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卒業試験決着編

おまけ 初めての

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 キスをした巫女は、神力を失う。
 そんな根も葉もない噂が巫女達に広がっていた。

 「―――うぅ…」

 そもそも巫女とは、清く正しい存在なのだから異性間との交友もなく、キスをする機会も無いといえる、故に実証されない物に予想を巡らせ、こんな噂が流れていたのだ。

 ―――そんな噂の原因、それは破竹の勢いで活躍する洋助である。

 「―――はぁ…」

 その恋人である巴雪、彼女は溜息をついて項垂れる。
 
 それもそのはず、お互いに気持ちを伝えてからというもの、一緒にいる時間は確かに多くなったがそれ以上の進展は無く、あまつさえ噂のせいで先の展開が望めない。

 「……よし!」

 雪は意識を整えて前を向く、一つ決断を下す様に。

 向かう先は洋助のいる訓練場、雪は恋人らしく堂々と会おうと心に決めては、早足で彼の元へ駆ける、恋する乙女として。

 「―――ぁ」

 しかし、辿り着いた先には巫女達に囲まれた洋助。
 言い寄られている彼は巫女に抱き着かれ、それをなだめる様に引き剥がしていた。

 ―――ズキン。

 雪の心は、その時確かに鼓動した。
 決して彼に失望した訳でもない、ましてや愛想を尽かした訳でもない。

 だが確かに、彼女の気持ちは傷付き、感じた事の無い痛みを伴って身体に響く。

 「すみません!そろそろ戻りますので……すみません」
 「えー!赤原君真面目すぎー、もう少しお話しない?」
 「すみません……今日用事があって…、―――あ、雪!!」

 すると、遠目から洋助を眺めていた雪に気付いた彼は、困り果てた表情を一気に明るくして彼女の元へ駆け寄る。
 取り巻きの巫女達に軽く会釈してその場を離れる洋助は、雪との時間を大切に想い、なによりも優先しようとした。

 「―――珍しいな雪、もうお務めは終わったの?」
 「え?う、うん……それより、あの人たちはいいの?先に話していたみたいだけど…」
 「あ、ああ……鍛錬の終わりにちょっとご飯とか誘われてたんだけど、今日は雪と一緒に帰ろうと思ってたから…迷惑かな?」
 「ふーん……そっか、私は別に大丈夫だけど…」
 「よかったっ……じゃあ、帰ろうか」

 巫女達の視線を他所に、雪は渦中の人物である洋助を引き連れて本部内を歩く。
 すっかり顔を知られ、好青年で優しい彼は巫女の憧れの的となった、そんな彼を横に置いて歩くことが、なんだか罪悪感を覚えてしまい少し後ろを歩く雪。

 「―――雪?」

 縮こまる雪を不思議に思い、声を掛ける洋助。

 「あ、ごめん……何でもないよ」
 「……いや、なんでも無いって事は無いだろ、暗い顔してる」
 「それは……その…」
 「言いづらい事?」
 「かも、しれない……わからない」

 思考はまとまらず、自分でも何を伝えたいのか分からない雪は頬を赤く染める。
 そのいじらしい視線に、不覚にも可愛らしさを感じる彼は言う。

 「雪、帰りちょっと寄り道しないか?」
 「え?寄り道?どこへ?」
 「それは……行ってからのお楽しみで」

 もったいぶって言い切ると、洋助は歩幅を雪に合わせて隣で歩く。
 いつだって彼は雪の事を考え、大事に想って接する、それを痛感する雪は思わず彼の手を握る。

 「―――わかった、けど……それまでこうしてて…」
 「え゛ッ……わかった」

 雪の手の感触に驚きつつも、しっかり握り返す洋助は顔を引き締めて歩を進める。

 「じゃあ……付いて来て」
 「うんッ……!!」

 少しだけ手に籠める力を強くして、二人は歩く。
 
 そして本部を出て遠回りすること二十分。
 夕日が沈みかける頃合いの時間に河川敷をゆっくり歩く二人は、そこだけ人のいない空間の様に静かな時が流れる。

 「すっかり日が落ちるのが早くなったね、もう夕日があんなに暗い」
 「そうだな、足元気を付けてな、わりと躓きやすいから」
 「洋助くん……子供扱いしてない?」
 「え?いや、そんな事、ないけどな……はは」

 若干妹がいた時の感覚で扱った事は内緒にして、静寂を楽しむ。
 涼しげだった風もすっかり冷たくなり、自然と二人の距離は近くなってはお互いの体温を感じる。

 「―――っ……」
 「――はぁ……」

 何故か二人して緊張し、ずっと握っていた手がぎこちなく繋がれる。
 なにかを伝えるような、話すタイミングを見計らうような、そんな駆け引きが行われては秋の風にさらわれて消えていく。

 「………あ、雪!あそこの景色見てくれ!」
 「え?―――わぁ……」

 唐突に洋助が言うと、そこには川の下流が延々と流れる水面。
 それに映るは茜の夕日と紺碧の空、二つの色合いが重なって水面に反射して美しいコントラストになる。

 「この前、たまたまこの景色を見つけたんだ……多分この時期だけだと思うから、雪にも見て欲しくって、……ごめんな?わざわざ歩かせて」
 「ううん……この景色を見られて私も嬉しい、なにより、洋助くんと同じ物を見れて気持ちが温かくなるから…」
 「雪……」

 じーんと、心が響く言葉を聞いて嬉しくなる洋助。
 
 ―――その時、風景に気を取られて少し姿勢を崩す雪。
 
 「きゃっ……」
 「ッと……雪!大丈夫か?」

 咄嗟に繋いだ手を引き上げ、反対の手で体を手繰り寄せる。
 そうして出来上がった距離は、雪の瞳に移る景色が見える程であり、震えた唇が異様に魅力的であった。


 ―――キスをした巫女は、神力を失う。


 二人の頭には、そんなふざけた噂が一瞬走る。

 「―――洋助くんは、噂、知ってる?」
 「っそ、それは……まぁ…」
 「わ、私は……嘘だと、思う…」
 「俺も、そう思う、だから―――」

 だから試そうか、なんて言葉は無粋であり無用。
 必然的な距離感は、決定的な事実に置き換えられて二人は初めて唇を交わす。
 
 もちろん神力が使えなくなる、なんて事は起きず、少年少女の淡い恋の一ページとしてこの出来事は刻まれたのであった――。
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