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伝説のゆくえ
しおりを挟むきんこんかんこんと、今日も変わらず鐘は鳴る。
僕は、その教室で集中しながら、ノートにペンを走らせる。さっきの講義の内容を要約して、自分なりに図説も加えつつ、後で見た時にわかりやすいように――。
「ソーヤくんっ」
話しかけられたことに、一瞬遅れて気付いた。
「……マーキュリー」
そばに立っていたのは、白い長髪が特徴的な長身の少女。
朗らかな笑顔で、彼女は僕に話しかけていた。
「ノート、すごいね。これ全部書いたの?」
「うん。そうだけど」
「へー。びっしりだけど見やすくてすごい」
「……」
どう返せばいいんだろう。コミュニケーションが下手すぎて何も返せない。
ほんの少し気まずい雰囲気。
「あっ、そうだ!」
マーキュリーが一つ思いついたように口にする。
「ね、ね。剣士の伝説って知ってる?」
「え? まあ、知ってるけど」
剣士の伝説。この国、この世界の各地に点在する、まだ「国」がいくつもあった旧い時代の英雄の話。
魔法使いや国王など様々な人間の伝説が遺されているが、その中でも剣士か。いくつか心当たりはあるけど、真っ先に名前が上がるのはたぶん「あの人」だろう。
「知ってるんだ! 戦乱の時代を終わらせた勇者、『イワタニ・ジュンヤ』のこと!」
すっごくハイテンションでその名前を告げるマーキュリー。僕は軽くため息をつく。
「たぶんみんな知ってると思うけど、それがなに?」
魔法史の教科書にも載っていたし、それ以前に子供向けの絵本から大人向けの歴史小説にまでよく取り上げられている。有名どころの偉人だ。
「でもね、その末路……さいご、どうなったかって知ってる?」
「確か、田舎の町に隠居して――」
彼を輩出し、彼が最期を過ごしたとされるその町は「英雄の町」として有名だったりする。もちろん行ったことはないけどね。
「そのあとって意外と伝えられてなんだけど……ふふっ」
いたずらっぽく笑った彼女。首を傾げた僕に、彼女は告げた。
「実は彼、まだ生きてるかもしれないの!」
「……へえ」
「反応薄いね!?」
正直、そう言った与太話はたびたび聞く。書店でよく並んでいる胡散臭い新書なんかによく載ってたりするが。
「流石に何百年も前の人が生きてるわけないじゃん」
至極当たり前のことを僕は言う。だが、彼女は熱を帯びた口調で告げた。
「うちって古くから続く吸血鬼の家系なんだけどね」
「そうなんだっ!?」
「なんでそっちのほうが反応大きいの……まあいっか。吸血鬼がある年齢から不老不死なのは知ってるよね?」
「ま、まあ……ってことはきみも?」
「わたしは何世代もかけて血が薄まってきちゃったからそんなことはないんだけどね。でも、ものすごく長寿で老いにくいの」
「へぇ……」
はじめて知ることだらけで圧倒される僕に、マーキュリーは続ける。
「でさ、うちの長老というか、ご先祖様がまだ生きてるんだけどね」
「ええっ!?」
「まだ若々しくて……というかずっとちっちゃくて可愛いの。昔はよく遊んでもらってたなぁ。シリカさんっていうんだけどね」
「……ご、ご年齢は?」
「ゆうに二百歳は越えてるって言ってたっけ」
「いるんだ……ほんとに何百年も生きてる人……」
常識とは簡単に覆されるものなのだ、ということを学んだような気がした。
というのはさておき。
「そのご先祖様、実はそのジュンヤさんと合ったことがあるらしくてね」
「へー……うっそ!?」
「嘘じゃないって。たぶん。でね、ご先祖さまいわくまだ彼は生きていて、たまに連絡をよこしてくるんだとか」
「ほえー……。でも、もしそれが本当だとして、どうしてどうやって生きながらえてるんだろ」
「異世界から来たからだとか、悪魔と不老不死の契約をしたからとか、まあ諸説ありだよ」
「悪魔はまだわかるけど、異世界かぁ……。魔法大学院で絶賛研究中の分野だけど、本当にあるのかなぁ」
「わかんないけど、ロマンあるよねっ」
どうやら彼女はオカルトとかが好きらしい。
目を輝かせるマーキュリーに、僕は少しだけ笑った。
――かすかな耳鳴り、つまり魔法の気配をわずかに感じ取りつつ。
*
「ま、だいたい本当なんだけどね」
「スミカ。盗み聞きとはだいぶ性が悪いぜ」
ソーヤたちのいる教室の前。空間盗聴魔法で会話を盗み聞いていたスミカは、少しだけその口端を歪める。
「にしても、あんなに弱かった『俺』が、今やあの世界の織田信長やアーサー王のような存在とは。なにが起きるかわかんないもんだねェ」
「オダ? アーサー? 何じゃそら」
首を傾げたヴィクトリアに、スミカ――現代をひっそりと生きる伝説は、ふふっと笑った。
「わかんなくていいわよ。独り言だから」
――姿かたちを変えて、世界を渡り歩いた末に、気まぐれで女学院に潜入中だなんて。そんなこと、気づかれるわけにもいかんからな。
口には出さないひとりごと。伝説の真相は、いまだ彼しか知ることはない。
「なに言ってんだろうな、新人ちゃん」
冗談めかして笑い、ヴィクトリアは振り向く。
話を振られた少女――不幸にもこの超人たちと同室になってしまった元メイドは。
「はー、はー……やっぱ坊ちゃんかわいいです……」
興奮していた。
「落ち着け」
「あいたっ」
ポカっと叩かれたグレイス。
「妹だっけ? かわいいのはわかるけどさァ……可愛いし強いし素直だしアタシも気に入ってるけどさァ……」
頭を悩ませたヴィクトリアに、グレイスは「すみませんすみませんっ」と平謝りする。それを見たスミカは、思わず笑みをこぼしていた。
その裏で、ポーチを抱えたアリアが教室を飛び出していることに、誰も気づくことはなく。
休み時間の一幕。微笑ましい日常。
崩れ去るまで、あと一時間。
*
「なんで、ですか。せんせー!」
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