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第1話「海賊キラーラビット」
しおりを挟む吹き抜ける風を帆に受け、美しく白い船が海を滑るように奔っていた。その姿はまるで大海原を切り裂くナイフのようだ。この船の名前はホワイトラビット号、海賊キラーラビットが乗る海賊船である。
その甲板では二足歩行の黒猫たちが忙しなく動き回り、帆の向きを調整している。そんな中メインマストの見張り台に立った黒猫が、前方の様子を窺うべく望遠鏡を覗き込んでいた。
「にゃにゃにゃ! 前方に船影発見にゃー! たぶん目的の船だにゃー!」
その報告を受けた少女が、同じように望遠鏡で前方の船影を確認する。風に靡く白銀の髪とルビーのような赤い瞳が美しい少女だ。彼女こそが、このホワイトラビット号の船長シャルル=キラーラビットである。
「間違いなくオットー商会の大型船みたいね。さすがヴァル爺、予測通りね」
「フフフ、まだ勘は衰えてないようですな」
シャルルの隣に立つ如何にもベテラン船乗りと言った風貌の老人は、彼女の言葉に嬉しそうに笑みを浮かべる。シャルルは手を前に突き出しながら、甲板にいる黒猫たちに声を掛ける。
「よし、お前たち! 楽しいぶん取りの時間だよ。気合を入れていくからねっ!」
「にゃー! ハンサムの兄貴に続けー!」
「ちょっと! そこは船長に続けでしょ!?」
「にゃー!」
とても船長には見えないシャルルが頬を膨らませて怒っていると、美しい毛並みを持った黒豹の獣人がニヤリと笑う。
「はっははは、相変わらず姫さんは黒猫どもに舐められてるな~」
「うるさいぞ、ハンサム! いいから、さっさとあの船に向かってよ」
「了解だ、姫さん。野郎ども魔導航行に切り替えるぞ、帆を畳めっ!」
「にゃー!」
ハンサムの号令によって身軽な黒猫たちは、あっという間にマストに登って帆を畳み始めた。
このホワイトラビット号は魔導帆船である。風力による帆走以外にも、短い時間であれば風力に頼らない魔導航行が可能な船だ。わざわざ帆を畳むのは、魔導航行時に不意に帆に風を張らんでしまうと、最悪の場合転覆する危険性があるからである。
黒猫たちによって帆が完全に畳まれた頃、見張りの黒猫が振り返って状況を報告する。
「前方の船に動きありにゃー! 回頭して砲門開放中にゃー!」
「やっぱり見つかっちゃったか! でも、もう遅いわ! 野郎ども海賊旗を揚げろ!」
「にゃー!」
シャルルの号令でメインマストにウサギ印の海賊旗が翻る。それと同時に大きなハットをかぶった妖艶な美女が、シャルルに声を掛けてきた。特徴的な長い尖った耳に高い背丈、胸元の開いたセクシーな衣装からはハリのある浅黒い肌が見えている。
「うさぎちゃん、そろそろ私の出番かしら~?」
「うん、マギ! 今回もよろしくねっ!」
「はーい、任せて~」
マギと呼ばれた褐色のエルフは軽い感じで返事をすると、手にした杖をクルンっと回して商船に向ける。
「火よ、火よ、火の精霊よ。彼の敵を焼き払え……ファイアボール!」
その詠唱に合わせて放たれた大きな火球は、商船に向かって一直線に飛んでいく。牽制には些か威力が高い火球だったが、直撃しようかという所で商船を包むように展開された光の膜に阻まれてしまった。
「あら~障壁なんて生意気ねっ! それじゃ本気を出しちゃおうかな?」
「十分だよ、マギ。それに例のものを奪うのが目的なんだから沈めちゃダメ」
「うさぎちゃんのお願いじゃ仕方がないわね~」
軽くマギを諌めたあと、シャルルは再び手を前に向けて号令を出す。
「それじゃ行くよ! ホワイトラビット号、吶喊!」
「にゃー!」
魔法力によって推進力を得たホワイトラビット号は急加速して、商船から放たれた砲弾を縫うように突き進む。
「魔導ラム展開!」
船首に現れた四角錐の魔法壁、魔法で作られた衝角が商船を守っていた障壁を突き破り、そのまま商船の右舷船尾側に突き刺さった。
見事に接舷を果たしたホワイトラビット号は、そのまま白兵戦に移行するために行動を開始した。
「いっくよぉ~!」
そう声を上げながら、シャルルは甲板を駆け出す。そして信じられない跳躍力で商船に乗り込み、船尾甲板に着地した。
「来たぞ、海賊だ! 海賊が乗り込んで来たぞっ!」
突然乗り込んできた少女に船員たちが叫んだが、彼女は気にする様子も見せずに一気に駆け寄ると、船員の顔に蹴りをめり込ませ昏倒させた。
シャルルが先駆けとして道を切り開いている間に、縄梯子を掛けた黒豹のハンサムと黒猫たち上がってくる。ハンサムの装備は重そうな巨大な槍、黒猫たちは身の丈に合ったカトラスを携えている。
「よし無事に乗り込めたな。姫さん、どうする?」
「まずは舵輪を押さえて、あとは作戦通り甲板で暴れてて! わたしは標的を探してくるから」
「了解だ! 行くぞ、野郎ども!」
「にゃー!」
ハンサムと黒猫たちは、次々と挑みかかってくる船乗りたちを払い除けていく。ハンサムの豪腕から振るわれる一振りは屈強な船乗りを楽々と吹き飛ばし、黒猫たちは二・三匹で組んでかく乱しながら戦っていた。
甲板上が大混乱になったのを見計らい、シャルルは見つからないように船内に侵入していく。
「さてと……奥かな?」
奥に向かって狭い通路を歩いていると、突然扉が開いて船乗りが飛び出してきた。振り下ろされる剣を素早く躱して、下がった顔にカウンター気味に飛び膝蹴りを入れる。鼻血を吹き出しながら、船乗りは再び部屋に押し戻された。
「ねぇ、会長さんの宝物は向こうかしら?」
「ふごふご」
シャルルが笑顔で奥を指差しながら尋ねると、船乗りは怯えた様子で鼻を押さえながら頷く。あっさりと白状する船乗りに、呆れた様子で「動くな」と警告しつつドアを閉める。
それ以降はこれと言って妨害はなく、一際豪華で大きな扉の前に辿り着いた。扉の造りから明らかに船長室か、賓客が利用する客室である。彼女はニヤリと笑うと、ドアを蹴破って内部に侵入した。
「ひぃ!?」
小さい悲鳴が聞こえシャルルがそちらに視線を向けると、豪華なベッドの端で隠れるように蹲る少年がいた。急いで身支度したようで若干乱れているが、まるで貴族が着るような上等な服だ。
「君がオットー商会の会長の孫さん?」
「だ、誰ですか!?」
「私はシャルル、シャルル=キラーラビットよ。悪いけど一緒に来て貰える? 抵抗しなきゃ危害は加えないから安心して」
「わ……わかりました」
その少年は怯えた様子だったが、シャルルが差し出した手を握って立ちあがる。抵抗の意志はまったくないようだ。担ぎ上げてでも連れていくつもりだったので拍子抜けだった。
「よし、良い子だね」
そのまま手を握ったまま一緒に甲板に向かうと、まだハンサムたちが戦っており、かなりの数の船員が倒れている。シャルルは合図の指笛を吹き、さらに大きな声で叫ぶ。
「ハンサム、標的は手に入れたよ。ズラかろうっ!」
「了解、先に行け。殿は任せろっ!」
頷いたシャルルは、戸惑った様子の少年を抱えあげると、船舷に向かって駆け出した。そして、そのままホワイトラビット号の甲板に向かって飛び降りる。
「うわぁぁぁ!?」
「ちょ、耳元で叫ばないでよっ!」
二人が甲板に着地する瞬間、ふわりと浮き上がる浮遊感を感じてゆっくりと着地する。まるでそこに空気のクッションでも置かれているようだった。これはマギが展開しておいた風魔法で、この程度の高さからの落下であれば、完全に威力を相殺できるものである。
「ありがとう、マギ」
「どういたしまして」
同じように黒猫たちが次々と飛び降ってくる。中には樽や木箱を持ったまま降ってくる黒猫たちもいた。そして最後に殿として残っていたハンサムが着地する。
「お前ら、全員いるなっ?」
「にゃー!」
ハンサムは黒猫たちが全員いるか確認してから、留守を守っていたヴァル爺と操舵を代わる。準備が整うとシャルルは拳を振り上げながら叫ぶ。
「それじゃ、ズラかるよっ!」
「了解だ!」
「にゃー!」
魔導ラムを解除して自由になったホワイトラビット号は、商船から離れて船を回頭させる。ホワイトラビット号が塞いでいた大穴から大量に海水が入り込んだため、その対応に追われることになった商船側からは反撃の余裕はなかった。
こうして海賊キラーラビットは一仕事を終えて、悠々と離脱していくのだった。
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