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みっかめ ~へんかするこころ~
変化、そして失敗
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わたし――日向 瑠璃は今日も学校に行く。
「ねーねー、るりー」
通学路、肩を叩かれ、人懐っこい声がわたしを呼んだ。
「なに、珊瑚」
彼女の名を呼び振り向くと、頬の来る部分に指が置かれていて。
「んふふー……るりのほっぺ、いつも通りぷにぷにだ」
「やめてよ……もう……」
そう言いつつもわたしの顔は緩んでいた。
今朝のこと……おねしょしたことなんて、もう忘れ去って。
そう、わたしは今朝、数年ぶりにおねしょをしてしまった。
それだけじゃない。昨日からちょっとどこかおかしい。
誰かに甘えたい気分がすごく強くて、ちょっと子供みたいな気分になってたり……。おむつにおもらしとかしちゃったり……。
それに、おととい知り合ったばっかりのお姉さんと、取り返しのつかないようなことをしちゃったのも、昨日。それが原因なのかも。
でも、どこか晴れやかな気分もあって。もう、なにがなんだかわかんない。
わたしはため息をつき。
「んー? るり、なんかあったの?」
心配そうに聞いてくる珊瑚に、はっとして笑顔を作り。
「いやいやっ、なんでもないから! 心配しなくても大丈夫!」
「まじー?」
「マジー!」
なるべく悩みを悟らせまいとわたしは笑った。
「……うそつき」
ぼそりと、そんな一言が聞こえたような気がした。
程なくして学校へとたどり着き、いつも通り、授業の準備やコミュニケーションなんかをこなしていく。
そうして休み時間。他愛もない話の途中、ある友達が急にこんなことを言ってきた。
「……なんか、今日の瑠璃、いつもとフインキちがくね?」
ぎくり。わたしはポーカーフェイスを装い。
「え? どこらへんが?」
「だって、いつもは『わたし』なんて言わないだろ? 普段は自分のこと『あたし』って言ってたよな?」
ものすごく微妙な違いをついてきた。普段どんだけわたしのこと見てるのよ。
「しかもちょっと声が柔らかくなってる……。昨日までちょっと近寄りがたいオーラ放ってたけど、今日はそんなことないね」
別の友達が追い討ちをかけてきた。
というか、そんなオーラ放ってた覚えないんですけど。マジで意味がわからない。
そして、珊瑚がさらに話に乗ってきた。
「そーいえば、るりってば今朝ねー」
「ちょっ、やめっ……」
「めっちゃおっきい溜め息つい……」
慌てて珊瑚の頭頂にチョップ。
「そういうことは言わないでよっ! 言われるこっちの身にもなってよ……」
顔面がすごく熱いのを感じて、直後、授業開始のチャイムが鳴った。
しまった、トイレに行きそびれた。
――それに気がついたのは、授業が始まってから二十五分ほど経った頃。
身体中から変な汗が吹き出す。下腹部がむずむずする。
なぜだか、急激な尿意が込み上げてきたのだ。
着々と溜まっていったそれは、わたしの膀胱をちくちくと突き刺し、出口を刺激する。
先生に言ってトイレに行くなんて考えはなかった。どうせ許してはくれまい。
黒板の上に飾られた掛け時計を見ると、授業の終わりまであと半分もある。
ダメだ……無理。あと二十五分も我慢できそうにない。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
頭のなかがぐるぐるして――「るり、どうしたのー? 呼ばれてるよー?」
珊瑚が横から腕をつついてきて……わたしは驚いて。
「ひゃあっ!」
声を上げた、その瞬間。
パンパンに膨らんだ水風船が、ついに破裂した。
勢いよく解き放たれた液体は、足を伝い、水音を立てながら床に広がっていく。
あ、ああ、やってしまった。
とめどなく、瞳からも水が流れる。
わたし、お姉さんなのに。みんなから頼られる、クールなお姉さんだった、はずなのに。
誰にも迷惑なんて、かけたくないのに。
ああ、やっちゃった。
だめだ、わたしは、もう――。
みんながからかう声が聞こえる。クラスメイトが、同情するかのように嘲笑っているのが聞き取れた。
……わたしのイメージは完全に壊れちゃったみたい。
もう、誰もわたしを頼ってくれないな。きっと明日から、いじめられる。
もう、だめだ。
そこまで考えて勝手に絶望したその時。
「みんな! 静かにしてよ! るりが泣いちゃってんじゃん!!」
珊瑚の叫びに、一瞬にして教室は静まり返る。
静寂のなか、わたしのすすり泣く声だけがその部屋に響いていた。
「……るりはわたしが保健室に連れてく。……立てる?」
「っ……うん」
かろうじて返事をして、震える足で立ち上がり、珊瑚の肩に支えられながら保健室へと向かった。
「るり、大丈夫? ……そんなわけないか」
わたしに優しげに声をかける珊瑚。わたしは、なるべく涙をこらえながら、返事をする。
「……大丈夫、だから……先、戻ってていいよ」
これ以上、心配をかけさせるわけにはいかない。まして、珊瑚はわたしの大切な友達だから、なおさら……。
「うそつき」
一瞬、耳を疑った。
「るりってば、いつも強がってるでしょ」
そんなことはない。そう言い返したかった。だけど――。
「その顔、図星だね」
なんにも喋れなかった。
「昨日から、なんか変だって思ってた」
珊瑚は一筋の涙を流して、語る。
「……ずっとおでこにシワつくってた……今もそうだよ。それに、一緒に帰ろうって言っても無視しちゃうし……。なんだかとっても切羽詰まってるような感じで……」
すすり泣き、詰まる言葉に、わたしは目の前の少女の真意を悟ったような気がして……思わず彼女を優しく抱き締めた。
「……もうすでに、心配してくれてたんだ……」
「うん……だって、たいせつな親友なんだもん……」
歪む視界。わたしは、ささやくように。
「ごめんね……心配かけさせちゃって」
「当たり前のことだもん。謝ることなんて、ないから……」
保健室、抱き合う二人の少女の泣き声だけが、しばらく静かに響いていた――。
「ねーねー、るりー」
通学路、肩を叩かれ、人懐っこい声がわたしを呼んだ。
「なに、珊瑚」
彼女の名を呼び振り向くと、頬の来る部分に指が置かれていて。
「んふふー……るりのほっぺ、いつも通りぷにぷにだ」
「やめてよ……もう……」
そう言いつつもわたしの顔は緩んでいた。
今朝のこと……おねしょしたことなんて、もう忘れ去って。
そう、わたしは今朝、数年ぶりにおねしょをしてしまった。
それだけじゃない。昨日からちょっとどこかおかしい。
誰かに甘えたい気分がすごく強くて、ちょっと子供みたいな気分になってたり……。おむつにおもらしとかしちゃったり……。
それに、おととい知り合ったばっかりのお姉さんと、取り返しのつかないようなことをしちゃったのも、昨日。それが原因なのかも。
でも、どこか晴れやかな気分もあって。もう、なにがなんだかわかんない。
わたしはため息をつき。
「んー? るり、なんかあったの?」
心配そうに聞いてくる珊瑚に、はっとして笑顔を作り。
「いやいやっ、なんでもないから! 心配しなくても大丈夫!」
「まじー?」
「マジー!」
なるべく悩みを悟らせまいとわたしは笑った。
「……うそつき」
ぼそりと、そんな一言が聞こえたような気がした。
程なくして学校へとたどり着き、いつも通り、授業の準備やコミュニケーションなんかをこなしていく。
そうして休み時間。他愛もない話の途中、ある友達が急にこんなことを言ってきた。
「……なんか、今日の瑠璃、いつもとフインキちがくね?」
ぎくり。わたしはポーカーフェイスを装い。
「え? どこらへんが?」
「だって、いつもは『わたし』なんて言わないだろ? 普段は自分のこと『あたし』って言ってたよな?」
ものすごく微妙な違いをついてきた。普段どんだけわたしのこと見てるのよ。
「しかもちょっと声が柔らかくなってる……。昨日までちょっと近寄りがたいオーラ放ってたけど、今日はそんなことないね」
別の友達が追い討ちをかけてきた。
というか、そんなオーラ放ってた覚えないんですけど。マジで意味がわからない。
そして、珊瑚がさらに話に乗ってきた。
「そーいえば、るりってば今朝ねー」
「ちょっ、やめっ……」
「めっちゃおっきい溜め息つい……」
慌てて珊瑚の頭頂にチョップ。
「そういうことは言わないでよっ! 言われるこっちの身にもなってよ……」
顔面がすごく熱いのを感じて、直後、授業開始のチャイムが鳴った。
しまった、トイレに行きそびれた。
――それに気がついたのは、授業が始まってから二十五分ほど経った頃。
身体中から変な汗が吹き出す。下腹部がむずむずする。
なぜだか、急激な尿意が込み上げてきたのだ。
着々と溜まっていったそれは、わたしの膀胱をちくちくと突き刺し、出口を刺激する。
先生に言ってトイレに行くなんて考えはなかった。どうせ許してはくれまい。
黒板の上に飾られた掛け時計を見ると、授業の終わりまであと半分もある。
ダメだ……無理。あと二十五分も我慢できそうにない。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
頭のなかがぐるぐるして――「るり、どうしたのー? 呼ばれてるよー?」
珊瑚が横から腕をつついてきて……わたしは驚いて。
「ひゃあっ!」
声を上げた、その瞬間。
パンパンに膨らんだ水風船が、ついに破裂した。
勢いよく解き放たれた液体は、足を伝い、水音を立てながら床に広がっていく。
あ、ああ、やってしまった。
とめどなく、瞳からも水が流れる。
わたし、お姉さんなのに。みんなから頼られる、クールなお姉さんだった、はずなのに。
誰にも迷惑なんて、かけたくないのに。
ああ、やっちゃった。
だめだ、わたしは、もう――。
みんながからかう声が聞こえる。クラスメイトが、同情するかのように嘲笑っているのが聞き取れた。
……わたしのイメージは完全に壊れちゃったみたい。
もう、誰もわたしを頼ってくれないな。きっと明日から、いじめられる。
もう、だめだ。
そこまで考えて勝手に絶望したその時。
「みんな! 静かにしてよ! るりが泣いちゃってんじゃん!!」
珊瑚の叫びに、一瞬にして教室は静まり返る。
静寂のなか、わたしのすすり泣く声だけがその部屋に響いていた。
「……るりはわたしが保健室に連れてく。……立てる?」
「っ……うん」
かろうじて返事をして、震える足で立ち上がり、珊瑚の肩に支えられながら保健室へと向かった。
「るり、大丈夫? ……そんなわけないか」
わたしに優しげに声をかける珊瑚。わたしは、なるべく涙をこらえながら、返事をする。
「……大丈夫、だから……先、戻ってていいよ」
これ以上、心配をかけさせるわけにはいかない。まして、珊瑚はわたしの大切な友達だから、なおさら……。
「うそつき」
一瞬、耳を疑った。
「るりってば、いつも強がってるでしょ」
そんなことはない。そう言い返したかった。だけど――。
「その顔、図星だね」
なんにも喋れなかった。
「昨日から、なんか変だって思ってた」
珊瑚は一筋の涙を流して、語る。
「……ずっとおでこにシワつくってた……今もそうだよ。それに、一緒に帰ろうって言っても無視しちゃうし……。なんだかとっても切羽詰まってるような感じで……」
すすり泣き、詰まる言葉に、わたしは目の前の少女の真意を悟ったような気がして……思わず彼女を優しく抱き締めた。
「……もうすでに、心配してくれてたんだ……」
「うん……だって、たいせつな親友なんだもん……」
歪む視界。わたしは、ささやくように。
「ごめんね……心配かけさせちゃって」
「当たり前のことだもん。謝ることなんて、ないから……」
保健室、抱き合う二人の少女の泣き声だけが、しばらく静かに響いていた――。
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