愛と詐欺師と騙しあい

作間 直矢 

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日常

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 「これうまいっすね奏さん、お酒が欲しくなる味付けだ」

 「あらあら、嬉しい事を言ってくれますね赤原さんは、
  宗一郎さんなんて、いつも静かにご飯を食べるだけなんです」

 「あー……織田はいつもそうっすよね、黙々と飯食ってすぐ食べ終わるんすよ」

 「よく見ていますね、流石は夫の右腕さんですっ」

 「僕の事を妻の様に理解してくれて、本当に嬉しいよ、ようくん」

 「―――……」


 妻と娘の前での発言に俺は絶句し、対する織田はご機嫌だった。

 ―――何故だか、奏さんの美しい笑顔が恐ろしく、引きつった苦笑で返しておく。

 と、絶妙な間を見計らったように呼び鈴が鳴り、空気が切り替わった。


 「あら?茜さん達が帰ってきたかしら?見て来ますね」

 「すまないね、頼んだよ」


 重く感じていた重圧から解放された気分になり、名前の知らない美味しいオシャレな食べ物を口に運ぶ。


 「織田、茜とヤク子も来たんだ、酒もそろそろいれていいだろ?」

 「まあ待ってよ、ようくん、せっかくなんだから皆でお祝いして乾杯しようよ」

 「ほんっとに律儀だよな、そうゆうとこ」

 「洋助が何事もせっかちなだけですよ、貴方は何でも待つ事が出来ないんですから」


 そこに、あいが割って入る。
 彼女は子供の世話をするように洋助の口元をふき取り、困った顔で続けた。


 「そもそも、常日頃からたくさんお酒飲んでるんですから、
  今日ぐらい飲まなくてもいいでんすよ?」

 「ようすけさんってお酒沢山飲むんだ……ホストとかやってそう」

 「流石は織田の娘さんだ、確かに昔ホストやって死ぬほど酒は飲んでたぞ、
  お子様たちにはこの神聖な水分の崇高さは分からんだろうなぁ……、
  あいもお酒飲めるようになったら、死ぬほど飲ませてやるからな」

 「それ、アルハラですから洋助……」


 まだ未成年の二人の知らない世界を語ると、比較的こっち寄りである問題児二人が騒がしくも部屋に入った。


 「おっつーー!!織田ちゃん、はいこれっ!頼まれていたやつ!!」

 「ありがとう茜くん、寒かっただろう?ようくんも来たから皆で乾杯しようか、
  ヤク子くんもありがとうね、わざわざ買い出しを頼んでしまって」

 「い、いいえ……とんでもないです、ふへへ……」

 「おう、二人ともはやく席につけ、こんな良い酒飲める機会なかなかねぇぞ」

 「ようちゃんもおっつー、相変わらずイイ男だね!!」

 「ふひ、洋助さん……こんにちは」

 「え、えぇー!?お父さん誰々!?この人達もお仕事の人なの?」

 「ああ、そういえば楓は初めましてだね、
  こちらは娘の楓ちゃんだ、折角だから一緒にお祝いしてもらおうと思ってね、
  いいかな?茜くん、ヤク子くん?」


 二人は愛想の良い笑顔で返し、この場も盛り上がってくる。

 他愛の話が拡がるなか、奏さんが高そうなシャンパンを持ってきて準備が整った。


 「―――はい、お持たせ致しました、みなさんグラスは手元にありますか?」


 丁寧に皆にお酒を注ぐと、気品ある素振りで織田が話す。


 「さて、こうやって皆で集まるのは初めてだね、
  毎年声をかけるんだけど、誰かさんが付き合い悪くてね、
  神にこの奇跡に感謝して、今日は乾杯しようか……
  いや、ようくんをここに連れてきてくれた、あいくんに感謝かな?」


 わざとらしい、狐めいた表情で俺を見る織田。

 それを適当にあしらい、この催しの開始が告げられる。


 「あぁ、長い前置きはここまでにして、
  ―――メリークリスマス、乾杯っ!」

 「「「乾杯」」」


 重なるグラスの音。

 洒落た飲み物に、似合わない言葉。

 人を騙して生きている俺にとって、こんな平穏な世界が許されていいはずもない。
 つい最近までなら、そう思ってこんな場所には来なかった。

 しかし、俺にはあいがいる。

 彼女と一緒なら、この清い正常な世界を過ごしていける。


 「メリークリスマス」


 誰かの誕生日だったか。

 記憶すら曖昧なこの日の意味に感謝して、俺は口当たりの良いお酒を飲み干した―――


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