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第15話「魔法適正」

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 酒場での宴が終わり、先に部屋に戻ったシャルルたちは就寝の準備を始めていた。一階の酒場からは、まだ酔っ払いたちの笑い声や愉快な歌が聞こえてきている。

「だから、何で脱ぐんですかっ!?」

 急にズボンを脱ぎ始めたシャルルに向かって、カイルは両手で顔を覆いながら抗議の声をあげる。それに対してシャルルはキョトンとした顔で小首を傾げた。

「だってズボンなんて穿いてたら、ゴワゴワして寝辛いじゃない。あと、そんなに大きな声を出すと他の客に迷惑だよ?」
「あっ……ごめんなさい」

 シャルルに注意されて少し肩を落としているカイルだったが、実際には彼の叫び声など一階から聞こてくる声に比べれば些細なものである。

「あ~坊や、その娘ってお嬢様みたいな見た目してるからよく勘違いされるけど、ずぼらな海賊に囲まれてたらから、デリカシーなんて期待しちゃ駄目よ」

 自分のベッドの上に紙状の何かを広げながらマギが軽く笑う。マギの言葉にシャルルは納得できないようで頬を膨らませていた。カイルはシャルルから意識を逸らそうと、マギが広げている物を興味深そうに目を向ける。

「マギさん、それは何ですか?」
「これは魔法のスクロールよ。坊や、魔法に興味あるのかしら?」
「魔法ですか? 僕、ほとんど見たことないです」

 広く普及している魔導具に比べて、魔法を使える者はあまり多くはない。火種を作るような簡単な魔法を使える者はいるが、大きな魔法となるとマギのようなエルフや人族の一部が使える程度である。昔は今より多くの者が使えたのだが、魔導具の普及に比例してその数を減らしてしまったのだ。

 マギがクスッと笑って指を鳴らすと指先に小さな炎を灯る。それを見たカイルは感嘆の声を漏らした。

「おぉ凄いですねっ!」
「可愛らしい反応ねぇ、坊やも使ってみる?」
「えっ、魔法って僕も使えるんですか?」

 カイルは目を輝かせながら身を乗り出すが、後ろからシャルルに抱き付かれて引き戻される。薄着のシャルルに胸を押し付けられて赤面するカイル。

「な、な、何するんですか!?」
「マギの魔法なんかより、わたしが戦い方を教えてあげるよ」
「あらあら、うさぎちゃん。別に坊やを取ったりしないわよ~」

 疑いの眼差しで睨んでくるシャルルに、マギは軽く笑いながら手を上下に振る。

「魔法を使えるかどうかは、才能次第に寄るところが大きいわ。魔法適正……所謂属性があるかどうかが重要なの。ちなみに私は火・風・闇に適正があるし、うさぎちゃんは光属性なのよ」
「えっ、船長さんも魔法が使えるんですか?」

 後ろから抱き締められたまま目を輝かせるカイル。シャルルは自慢げに鼻を鳴らすが、マギは笑いながら首を横に振る。

「あはは、うさぎちゃんは殆ど使えないわ。カニィナーレの調整と防殻ぐらいよね?」
「ぐぬぅ……うるさいな、ちょっと苦手なだけよ」

 カラカラと笑うマギに、シャルルは不満そうにカイルを抱き締める。シャルルは魔力量はそこそこあるが、それを発動させるのが苦手だった。それを補助するカニィナーレなどの魔導具以外では、常時薄い防殻を展開しているぐらいである。

 その防殻も攻撃から身を守るというより、海上の強い日差しから肌を守っているものだった。つまり彼女の白い肌は、この防殻によって維持されているのだ。

「まずは坊やに魔法適正があるか調べてみましょう。これに手を乗せてみて」

 彼女は自分のカバンから宝石を一つを取り出してカイルの前に置いた。その宝石は蝋燭の灯りを反射して不思議な輝きを放っている。これは魔法力を見るもので、属性の確認にも使えるものである。

「は……はいっ!」

 シャルルの拘束から解放されたカイルは、緊張した面持ちで宝石の上に手を置く。その瞬間、宝石が微かに輝き出した。カイルが手を離すとマギは興味深く宝石を見つめ、やがて小さく頷いた。

「どうやら坊やは、水に適正があるみたいね」
「本当ですか!?」
「まぁ微弱な反応だから、使い物になるかは今後の努力次第ってところかしらね」
「努力次第ってことは練習すれば、僕にも魔法を使えるんですか!?」

 期待に満ち溢れた笑顔を向けられたマギは、妖艶に微笑むと人差し指でカイルの顎を上げる。

「君、本当に可愛いわね。私が色々と教えてあ・げ・る」
「ひゃぅ!?」

 カイルが驚いて身を強張らせると、シャルルに引っ張られてマギから引き離された。彼女はカイルを抱き締めながら警戒しつつマギを睨みつける。

「マギィ~?」
「あはは、うさぎちゃんったら可愛いわね。もちろん冗談よ~。坊や、魔法についてはまたにしましょうか、今は怖~いお姉さんが目を光らせているからねぇ」
「は、はい! お願いしますっ!」

 力強く頷くカイルの頬を、シャルルは不満そうに引っ張る。

「誰が怖いお姉さんなのかな~?」
「ひひゃいでふ、ごめんにゃさい」
「まったく……明日は搬入が済んだらすぐに出航なんだから、そろそろ寝ましょう。君はこっちね!」
「えっ!? えぇぇぇ~」

 抵抗も空しくベッドに引き摺られていくカイルを、マギは少し呆れた様子で笑って手を振るのだった。

◇◇◆◇◇

 翌日、早朝から運び込まれた品を積み込むと、ホワイトラビット号は港町オルドを出航していた。青空が広がり風は順風、波も穏やかで絶好の航海日和だと言えた。

 あまりに陽気が良いからか、甲板上では黒猫たちが日向ぼっこをしている。昨夜美猫の店に行ってきた黒猫たちの毛並みは、丁寧にブラッシングされたように艶々に輝いていた。

 船尾甲板ではシャルル、ヴァル爺、ハンサムが、次の目的地についてを話し合っていた。

「お嬢、中継先はシンフォニルスで宜しいですかな?」
「うん、それで構わないわ。そろそろ積荷を降ろさないといけないし、久しぶりに帰りましょう」
「了解、じゃ針路はそのままでいいな」

 シンフォニルスの街は、グラン王国の隣にあるヴィーシャス共和国にある。この国は七つの大商会が運営している国家で、契約によって海賊たちとも友好的な関係を保っていた。海賊相手でも下手に敵対するより上手く関係を保つほうが、結果として利益になると考えるのが商人らしい政策である。

 そしてシンフォニルスの街には、ホワイトラビット商会の商館がある。つまり彼女たちの本拠地とも呼べる街だった。今回は積荷をシンフォニルスに降ろし、スルティア諸島向けに荷を積み込んだら出航する予定である。

 吹き抜ける風にハンサムが目を細めると、彼の凛々しい顔がさらに引き締まって見えた。猫人系の豹族や猫人族の女性からも人気が高いが、美しい毛並みの獣人であるハンサムは人族から見ても格好良い。

「この風なら四日もあれば、シンフォニルスへ着きそうだな」
「ふむ、だいたいそれぐらいでしょうな。今回は邪魔者に見つかることはないでしょうな」
「あぁ姫さんにご執心な奴か。はははは、姫さんは老弱男女を構わず引き寄せるからな~」
「笑いごとじゃないよ! あの王子さま、本当にしつこいんだからっ」

 彼らが言っているのは、グラン王国第三王子アレス・ミスト・グランと、彼の乗艦していた軍艦アルテイアのことである。

「前回は何とかなったが、今後あの魔導艦はやっかいかもな」
「ふむ、グラン王国の海軍がアレほどの魔導船を新造するとはのぉ」

 アルテイアのような魔導船の造船技術は一度失われた技術だ。ホワイトラビット号のような魔導帆船や、タグボートのような小型船の製造技術は再び確立しつつあるが、大型船への導入は遥か昔に造られた船が現存しているぐらいである。

「確かにやっかいな船だったけど、しばらくはグランから離れるんだから気にしても仕方ないでしょ」
「まぁそうだな」

 相変わらず楽観的なシャルルに、ハンサムは少し呆れた感じで返事をする。今後も追われることを考えれば何らかの対策を練らねばならないが、現状では具体的な対応策がないのだ。

「まぁスルティア諸島から戻ってきたら、パパやお兄ちゃんたちに相談してみてもいいかもね」

 シャルルは水平線を先を見つめながら、そう呟くのだった。
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