやられてグダっている。

 船尾甲板ではハンサムの指導の下、カイルが舵を握っていた。船乗りなら舵が取れた方がいいというハンサムの提案によるものである。

「ぐぬぬ……結構重いんですね」
「まぁな、まずは筋力からつけねぇとダメか?」
「大丈夫、頑張ります!」

 気合を入れるカイルだったが、明らかに筋力も足りなければ体のサイズも合ってない。魔導航行中は魔導力のアシストがあるが、通常航行中の操舵はカイルの細腕ではかなり厳しいようだ。

「まぁやってみるか……野郎ども起きろ、船を動かすぞ。遅れるなよ!」
「にゃー!」

 ハンサムが怒鳴りつけると、寝ていた黒猫たちが飛び起きた。そして急いで操帆の準備に取りかかる。

「それじゃ始めるぜ、面舵一杯!」
「ぐぬぬー!」

 ハンサムの号令でカイルが腰を入れて舵輪に力を込める。ハンサムに比べればかなり遅いが何とか舵輪が廻り始めた。それに合わせて帆を調整していく黒猫たちだったが、いつもと勝手が違うとブーブーと文句が上がる。

「にゃー、遅いにゃー」
「もっと早く回すニャー!」
「てめぇら、黙って集中してろ!」

 再び飛ぶハンサムの怒鳴り声に、黒猫たちは毛を逆立てて帆の調整に集中する。カイルが舵輪をギリギリまで廻すと、ホワイトラビット号は右旋回を続けている。

「戻せぇ!」
「はい!」

 舵輪を正常な位置まで戻すと、ホワイトラビット号は右旋回を止め真っ直ぐに走り始めた。ただそれだけだったが、船を動かしているという感覚にカイルは目を輝かせている。ハンサムも満足そうに頷いていた。

「それじゃ、取舵いくか!」
「は、はいっ!」

 元気よく返事をするカイルだったが、メインマストの見張り台から黒猫の声が聞こえてきた。

「兄貴、右舷前方に船影にゃー!」
「何だと?」

 ハンサムは黒猫から望遠鏡を受け取ると、右舷前方にいるという船を覗き込む。まだ距離はあるがかなり巨大な船で、ハンサムはその船に見覚えがあった。

「ありゃ、補足されてるな……おい、姫さんを叩き起こしてこい。寝ぼけてたら水ぶっかけてもいい」
「ニャー! 任せるニャー」

 バケツを持って喜々して甲板を降りていく黒猫たち。最初からまともに起こすつもりはないようである。

◇◇◆◇◇

 しばらくしてずぶ濡れ状態のシャルルと、彼女に首根っこを掴まれた黒猫が甲板上に現れた。

「一体何なのよ、ハンサム!」
「船長の判断が必要な緊急事態さ、右舷前方に船影確認した。まぁ見てみろよ」
「右舷前方ぉ?」

 シャルルは掴んでいた黒猫を放り投げると、望遠鏡を取り出して右舷前方を確認する。まだ距離があるのにはっきりと見える巨大な船、その船首には獅子の頭を形取った船首像が彫られていた。

「あれは……ビーティス大海賊団のリオネーレ号じゃない。そう言えば、この辺りって彼らの縄張りだっけ?」
「どうする? 今なら離れられると思うが」
「リオネーレの船長ってキャプテンライオネルでしょ? わざわざ出向いて挨拶するほどではないけど、海上で会っちゃったなら挨拶ぐらいはしないと面倒なことになりそう」

 ホワイトラビット号の所属しているハルヴァー大海賊団と、今向かってきているリオネーレ号のビーティス大海賊団は友好関係を結んでいる。かつては大海原を血で染めるような縄張り争いをしていたが、ある出来事を期に和解したのだ。

「それじゃ、面舵! 針路は北東……ってアレ? 何で君が舵を握ってるの?」
「あっ、はい! 練習させて貰ってました」
「そっか~偉いぞ! でも、あの船にはぶつけないでね? ぶつけたら海賊団同士の戦争になるかも?」
「えぇ!? ちょっと、か……代わってください!」

 カイルが涙目で懇願すると、ハンサムは大きな口を開けて笑う。

「ガッハハ、安心しろ坊主。ライオネルの旦那はそんな小さいことで怒りゃしねぇし、近付いたら代わってやるさ」

 しばらく船首をリオネーレ号に向けて進むと、リオネーレ号の大きさをさらに実感出来てきた。リオネーレ号が獅子なら、ホワイトラビット号はまさに兎ほどの大きさしかない。その勇壮な姿を見てカイルは驚いた声を上げる。

「わぁ……こんな大きな船初めて見ました」
「確かに大きいけど、うちのパパの船のほうが大きいよ?」
「えぇ!? これ以上大きんですか? 凄いなぁ……」

 両船がだいぶ近付いてきたのでハンサムが舵を代わると、マスト上の見張りから報告が飛んでくる。

「右舷に接舷せよって言ってきてるにゃ~」
「右舷だな、了解だ。魔導航行に移行するぞ、帆を畳め!」
「ニャー!」

 風の影響を受けないように帆を畳むと、ホワイトラビット号はリオネーレ号の右舷に接舷した。リオネーレ号から縄梯子が降りてこなかったので上を見上げていると、陽の光を遮るように大きな影が浮かび上がった。その影は徐々に大きくなっていき、何かが落ちてきてるのに気が付いたシャルルは叫ぶ。

「全員何かに掴まって! きゃぁぁぁ!」

 巨大な塊が甲板に降り立つと、その振動でホワイトラビット号は荒れ狂う嵐のように揺れることになる。船の揺れが何とか治まると、シャルルは立ち上がって怒鳴りつけた。

「ちょっと、キャプテンライオネル! わたしの船を壊す気っ!」
「ガッハハハ! この程度で壊れるようなヤワな船じゃねぇだろ、キャプテンシャルル」

 甲板上で豪快に笑うのは獅子の顔を持つ獣人、彼こそがビーティス大海賊団の頭目であるキャプテンライオネルである。大柄なハンサムを軽く超える巨漢であり、着ている船長服はいつ破れてもおかしくないほど膨れ上がっていた。

 そんな巨漢が降ってきても甲板が壊れていないのは、この船がシャルルの船だからである。通常の船の甲板では彼女の本気で蹴った踏み込みで突き抜けてしまうが、養父ハルヴァーが彼女のために設計したのが、このホワイトラビット号なのだ。

 シャルルはツカツカと肩を怒らせながら、ライオネルの前に立つと大きく胸を張ってみせる。

「久しぶりね、キャプテンライオネル」
「おぅよ、三年ぶりぐらいか、美人になったな。そろそろ俺様の嫁に来る気になっただろう?」
「嫁っ!?」

 後部甲板でひっくり返っていたカイルが驚きの声を上げる。それに対してシャルルは呆れた様子で肩を竦めてみせた。

「前にちゃんと断ったでしょ? そもそも貴方のお嫁さん十人ぐらいいるんじゃなかった?」
「あぁ、だが嫁はいくらいてもいいぞ。ガッハハハ!」

 ライオネルの妻は全部で十二人、本人の談では気に入った女に声を掛けていったらその人数になったらしい。彼はその全てを別け隔てなく愛しているらしく妻たちとの仲も良好だった。年齢もハルヴァーと同年代で子供も多く孫も数人いる。

 以前シャルルを嫁にくれと発言した時などは、「寝言は寝て言え、このクソ猫がっ!」とキレたハルヴァーに砲弾を叩き込まれ、あわやハルヴァー大海賊団とビーティス大海賊団での大海戦に発展するところだった。

 そうこうしている間に、ハンサムたちもライオネルの周りに集まってきた。黒猫たちは本能なのか尻尾を総毛立てながら遠巻きに見ている。

「おぅ、黒豹じゃねぇか。オメェもこんな小さな船の操舵士なんてやってねぇで、ビーティス大海賊団うちに来い。お前なら船の一つや二つ、すぐにでも任せてやるぜ」
「ハッ、万が一姫さんがライオネルの旦那に嫁ぐことがありゃ、俺も付いてってやるよ」

 シャルルとは違うが、ハンサムもライオネルに目を付けられている人物の一人だ。ホワイトラビット号は異色だが、ハルヴァー大海賊団は人族を中心とした海賊団である。対するビーティス大海賊団は獣人を主とした海賊団であり、前々からハンサムには目を付けていたのだった。

「シャルルと黒豹の両取りか……ますます欲しくなるな」
「フォフォフォ、お戯れはその辺りで勘弁して貰えますかな?」

 そう声を掛けてきたのはヴァル爺だった。それに対してライオネルは目を見開いて驚き、ヴァル爺の肩を叩き始める。

「おぉ、ヴァルトール! ヴァルトールだろ、お前?」
「久しぶりですな、ライオネル殿」
「引退しちまったと聞いてたんだが、この船に乗ってたのか! お前が乗ってるってことは、ひょっとしてハルヴァーの野郎、跡継ぎをこの子に決めたのか?」
「フォフォフォ、それはどうですかなぁ?」

 ヴァル爺こと赤雷のヴァルトールは、先代の頭領クヌート・シーロードの時から海賊団の頭領の右腕と呼ばれ、引退するまではエクスディアス号の副長を務めていた人物である。当然ながらライオネルとも顔見知りであった。

「いやぁ、懐かしいなぁ。ほれ見てみろよ、この傷! お前が付けたもんだぜ?」

 ライオネルが笑いながら腕を捲くると、そこにはかなり深い古傷が姿を現したのだった。

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