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邂逅
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しおりを挟む詐欺師、この世界にはそう呼ばれる人間がいる。
嘘を付き、騙し、人を陥れる。
それらを総じて行うヤツらを詐欺師と呼んで警戒し、人々は彼らを忌み嫌う。
だが、そんな詐欺師と呼ばれる彼らを敢えて受け入れ、闇社会で暗躍する組織がある。
「―――織田メンタルクリニック……」
ぽつり、俺はそう呟く。
その忌々しい精神科病院は俺にとって断っても断ち切れない縁があり、故に良い思い出も無く、だらだらとこの人生に纏わり付く。
爽やかな印象を持たせるこの病院の広告を、ゴミ箱に向かって雑に丸めて投げつけた。
そして、爽やかとは対照的なこの私立探偵事務所の天井を眺めて、俺はソファで横になる。
コンコンッ。
すると、陰気臭いこの事務所の戸を叩く音が響いた。
備え付いていたインターホンは俺が酒に酔った勢いでぶっ壊したため、それから一度も音を鳴ることは無い。
「―――」
息を殺して居留守、この手に限る。
壊れたインターホンを気にせず、原始的なドアノックで来訪をアピールするような人間にろくなヤツはいない、これは俺の経験からくる居留守だ。
―――ガチャ。
が、防犯意識の低さから、鍵を掛けないライフスタイルが仇となりドアは開けられた。
「……っお!なんだ、ようちゃんいるじゃ~ん、ちゃんと返事してよ~」
「黙れビッチが、勝手に入ってくんな」
「やーん冷たいんだぁー、せっかくお仕事持ってきたのにっ!」
現れたのは肌面積の多い服装と派手な髪色をした女。
流行に乗ったファッションと、女子らしさを前面に出した所作。
可愛らしさを突き詰めた彼女は、ついさっき見た広告の病院に務める看護師。
と言っても、それは名ばかりの役職であり実際は四六時中遊び回っている尻軽女である。
「うっせぇぞ……別に今は金に困ってねぇから、詐欺の気分じゃねぇんだよ」
「―――ふーん……そう、オーナーからはこれで話決めて来い、って言われたけど?」
煌びやかなネイルが施された指を、綺麗に五本立ててハンドサインを見せる。
「悪くはないが、五十万って気分じゃねぇ、さっさと帰れ」
「違う、違うよぉ~?五十万じゃなくて、ご・ひゃ・く・ま・ん!!」
「……っは!?」
提示された金額に思わず驚き、ソファから転げ落ちる。
今までの相場からは考えられない金額に、身を起こして疑って訊き直した。
「お前知ってるだろ、俺は殺しはしない」
「もちろん知っているよ?あーしは詳細を聞かされて無いけど、
今回の依頼はそんな汚れた仕事じゃなくて、安全でハートフルって聞いたよ?」
「お前は股も緩ければ頭のネジも緩いのか?安全な仕事が五百万もする訳ないだろ、
得てしてこういった話には裏があんだよ、分かったら帰れ、このアホ女」
「―――そう、けどそれだとあーしが困っちゃうなぁ……、一応?仕事?だし?
依頼を受け入れてくれなかった場合、直接病院まで来るように言われてるんだけど?」
―――瞬間、チャラけていた雰囲気は一変して物々しくなる。
「随分物騒だ、お前をここに寄越したのはこうなると踏んでの事か、
あのキツネ顔のペテン師も喰えない野郎だ」
「そーそー、ようちゃんではあーしに勝てないんだから、大人しく従ってね?」
「―――それでも、断ると言ったら?」
「そしたら……こうなるかな」
ドガッ……!
突然の足払い、それは目の前のビッチから繰り出される格闘。
当然それに反応できる訳も無く、三十路手前の俺は為す術も無くソファに崩れ落ちる。
―――ッギ。
追撃の如く倒れた俺を抑え込むこの女は、見た目に似合わず恐ろしい程の格闘術を備えた、織田の傭兵と呼ばれている戦闘員であった。
「……痛い、手荒な真似は止してくれ、茜」
「なら、言う事聞いてくれる?」
「本気か?そうまでして俺に頼まなきゃいけない仕事なのか?」
「―――どうだろ、少なくともオーナーはマジの雰囲気だったよ?
だからあーしを仲介させて、今みたいに武力行使の手段も許可されてるし?」
砕けた言い方をしつつ、抑えた身体に加わる力は増していく。
その態度と言葉に、今回の依頼が只事では無いと確信して俺は折れる。
「……わかった、わかったよ茜、キツネ野郎のとこに向かう、
だから放してくれ、流石に腕が辛い」
「はーい、良かったぁ……素直な良い子で」
甘い香水の香りが少しずつ離れて、拘束されていた身体は自由になる。
が、何故かこの女は顔を至近距離で捉え、真っ直ぐな目じっとこちらを見つめた。
「オーナーは夜までに連れて来いって言っていたから、まだ時間あるよ?」
「……人の事ぶっ飛ばしといて良く言うな、それに今は気分じゃない」
「仕事なんだからゴメンって、それにオーナとは気分じゃなくてもするでしょ?
あーしだけナシは、ちょっと寂しいじゃーん?」
「とりあえず離れろ、暑苦しいんだよ」
「だーめ」
テコの様に動かないこの女を、必死にどかそうとするが動かない。
それどころか身体をまさぐられ始め、俺は諦めにも似た感情で彼女の顔に手を添えると、淫らな欲求を渋々迎え入れたのであった――。
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