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第4話「食材調達」

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 翌朝カイルが柔らかな圧迫感の中で目を覚ました。目の前が暖かな肌色に覆われており視界が塞がれていた。咄嗟に飛び退こうとしたカイルだったが、何かに掴まれているようで身動きが取れなかった。

 落ち着いて状況を確認すると、どうやら寝ている間にシャルルに抱き締められてしまったようだった。しかも当の本人は、気持ちよさそうにスヤスヤと寝息を立てている。
 このままでは変な容疑をかけられると思ったカイルは、何とか彼女から離れようと押し退けようとしたが、その度に色っぽい声を漏らすので純情な少年には打つ手がなかった。

 そうこうしている内に足まで絡められてしまい、完全に動きが取れない状態になってしまう。微かに汗をかいた柔肌からは、昨夜の船長服と同じく良い香りがしており、カイルはその柔らかさと香りにクラクラとしながら、それが彼女が身につけている香水に寄るものだと理解した。

「くすくす……やっぱり捕まっちゃったのね~。その子抱き癖があるのよ」

 がっちりと腕を回されて振り向けないカイルの後ろからは、楽しげなマギの笑い声が聞こえてくる。カイルはシャルルを起こさないように小声で助けを求める。その様子は大型獣に捕食されそうな小動物のような怯え方だった。

「た……助けてください」
「面白いから一人で頑張りなさいな。ちょっとぐらい触っても怒らないと思うわよ」
「そ、そんな~」

 カイルが情けない声を上げていると、寝ぼけたシャルルの顔が徐々にカイルの顔に近付けていき、彼女の口が悩ましげに小さく開いたかと思えば、そのままカイルの耳を甘噛してきた。

「はむはむ……美味しい~」
「ひゃぁ!?」
「うわっ! な……なに、敵襲!?」

 たまらず響いたカイルの悲鳴に飛び起きたシャルルは周囲を見回す。その胸には力いっぱい抱きしめられたカイルがぐったりしており、それに気が付いたシャルルは状況が飲み込めず小首を傾げながら呟く。

「君、なんで抱きついているの?」

◇◇◆◇◇

 朝の大騒ぎからしばらく後、マギから事情を聞いたシャルルは、頭を掻きながらカイルに謝っていた。

「いや~ごめんね。何かを抱いて寝ると落ち着くんだよ、嫌じゃなかった?」
「い……いえ、別に嫌ってことは」

 今朝の出来事があまりに衝撃的だったのか、カイルは耳まで赤くしている。それでも手は止めずフライパンに火を掛けて朝食の準備をしていた。何かが焼ける香ばしい匂いに誘われて、シャルルは興味津々といった様子でフライパンを覗き込む。

「朝食は何かな?」
「これは豆を炒めたものです。あと向こうで薄く切ったパンを焼いて貰ってますよ」

 カイルが指差した方を見ると、黒猫たちが石で作ったかまどに鉄板を乗せてパンを焼いていた。

「何アレ? パンをわざわざもう一回焼いてるの?」
「はい、香ばしくなって美味しいんですよ」

 海賊たちが航海中に食べているパンなど、保存を優先した石のように堅いパンである。シャルルでは噛み切れず、ナイフで薄く切って食べるほどだ。それでも固い場合はスープなどに漬けて食べるか、グズグズになるまで煮込んでパン粥にしてしまうのが一般的な食べ方だった。

 シャルルは感心した様子で何度か頷くと、カイルの頭を優しく撫でる。

「君は色々知っているんだね、偉い偉い!」
「そ……そんなことないです」

 カイルが照れていると、ハンサムが声を掛けながらノシノシと近付いてきた。

「おーい、姫さん。まさか何か手伝ってるんじゃないだろうな?」
「見ているだけよ! それでどうしたの?」
「あぁ、探索班の分け方なんだが……」

 そのまま今日の班分け等を話し合っていると、朝食の準備が整ったようで皆で集まることになった。円形に集まって朝食を食べている乗組員の真ん中に立つと、シャルルは探索の指示を伝えていく。

「食べながらでいいから、ちょっと聞いてね。この後の探索だけど、ハンサムはそっちの猫たちと一緒に飲水の確保をお願い」
「了解だ。こっちは任せてくれ」
「兄貴に続くにゃ~」

 ハンサムの近くに座っていた黒猫たちは、フォークを突き上げながら了承する。シャルルは続いて逆側に座っているマギを指差した。

「マギとそっちの二匹は、私たちと食材の確保に行くからね!」
「まぁ、水運びよりは楽かしら?」

 水運び班は島にある湧き水から、船まで何度も往復して水を確保しなければならないので大変なのだ。シャルルもそれがわかっているので、腕力のあるハンサムたちに任せることにしている。

「君も、わたしたちと一緒に来て貰うよ」

 最後にカイルに指差しながら告げると、彼は困惑した様子で尋ね返す。

「えっ僕もですか?」
「うん、働かざる者食うべからず! 何か食べれそうな物があったら教えてね」
「わ……わかりました、頑張りますっ!」

 若干自信なさ気なカイルの返事に、シャルルは「期待している」という意味を込めて親指を立てて見せるのだった。

◇◇◆◇◇

 朝食のあと後片付けもそこそこに、各班に分かれて森の中に入っていく。食料調達班のメンバーは船長のシャルル、マギ、カイル、黒猫二匹の三人と二匹で、黒猫が前後を護る形で隊列を組んでいる。森に入るための準備として、黒猫たちもカトラスだけでなく槍と弓を装備していた。

 この島は無人島だが、ある程度道のような物も出来ている。これは海賊たちが水などを求めて何度も上陸しているためだった。その為そこまで歩き難いこともなかったが、森に慣れていないカイルは何度も転びそうになっていたため、途中からシャルルが手を繋いで歩くことになった。

「ふふふ……そうしていると、本当の姉弟みたいね」
「良いでしょ~? 昔から可愛い弟か妹が欲しかったの」

 揶揄うように笑うマギに、シャルルは嬉しそうに答える。その表情はとても穏やかなもので、とても海賊船の船長には見えなかった。手を握られて歩くカイルが、そんな彼女に見惚れてしまうのも仕方がなかった。

「そんなに見つめてどうしたの? ちゃんと前を見ないと、また転んじゃうよ」
「だ……大丈夫です。あっ! アレ、食べれますよ」

 カイルは話を逸らすように、前方の木に生っている果実を指差す。シャルルたちがそちらを見ると、そこには赤いひょうたん型の果物が生っていた。

「あっマンザーじゃない? アレ、美味しいんだよね」
「にゃにゃにゃ!」

 シャルルが採取を命じる前に、黒猫たちは木に登ってマンザーを食べ始める。どうやら彼らも好物のようで美味しそうに食べていった。それに対してシャルルは怒りながら、両手を天に突き上げる。

「こら! わたしたちにも寄越しなさい!」
「仕方ないにゃ~、受け取るにゃ」

 猫たちはいくつかマンザーを採ると、木の下にいるシャルルたちに落として渡した。シャルルは、それをマギやカイルに手渡してから食べ始める。口の中で程よい酸味と甘みが広がっていく。

「う~ん、瑞々しくて美味しい!」
「はい、とても甘いですね。これなら他の食材も期待できそうですっ!」

 その後もシャルルたちは順調に食材を採取していき、果実や野草、キノコなどが順調に集まっていった。ある程度集まった所で一度野営地に戻ろうかと話している時、カイルがある質問を投げかけてきた。

「この島って動物はいないんですか? これだけ豊富に食料があるなら、動物もたくさんいそうなんですが……」
「言われてみればそうねぇ。前に来た時は猪とか鹿とかが、たくさん獲れたわよね?」

 マギは小首を傾げてから同意を求めていく。以前キラーラビット号が島に上陸した時は、肉類も結構な数が獲れて盛大に宴を開いた記憶があったのだ。

「そんな時もあるにゃ~」
「そうそう、気にしたら負けにゃ~」

 相変わらず楽観的な黒猫たちが適当に答えると、シャルルは少し考えてから指示を出す。

「とりあえず、荷物が一杯だし一度戻ろう。でも動物が見当たらないのは、確かに気にはなるから注意は怠らないように」
「にゃー!」

 帰路についてからしばらくして、先頭を行く黒猫が急遽立ち止まった。不審に思ったシャルルが黒猫に尋ねる。

「どうしたの?」
「気をつけるにゃ、何かいるにゃ!」

 細く長い黒猫のしっぽがブワッと膨れ上がり、三倍ほどの大きさになる。それと同時に目の前の茂みから何かが飛び出してきたのだった。
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