愛と詐欺師と騙しあい

作間 直矢 

文字の大きさ
上 下
3 / 43
邂逅

しおりを挟む

 「っぐ……何の真似だ…」

 「ちょっと怒った、少しだけ意地悪する」


 そう言って手を離すと、彼女は嬉しそうに俺を眺めた。


 「―――っ…」

 「どお?気持ちいいでしょ?それ」

 「お前……騙したな……」


 何故ヤク子と呼ばれる彼女が、施設警護の仕事を任されているのか。
 それは単純明快、彼女が嘘を付き、騙し、人を陥れる。


 ―――詐欺師と呼ばれる“能力者”であるからだ。


 そして今、詐欺師である彼女の力が戯れに使われた。


 「洋助さんの頭の中は、神経伝達物質の一つである“エンドルフィン”が駆け巡って、
  とっても気持ちいいはずだよ?嬉しい?」

 「ヤク子ッ……さっさとこれを解除しろッ」

 「ごめんねー、それ一定時間経たないと終わらないの、けどすぐ治まるはずだよ?
  ……まぁ、その間少しだけ悪戯しちゃうけど」


 頭の中は沸騰するような熱さを伴い、えも知れぬ快感だけが身体を駆け巡る。
 耐え切れず片膝を付くと、愛でるようにヤク子は俺に触れる。


 「ふへへ……かわいいね洋助さん」

 「やめ……ろ」


 もはや何をされても心地よさだけが残り、それに抗えない。
 思考を放棄し、されるがままに身体を委ねると唇が彼女の唇でなぞられた。


 「―――ンッ!」


 舌が絡むそれは、脳内の血液が迅速に流れる感覚を刻む。

 それ程までに詐欺師である彼女の力は、人を堕落させ精神を歪ませる。


 「やば……んっ…洋助さん、すき……」

 「っ……いい加減に―――」


 最後に残った理性を振り絞り、声を出そうと距離を離した瞬間であった。


 「こんばんは、ヤク子くん……それに、ようくんも来たんだね、待っていたよ」


 颯爽と響く男性の声が、二人の行動を止めた。


 「―――ぁぁあ……っと…これは、織田オーナー……ちょっと、その……
  洋助さんとふざけていて……ふへへ……?」


 足音を鳴らして二人を出迎えたのは、織田宗一郎その人。

 彼は爽やかな笑顔で、だが確かな威圧感を放ってヤク子に向かって言い放つ。


 「人が来ない様に警備を頼んだはずですが、何故僕のようくんを捕まえているのです?
  ちゃんと指示した仕事をしてくれないと、こちらも困るんですよね……」

 「す、すす、すみませんっ……ちょっとおふざけのつもりだったんです…」

 「なるほど?おふざけにしては、随分熱いキスのようだけど?」


 つい先ほどまで舌を入れた口付けをしたせいか、唾液が糸を引きその不届きな行いが虚しく暴かれる。

 俺の思考も徐々にクリアになり、ヤク子の能力による影響も薄れていった。


 「……もういい、話があんだろホモ野郎、さっさと聞かせろよ五百万の依頼を」

 「おや?ダーリンはヤク子くんを叱らないのかい?」

 「お前の声を聞くと全部どうでもよくなんだよ、あとダーリンって呼ぶなアホ」

 「洋助さん……優しい……ふへへ…」


 手を握ってくるヤク子を突き放し、未だ高揚している身体を誤魔化す。

 今、少しでも心地の良い感覚を受ければ、頭の中はピンク色の思考で満たされそうであっため、俺は立ち上がる。


 「いいかヤク子、次に俺を騙す様な真似をしたら容赦なく殴り倒すからなッ!!」

 「ごめんって……けど洋助さんなら殴られてもいいかも……ふへへ……」


 何言ってんだ、コイツ。
 
 いよいよもってヤク子の性癖もおかしくなってきた事を確認し、この自傷癖持ちメンヘラ薬中女を軽蔑した。


 「さぁ、ようくんはコチラへ、ヤク子くんもサボらずに励むように」

 「おい、その呼び方もやめろ、気色悪いんだよ」

 「相変わらず厳しいね僕のダーリンは、まぁ、そこが愛おしいんだけどねっ」

 「―――死ね」


 さりげなく触って来たホモキツネの手を叩き落し、従業員用の通路を歩く。
 
 院長室という名の私室に入ると、いつものセクハラをかましてくると思いきや、コイツは落ち着いた雰囲気で椅子に腰をかけた。

しおりを挟む

処理中です...