その白兎は大海原を跳ねる

ペケさん

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第29話「小麦粉の使い方」

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 カイルの周りで言い争いをしていた黒猫とリザードマンを追い出すと、ハンサムはカイルに手伝いを申し出る。

「坊主、手伝うぜ」
「ハンサムさんも来てたんですね」
「あぁ、ヴァル爺には護衛なんていらねぇしな。それで何を作るんだ?」

 そう言いながら周りを見ると、まず吊るされている大きな肉塊が目に止まる。近くに落とされた顔や手足が置いてあり、どうやらワニの肉のようだ。その横には鶏卵にしては大きく細長い卵が積まれている。ハンサムが小首を傾げていると、それを察したカイルが謎の卵の正体を教えてくれる。

「ワニの卵らしいですよ」
「ほぅ、美味いのかね?」

 ハンサムはワニの卵を一つ摘まむと、興味深そうに眺めている。鶏卵に比べると倍以上の大きさがあり、ずっしりと重みも感じる。カイルも食べたことがなかったので、聞いた話と注釈を入れてから味が濃いらしいと言葉を続けた。

 肉塊の側にはシャルルたちが運び込んだ小麦粉や香辛料が積まれており、隣には蜂蜜が入った壺とサラマンデル族の秘伝のタレも置かれていた。匂いを嗅いでみると甘い匂いの中に、香辛料の香りが微かに感じられる。

 さらにその近くでは鉄板代わりに平べったい岩が轟々と火にかけられており、食材が乗せられるのを今か今かと待ちわびている。

「まともな調理器具もねぇのかよ、こりゃワニの丸焼きぐらいしかねぇか?」
「出来れば小麦粉を使った料理が良いんですが……」

 リザードマンも小麦を全く使わないわけではないが、使ったとしてもパンのような何かを作るのが関の山である。その話を聞いたカイルは小麦粉も使い方次第で、美味しく食べれるというのを伝えたいと思ったのだ。

「それじゃ、どうするよ?」
「そうですね……あっ、クラーケンボールみたいなの作れないかな?」
「クラーケンボールか~、ありゃ専用器具が必要だからな」
「そっか~……」

 良いアイデアと思っていたカイルは肩を落とす。そんな彼を見たハンサムは、頭を掻きながらぶっきらぼうに付け加える。

「まぁ丸くしなきゃいけるんじゃねぇか? 要は小麦粉と水を掻き混ぜた物に具を入れて焼きゃいいんだろ? 具材を適当にぶっこんで焼いた後に一口大に切るんだ。見栄えは悪いが別に売り物でもねぇからな」
「なるほど、さすがハンサムさん!」

 カイルのキラキラと輝く瞳に、ハンサムは少し照れた様子で首を横を振る。

「それじゃ俺が肉を切るから、お前は猫たちと一緒に生地を作ってくれ」
「わかりました、頑張ります!」

 カイルは頷くと黒猫たちを呼びに向かった。ハンサムは自前のナイフを取り出すとワニの解体を始める。

「さて、ぶつ切り……いや薄く切るか、火が通らねぇからな」

 ある程度のブロックに切り分けると、そこから肉を薄めに切っていく。ハンサムが解体している間に戻ってきたカイルと黒猫たちも、すぐに生地作成に取りかかっていた。

 小さな壺の中に小麦粉と水、そしてワニの卵を入れてかき混ぜる。かなりの量を作る必要があるので、覗きに来ていたリザードマンたちも巻き込んでの人海戦術である。

「こんなことで、本当に美味くなるのか?」
「文句を言う前に手を動かすにゃー!」

 結局言い合いをしている黒猫とリザードマンたちだったが、生地作りは順調に進んでいた。ある程度量が出来てくるとカイルがハンサムに呼ばれた。

「何か手伝いますか?」
「いいや、こっちはいい。ソースを作ってくれねぇか?」
「ソースですか? でも、アレじゃ……」

 カイルは困った様子で岩盤焼きの方を見た。ハンサムを釣られて顔を向けるが、そこでカイルが何が言いたいのか気付いて頷く。

「さすがにアレじゃ無理だ、まともな火力調整なんてできないからな。ほれ、あそこに暇そうなのがいるだろ? 奴に頼め」
「あっなるほど、わかりました!」

 カイルは小型の鍋に必要な材料を用意すると、話しているシャルルとマギの所に向かう。

「先生、ちょっといいですか?」
「なぁに、坊や? もうご飯かしら?」
「ソース作りを手伝って欲しいんです」

 突然のお願いに驚いたマギだったが、ハンサムたちが料理を作っている方を見て納得して頷いた。

「わかったわ、それで私は何をすればいいのかしら?」
「僕が掻き混ぜるので、この鍋を中火で温めて欲しいんですが……」
「中火って、どれぐらいの火力なの?」
「えっと鍋が良い感じに沸騰する感じで……」

 カイルが必死に説明するが、感覚的な話なのでマギにはさっぱり伝わってなかった。結局見ながら調整することになり小石を十個並べ、それを石で囲って作った竈に鍋を置いた。そして、その鍋にはサラマンデル族の秘伝のタレをベースにさらに香辛料などを混ぜていく。

「準備完了です」
「それじゃ一つずつ増やしていくから、丁度良い所で止めてね」

 そう言ったマギが軽く杖を振ると、配置された小石が一つずつ灯っていく。四つ目が灯ったところでカイルが止めた、どうやら丁度いい火力になったようだ。カイルがグルグルと鍋を掻き混ぜていると、次第に食欲を誘う良い香りが漂い始めた。

「へぇ、いい匂いになってきたね! お腹空いてきちゃった」
「今、皆が材料を作ってくれているので、もうちょっと待っててください」

 シャルルがお腹を押さえながら言うと、カイルはニッコリと微笑みながら鍋を火から上げる。その鍋を持ってハンサムたちのところに戻っていくのだった。

◇◇◆◇◇

 すべての準備を終えたカイルの周りには、シャルルやドーラたちが集まっていた。カイルが生地の壷に木製の匙を入れると、ドーラは興味深そうに眺めている。

「そんなドロドロの物、食えるのか?」
「はい、焼けばとっても美味しいんですよ」

 熱した岩盤にワニの脂を引いた後に円を描くように垂らすと、ジュワッという音と共に良い香りが漂い始める。生地が固まる前に、ハンサムが薄切りにしたワニ肉を生地の上に並べていく。生地の片面が焼き上がると、木のヘラをうまく使ってそれをひっくり返した。

「おぉぉ!」

 ドロドロだった物が徐々に形になっていく様に、リザードマンたちも驚きの声を上げていた。両面が焼き上がると、今度は先程作ったサラマンデル族のタレをベースにしたソースを塗っていく。生地から垂れたソースが焼け、香ばしい匂いに包まれる。

 この美味しそうな香りにリザードマンたちも黒猫たちも息を飲む。カイルはそれを木皿に移すと、食べやすいようにナイフでいくつかに切り分ける。そしてニッコリと微笑むと、それをシャルルとドーラに手渡した。

「それじゃ、最初に船長さんと族長さんからどうぞ~」
「ありがと~」
「うむ、美味そうだな」

 それぞれ受け取ったシャルルとドーラは、さっそく一切れ口に放り込む。熱かったようでハフハフと息を漏らしながら食べるシャルル、ドーラは空に向かってボフッ火を噴いた。

「これは美味しいね! この濃厚なソースが特に!」
「うむ、我がサラマンデル族の秘伝のタレに似ておるが、このピリリと利いた味はなんだ?」
「それは持ってきたスパイスですね。気に入って貰えたようで良かったです! それじゃ、どんどん焼いて行きますね」

 カイルが次のを焼き始めると、それを真似るようにリザードマンたちも焼き始めた。最初は上手く焼けなかったり、ひっくり返すのを失敗したりしていたが次第に上手くなっていき、料理が行き渡るにつれ宴が盛り上がっていった。

 しばらくしてシャルルたちが談笑をしていると、ドーラとザラン戦士長、そして神官長が話し掛けてきた。

「どうだ、食っておるか?」
「えぇ、もうお腹一杯よ。うちの子の料理は美味しかったでしょ?」
「うむ、大変美味であった。あのような小麦の使い方は我々の知らぬところだ。どうだ、我が料理番になる気はないか?」

 突然の勧誘に驚いたカイルだったが、慌てながら首を横に振った。

「えぇ!? 僕がですか? だ、ダメです! 僕はホワイトラビット号の料理人ですから」
「そうよ! 勝手に勧誘しないで、この子はわたしのだから!」
「いや、姫さんのでもねぇだろ」

 カイルに抱き付くシャルルに、ハンサムが呆れた様子でツッコんでいく。ドーラは冗談だと笑い飛ばしながらドカッと座り込み、スッと真剣な表情を浮かべる。

「どうしたの?」
「うむ、先程の謝罪をさせようと思ってな」

 ドーラはそう言いながらく手を上げると、後ろで立っていた神官長が頭を下げた。

「神殿では済まなかった、火竜神様の牙を目の前にして気が逸ってしまったのだ。お詫びとしてこれを受け取って欲しい」

 神官長が差し出してきたのは、炎の意匠が施された鞘に入った短剣だった。それを受け取ったシャルルは、鞘から引き抜いて刀身を確認する。その刀身は赤くとても美しい輝きを放っていた。

「これをくれるの? 中々の品みたいだけど」
「あぁ神官長の無礼に対する詫びだ。是非受け取ってくれ」

 シャルルは頷くと、それを鞘に納めてカイルに手渡す。カイルは驚いていたがシャルルはニッコリと微笑む。

「これは君が持ってて、今度こそ護身用にね」
「あ、ありがとうございます!」

 カイルは鞘から短剣を抜くと、その刀身を眺めながらまるで新しい玩具を貰った子供のように笑っていた。

「それでお主たち、いつ発つのだ? もう何日か滞在するのなら部屋を用意させるが?」
「いいえ、明日の朝には経つ予定よ。いつまでも船を空けておけないからね」
「そうか、それは残念だ。また島に寄った時は訪ねてくるがよい。牙を届けてくれたお主たちは我が一族の恩人のようなものだからな」
「ありがとう、その時は是非」

 シャルルが握手を求めると、ドーラはその手に握り返すのだった。
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