お兄ちゃんは今日からいもうと!

沼米 さくら

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今日もぼくらは女子小学生

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 ――目を覚ますと、自室のベッドの上だった。
 ピンクの天蓋。もう見慣れた景色。あくびを一つ。
 男だったころから比べると長く、肩まで伸びた茶色い地毛を軽く手でいじり、ふう、と息をつく。
 微かに鼻をついた、甘酸っぱい匂い。股間の湿り気は、きっと梅雨のせいじゃなくて。
「……これも『りん』の当たり前、かぁ」
 少女のような声で呟き、布団を出て。
 上だけ着たパジャマ。フリルのついたピンクの少し幼いデザインの上着の下に見える、もっと幼稚な――夜中の失敗を吸い込んだ夜用のおむつの、サイドの部分を破いた。

 ぼくは大倉 凛。十二歳、小学六年生。女子。
 ――かつて成人男性だったことは、ぼく以外誰も知らない。

「おはよー。りん、またやっちゃったんだ」
「うん。おはよ、蘭おねえちゃん」
 一階にある風呂の前にある脱衣室。シャワーから出たぼくに話しかけたのは、十二歳、同い年(ということになっている)蘭おねえちゃん。
「おねえちゃんも。……癖になっちゃったんだね」
「う、うるさいっ!」
 顔を真っ赤にしてぷいって振り返ったおねえちゃんのロング丈Tシャツの裾からは、ぼくが夜穿いていたのと同じ下着がちらちら顔を出しているのが見える。僕の朝の状態と同じく黄色くもこもこと膨らんでるのが丸わかりで、ともすればずり落ちてしまいそうなのもお揃いだった。
「シャワー、浴びちゃお?」
「言われなくてもわかってるし」
 おねえちゃんが服を脱ぐのを横目に、一糸まとわぬ姿の僕は、カゴに用意してあったキャミソールを着て、昼間用の白い――HAPPYなんて英字の柄が入ったおむつに足を通した。

「いただきまーす」
「いただきますっ!」
 制服を着て、僕とおねえちゃんは食卓に座っていた。
「ゆっくり食べるのよ~」
 スクランブルエッグをかきこむ僕。
「おいしい! やっぱおばさんの料理、パパのと違って美味しい!」
「あら。それはうれしいけど……お仕事に行ってていないパパが聞いたら、どう思うのかしらね」
 苦笑する母さん。それを見ておねえちゃんは笑った。
 ……最初はお互いに猫なで声で話してたのが嘘みたいに、意気投合したな。僕と父さんはまだ少し――「僕」が女の子にだったことになっていたせいもあるけど――気まずいというのに。
 それでも、これからは向き合っていかなくちゃいけない。そう決めた。
 ――ちなみに父さんのごはんも男飯って感じで僕は好きなんだけどな。今度教えてもらおうっと。

「いってきまーす!」
「いってきます」
 少女の元気な掛け声と、もう一人の少女の嬉しそうな声が重なった。

    *

 通学路。僕はこれまでのこと――邪神を倒した直後からのわずかな断片的な記憶を辿る。
 なぜ僕がタイムリープすることになったか。その理由。

 ――まず、あの時間軸の蘭やアヤちゃんはもう助からないそうだった。何故なら、もう肉体も精神も、そもそも存在情報、つまりは彼女らが生きた証すら、どこにも残されてはいないのだから。
 けれど、ふたりが消えてしまう前に戻ったとしたら、どうなる?
「あの邪神はもう過去にも未来にも存在しない状態にされました。まあ、奴がいままでやってきたことと同じことです。自業自得のブーメランですね☆」
 ニャルラトホテプのそんな情報なのか戯言なのかわからない言葉を当てにするとすれば。
 彼女らが消える前の時間に戻れば、邪神はもういないのでアヤちゃんが消えてしまうこともなく。
 結果として、すべては元の鞘におさまり、みんな幸せハッピーエンド、というわけだ。

「いろいろと都合のいい感じに仕立てておいたので、安心して日常生活を送ってくださいな☆」
 なんて告げた彼女の言葉に、不安感を抱いたのを覚えている。

 アスファルトの照り返し。スカートの中が蒸し暑い、梅雨の晴れ間。
「あついねー」なんて言ってスカートをバサバサとはためかせる隣の少女に、ぼくは唇を尖らせた。
「はしたないよ、おねえちゃん」
「いーでしょ。べつに」
 知らん顔した彼女に苦笑するぼく。そこに、声をかけてくる影。

「お、おはよう、りんちゃん。あと、大倉さん」

 僕は目を丸くして、視界が涙で歪む。
 ぱっつんの黒髪。メガネ。小柄で線の細い、クローバーのような少女。
 かろうじて涙をこぼさないようにして、しかし感無量になりながら、ぼくは彼女の名を呼んだ。
「会いたかったよ。――アヤちゃん」
「りんちゃん、どうしたの?」
 涙を腕で拭って、僕は答えた。
「ううん。なんでもないよ。……おととい、だっけ。一緒に遊んだの」
「土曜日だから、そうだね。あの日は、ごめんね。急に体調が悪くなっちゃって」
「いいのいいの。……こうして、また無事に会えたんだから」
 そうして彼女を抱きしめると「ふぇ!?」と戸惑う声。それから少しびくっとして――恐る恐る、ぼくの腰に手を回したのが感じ取れた。

「りんってば、ずいぶん甘えちゃって。よっぽど日吉さんのこと好きみたい」
 からかう蘭の声に頬が熱くなって、ぼくは慌てて「ち、ちがうよぉ!」とアヤちゃんから離れる。
「アヤちゃんも嫌だったよね。……アヤちゃん?」
 ぼくが彼女を呼ぶと、まるで風邪でも引いたかのように顔を真っ赤に染めた彼女は。
「ひゃ……な、なに?」
 と小動物、というか子猫のように反応した。
「また具合悪くなっちゃった?」
「い、いや、そういうわけじゃ……」
「保健室までおんぶしてこっか?」
「や、いい……いい、でしゅ……」
 なんか様子が変なアヤちゃんを心配するぼく。……横を見てみると、ニヨニヨと微笑ましいものを見るようなにやけ笑いをしたおねえちゃんがいた。

 ああ、なんて尊いんだろう。
「……泣いてるの? りんちゃん」
 アヤちゃんが僕の顔を覗き込んだ。
「ううん。……なんでも、ない」
「そっか」

 ――この日々が、色鮮やかな日常が――なんて、愛おしい。

 そんな僕を見て、蘭が口にした。
「今度は笑ってるね。へんなおにいちゃん! ……あっ」

    *

 ――じわじわとセミが鳴く。夏休み一週間前。
 僕のいつの間にか変わっていた――ことになっている――髪色も指摘されなくなってきた矢先のことだった。
「こんなタイミングだけど、転校生です」
 担任の言葉にどよめく教室。
「かわいい子かな」「うーん、イケメンな子だといいなぁ」「王子様キャラとか!」
 クラスメイトの予想を聞きつつ、僕は背中に冷や汗をかいていた。冷房がガンガンに効いた教室の中だというのにである。

 ――予感がしていた。

「どうも☆」
 その特徴的なしゃべり方。銀髪に変な髪飾り。
 ――その姿は、まさしく、僕の見たニャルラトホテプそのもので。
 彼女は教室の後ろの方にいるぼくを見つめながら。

「あなたのために、戻ってきました☆ ……これからよろしくお願いしますね☆」

 そんなことを言った。別に戻ってきてくれなんて頼んでないが。
「りん。知り合い?」
「……うん、まあ、うん」
 おねえちゃんの質問に目を逸らし、ぼくは答え。
 そんなぼくを見て、教室の前にいる彼女は、どこかいとおしそうにニコッと笑った。

 ――ぼくらの日常が、またひとつ色付いてゆく。そんな予感がした。

Fin.
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