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第24話「ドーラ・サラマンデル」

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 ザラン戦士長から許可を得たシャルルたちは、さっそくサラマンデル族の本拠地である里に向かうことになった。時間的に丁度良く潮が引く時刻であり、彼らの里がある島に渡ることができたからだ。

 島には鬱蒼と茂る森と多くの沼地が広がっており、彼らの里もそんな沼地の一つに存在していた。沼地の中に柱を打ち付け床面を上げた高床建築の住居が並んでおり、もう少し原始的な生活を想像していたシャルルは驚いていた。

 里を歩いている時に確認した住民の様子から、狩猟民族らしくなめし革や肉などを加工して生活しているようである。それでも交易港であるヘケケラの町に比べると、文明レベルは低いように感じられる。おそらくヘケケラは、商売上手なレオ族が整備しているのだろう。

 さっそく族長との対面かと思われたが、里に入った頃には夜になっていたため、一泊してからの面会になる運びになった。ザラン戦士長は客人扱いとして、それなりの部屋を用意してくれたが、食事は念の為に丁重に断って携行食で済ませることにした。

 そして一夜が明け、シャルルたちはようやく族長の家を訪れることが出来たのである。

◇◇◆◇◇

 大きな部屋に通されると一段上がったところに、動物の骨と革で作られた立派な椅子があり、そこに小さな女の子が座っていた。ザラン戦士長や他のリザードマンたちとは違い、見た目は人族の女の子に爬虫類の角と翼、そして尻尾が生えているような姿をしている。

 その可愛らしい見た目に反して妙な迫力と貫禄を纏っており、ザラン戦士長が傅いているところから彼女が族長なのは間違いなさそうだ。彼女の姿を見たマギがボソリと呟く。

「あら珍しい、竜人族ドラゴニュートじゃない」
竜人族ドラゴニュート?」
「神竜の子孫と呼ばれている種族よ。数が少ないからあまり知られてないけど、エルフ並みの長命種だから見た目通りの歳じゃないでしょうね」

 シャルルの疑問にマギが説明していると、その少女が横にいるリザードマンに手を上げて合図を送った。そのリザードマンは頷いて、シャルルたちに話しかけてきた。

「よく来たな、旅の者よ。この方がサラマンデル族の族長、ドーラ・サラマンデル様である。族長は喉を痛めているため、会話は神官長である私が代わりを務めさせていただく」

 どうやら喋っているリザードマンは神官長らしい。確かに厳ついザラン戦士長に比べれば線も細く、着ている服装が豪華な物だったので賢そうに見えた。

「ご挨拶ありがとうございます。わたしはホワイトラビット号のキャプテンシャルル。ザラン戦士長より族長様の調子が悪いと聞き、治療のお手伝いができないかと伺いました」

 ドーラの金の瞳がギロリと睨まれると、心臓を鷲掴みされたようなプレッシャーを感じ、シャルルの背中には一筋の汗が流れる。それでも踏みとどまっていると、ドーラは何かを納得したのか神官長に対して頷いた。

「ザラン戦士長から、そこの者が治癒術を使えると聞いている。どうやら嘘は無いようだな?」
「えぇ、魔法以外にも多少の医術の心得もありますわ」

 マギが自慢げに微笑む。彼女はホワイトラビット号の砲手も担っているが、治癒術やその高い知識で船医も兼ねている。自信満々といった様子のマギの耳を、ドーラは興味深そうに見つめていた。

「では、さっそく診てくれるか?」
「はい、お任せを」

 マギは頷くとゆっくりとドーラに近付いて、視線を合わせるように膝を付いた。そして症状について問診していく。

「痛いのは喉だけかしら? 他に症状は? いつからこうなの?」
「一月程前に高熱を出されたのだ。熱はすぐに引いたのだが、それ以来喉が腫れしまって喋ることはもちろん、食べることも困難なのだ……何とおいたわしいことか」
「熱……喉の腫れ……か」

 マギは神妙な顔で何か考え込むと、ドーラの口を開けさせて喉の視診を始めた。彼女の喉は真っ赤に腫れており、ドーラの幼い容姿と相まって痛々しい気分にさせられる。

「これは酷いわね……まずは痛みを取りましょうか」

 マギは優しくドーラの首筋に触れると、囁くように詠唱を始める。彼女の手が緑色に淡く輝くと部屋の中にそよ風が吹き抜ける。この魔法『癒やしの風』は広範囲を微弱に回復するものだが、彼女の卓越した魔力操作によって範囲を狭め効果を高めている。

 しばらく癒しの風を発動させた後に、そっと手を放しながら状態を尋ねる。

「どうかしら、声は出せそう?」
「……ぁ……あー……おぉ、喋れる。痛くないぞ!」

 声が出ることに喜んだドーラは飛び上がって椅子の上に立ち上がると、天井を見上げて大きく息を吸い込む。そして、ボフッと音を立てながら火炎を吹き出した。

「おぉ、ドーラ様!」
「あっはははは、完璧だぞ! ……げふげふ」

 高笑いした後に急に咳き込むドーラに、神官長は心配して駆け寄ったが彼女は「心配ない」と押し退ける。その様子を見ていたマギは、少し呆れた様子で肩を竦めてみせた。

「多分細菌性の炎症だと思うわ。癒やしの風で一時的に腫れは引いたけど、無理をするとすぐに再発しちゃうわよ」
「それは困るぞ! 何とかならんのか?」
「そうねぇ……殺菌や抗菌効果がある物を食べることで、ある程度予防できると思うけど」
「ほぅ、さっきん? こーきん? それはどんな食べ物なのだ?」

 ドーラは聞き慣れない言葉に首を傾げる。その瞬間ドーラの腹が大きな音を立てて鳴り始めた。彼女は大笑いしながら自分の腹をポンッと叩く。

「あっははは、飯の話をしていたら腹が減ったぞ。せっかくだ、食いながら話そうではないか。飯だ、飯を持ってこい!」

 ドーラが命じると、神官長は近くにいたリザードマンたちに食事の用意を頼む。ドーラはドカッと椅子に腰を掛けた。

「さて……食い物が来るまで、お主たちの報酬を決めねばいかんな。わざわざこんな場所まで来たのだ、何か目的があったのだろう? 久しぶりに喋れて我はとても機嫌が良い。何なりと申してみよ」

 マギが後は任せたわと言わんばかりにシャルルに視線を送ると、彼女は一歩前に出てドーラとの交渉を始める。

「族長様は炎の神殿という場所に聞き覚えはないですか? わたしたちはそこに行きたいのです」

 その言葉に反応して、ザラン戦士長が手にした矛に力を入れたため、カチャっという音が響く。しかし、それに反応してドーラが睨み付けたため、ザラン戦士長は一歩下がって頭を下げた。

「ふん、その珍妙な喋り方はやめよ。聞いているとむず痒くなるわ、我のことはドーラでよい」
「そう? それなら普通に話させて貰うけど、炎の神殿に聞き覚えはないかな?」

 許可が降りたことでさっそくフランクに話し始めるシャルルに、ドーラは目を細めながら答える始めた。

「その炎の神殿とやらは知らんが、火竜神殿という場所ならある。まぁ炎の神殿と言っても差し支えのない場所ではあるな」
「それはどこにあるの!?」
「しかし、その場所は我々の聖域だ。余所者のお主らを易々と連れていくわけにはいかん」

 拒絶の言葉だったが、言葉の端々に交渉の余地があると感じたシャルルは、さらに交渉を続けることにした。

「もし連れていってくれるなら、対価としてわたしたちが持ち込んだ小麦や香辛料などをあげるわ」

 交易港であるヘケケラなら兎も角、このスルティア諸島全体で見れば穀物や香辛料などは貴重なはずだ。サラマンデル族がどこまで価値を見出すかは不明だったが、交渉の一手としては悪いものではなかった。

 その証拠にドーラも神官長と顔を見合わせて考えて込んでいる。

「ふむ……どうして、そこまで火竜神殿に行きたいのだ? あそこは我らが始祖が眠る場所、人族が興味を持ちそうな物は何もないぞ」
「ある秘宝の手掛かりがそこにあるかもしれないの」
「秘宝の手掛かりだと?」

 ドーラは訝しげにシャルルを睨み付ける。どうやら秘宝と言う単語が引っかかったようだ。警戒を解くためにも、シャルルはシーロードの秘宝について掻い摘んで話すことにした。もっとも彼女自身も秘宝の謎はまったく解けていないので、詳しく説明することも出来ないのだが……。

「なるほど……それではお主の先祖が隠したという秘宝とやらを捜すために、大海原を駆け回っておると?」
「まぁ、そうなるね」
「あっははは、人族は面白いことをするのだな。まぁいいだろう、お主たちには喉を治して貰った恩もある。特別に許可してやらんでもないぞ」
「なっ!? 族長、余所者を神殿に連れていくなど!」

 突然態度を変えたドーラに神官長は狼狽した様子で窘めたが、ドーラが立ち上がりながら軽く払いのけた。

「黙れ、我が良いと言っておるのだ。だが、いくつか条件を付けるぞ?」
「条件?」
「うむ、まず一つ神殿には我々も同行する。二つ目は神殿内の物には、勝手に手を付けないこと誓って貰う。三つ目は先程お主たちが言っていた物だ」
「それだけでいいの?」

 シャルルが確認するように尋ねるとドーラは小さく頷いた。

「わかったわ。それじゃ、交渉成立ね」

 にこやかに手を差し伸べるシャルル、ドーラもニカッと笑うとその手を握り返すのだった。
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