その白兎は大海原を跳ねる

ペケさん

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第6話「竜肉の香草焼き」

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 黒猫たちが酒樽を取りに向かっている間に、カイルの料理は出来上がろうとしていた。フライパンから木皿に盛り付けて、上にハーブを乗せて完成だ。

「お待たせしました。竜肉の香草焼きです」
「わぁ、ありがと~」

 その料理には強敵だった地竜の面影はなく、程よく食欲を掻き立てる香ばしい匂いが漂っていた。ナイフとフォークを手にしたシャルルは、さっそく料理を切り分け始める。

 ナイフで切れ込みを入れると断面からは肉汁が溢れ出し、表面にかかった胡椒と混ざり合うことで、まるで肉汁の中で胡椒が踊っているようだった。一口大に切り分けた肉をフォークで口に運ぶ。

 香りの強い香草のおかげか獣肉特有の臭みも殆ど感じられず、噛めば噛むほど溢れる肉汁には甘みがあり、ピリリと効いた香辛料が全体を引き締めていた。

「うん、これも美味しいっ!」
「ほっ、良かったです」

 満足げな笑顔を浮かべながら食べるシャルルに、カイルも安堵の溜め息を漏らしつつ肩の力を抜いた。上機嫌になったシャルルは肉を一口大に切り分けると、それをカイルの顔の前に差し出した。

「ほら、美味しいよ。君も食べてみて」
「えっ? ぼ……僕は自分のがあるので……」
「いいから食べる!」

 シャルルの口元をチラ見しながら遠慮するカイルの口に、シャルルは無理やり押し込むようにフォークを捩じ込んだ。その瞬間、カイルの表情がパァと明るくなる。

「肉汁たっぷりで美味しいですっ! 一応味見はしたけど、とても地竜のお肉だとは思えませんね!」
「うんうん、これはお酒に合うよね~。猫たちが持ってきたら、君にも飲ませてあげるねっ!」
「えっ、でも僕、飲める歳じゃ……」
「大丈夫、大丈夫! 誰も見てないから……あいたぁ!?」

 いきなり後頭部を叩かれたシャルルは、頭を押さえながら後ろを睨み付けた。そこには呆れ顔のハンサムが立っており、その手には先程送り出した黒猫たちが首根っこを掴まれてぶら下がっていた。

「お頭ぁ……見つかったにゃ~」
「面目ないにゃ~」

 どうやら酒樽奪取作戦は失敗に終わり、二匹の猫たちはハンサムに捕まってしまったようだ。ハンサムは肩を竦めるとシャルルを諭すように言う。

「何が大丈夫なんだよ? 姫さんには、まだ酒は早いって言ってんだろ?」
「ハンサムもヴァル爺も頭が堅ーい。海賊がお酒を飲めないでどうするのよ!?」

 シャルルの言い分もあながち間違ってはいなかった。海賊は総じて大酒飲みが多い。彼らは真昼間から飲むろくでなしばかりだし、品質の関係で航海中に水の代わりに酒を飲むことが多いのもその一因だろう。

「へぇ、じゃ爺さんに密告チクっとくからな?」
「ぐぬぬ……ズルいぞ、ハンサム!」

 わりとわがままな性格をしているシャルルだが、お目付け役であるヴァル爺には頭が上がらなかった。船内で最も若輩者のシャルルでも、まともに船長が出来ているのは彼の知恵があってこそであり、船乗りとして心の底からヴァル爺を尊敬しているのだ。

「それなら、これを食べてみてよ! わたしがお酒が欲しいって言っている意味がわかるから!」

 シャルルは切り分けることもせず肉の塊にフォークを突き刺すと、それをハンサムの大きな口に捩じ込んだ。それに対してハンサムは驚きつつも、味わうように咀嚼して飲み込む。

「ほぅ、これは……確かに酒が飲みたくなるな」
「そうでしょ!?」

 ようやく分かって貰えたと喜ぶシャルルだったが、次の瞬間それは絶望に変わった。

「よーし、姫さんの言い分はわかった。今夜はこいつを肴にパァと飲むか! ……ただし姫さんと坊主はマンザーの絞り汁だがな」
「なっ!?」
「やったにゃー、宴会にゃー」

 宴会と聞いて黒猫たちは喜ぶが、結局酒類が禁止されたシャルルは納得出来てない様子で頬を膨らませている。そこに騒ぎを聞きつけたマギが近付いてきた。

「あらあら、そんなに頬を膨れさせて可愛い顔が台無しよ?」
「マギ~、ハンサムがお酒は飲んじゃダメだって! こんなに美味しい料理があるのに酷いと思わない?」

 シャルルはマギに泣きついて仲間に引き入れようとするが、マギはすぐに真顔になって肩を竦める。

「あぁ、それはダメね。うさぎちゃんってば、お酒を飲むとアレだから」
「マギの裏切り者~」

 マギが仲間になってくれないとわかると、新たな仲間を求めて今度はカイルに抱き付いた。いきなりシャルルに抱き締められたカイルは、顔を赤くして固まってしまった。

「わたしも飲みたーい! 飲ませてくれないなら、この子に料理は作らせないからねっ!」
「えぇ!?」

 子供のような脅迫をするシャルルにカイルは驚きの声を上げる。ハンサムは微妙な表情を浮かべながら首を横に振った。

「やれやれ、仕方ない姫さんだな。わかったよ、一杯だけだぞ?」
「えっ、いいの? やったー!」

 嬉しさのあまりカイルを力いっぱい抱き締めてしまい、その結果胸を顔に押し付けられたカイルは「あわわ」と言いながら耳まで真っ赤になっていた。

◇◇◆◇◇

 宴の話が決まると、船乗りたちは大喜びで準備のために動き出した。副船長のヴァル爺と当直を除き、船に残っていたと黒猫たちも上陸してきて準備を手伝い始める。海賊たちにとって宴というのは、日々の過酷な海賊業の合間にある良い憂さ晴らしなのだ。

 そんな中、ハンサムはカイルと共に調理を担当しながら話し込んでいる。

「悪かったな、坊主。うちの姫さんはちょっと変わってるから、絡まれて大変だろう?」
「いいえ、色々良くして貰ってますから」

 カイルの言う通り、彼の待遇は海賊の捕虜としては破格のものだった。普通なら役立たずとわかれば海に放り出されるところを、拘束もされず寝床も用意して貰い、自分で作っているが普通に食事も提供されているのだ。

 ある意味見習いコックをしているより、自由を感じることができるのは皮肉なことだった。そんなカイルに、ハンサムは魚の下処理をしながら尋ねる。

「なぁ坊主、お前さん海賊になる気はねぇか?」
「えっ……海賊に?」
「あぁ坊主は見どころがあるし、姫さんも随分と気に入ってるみたいだからな。このまま船に乗って大海原を駆け回るってのも悪くねぇだろ?」

 その提案に対してカイルは考え込んでしまう。捕まってから短い間だったが、彼らと過ごした時間はとても楽しいものだった。それは辛いことが多かった彼の人生の中でも、数少ない楽しい時間だったのだ。

 しかし海賊になることに少し抵抗があったカイルは、ハンサムに尋ね返すことにした。

「えっと……ハンサムさんは、どうしてこの船に乗っているんですか?」
「俺か? あんまり格好良い話じゃないんだが、まぁいいだろう。俺はな、若い頃は小さな海賊団を率いていたんだ、黒猫たちとはその頃からの付き合いさ。小さい船だったが、調子に乗ってあっちこっち荒らして回ってたよ」

 懐かしそうに語るハンサムの昔話に、カイルは興味深々そうに耳を傾けた。

「少しは名前が売れたって時に、もっと大きいことがしたいって思ってな。坊主はハルヴァー大海賊団って知ってるか?」
「はい、凄い怖い海賊だって……その海賊団がどうしたんですか?」

 ハルヴァー大海賊団は多くの海賊団を傘下に持ち、軍艦とすら渡り合うと言われる大海賊ハルヴァーが率いる海賊団だ。

 その名はこの近海で知らない者などいないほど轟いており、出会ってしまったら神に祈りながら全速力で逃げるか、早々に白旗を上げて許しを請えと言われてほど恐れられる存在である。

「当時調子に乗っていた俺たちは、そのハルヴァー大海賊団に喧嘩を売ったんだよ。結果はもちろんボロ負けで船も沈められちまった。ありゃ……若気の至りだったな」
「そ……それでどうなったんですか?」

 まるで冒険譚を聞いている子供のように、目を輝かせながら尋ねるカイル。そんな様子にハンサムは苦笑いを浮かべる。

「もちろんサメの餌になりかけたさ。だが、そうはならなかった。姫さんが助けてくれたんだ」
「えっ!? どういうことですか?」

 ハンサムの昔話に突然出てきたシャルルの名前に、カイルは驚きの声を上げるのだった。

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