お兄ちゃんは今日からいもうと!

沼米 さくら

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体育の時間

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 僕は京介。18歳、男性、職業・女子小学生。
 自分で言っていても訳がわからないこの状況で、僕は教室で孤立していた。
 休み時間。体育の授業の前。
「りんちゃん、どうしたの?」
 僕の妹、ただしいまはお姉ちゃんということになっている蘭に無邪気に聞かれて、僕は目をつぶったまま小声で答える。
「こんな状況でどうしろってんだよ……」
 簡単にいえば、下着姿の女児に四方八方埋め尽くされている状態である。
 着替え中なので当然といえば当然なのだが……。
「いま目を開ければセクハラだぜ?」
「目を閉じたまま着替えれば?」
「できるか!」
 普通はそんなことできない。
 僕は更なる理由を口にする。
「それに、いま下着姿を見せてみろ。いくら僕が小さいからってさすがに男だって丸分かりだぜ?」
「えー、お兄ちゃんのお兄ちゃん、すっごく小さいからわかんないって」
「それ以外の部分でアウトだっての」
 顔に対して広い肩幅はいまは制服で隠せているけど、下着姿になれば一発アウトだろう。骨ばった手足もごまかしが効かなくなる。ついでにおむつもバレる。最悪だ。
 あと小さくて悪かったな。
「でも、よかったね、お兄ちゃん。もう他に人いないよ?」
「……本当か?」
「うん」
 恐る恐る目を開けたら、目の前に体操着姿の妹。学校指定の短パンの尻部分がモコっと膨らんでるのを見て。
「蘭もアレ、穿いてきたんだな」
「うん……ちょっと癖になっちゃって……って、どこ見てるの! お兄ちゃんのえっち! へんたい! どすけべろりこんぺどふぃりあ!」
「ごめん、悪かったから! 謂れのない悪口は止めろ!」
 変態までは事実としかいいようがないが、僕はロリコンでもペドフィリアでもない。
 それはともかく、辺りを見回したら本当に誰もいなくなっていた。
「ありがと。これでようやく着替えられる……」
「私はもういくね。遅刻しないように」
「はーい」
 蘭は走って教室を出る。
 それを見て僕は、一度深呼吸をして。
「さーて、着替えるか……」
 とスカートを脱いだ――そのときだった。

「わっすれーものっ、わっすれー……も……」

 声の方に目を向けると、「彼女」と目があった。
 黒髪をショートボブにした、メガネをつけた女の子。
 制服を脱ぎかけた僕。その全身を凝視する彼女。
 僕は赤面する。
 どうしよう。どうしようどうしようどうしよう!
 もしこの場で男だってバレたら……。
 完全にアウトな状況下。バックンバックンと緊張に脈打つ心臓。
「大倉さん、だったっけ」
 果たして、彼女は。

「生理、重いんだね。大丈夫?」

 モコっとした臀部に目を向けながら、そう口にしたのだった。

    *

 世には、月に一回の、いわゆる「女の子の日」の対策用品のひとつとして、穿くタイプ……一言で言ってしまえば、おむつのようなタイプのものがあるらしい。
 僕が穿いていたのは普通の紙おむつだったのだが。
 話しかけてきた彼女――日吉 綾香さんというらしい――の勝手な勘違いを訂正することなく、ついでに制服から着替えずに体育を休む権利を得た僕は、その日吉さんと共に木陰で座っていた。
「日吉さんもその……女の子の日、なんだ?」
「あはは……私はまだだよ」
「そっか。……え、じゃあなんで休んでるの?」
「病気で、お医者さんからあんまり運動しないように言われてるんだ」
「そーなんだ」
 途切れる会話。目の前ではサッカー。楽しそうななか、校庭から隔絶された僕らの時間はのんびりと過ぎてゆく。
 柔らかい風が吹いた。不意に、声が聞こえた。

「……普通の人みたいになれたらな」

 どうしたの、とはとても聞けなかったけど。
「あっ、ごめんね。口に出てた?」
 こくりと頷くと、彼女はポツポツと語りだした。
「……私ね、こう、頭は普通だけど、体がよわくて。運動もできないし……こんな、メガネだし、黒髪だし……あなたみたいに、かわいくなんてない。ついでにおねしょもなおってない。
 時々思うんだ。みんなみたいに、いっぱい遊びたいって。たくさんおしゃれして、かわいい服も着て……鬼ごっこもしたいし、バスケやサッカー、ドッヂボールもしてみたい。
 けど、できない。……ずっと昔から、がまんばっかりで……」
 もう、嫌になってしまう。
 そう語った日吉さんの目は、遠くをぼんやりと見つめる。
 校庭、ハーフタイムを迎え休憩に入ったクラスメイトたち。喧嘩したり、喋っていたり……十人十色の人模様を、遠く見つめていた。

「……こんど、ショッピングとか行かない?」

 なにを言ってるんだ、僕は。
 口をついて出た言葉に自分でも少し驚く。
「えっと……ほら、かわいい服とか一緒に見に行こうよ。日吉さん、かわいいし、結構そういう服も似合ったりして……」
 たどたどしく繕った言葉。本心からのそれに、彼女は。
「いけないよ。私みたいなブスが隣にいちゃ、邪魔になっちゃう……」
「日吉さんはかわいいよ!」
 よく、自分と他人の見える世界は違うというけれど。
 僕から見て、日吉 綾香という少女は間違いなく美少女というくくりに入っていた。
 垢抜けない、地味な印象の、けれどよく見れば儚さと生命力の漲る、美しさと可愛らしさを持った……まるで、道端に咲くクローバーのような少女。それが、目の前の少女に対する印象だった。
 僕の言葉に、クローバーの少女はぼっと頬を染めて。
「え、冗談きついよ……」
「冗談じゃなくて、割とほんとに。日吉さん、こんなにかわいいのに……」
「……」
 照れて俯いているのもかわいい。
 そんな少女は、照れながらポツリと口にする。
「こんどの、週末……」
「……なに?」
「週末なら、あいてるから……その日とか、どうかな。ショッピングモール」
 おずおずと告げた言葉に、僕は微笑んで答えたのだった。
「うん。わかった!」

「それとね、りんちゃん。……私のこと、名前で呼んでもいいよ」
「えっと、なんで?」
「もう友達だもん」
「わかったよ。アヤちゃん」
 かあっと頬を赤く染めた目の前の少女。僕はただ無邪気に、新しい友達ができたことを喜ぶのであった。
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