オトメマジカル ~女の子しか魔法を使えない世界で天才男の娘が魔法無双する話~

沼米 さくら

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「……」
「どうしたんです? ソーヤ『きゅん』っ! もしかしてぎゃんかわな下着でときめいちゃってますー?」
「……やめてよぉ……」
 まくしたてるアリア。僕は真っ赤に染まった顔面を両の掌で覆い隠しながら、蚊の鳴くような声で呟いた。

 胸を物理的に締め付ける女性ものの下着。薄いシルクの布地に舞い込む風がひどく涼しく、心までもを締め付ける。
 ブラジャーでブラウスが少し浮くからか、腹に当たる布地がない。故に、すさまじい違和感。
 そして、いままでになかった実感がわいてくるのだ。

 僕はいま、『女装』しているのだと。

 変な風に見えてないかなぁ。傍から見れば、どうなんだろう。
 周りの人間が全員敵に見える。自分を疑うように見てる気がする。
 バレたら、どうなっちゃうんだろう。
 ゾクゾクする背筋。荒くなる息。
 だめだ――――――――。

「どうしたのよ、ソーヤ」
「アリアちゃんも異様にテンション高いけど、どうしたの?」

 ルームメイトの言葉に、僕はハッと正気を取り戻した。
 ――おかしくなってしまいそうだった。
 僕はアリアと顔を見合って。
「……ちょっとはしゃぎすぎましたね。失礼」
 と彼女は少し照れて告げる。僕はあっけに取られて、フーフーと呼吸を整えながら。
「僕こそ、なんかごめん」
 わけもなく謝るしかなかった。

 行列のできていた、少し有名なお菓子屋さん。そこでちょっとだけ並んで買ったアイスをベンチで四人並んで食べながら、僕らは話す。
「次どこ行きます?」
「えー、私もう帰りたいんだけど。やることはやったでしょ?」
 アリアの問いに、クリスが口をとがらせる。
「あ、そうだ。このままみんなで服とか見に行くのはどうかな」
「いいですねぇ。わたしも新しい洋服欲しいですし……」
 マーキュリーの提案にアリアが乗っかって。
「ソーヤはどうなのよ」
 アリアがニヤニヤしながら僕を見つめる中、帰りたそうなクリスが僕を急かす。
「えーっと……」
 正直、僕も帰りたい。けど……同じくらい、いまが楽しくて。
 あと私服がほとんどないし、と少しの逡巡ののちに導きだした答えは――。

「というわけで! 二人とも、着せ替え人形にされる準備はできましたかー!?」
「薄々そんな予感がしてたわ! だからいやだったのよ!」
 吠えるクリス。洋服のショップの試着室の前で、僕らは大量の服を抱えてたたずんでいた。
「ほらほら、時間は少ないんですから!」
「わーっ」
 試着室に押し込まれる僕。……この服ってどうやって着るんだろう。

 以下、ダイジェスト。

「ヒューッ、王道の白ワンピ! きゃわっいい!!」「んぅ……布薄いよぉ……」

「お嬢さま風ロリータ……似合ってるよ、ふたりとも」「そう? ……お嬢さま扱いも悪くないわね」

給仕メイド服ってこんなに丈短かったっけ?」「あーっ、生足! 生足がまぶしいですぅ!」

「いくらなんでもこれはやりすぎよッ!」(女の子のスクール水着……まって、股間の膨らみがぁ……)

 というわけで。
「買いすぎたわね……」
「そうだね……」
 僕らはたくさんの紙袋を抱えて帰り道についていた。
「ってか最後のほうなんだったのよ。ほとんどコスプレだったじゃない」
「ありましたので、つい」
「ついじゃないのよついじゃ」
 アリアとクリスの漫才に、マーキュリーは「あはは……」と困り気味に笑う。
 そんな様子を僕は、少し後ろから眺めていた。
「疲れたー……」
 呟いて、伸びをする僕。その隣に、マーキュリーがすり寄ってきて。
「でも、楽しかったでしょ?」
 なんて聞いてきた。
 ……一切、迷うことはなかった。

「うん!」

 微笑んで頷いた僕。目の前を歩く少女たちは、立ち止まって僕を見た。
 満面の笑みを浮かべ、振り向いたクリス。――アリアは、どこか物憂げな横顔を見せていて。
「……アリア?」
「っ――んでも、ないです! さ、帰りましょう!」
 いつも通りのやかましいテンションに戻った彼女。
 どこか無理をしているように見えたのは――きっと、気のせいじゃなかったのだろう。

 よくあることだ。
 気付いた時には、もう遅かったことなんて。

    *

 ――深夜、声が聞こえた。
「こちら、異常なし。……『準備』も、ちょっとづつ進んでます」
 アリアの声。
 夜中に目が覚めた。二段ベッドの上。
 水が飲みたくなったので、眠気眼をこすりながら手にマグカップを出して魔法で水を注ごうとした。
 下に寝ているクリスの寝息を崩さないように、あんまり音を立てないようにベッドに腰掛けて。
 そんなときだ。その声が聞こえたのは。
『よもや……されて……では……か』
 ジージーとノイズの混じった小さな声。声色は――男のもの。多分通信魔法なのだけれど……だとしたら、不自然だ。
 ……男性は魔法を使えないはずだ。僕という例外を除いて。
 この魔法学校には男などいないはずだ。生徒はもちろん教師も、用務員に至るまで。例外はない。僕をのぞいて。
 だめだ。僕という存在が推理のノイズになっている。魔法が使える男はもしかしたら僕以外にもいるかもしれないって考えると、何にもおかしいことがないのだ!

 もう男の声の正体を探るのはいったんあきらめることにして、僕はアリアの声に聞き耳を立てる。
 あれこれ考えている間に話は進んでしまったようで。
「せんせー。……実はね、面白いことがあったんだ」
 アリアは雑談に入っていた。
 聞いたことないような、まるで別人のような甘い声に砕けた口調。僕らの前では決して見せない姿を垣間見せる彼女に、僕の心拍は少しだけ高鳴る。
『……雑談は……まあ、よい』
 呆れたような、おそらく「せんせー」と呼ばれた男の声。アリアは声を潜めつつ、嬉しそうに告げる。
「まるでこの世界の例外みたいな、そんな子に出会ったの」
『そうか……それで?」
「詳しいことはその子のために伏せておくけどね。――『計画』をしっかりがんばりたいって……強く思ったんだ」
 計画? 何の計画だろう。疑問をよそに。
『そう……い』
 男のどこか優しげな声がして。
 それとともに、ザーザーとノイズが強く乗ってくる。
『……ろそ……かん、みた……』
「そうですねっ。……せんせーも、お大事に」
 それからブツっと音がして、男の声は聞こえなくなった。

 通信魔法が途切れたのを悟り、僕はそっとマグカップをしまう。そしてそのまま横になって布団にもぐろうとしたとき。
「聞いてたんでしょ、ソーヤくん」
 アリアが尋ねた。
「……気付いてたんだ」
「気付いてなかったら全部話しちゃうところでした。我ながらうっかりさんですっ」
「えっと」
 急激に瞼が重くなる。耳鳴りがして――眠りの魔法を使われたことを悟る。
 意識が飛ぶ刹那、耳に入った言葉。
「質問は許しません。だって、あなたには――」

 ――まだ、きれいなままでいてほしいから。

 その意味を理解することなく、僕の意識は闇の中へ溶けていった。
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