18 / 24
ディープブルー・スプリング(4)
しおりを挟む「……行ったかしら?」
「ああ、運ばれた。あのバカを引きはがすのが大変じゃったぞ」
目の前で、ウズさんとヒメが話している。あのバカ、とはきっと僕のことだろう。
結果を言うと、ハルはわずかながら心臓の脈が残っていたらしい。首の皮一枚残して生き延びたようだが――。
「医者曰く、生きていることが奇跡的との見解だそうじゃ」
救急車に乗せられて病院に運ばれていく彼女を、僕はただ見ていることしかできなかった。
「そう。……流石に、辛いわよね」
死者四名、重症一名。
死んだ四人はいずれも精霊。故に、死体は残されていない。
唯一守り切れたウズさん。その周りを囲んで、僕らはうつむいていた。
「……友人を喪うということが、これほど辛いものだとは思わなかった」
「わしの理想とは、一体何だったのだろうな。……すべて、わしのせいじゃ」
後悔と自責と無念と悲しみ。フユとヒメが口にするそれらを、僕はただ茫然と聞いていた。
……何も言えないし考えられない。僕はただ、虚空を見つめ、数十分前に起こった出来事を反芻していた。
それしか、できなかった。
助けられなかった。
いつもこうだ。僕は、肝心な時に何もできない。
「……こうなるなら、スクルドをもっと管理しておけばよかったわ」
ウズさんの言葉に僕の精霊名が出て。
「どういう、ことですか?」
かろうじて口に出した疑問。彼女は、精霊の王として僕を見据えた。
「すべて、あなたが悪いの」
彼女はあのカマキリのような黒い化け物――その精霊と酷似した特性から「黒精霊」と呼ばれたそれが現れたその時から疑っていた。僕に授けられたスクルドの能力を。
「きっとあなたに悪意はないのでしょう。けれど、もはや間違いないわ。あなたが、歯車を狂わせたすべての元凶……」
「意味が分かりませんよ! ……僕に、世界が壊せるわけ――」
「あるわ。何故なら、あなたの能力は――」
思ったことが反映される力、だから。
「何らかの理由で、あなたは『私たちに敵対する存在』を願った。きっと、魚介人類とも共通する第三者の敵。それに呼応して、黒精霊という存在が生み出されてしまった。心当たりはないかしら」
ないと言いきれれば、どれほど気は楽になっていただろう。
魚介人類たちとの和解。そのために、僕は願っていた。魚介人類と協力せざるを得ない状況を。そのための、新たな、強大な敵の出現を。
「それがきっかけでヒメちゃんは私たちに協力するようになって」
「結果として、ほかの魚介人類はそれを『裏切り』とみなして、この惨劇が起きた。そう言いたいのじゃな、オーディン」
途中からをヒメが引き継いだその言葉こそ、この事件のすべてだった。
きっと、以前アキちゃんに言われた「想像が具現化する」という能力も間違いではなかったのだろう。ただ、それが能力の一端に過ぎなかったというだけで。
すべてのきっかけは僕だったということを証明する、とても筋の通った説明。反論する余地はなかった。
すなわち。
「ハルをこうしてしまったのは、僕なのか」
間接的に、無自覚に、僕は彼女を――。
理解したくない。わかりたくない。その現実を見たくない。
現実だと思いたくない。
そうだ、こんなのは悪い夢だ。起きたらやっぱり僕は男のままで、深夜に一人起き上がるのだ。それで、小言を言いにハルが来ていて、僕をしかりつけてくれる。
……アイツの言うこと、聞いとけばよかったな。学校も来てみれば結構悪くなかったし。
僕と一緒にいたアイツは、とてもきれいに笑っていたんだ。ほかの誰といるより、生き生きとしていて。
ああ、僕は知ってしまった。自分が壊してしまったものの大切さを。
知らないほうが、よかった。
こうなってしまったのは、この数日が夢じゃないからこそで。知ってしまったのは、僕が変わっていったからで。
故に、僕は。
この無自覚の罪が、耐えきれなくて。
「僕が守ろうとしていたのって、何だったんだろう」
*
放課後、草原に風が吹きすさぶ。
川の土手。水面に浮かぶ小波を眺める。
揺れるスカート、靡く髪。視界が遮られようと、下着が覗かれようと、もはやどうでもよかった。
あの曇り空のように、暗くどんよりとした心境。
「お姉ちゃん、帰りましょう」
「うるさい!」
アキの声に、僕は叫んだ。
「……放っておいてくれ……。僕なんて、いないほうが楽だろう?」
「そうもいかないです。……もはや、あなたにとってのハルさんと同じくらい、わたしの中のあなたは」
「いいよ! そんな慰めなんて、いらない」
言って、僕はアキを突き放した。
誰のために生きて、誰のために死んでいくか。見つけ出したつもりだった。
だけど、そんなのはみんなまやかしで。
結局誰も守れずに、決めたことすら果たせずに、ただ世界を無意識に壊して。
僕が生きているからいけないんだ。生存することが罪なのならば、いっそ――。
「だめです!」
アキが僕の腕をつかんでいた。
「死なないで、くださいよ……お姉ちゃん……」
なんで? ああ、そうか。
「自分が死にたくないから、そう言ってんだろ?」
現状、僕とアキは魂が繋がっている。一心同体。故に、僕が死ねばアキも死ぬ。アキ自身は生きたい。だから、僕に死んでほしくない。そうだろう。そう、言ってくれ。
けれど、アキは「違う!」と否定した。
「どうしてわからないんですか!? わたしは、こんなにもあなたを……愛して、いるのに」
「だからそんな嘘をついてもどうしようもないだろ!!」
いまの僕を、すべてを壊してしまう僕を、誰も守れない僕を、誰が愛するものか。
受けた愛を返せない僕が、誰かに愛される道理など、あってたまるか。
僕は自嘲気味に笑う。
「あのとき、聞いただろう。僕の中で。僕が化け物を作り出したことを。紛れもない僕の思考が、災厄を産みだしたことを。そのせいで、守りたかったものをこの手で壊してしまったことを」
俯いて、ただひとつため息を吐いた。
「……僕、何をしたかったんだろうね」
地響きがした。
敵。僕の作りだした、破壊の使徒。
魚介人類と和解するという願いが、ヒメとの共闘により果たされた。故に、その願いによって生み出された黒精霊は使命を失い、ただ純粋に世界を破壊するだけの獣になった。
使命のない存在。不要な存在。まるで、僕じゃないか。
「黒精霊が出たらしいです。行きましょう」
誰かと電話をしていたらしいアキ。僕の手を取ろうとして。
「……いや、行かない。行けない」
その手を振り払った。
「行きたくないだけでしょう! 行けないじゃなくて、行くんです!」
「行ったところで! 僕がなにをできるというんだ!!」
拒絶。叫んで。
「……どうせ、行っても何もできない。なにも救えない。なにも果たせない。それなのに……」
「いい加減にしてよ! ……あなたを精霊にしたのが間違いだった、なんて言いたくないですよ……あなたに会えてようやく、この力から解放されるって思ってたのに……」
鼻をすする声が聞こえた。
「愛して、います。本当に……さよなら、お姉ちゃん」
人の気配がなくなった土手。僕は座りこんだ。
降り出した雨が体を濡らし。
ぼんやりと、遠くを見た。
巨大な黒いクワガタが、頭上を通過した。
黒精霊だ。しかし、もう体を動かそうとすら思わない。思わないからこそ、動けない。
背後へ飛び去るクワガタの黒精霊。後ろを振り返った。
黒精霊は、町を蹂躙していた。
燃える家々、人々の悲鳴。見渡すと、人々が河川敷になだれ込む姿が見えて。
黒精霊は、容赦なく人々を殺戮する。
赤が、赤が、赤が、視界を支配する。
動けない。動かない。
とまれ、やめろ、『やめるんだ!』
わずかな耳鳴り。それとともに、目の前の虫たちは攻撃を止め、動きを止めた。
命令を聞いた。いや違う。能力による強制力だ。
僕が攻撃をやめてほしいと願ったがゆえに、強制的に攻撃をやめさせられた。
『消えろ』
その命令によって、黒精霊は消え果てる。僕が作り出したものだから、僕の思考、能力の影響を受けやすいのかもしれない。
僕は笑う。
ああ、この世界って本当にひどい。
眼前の戸惑う人々を殺してしまうことも、記憶を消すことも容易いのだろう。
もう嫌だ。
怖い。自分の力が。暴走するこの力が。自分が死んでも、どうにもならないことが。生存という罰が。
もういっそ、『世界ごと消えてしまえればいいのに』――。
こんな他愛もない願い事が、歪められた形で叶ってしまうとは思わなかった。
僕はかつて宣言していた。
『僕にとっての世界は、ハルだ!』
比喩表現ではあった。口が滑ったといってもいい。周りが見えないほどの怒りの渦中で吐露した、しかしまぎれもない本心。
そして、世界が消えるという願い。それが意味するものは。
制服のブレザーの胸ポケットに入れていた携帯電話が震え、電話の着信を告げる。
五秒ほどの逡巡のうちに操作して、耳に当て――
「ハルさんが……ハルさんが、つい先ほど……息を……引き取り、ました」
アキの声が告げた事実を受け入れるまで、何秒かかっただろうか。
僕の願い。それがとどめを刺したのだ。気付いたのはいつだろうか。
携帯電話が手の中からすり抜けた。
豪雨のさなか。僕は何もできずに叫んだ。
痛いほどの耳鳴りが、耳の中を劈いた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
ゆめまち日記
三ツ木 紘
青春
人それぞれ隠したいこと、知られたくないことがある。
一般的にそれを――秘密という――
ごく普通の一般高校生・時枝翔は少し変わった秘密を持つ彼女らと出会う。
二つの名前に縛られる者。
過去に後悔した者
とある噂の真相を待ち続ける者。
秘密がゆえに苦労しながらも高校生活を楽しむ彼ら彼女らの青春ストーリー。
『日記』シリーズ第一作!
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
放課後はネットで待ち合わせ
星名柚花(恋愛小説大賞参加中)
青春
【カクヨム×魔法のiらんどコンテスト特別賞受賞作】
高校入学を控えた前日、山科萌はいつものメンバーとオンラインゲームで遊んでいた。
何気なく「明日入学式だ」と言ったことから、ゲーム友達「ルビー」も同じ高校に通うことが判明。
翌日、萌はルビーと出会う。
女性アバターを使っていたルビーの正体は、ゲーム好きな美少年だった。
彼から女子避けのために「彼女のふりをしてほしい」と頼まれた萌。
初めはただのフリだったけれど、だんだん彼のことが気になるようになり…?
田中天狼のシリアスな日常
朽縄咲良
青春
とある県の平凡な県立高校「東総倉高等学校」に通う、名前以外は平凡な少年が、個性的な人間たちに翻弄され、振り回され続ける学園コメディ!
彼は、ごくごく平凡な男子高校生である。…名前を除けば。
田中天狼と書いてタナカシリウス、それが彼の名前。
この奇妙な名前のせいで、今までの人生に余計な気苦労が耐えなかった彼は、せめて、高校生になったら、平凡で平和な日常を送りたいとするのだが、高校入学後の初動に失敗。
ぼっちとなってしまった彼に話しかけてきたのは、春夏秋冬水と名乗る、一人の少女だった。
そして彼らは、二年生の矢的杏途龍、そして撫子という変人……もとい、独特な先輩達に、珍しい名を持つ者たちが集まる「奇名部」という部活への起ち上げを誘われるのだった……。
・表紙画像は、紅蓮のたまり醤油様から頂きました!
・小説家になろうにて投稿したものと同じです。
氷の蝶は死神の花の夢をみる
河津田 眞紀
青春
刈磨汰一(かるまたいち)は、生まれながらの不運体質だ。
幼い頃から数々の不運に見舞われ、二週間前にも交通事故に遭ったばかり。
久しぶりに高校へ登校するも、野球ボールが顔面に直撃し昏倒。生死の境を彷徨う。
そんな彼の前に「神」を名乗る怪しいチャラ男が現れ、命を助ける条件としてこんな依頼を突きつけてきた。
「その"厄"を引き寄せる体質を使って、神さまのたまごである"彩岐蝶梨"を護ってくれないか?」
彩岐蝶梨(さいきちより)。
それは、汰一が密かに想いを寄せる少女の名だった。
不運で目立たない汰一と、クール美少女で人気者な蝶梨。
まるで接点のない二人だったが、保健室でのやり取りを機に関係を持ち始める。
一緒に花壇の手入れをしたり、漫画を読んだり、勉強をしたり……
放課後の逢瀬を重ねる度に見えてくる、蝶梨の隙だらけな素顔。
その可愛さに悶えながら、汰一は想いをさらに強めるが……彼はまだ知らない。
完璧美少女な蝶梨に、本人も無自覚な"危険すぎる願望"があることを……
蝶梨に迫る、この世ならざる敵との戦い。
そして、次第に暴走し始める彼女の変態性。
その可愛すぎる変態フェイスを独占するため、汰一は神の力を駆使し、今日も闇を狩る。
ファンファーレ!
ほしのことば
青春
♡完結まで毎日投稿♡
高校2年生の初夏、ユキは余命1年だと申告された。思えば、今まで「なんとなく」で生きてきた人生。延命治療も勧められたが、ユキは治療はせず、残りの人生を全力で生きることを決意した。
友情・恋愛・行事・学業…。
今まで適当にこなしてきただけの毎日を全力で過ごすことで、ユキの「生」に関する気持ちは段々と動いていく。
主人公のユキの心情を軸に、ユキが全力で生きることで起きる周りの心情の変化も描く。
誰もが感じたことのある青春時代の悩みや感動が、きっとあなたの心に寄り添う作品。
優秀賞受賞作【スプリンターズ】少女達の駆ける理由
棚丘えりん
青春
(2022/8/31)アルファポリス・第13回ドリーム小説大賞で優秀賞受賞、読者投票2位。
(2022/7/28)エブリスタ新作セレクション(編集部からオススメ作品をご紹介!)に掲載。
女子短距離界に突如として現れた、孤独な天才スプリンター瑠那。
彼女への大敗を切っ掛けに陸上競技を捨てた陽子。
高校入学により偶然再会した二人を中心に、物語は動き出す。
「一人で走るのは寂しいな」
「本気で走るから。本気で追いかけるからさ。勝負しよう」
孤独な中学時代を過ごし、仲間とリレーを知らない瑠那のため。
そして儚くも美しい瑠那の走りを間近で感じるため。
陽子は挫折を乗り越え、再び心を燃やして走り出す。
待ち受けるのは個性豊かなスプリンターズ(短距離選手達)。
彼女達にもまた『駆ける理由』がある。
想いと想いをスピードの世界でぶつけ合う、女子高生達のリレーを中心とした陸上競技の物語。
陸上部って結構メジャーな部活だし(プロスポーツとしてはマイナーだけど)昔やってたよ~って人も多そうですよね。
それなのに何故! どうして!
陸上部、特に短距離を舞台にした小説はこんなにも少ないんでしょうか!
というか少ないどころじゃなく有名作は『一瞬の風になれ』しかないような状況。
嘘だろ~全国の陸上ファンは何を読めばいいんだ。うわーん。
ということで、書き始めました。
陸上競技って、なかなか結構、面白いんですよ。ということが伝われば嬉しいですね。
表紙は荒野羊仔先生(https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/520209117)が描いてくれました。
何故か超絶美少女に嫌われる日常
やまたけ
青春
K市内一と言われる超絶美少女の高校三年生柊美久。そして同じ高校三年生の武智悠斗は、何故か彼女に絡まれ疎まれる。何をしたのか覚えがないが、とにかく何かと文句を言われる毎日。だが、それでも彼女に歯向かえない事情があるようで……。疋田美里という、主人公がバイト先で知り合った可愛い女子高生。彼女の存在がより一層、この物語を複雑化させていくようで。
しょっぱなヒロインから嫌われるという、ちょっとひねくれた恋愛小説。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる