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最終決戦編

一話

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 篝火の拠点が強襲され、施設は崩壊して灯はそれに巻き込まれた。
 夜叉巫女達も本部の方針に疑問を覚え、天草姉妹が先導する篝火残存勢力に合流すべく洋助と離れるなか、彼はおぼつかない足取りで大厄対策本部へ向かう。
 
 ――洋助は歩く、大切な人達を失っても挫けず、ただ歩く。

 「―――」

 足は重く、胸に宿す想いや約束、それらも砕けて無くなりそうなりながらも前へ歩く。

 「―――」

 神力を纏って飛んで行けばすぐにでも着く道中を、彼は雪の事、灯の事、そして巫女を取り巻く環境を考えてゆっくりと歩いていた。

 考える時間が必要であった、この青年には。

 そして、まとまらない思考と感情を抱えて着いたのは通い慣れた大きな家。
 そこは、巴家であり、また婿であった洋助の実家でもあった場所。

 「―――せめて、ここに…」

 何度もくぐったその門に、雪の愛刀でもある巴家の家宝、日緋色金を静かに置いて立ち去ろうとした。

 ――鴉が寂しく鳴き、夕日が茜に染まって空は暗くなる、その時。

 「――よう、すけ、さん…?」

 暖かく、優しく、聞き慣れた声。
 雪の母である楓は、見慣れたその後ろ姿を見て声を掛ける。

 「………」

 だが彼は振り向かず、声も返さない。
 それは雪の婚約者でありながら、彼女を守る事すら叶わず合わせる顔が無かった為である。

 故に、黙ってそのまま立ち去ろうと歩みを戻す。

 「洋助さん」

 二度目の声は、いつも洋助が家に帰って来た時に掛ける声色。
 当り前の事だと、そう言う様に楓は彼を見据えて離さない。

 「―――か、えで、……さん…」

 彼の声は震えて今にも泣く寸前であり、その表情も子供のそれである。
 そして、目に涙を溜めて、様々な想いを押し殺して振り向いた洋助。

 「お、俺は……ゆき、を…雪を……かえで、さん…」

 もはや言葉は出ず、自身の情けない姿を晒しながら泣く。
 何を言われるのか、大切な一人娘である雪を失って何を思っているのか、洋助は恐れと悲しさと不甲斐なさで胸が締め付けられた。

 ――しかし、だがしかし、彼女は、巴楓は、その太陽の様な笑顔でこう言った。


 「おかえりなさい、洋助さん」


 瞬間、洋助は泣き崩れて膝を着いた。
 こんなにも、寛容でありながら人を思い遣れる楓に感謝し、そして懺悔する。

 「楓さんっ…俺は…俺はッ!!…雪を守る事が出来ずっ、そして…」
 「洋助さん…いいんです、……私は貴方が帰って来てくれただけでも嬉しいんです、雪ちゃんの事も大事です、けど、それと同じぐらい洋助さんも大事なんですよ?」

 嗚咽の様な泣き姿を、優しくも気丈な手で抱き締めて話す楓。

 「だって…洋助さんも巴家の一員で、私達家族なんですから、……誰一人だって欠けちゃいけないんですっ…」
 「かえ、で、さん……すみません…すみませんッ…」

 楓もまた、雪の事を想って涙を流す。
 しかし、それと同じぐらい洋助の生存を喜び、おかえりなさいと言ってあげたかった。

 「楓さん…ごめんっ…母さん…」

 ずっと言えなかった言葉、そして言いたかった言葉。
 楓と洋助は、血の繋がりは無いが本当の親子となったのだ。

 「―――婿殿」

 そして静かに、剣聖は門を潜って現れる。
 その手には洋助が門に置いた日緋色金、それを突き出して宗一郎は問う。

 「この刀はお主が持つべきであろう、……朧殿と、決着を着けるのだろう?」
 「宗一郎さん…」

 涙で濡れた顔を雑に拭い、洋助は立ち上がる。
 
 日緋色金は自分が持つべきでは無いと考え、ここに赴き返しに来た、そのため日緋色金をそっと押し返す。

 「この刀は…雪の物であり巴家で代々伝わる家宝です、俺の目的のために抜ける刃ではありません、それ故に返しに来ました」
 「……そうか、なんとも律儀じゃな、婿殿は」

 そう言って宗一郎は日緋色金を腰に差すと、代わりに愛用の刀、紅葉を突き出す。

 「ならばせめて、この刀を持っていくがよい、丸腰では何かと困るじゃろう」
 「―――宗一郎さん、すみませんっ…ありがとうございますっ…!」

 その厚意に甘え、彼は業物である紅葉を拝領する。

 「――往くのか?」
 「……はい、俺に残された時間は残り少ないです、決着を着けに行きます」

 肩から脇腹にかけて切り裂かれた跡、それを繋ぎ合わせている呪詛は徐々に広がり首筋にまで迫っている。
 呪いの蒼い揺らめきが宗一郎と楓に見られると、二人は目を見開いて息を呑む。

 「そんなっ…洋助さん…貴方までいなくなったら…私はっ…」
 「――すみませんっ…けど、俺には、……俺にしか出来ない事なんですっ!」
 「止めはせん…じゃが、悔いの無い選択をしなさい」
 「ありがとう、ございます…宗一郎さん」

 不安そうな楓、そして複雑な面持ちの宗一郎。
 その二人に洋助はせめてもの強がりで笑顔向け、こう言い放つ。

 「――いってきますっ!」

 神力を纏って飛び立つ青年は、紺碧の空に輝く一筋の星となり消えていった。
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