その白兎は大海原を跳ねる

ペケさん

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第14話「白兎の目的」

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 ホワイトラビット号に戻ったシャルルたちは、物資の補給班やマギと合流した。どちらの班も搬入は明日になるということで、今夜はオルドの町に泊まることになり、彼らがいつも使っている宿に向かうことになった。ちなみに美猫の店に行った黒猫たちはまだ帰ってきていない。

 その宿は海賊たちがよく利用している宿屋で、二階が宿泊する部屋、一階が酒場になっているオーソドックスな作りの宿屋である。まだ陽も落ちたばかりだと言うのに、酔っぱらいたちの陽気な声が外まで聞こえてきていた。

 ぞろぞろと引き連れて酒場に入ると、たくさんのジョッキを運んでいた大柄の女性が驚いた声を上げた。

「あら、キャプテンシャルルじゃないかい、久しぶりだねぇ!」
「女将さん、泊まりたいんだけど部屋はある?」
「もちろんさ、いつもの通り二部屋と大部屋一つだね?」

 この部屋分けはシャルルとマギ、ハンサムとヴァル爺、そして黒猫たちが大部屋に詰め込まれるのだ。もっとも黒猫たちは、そこらの屋根の上でも平然と眠るため部屋は何でも良いらしい。

 女将と呼ばれた女性は手にしたジョッキを、叩きつけるようにテーブルに届ける。少し溢れて客に掛かっているが、女将の方が立場が上のようで文句は言えないようだ。

 ノシノシとカウンターに向かうと鍵を三本取り出して、戻ってくるとシャルルたちに手渡した。

「場所はわかるだろ?」
「えぇ、大丈夫。すぐに食べに戻ってくるから席を取っておいてくれる?」
「あぁ、任せときな! おぅ、酔っ払いども! もっと詰めなっ!」

 女将はニカッと笑うと酔っぱらいたちを隅に詰めさせ、シャルルたちが座るための場所を確保する。まさに剛腕整理である。シャルルは苦笑いを浮かべると、そのまま階段を上がっていく。

 そこで一つの問題が発生していた。普通の部屋のベッドは二つしかなかったのだ。そう新しく加わったカイルの存在をすっかり忘れていたのである。

「えっと、僕はハンサムさんたちの部屋ですか?」
「おいおい、俺たちにとっちゃただでさえ狭いんだぜ?」

 まずはハンサムが難色を示す。確かに彼の言う通り彼の大柄な体躯では、ベッドからはみ出てしまうかもと思える程ベッドも部屋も狭かった。困ったカイルがちらっと大部屋を見るが、中には黒猫たちが入っておりすでに手狭になっている。

「よし、それじゃお姉さんと一緒に寝よっか? ほら、島でも一緒だったし大丈夫だよ」

 シャルルはノリノリで提案してくるが、カイルの脳裏には無人島での一夜を思い出され、顔を真っ赤にしながら首を横に振った。

「えっ!? ダメですよ! ぼ、僕は床でも大丈夫ですから」
「なに言っているの? そんなのダメに決まってるでしょ。ほら、こっちに来る! これ、船長命令だから」
「えぇぇぇぇ!?」

 シャルルはカイルの服を掴むと、自分の部屋に連れていってしまう。マギはクスクスと笑いながら「頑張ってね」と声を掛けて、同じように部屋に入っていくのだった。

◇◇◆◇◇

 部屋分けが終わったシャルルたちは、一階の酒場に降りてきていた。すでに一角が開けられており、シャルルたちがその席に着くと女将がさっそくジョッキを運んできた。もちろん注文前である。

「ほら、どうせ飲むんだろ?」
「ありがと~。わたしのは?」
「あははは、キャプテンシャルルと坊やにはこっちさ」

 そして置かれたのは何かの果実汁だった。そのことに抗議しようとした瞬間、ヴァル爺にジロリと睨まれて大人しく振り上げた手を下げる。

「まぁいいや、とりあえずみんなジョッキを持って! 今回の航海も無事だった。次も無事であるように……乾杯!」

 シャルルが音頭を取って杯を掲げると、乗組員クルーたちは一斉に杯を掲げて一気に飲み干した。

「ぷはぁ! 女将さん、おかわりと肴を色々持って来て!」
「あいよっ!」

 しばらくして運び込まれた料理は、この宿の名物であるフラットフィッシュのムニエル、塩漬けされ熟成した生ハム、ニンニクの香りが強烈な具だくさんのアヒージョ、海老を蒸したもの、野菜と魚介類をしっかりと炒めたパエリアなどが次々と置かれていく。

 宴の席では無礼講が海賊流である。まさに奪い合うように食べ始め、酒もどんどん進んでいった。宴は徐々に盛り上がっていき、周りが騒がしくなってくるとヴァル爺が話を切り出してきた。

「それで、お嬢? 次はどうしますか?」
「う~ん、どうしようかな」

 とりあえず物資が底を突きつつあったので補給は進めたものの、ホワイトラビット号は次の目的地が決まってなかったのだ。

 シャルルが悩んでいると、カイルが何かを聞きたそうにおずおずと手を上げた。

「ん? どうしたの?」
「えっと、単純な疑問なんですが、この海賊団って何か目的があるんですか?」

 カイルの素朴な質問に、シャルルを含め乗組員クルー全員が目を大きく開いて驚いている。

「がっははは、そんなことも知らないで船に乗ったのか?」
「いた……いたい、あはは」

 ハンサムにバンバンと背中を叩かれながら、カイルは苦笑いを浮かべている。ハンサムの隣に座っていたマギは、彼に腕を絡めて止めながら顔を覗かせる。

乗組員クルーの一人ひとりに目的はあるけど、船としての大きな目的は宝探しよ」
「宝探し?」
「そう、宝探し! これに書かれたお宝を探しているの」

 シャルルは自慢気にそう言うと、船長服の内ポケットから古びた手帳を取り出した。

「それは何ですか?」
「ふふふ、聞いて驚いて! これはパパのパパ、つまり先代の大海賊クヌート・シーロードの手帳よ。遥か昔のシーロード家が残したと言われる秘宝の位置が記されているらしいわ。わたしたちはパパの代わりにそれを探しているのよ」
「シーロードの秘宝!?」

 突然出てきた大きな話にカイルは目を輝かせている。シャルルはふふんと笑うと手帳をカイルに差し出した。

「読んでみる?」
「いいんですかっ!?」
「えぇ、でも結構ボロボロだから取り扱いには気をつけてね」
「はい!」

 シャルルから手帳を受け取ったカイルは、一枚一枚慎重にページを捲って手帳を見ていく。最初は夢見がちなキラキラとした瞳だったが、徐々に暗い顔になっていきやがてページを捲るのをやめてしまった。

「全然、読めません……」
「あはは、そりゃそうよ。わたしだって全部は読めないんだからっ!」

 笑いながら返して貰った手帳を内ポケットにしまった。そして溜め息をつきながら肩を竦める。

「これに書かれている『海を飲み込む月の島』で使う『月の鍵』をオットー商会の会長が持ってるって言うから、交渉してたんだけど失敗しちゃったんだよね~」
「ひょっとして、それで商船を襲ったんですか?」
「う……うん、まぁそうかな?」

 カイルが拐われる事件の話だったので、怒られるかと思ったシャルルは少し後ろめたかったが、カイルの反応は少し違っていた。

「ごめんなさい、僕が邪魔したから……」
「えぇ!? もう、本当にいい子ね!」
「ふわぁぁ!?」

 急に抱き締められ頭を撫で回されたカイルは、顔を赤くしながら妙な声を上げてしまう。

「しかし、あの襲撃でオットー商会と接触するのは難しそうですなぁ」
「あぁ奴がいる商館は王都にあるし、船も警戒されちまってるだろうしな」

 ヴァル爺とハンサムの感想にシャルルは一唸りする。王都にある商館を強襲しようものなら間違いなくお尋ね者になってしまう。もし会長が航海に出るとしても護衛が凄いことになっているだろう。

「う~ん、しばらくは様子見かな~。それなら『炎の神殿』を探してみようか?」
「ふむ『炎の神殿』ですか、それなら南方のスルティア諸島ですな」
「補給や航路は大丈夫?」
「はい、一度中継地を挟めば十分かと」

 ヴァル爺のお墨付きを貰い、シャルルは満足そうに頷いた。そして杯を掲げながら宣言する。

「よーし、それじゃ次の目的地はスルティア諸島だよっ!」
「おー!」
「にゃー!」

 こうして海賊キラーラビットの次の目的地が、スルティア諸島にあると噂される『炎の神殿』に決まったのである。
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