68 / 79
最終決戦編
一話
しおりを挟む篝火の拠点が強襲され、施設は崩壊して灯はそれに巻き込まれた。
夜叉巫女達も本部の方針に疑問を覚え、天草姉妹が先導する篝火残存勢力に合流すべく洋助と離れるなか、彼はおぼつかない足取りで大厄対策本部へ向かう。
――洋助は歩く、大切な人達を失っても挫けず、ただ歩く。
「―――」
足は重く、胸に宿す想いや約束、それらも砕けて無くなりそうなりながらも前へ歩く。
「―――」
神力を纏って飛んで行けばすぐにでも着く道中を、彼は雪の事、灯の事、そして巫女を取り巻く環境を考えてゆっくりと歩いていた。
考える時間が必要であった、この青年には。
そして、まとまらない思考と感情を抱えて着いたのは通い慣れた大きな家。
そこは、巴家であり、また婿であった洋助の実家でもあった場所。
「―――せめて、ここに…」
何度もくぐったその門に、雪の愛刀でもある巴家の家宝、日緋色金を静かに置いて立ち去ろうとした。
――鴉が寂しく鳴き、夕日が茜に染まって空は暗くなる、その時。
「――よう、すけ、さん…?」
暖かく、優しく、聞き慣れた声。
雪の母である楓は、見慣れたその後ろ姿を見て声を掛ける。
「………」
だが彼は振り向かず、声も返さない。
それは雪の婚約者でありながら、彼女を守る事すら叶わず合わせる顔が無かった為である。
故に、黙ってそのまま立ち去ろうと歩みを戻す。
「洋助さん」
二度目の声は、いつも洋助が家に帰って来た時に掛ける声色。
当り前の事だと、そう言う様に楓は彼を見据えて離さない。
「―――か、えで、……さん…」
彼の声は震えて今にも泣く寸前であり、その表情も子供のそれである。
そして、目に涙を溜めて、様々な想いを押し殺して振り向いた洋助。
「お、俺は……ゆき、を…雪を……かえで、さん…」
もはや言葉は出ず、自身の情けない姿を晒しながら泣く。
何を言われるのか、大切な一人娘である雪を失って何を思っているのか、洋助は恐れと悲しさと不甲斐なさで胸が締め付けられた。
――しかし、だがしかし、彼女は、巴楓は、その太陽の様な笑顔でこう言った。
「おかえりなさい、洋助さん」
瞬間、洋助は泣き崩れて膝を着いた。
こんなにも、寛容でありながら人を思い遣れる楓に感謝し、そして懺悔する。
「楓さんっ…俺は…俺はッ!!…雪を守る事が出来ずっ、そして…」
「洋助さん…いいんです、……私は貴方が帰って来てくれただけでも嬉しいんです、雪ちゃんの事も大事です、けど、それと同じぐらい洋助さんも大事なんですよ?」
嗚咽の様な泣き姿を、優しくも気丈な手で抱き締めて話す楓。
「だって…洋助さんも巴家の一員で、私達家族なんですから、……誰一人だって欠けちゃいけないんですっ…」
「かえ、で、さん……すみません…すみませんッ…」
楓もまた、雪の事を想って涙を流す。
しかし、それと同じぐらい洋助の生存を喜び、おかえりなさいと言ってあげたかった。
「楓さん…ごめんっ…母さん…」
ずっと言えなかった言葉、そして言いたかった言葉。
楓と洋助は、血の繋がりは無いが本当の親子となったのだ。
「―――婿殿」
そして静かに、剣聖は門を潜って現れる。
その手には洋助が門に置いた日緋色金、それを突き出して宗一郎は問う。
「この刀はお主が持つべきであろう、……朧殿と、決着を着けるのだろう?」
「宗一郎さん…」
涙で濡れた顔を雑に拭い、洋助は立ち上がる。
日緋色金は自分が持つべきでは無いと考え、ここに赴き返しに来た、そのため日緋色金をそっと押し返す。
「この刀は…雪の物であり巴家で代々伝わる家宝です、俺の目的のために抜ける刃ではありません、それ故に返しに来ました」
「……そうか、なんとも律儀じゃな、婿殿は」
そう言って宗一郎は日緋色金を腰に差すと、代わりに愛用の刀、紅葉を突き出す。
「ならばせめて、この刀を持っていくがよい、丸腰では何かと困るじゃろう」
「―――宗一郎さん、すみませんっ…ありがとうございますっ…!」
その厚意に甘え、彼は業物である紅葉を拝領する。
「――往くのか?」
「……はい、俺に残された時間は残り少ないです、決着を着けに行きます」
肩から脇腹にかけて切り裂かれた跡、それを繋ぎ合わせている呪詛は徐々に広がり首筋にまで迫っている。
呪いの蒼い揺らめきが宗一郎と楓に見られると、二人は目を見開いて息を呑む。
「そんなっ…洋助さん…貴方までいなくなったら…私はっ…」
「――すみませんっ…けど、俺には、……俺にしか出来ない事なんですっ!」
「止めはせん…じゃが、悔いの無い選択をしなさい」
「ありがとう、ございます…宗一郎さん」
不安そうな楓、そして複雑な面持ちの宗一郎。
その二人に洋助はせめてもの強がりで笑顔向け、こう言い放つ。
「――いってきますっ!」
神力を纏って飛び立つ青年は、紺碧の空に輝く一筋の星となり消えていった。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
とあるおっさんのVRMMO活動記
椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。
念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。
戦闘は生々しい表現も含みます。
のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。
また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり
一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が
お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。
また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や
無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が
テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという
事もございません。
また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。


日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる