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ぱんつと夜風
しおりを挟む「ブリーフですよっっ!!」
ですよじゃないが!?
固まった僕。オーバーヒートした脳内に、ただ警告のサイレンが鳴る。
やばいやばいやばいやばい! 僕が男だってバレたら――。
脳内で描き出すのは最悪のプロット。
「女装して女子校に入って女の子の着替えをのぞくなんて……ヘンっっタイ」
――金髪の少女が僕を見下して告げる姿がありありと思い浮かんだ。
すぐさま通報され。
逮捕され。
尋問され。
魔法が使えるとわかれば、最悪処刑――。
カタカタと震えだす僕に、マーキュリーが聞く。
「なんでこんなの持ってたの?」
「あ、えーっと……履き心地がいいから」
目をそらし気味でかろうじて絞り出す答え。半分本音交じりのそれに、金髪の少女は――。
「わかるわっ!」
――なんと、目を輝かせて同意したのだ。
「へ?」
「普通のショーツってなんだか布の面積が狭くて落ち着かないのよね。薄いし。私はトランクス派だけど」
「えっ、え」
「何なら今も履いてるわよ。ほら」
そう言って彼女は履いていたショートパンツを下ろした。
目を覆い隠そうとして、しかし興味本位で指の隙間から垣間見た彼女の下着。
結論。――マジで、黒いトランクス穿いてた。
流石に驚愕を通り越してドン引きする僕。
「そうなんだー」と無邪気に笑ったマーキュリーの肩に手を置くアリア。
「この二人を参考にしちゃいけませんよ。二人は正直言って異常です。魔法オタクを極めすぎて女として大事なものを捨ててます」
僕は男なのでそんなもの捨てるまでもなく持ってないんですが。いや、ここで言っちゃいけないんだけど。
そしてアリアは男パンツの僕らに向かって、慈愛のこもった微笑みで告げた。
「明日にでも一緒に下着を買いに行きましょう。とびきりかわいいものを。確か商業区のほうにありますから」
「えっ? 私はこのままでいいけど」
「買いに行きましょう? ね?」
有無を言わせないような圧に、僕らは思わず『は、はい……』と口にするほかなかったのだった。
*
トイレでこっそりと私服に着替え、食堂で夕食を食べ。
「その服、かわいいですね」
「……僕の趣味じゃないんだけどなぁ……」
四人で駄弁りながら部屋に戻った。
ちなみに僕の服装はピンクのパーカーにキュロットという格好。無駄にガーリーなその服は、準備したメイドの趣味だ。別に僕自身はそこまでこういう服が好きというわけじゃない。
男だとバレたくないから必然的にこういうのを着るしかないんだけど……正直言って恥ずかしい。ふとももが露出してるし、キュロットなんてもうほぼパンツじゃん。
ふぁあ、と欠伸をして、ベランダに出る。
就寝時間はとっくに過ぎた夜中。夜風にあたろうとして。
涼しい風に少しだけ震えて、それから空を見上げた。
藍色の空、無数に瞬く光の粒。ほうっと息をついて。
「眠れないの?」
静かな声。振り向くと、クリスがいた。
「……そうだね。眠れないや」
「子守歌でも歌う?」
冗談めかして告げる彼女に、僕は。
「いいよ。いらない」
そう断って、また星空を見上げる。
クリスはそんな僕の隣で、一緒にベランダの柵にもたれかかる。
二人で春の風に吹かれ。
「綺麗ね」
不意に彼女が口にした。
「なに? 突然」
「言ってみたかっただけよ」
つんっとそっぽを向いた彼女。――僕への一瞬の視線は、気のせいだったのだろうか。
またしばらく無言の時間が過ぎる。そして。
何分が経っただろうか。ふと、彼女のほうに視線をやった。
彼女は涙を流していた。
「……どうしたの」
できる限り優しい声色で、また星を見上げながら聞く。
「っ……別に、泣いてないし」
「声、震えてるよ?」
「ばかっ。ばか、ばか……ばか」
震えた声で強気に口にした一言は、リフレインするたびに弱くなっていき。
「ばかぁ……ごめん」
やがて、小さな声で告げた言葉。僕は口を開こうとして――目線を向けた先、なびく金髪のカーテンの向こうの景色を、覗く気にはなれなくて。
しばらくの逡巡ののちに、あえて深堀りせずに「いいよ」とだけ告げた。
「優しいのね。……さっきまで殺すとか言ってた相手なのに」
「もう友達じゃん」
「…………」
「あと、本当に殺す気はなかったんでしょ?」
「煽ってんの?」
口を尖らせた彼女。「ま、まあ? 確かにあんなの本気じゃなかったけどっ」と早口で言い切ってから。
「でも、ありがと」
微笑を浮かべた彼女に、僕は不意にとくんとくんと胸が高鳴って。
赤くなった頬を隠すように、僕はまた星空を見上げた。
藍色の空、無数に瞬く光の粒。ほうっと息をついた。
ため息が出るほどに、美しかった。
*
同時刻。
とある地下室に、少女の声が響いた。
――こちら、学園都市。無事、魔法学校に潜入出来ました。どうぞ。
「そうかそうか。ならばよろしい」
地下室の中心。置かれた四角い箱から流れる女の声に耳を傾けるのは、しわがれた男。
女性のみに許された神秘である「魔法」を人工的に再現する「魔術」。現代では禁忌とされたそれを組み込まれた「遺物」。
その箱は、別の場所から吹き込んだ声を再生するという遺物。
男はそれを不法に使用してほくそ笑む。
「ククク……この世界は狂っている。修正せねば……早く、修正、せねば――!」
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