その白兎は大海原を跳ねる

ペケさん

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第5話「食うか、食われるか」

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 茂みから突如姿を現したのは巨大な爬虫類だった。黄土色の鱗を持ち、鹿ぐらいなら一飲みに出来そうな大きな口からは鋭い牙が向き出しになっている。前脚は小さいが後脚が極端に発達しており、一目見れば地を駆るのに最適な姿なのが解る。

「ふにゃぁぁぁぁ、地竜にゃ~!?」
「喰われるニャ~!」

 海賊キラーラビットの黒猫たちは猫人族である。彼らは全体的に小柄であり、その背丈は歳相応の身長であるシャルルの腰の辺りまでしかない。その黒猫たちが巨大な地竜に対して、本能的に取り乱すのも無理のない話だった。

「マギ、その子をお願い」
「うさぎちゃん!」

 マギにカイルを任せて、シャルルは黒猫たちの前に出た。腰に巻いたベルトから、二本のスティック状の武器を引き抜いて構える。これはシャルルが愛用している魔導器で、名前をカニィナーレといった。魔力を通すとスティックの先端から放出されて、様々な形状の武器に変化するのだ。シャルルはこれを鞭状や剣状にて戦うことが多かった。

 獰猛に口を開けて威嚇していた地竜は、次の瞬間一気に加速してシャルルに喰らい付こうと突っ込んできた。しかし、シャルルはその咬みつき攻撃を躱して後ろに飛び退く。

「おっと!?」
「援護は任せるにゃ~」
「うにゃにゃにゃにゃにゃ~」

 いつの間にか立ち直っていた黒猫たちも攻撃を開始した。一匹は弓で牽制し、もう一匹は槍を構えて突撃していく。近くの木を駆け上がり、木の上から飛んで地竜の体に槍を突き立てる。しかし地竜の皮膚は予想以上の硬さに弾き返されてしまった。

「うにゃ!?」

 驚いてバランスを崩した瞬間、地竜の尻尾で跳ね上げられる黒猫。何とか槍で受けて直撃は防いだが、その槍は折れてしまった。空中に投げ出された黒猫に喰らいつこうと、大きな口を天高く開ける地竜。

「させないよっ!」

 シャルルは鞭状のカニィナーレを振って黒猫を搦め捕ると、落下の軌道を変えて地竜の攻撃を外す。さらにもう片方のカニィナーレを、地竜の頬に叩き付けて怯ませる。

「お頭ぁ、助かったにゃ~」
「グワァァァァ!」

 食事を邪魔された地竜は、怒り狂って大きく顎門を開けながらシャルルに向かってくる。その攻撃を躱しつつ再びカニィナーレを叩きつけ、猫たちと一緒にマギたちの所まで下がる。

「こいつ、硬ったい!」
「矢も効かないニャ~」

 軽量の猫人族とは言え、全体重を乗せた槍が通らないのだ。もちろん矢など通るわけも無く、カニィナーレの攻撃も然程効いているようには見えなかった。シャルルは舌打ちをしながらマギに尋ねる。

「マギ、あいつ燃やせる?」
「もちろん! って言いたいけど、あいつに効くような火力だと森まで燃やしちゃうわよ?」

 エルフであるマギは火と風、それに闇の魔法を操れる魔法使いだ。その中でも彼女が得意な火魔法は火力があるが調整が難しい魔法だった。黒猫たちは地竜を近付けさせないように、矢を射掛けながら提案してくる。

「もう無理にゃ、兄貴を呼んでこようにゃ!」
「う~ん、私でも動きさえ止めれれば……」

 その提案にシャルルも頷きかける。ハンサムは海賊キラーラビットの中で、最も高い膂力を誇る槍使いだ。彼ならこの地竜の堅い鱗でも、容易に突き殺すことができるだろう。そんな中、後ろで何かを採取していたカイルが声を掛けてくる。

「あの……エルフのお姉さん、小さい炎も出せますか? 焚き火ぐらいの」
「えぇ、焚き火程度の炎で良ければできるわよ。でもそんなんじゃ、あの地竜に効くとは思えないわ」

 いきなり声を掛けてきたことに、一瞬驚いたマギが素直に答える。彼女の言う通り、その程度の火力で地竜がどうにかなるとは思えなかった。しかし、カイルは手にした布袋をシャルルたちに突き出しながら提案する。

「これがあれば何とかなるかもしれないです」
「……詳しく聞かせて」

 子供の話など聞いている場合ではなかったが、カイルの真剣な表情にシャルルは彼の話に耳を傾けることにした。彼の話によると採取していた草は焼くと強烈な匂いを発するらしく、それを使って地竜を撃退しようというものだった。

「面白いね、その話乗った! マギは火の準備をしていて。せっかくだから、そいつを鼻面に叩きこんであげるから」
「わかったわ、気を付けてね」

 カイルから布袋を受け取ったシャルルは、先程折られた槍を拾って布袋を括り付ける。そして、その槍を思いっきり天高く放った。

「お前たち、いくよ! 顔を狙って」
「任せるニャ~」

 シャルルの突撃に合わせて、黒猫たちは一斉に地竜の顔に矢を射掛ける。その攻撃を嫌った地竜は矢を弾くように首を振る。その隙に地竜の顎の下に潜り込んだシャルルは、鞭状のカニィナーレを地竜の首に巻きつけて挑発するように引っ張った。

「こっちよ、トカゲ野郎!」

 それに怒った地竜はシャルルを振り払おうと、思いっきり首を引っ張り返した。その反動で振り回されたシャルルは、天高く放り投げられカニィナーレを放してしまう。いや正確には狙った位置に飛ぶために自分から放したのだ。魔力の供給を失ったカニィナーレは、鞭の部分が消えて只のスティックに戻っていく。

 空中に打ち上がったシャルルに喰らいつこうと地竜が顔を上げた瞬間、シャルルは身を翻して、先程空中に投げていた槍を地竜に向かって蹴り飛ばす。最初から狙っていたのは、この槍だったのだ。シャルルの超人的な脚力で放たれた槍は、見事地竜の鼻面を突き刺さった。

「グガァァァ!?」
「今よ、マギ!」
「任せて!」

 タイミングを図って放たれた火魔法が、見事に地竜の鼻先に命中する。あっという間に布袋を燃やすと、中から強烈な刺激臭が広がった。鼻先にくくり付けられた袋から放たれる強烈な匂いに、地竜はその場で痙攣して動きが鈍くなった。

 自然落下しているシャルルは、その荒れ狂う地竜に向かって落ちていく。

「これで決まりよっ!」

 落下しながらもう片方のカニィナーレに意識を集中させ、魔力で形成した刃を研ぎ澄ませていく。その姿はまるでサーベルのような形状になっており、落下エネルギーと自重を全て乗せた一撃は見事地竜の首を打ち落とした。

「うさぎちゃん、大丈夫?」

 地竜の近くに落下したシャルルを心配して、マギが慌てて駆け寄ると土埃で汚れた彼女が姿を現す。

「うぇ……お風呂入りたい」
「どうやら無事みたいね。とりあえず回復するわ。風よ、癒しの風で彼の者を癒やし給え」

 マギの杖が緑色に輝き、シャルルの傷を癒やしていく。治癒魔法は聖属性のほうが効果が高いが、風や水の魔法も簡単な怪我や病気などには効果がある。傷が癒えたシャルルは、マギにお礼を言ってからカイルに近付いて彼の頭を優しく撫でる。

「君もありがと、君のお陰で犠牲を出さないずに済んだよ」
「えへへ……うまくいって良かったですっ!」

 少し自慢げに語るカイル、シャルルはそんな彼を撫でながら、先程倒した地竜を見つめながら尋ねる。

「ところで……ドラゴンって美味しいの?」

◇◇◆◇◇

 地竜を倒したシャルルたちは一度ハンサムたちと合流してから、いくらかの肉の塊を海岸まで運んだ。カイルが言うには、ドラゴンの肉は鶏肉に似て美味しいと聞いたことがあるらしい。

 ドラゴンと言っても解体した肉は普通のブロック肉に見える。正体を知らずに見れば美味しそうな肉の塊だ。カイルが今から食べる分の調理担当して、他の猫たちは保存食を作るために薄く切って天日干しの準備を始めていた。

 調理の準備を進めているカイルの手元を覗き込みながら、シャルルがどんな料理をするのか尋ねる。

「どうやって調理するの?」
「そうですね。見た感じ鶏肉っぽいので、香草焼きにしてみようかと」

 フライパンにオリーブオイルを引き、下準備済みの竜肉を投入していく。ジュワッという小気味よい音と共に香ばしい匂いがふわりと広がり、シャルルの食欲を刺激する。

「お……美味しそう! これはアレね!」

 彼女はごくりと生唾を飲み込むと、近くにいた猫たちを手招きして呼び寄せる。それは先程シャルルと行動を共にしていた二匹だった。

「お頭、どうしたにゃ?」
「お酒! これきっとお酒に合うから、お酒持ってきて! あっ、ハンサムやヴァル爺にバレないようにね」
「え~……兄貴に怒られるにゃ」

 基本的に優先順位が船長であるシャルルよりハンサムの方が高い黒たちが、彼女のお願いを渋るとシャルルは猫の狭い額を指で突く。

「さっき食べられる前に助けてあげたでしょ?」
「う~ん、仕方ないにゃ~」

 それを持ち出されると断れないと諦めた黒猫たち頷くと、酒樽を求めて物資が積んである場所に向かうことにしたのだった。
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