上 下
13 / 145

第13話「港町オルド」

しおりを挟む
 タグボートに牽引されてオルドの港に入ったシャルルたちは、停泊の手続きを済ませ町に繰り出すことにした。食料を除く物資の補給などは、ヴァル爺と当番の黒猫たちに頼んでおく。

 残りの黒猫たちは、陽も高いというのに美猫がいるというお店に行ってしまった。ハンサムも誘われていたが、シャルルの護衛があると言って断っていた。マギはいつものように魔導書を探しに行ったのか、いつの間にか姿が見え無くなっている。

 残ったシャルル、カイル、ハンサムの三人は、食材の補給のために商店が並ぶ通りを散策していた。朝方なら漁から戻った漁船が新鮮な魚を売っているところだが、陽も真上からやや傾いているような時刻では、壷などの美術品や日持ちする香辛料などを取り扱っている露店が多かった。

「姫さん、まずはどうする?」
「まずは食材を扱ってる店かな。君も何か使いたい物があったら教えてね」
「は、はいっ!」

 返事をしたカイルだったが、ホワイトラビット号の食材庫のことを思い浮かべていた。そこには各地の調味料が色々揃っていて、とても驚いたのだ。まともに調理が出来るハンサムが用意した物だが、黒猫たちはまともに使う気がないので、圧倒的に消費量が少なくかなり備蓄されたままなのだ。

「その前に少しお腹に入れておこうか……あっ、アレって名物のクラーケンボールじゃない?」

 シャルルが指差した方を見ると屋台でクラーケンボールが売られており、食欲を誘う香ばしい匂いを漂わせていた。早速シャルルが近づくと、屋台の親父が威勢のいい声を掛けてくる。

「へい、らっしゃい! おぉ、可愛いねぇちゃんだな。ねぇちゃんみたいな可愛い子に食われるなんて、こいつら幸せ者だぜ。がっははは」
「あはは、それじゃ焼き立て二つと、そっちの少し冷めているのを一つ貰える?」
「あいよ、ちょっと待っててくんな! ん? 今の時間帯は暇だから、別に全部焼き立てのを用意してもいいんだぜ?」

 不思議な注文をするシャルルに、屋台の親父は首を傾げながら確認してくる。シャルルは料金を払った手で指を一本立てると、ニッコリ微笑みながら指を傾けてハンサムを指す。それに納得した親父は「ははは、なるほどな」っと大きく頷いて、クラーケンボールを作り始めた。

 丸いへこみがある鉄板に油を引き、小麦粉や出汁をよく溶いた生地を垂らすと、ジュワッという良い音と香りが広がる。しばらく焼いてからクラーケンの切り身を投入し、形が整うのを待ってから串のような器具で生地を回転させて、中にクラーケンの切り身を閉じ込めていく。しばらくして焼き上がると器用に串を使って木皿に乗せ、最終的にソースを掛けて完成である。

 出来る上がるまでシャルルが近くの木箱に座って待っていると、周りには彼女に声を掛けようか様子を窺っている男たちが集まっていた。しかし、あまりに美人だと声を掛けるのも憚れるようで、今は遠巻きに眺めているだけである。シャルルも慣れているのか、特に気にしている様子はなかった。

 そんな中、カイルとハンサムがクラーケンボールと果実の絞り汁を三つ運んで来てくれた。頼んだ覚えがない絞り汁を手にしたシャルルが店主の方を見ると、ニカッと笑って親指を立てていた。

「可愛いお嬢さんにはサービスだぜ」
「ありがと、おじさん!」

 さっそく木の串でクラーケンボールを刺して、口の前に持っていくとフゥフゥと息を吹きかけて冷ます。その姿を見ていた男たちは何故か小さな歓声を上げている。さすがに気になったが、クラーケンボールの美味しそうな香りに我慢できず、そのままクラーケンボールを口に運んだ。

 パリッと仕上がった外側を噛み切ると、とろっとした生地が溢れ出す。舌が火傷するかと思う程熱かったが、徐々に馴染んでくると濃い目の味のソースが旨味を引き出し、さらに踊るように現れたクラーケンの切り身が面白い食感を与えてくれている。

「うん、美味しい! さすが名物って言うだけはあるね」
「はふはふ……まぁ美味いんだが、まだ熱いな」
「これなら船でも作れるかも?」

 三者三様の感想を言いながら食べていると、先程までそれを見ていた男たちがクラーケンボールの屋台に群がり始めた。

「くそっ、あんなに美味そうに食われて我慢できるか! 親父、俺にも一つ!」
「俺もだっ!」
「へいっ、毎度!」

 シャルルの影響で大繁盛になってしまった屋台を見つめながら、三人はしっかりとクラーケンボールを平らげ、忙しく働いている店主に向かって手を振りながら、その場を後にするのだった。

◇◇◆◇◇

 昼食を終えた三人は、そのまま食材を扱っている店に寄って保存食などを購入した。普段なら保存に適した干し肉、固いパン、チーズなどで済ませるが、今回はカイルとハンサムがアレやコレやと言いながら注文していた。

 かなりの量を購入することになったが、さすがに持ち運ぶには量が多いため船まで配送を頼んである。

 そろそろ船に戻ろうか? と話しているところで、トラブルが発生した。少し先行していたカイルが、路地から出てきた男たちと接触してしまったのだ。カイルの不注意もあったが、明らかに男の方も前を見てなかった。

 男はぶつかったところを押さえながら、カイルを睨みつける。

「痛てぇな、クソガキ!」
「ご、ごめんなさいっ!」

 素直に謝るカイルの胸元を掴んで凄む男に、驚いたシャルルは慌てて駆け寄った。その際風に煽られて、彼女がかぶっていた羽根帽子がフワリと地面に落ちてしまう。

「ちょっとやめなさい。子供になんてことしてるのよ!」
「なんだてめぇは!? ん~、おぉすげぇ可愛いじゃねぇの? こいつアンタの弟か? それならお姉さんに責任取って貰わなくちゃなぁ」

 カイルを放してシャルルを捕まえようとする男だったが、自由になったカイルが即座に男の脛を蹴り上げた。

「ぐわぁ!?」

 あまりの激痛に膝を折って蹲る男とシャルルの間に、カイルが飛び込んで彼女を守るように両手を広げる。

「船長さんに触るなっ!」
「なんだ、このガキ!」

 激昂した三人の男たちがシャルルとカイルと取り囲んだが、シャルルたちの後ろに立ったハンサムの存在に気が付くと一気に顔が青ざめていく。黒豹の獣人であるハンサムの威圧感が凄まじいことあったが、ある噂を聞いたことがあったからだ。

「お、おい……この白銀の髪に赤い瞳の女と、黒豹の巨漢の組み合わせって」
「ま、ま、まさかキラー……」

 男が震えながらシャルルの顔を見ると、彼女は赤い瞳を鋭く輝かせ冷淡な笑みを浮かべている。その笑みに確信した男たちは一斉に逃げ出した。

「し、失礼しました~!」

 逃げていく男たちを見つめながら鼻で笑ったシャルルは、目の間で一生懸命守ろうとしてくれたカイルを、優しく抱きしめて頬に軽くキスをする。

「君、なかなか格好よかったぞ」
「ふわぁぁぁ!?」
「でも危ないから無茶しちゃダメだよ。あの程度の輩なら、わたしでも軽く捻れるんだから」

 突然の出来事に慌てるカイルを、嗜めるように軽く叱るシャルル。咄嗟に動いてしまったが、確かにカイルよりシャルルのほうが圧倒的に強い。もし素手で戦うことになっても、彼女の脚力を持ってすれば軽く瞬殺できるだろう。

 しょぼくれてしまったカイルに頬摺りをしていると、ハンサムに後ろから頭に帽子を乗せられた。

「あぶねぇのは姫さんもだぜ。あんまり無茶すんじゃねぇよ、ここは中立港だぜ?」
「あはは、わかってるって」

 笑いながら軽く流しているシャルルだったが、実際に乱闘でも起きていた場合、色々と問題になっていた可能性が高い。シャルルたちが悪くなくても衛兵が駆けつければ捕まることもあるし、お尋ね者としてこの町に入れなくなることもあった。

 もっともこのぐらいの規模の町では、衛兵もごろつきと大差はないため、少し握らせれば余所見をして忘れてくれる。無茶に見えるシャルルの行動も、それぐらいの算段があってのことなのだ。

「まぁ何事もなくて良かったじゃない。それじゃ、そろそろ帰ろっか。ヴァル爺が心配してるだろうし」
「あぁ、そうだな」

 陽もだいぶ傾きはじめてきたため、シャルルたちは一度ホワイトラビット号に戻ることにしたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...