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少女・使徒・遺物
しおりを挟む「――男女平等主義の、使徒だ」
レーネという少女の異様な台詞とともに、収束する魔力の渦。――危険を感じ取った瞬間には、もうすでに遅かった。
バチンと響く音。魔力が暴発し――火花のように、空間に爆ぜる。
とっさに出した防御魔法は、どうにか僕の周囲を守り切る。周囲を一瞥すると、クリスも同じように自分を守っていて――自分「だけを」守るのに手一杯のようだった。
猫背のまま親友――アインを見つめるレーネ。緊張に包まれる教室。
沈黙。三秒。――動き出す。
ごう、と魔力が渦巻いた。
魔力を乗せた拳。「危ないッ」僕は、アインを突き飛ばして拳を防御魔法を使って受け流す。
……直撃してたら内臓が吹っ飛んでいたかもしれない。肝を冷やし。
「ありがと、ソーヤ」
アインの言葉に、僕はうなづく暇もなく言い放つ。
「いいから逃げて」
「お前もな。いくら優等生サマでもこりゃキツいだろ」
ははっ、確かに。この状況を打開する手なんて持っちゃいないし。
そんな本音を笑い飛ばしながら、僕は正気を失った少女を睨む。
「大丈夫。僕なら――僕らなら、時間稼ぎくらいはできる。だよね、クリス!」
「ええ。……時間稼ぎしかできないのは歯がゆいけど!」
クリスの言葉に、僕は「はは」と軽く空虚に笑った。
こんなときに、アリアはどこに行ったのだろうか。
僕はため息をついて、ひとまず目の前の脅威に集中することにする。
「バインド!」
先に動き出したのはクリスだった。
捕縛魔法――入学したての頃に僕に使ったものである――をレーネに飛ばし。
当の彼女は、どこからともなく出した短い杖でその細い光の糸を容易くからめとり、消す。
――瞬間、僕は右手でクロスボウの形を作り、その先に光を宿す。
なるべく「弱く」。全力は出さずに、ショックを与える程度の威力で――放つ、閃光の矢。
果たしてそれは、しかし、同程度の魔力によって打ち消される。
バン、バチバチバチッと激しい音と煙。――「モロトフ・カクテル!」
聞いたことのない、しかし魔法であろうそれを叫んだ、煙の向こうのレーネ。
飛んできた何かに、僕は咄嗟に反応して、自分に当たる前に魔法で破壊する。――それが、悪手だったとも知らず。
――今使ったのはどんな魔法だ?
魔力の気配を「一切感じなかった」。故に、反応が遅れた。
「逃げっ――」
クリスの声が聞こえたが早いか――あるいは、その現象のほうが早かったからか。
どん、と太鼓を鳴らすような音が聞こえた。
その一秒後、激しい衝撃。高温。灼熱。
僕の身体は、燃えていた。
耳をつんざく甲高い悲鳴は自分の喉からの音。
なんだ、何をされた!?
状況を把握できない。魔法を使わずに、どうして――。
朦朧とし始める意識の中、瞬間的に耳鳴りがいくつも鳴り響く。
「お願い、耐えてっ!」
――――――。
「起きろ、バカっ!」
一瞬、気を失ったようだった。
「ハッ」
「こんなときに気ィ失ってんじゃないわよ!」
目を開けると、倒れている僕の眼前に、クリスがいて。
おでこが少し痛む。おおかたデコピンでもされたのだろう。
「マーキュリー、ありがと」
「物の温度を冷やす魔法が役に立ってよかったよぉ……」
泣きそうな声に立ちあがった僕。そばには、ほっと胸をなでおろしながら声を震わすマーキュリーがいた。
「ブレザー、燃えちゃったから脱がせたわよ」
そんなクリスの言葉通り、僕の上着は脱がされていて。
「身体、意外としっかりしてるのね」
ひゅっと息をのんだ。上半身がブラウス一枚ってことは――体つきで、性別がバレる。
息を詰まらせる僕に、クリスは「細かいことは後! 先にこの子を――」とまくしたてようとするが。
「待って!」
マーキュリーが声を張り上げた。
教室にはもう、僕らとレーネしかいない。あとは逃げるだけだ、と告げようとしたのだろうか。
静寂の中、その少女は話を切り出す。
「さっきあの子が『投げた』やつ、たぶん異世界の遺物!」
「異世界!? それに遺物って――」
「そう、魔法を人工的に再現したもの。異世界から持ち込まれた技術を使っているとされる、別名オーパーツ」
「知ってるわよ。というかそれ禁止されてるやつじゃない!」
道理で、僕の魔法探知に引っかからなかったわけだ。
自分に魔法が使われると耳鳴りがする「魔法を感知する能力」。僕は今までそれを頼りにしていた。
故にだ。魔力を使わない「遺物」の攻撃の認識が遅れた。この能力がないクリスは先に気づいたから、先に逃げられたんだ。
あと、魔法耐性が付いていてちょっとやそっとの魔法じゃ傷ひとつつかないはずのブレザーが燃えたのも、それで説明が付く。
異世界などのオカルトに詳しいマーキュリーがたまたま知っていたおかげで、この情報が知れた。
じゃあ、なんで彼女は異物を持っていた?
「確かあれは火炎瓶っていうやつで、簡単に言うと投げた先を燃やせるやつ!」
「魔法を使えば同じことはできるけど……あ、そうか、魔法は覚える必要があるか」
「あと男の人でも使える。禁止されてなきゃ色々とやばいやつだよ」
マーキュリーとクリスの会話を聞きながら、僕はある一つの可能性に行きついていた。
「…………」
「どうしたの、ソーヤ」
考え込む僕に話しかけるクリス。
僕は手を震わせながら。
「嘘、だよね」
呟いた。
僕は知っている。一人、遺物を不法所持している人間を。
僕は見たことがある。遺物を使って、誰かと話している少女を。
嘘だと信じたい。けれど、いままで見てきたものが、その仮説を裏付けていく。
「なにがよ」
クリスの声に、僕は呟いた。
「嘘だ……信じさせてよ――アリア」
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