36 / 79
卒業試験決着編
五話
しおりを挟む
暗い夜、外の空気は冷たくなり、人は安らかな時間を過ごす頃。
洋助はとある一室の前で立ち止まり、呼吸を整える。
「―――はぁ…」
焔から過去の話を聞き、灯の生い立ちを知った彼は彼女と話をするべくこの時間に灯の部屋を訪ねていた。
しかし、いざ目の前まで来ると躊躇し、戸惑う。
「……よし」
何度目かになる決心をし、部屋の呼び鈴を鳴らすその瞬間であった。
「―――あ」
「――洋助」
手を伸ばした瞬間、部屋の扉が開いて桐島灯は現れる。
その表情は暗く、少し目元が赤く腫れていた。
「あ、…ああ!すみません灯さん!急に押しかけてしまって、その…少し話をしたくて…それで…ええと…」
「――そう、…飲み物買いに行きたいから、少し待っていてくれる?」
「あ、それなら一緒に行きますよ、付いていってもいいですか?」
「まぁ、いいけど…」
施設内の廊下を二人で歩く。
その風景は見慣れているはずなのに、妙に静かで落ち着かない、足音だけが響いて洋助は少し緊張しながら話しかける。
「その、灯さん…艱難辛苦での戦いの事なんですが――」
「洋助」
強い口調、その言葉の先を言わせないとばかりに遮る。
「……洋助、自販機、付いたから、……何か飲む?」
「え、あぁ…はい、すみません…では、お茶で…」
灯は黙って自販機から温かい紅茶を取り出し、洋助にはお茶を手渡す。
自然と休憩スペースの椅子に腰かける洋助は、ただゆっくりとお茶を飲む、対する灯は柱を背に俯き、容器を回して静かに切り出す。
「―――あの戦いの後、私、…考えてた」
「…はい」
「洋助は何も気にせず笑ってくれてるけど、あれは私の実力が招いた事態に変わりない、だから、…だから、改めて謝らせて…」
「――それはっ!ちが――」
「いいえっ!何も違うなんて事はないっ…私は、あの時…、怖気づいた…それが剣を鈍らせた、ごめんなさい…」
灯は、泣いている。
あの大厄を目の前にして、初めて抱いた恐怖は灯に迷いを生ませた。
それが洋助を死の直前に至らしめ、更には消えようの無い後悔を刻ませる。
「―――っつ…」
何もできず、ただ拳を握る事しか出来ない洋助。
「私、巫女を辞めようと思う…」
「―――ぇ」
「巫女として、ただひたすらに務めてきた、けど、…もう私にはその資格が無い…」
「そんなこと…決して…」
決して無い、そう言い切ろうにも確固たる保障も無ければ、責任すら取れる訳ではない、そんな無責任な発言など出来ず、ただ言い淀む。
「だから、遊撃部隊はこれで解散、洋助には悪いけど…これで…」
違う、こんな未来を望んでいた訳ではない、皆を守って、それで笑いあっていられる、そんな未来を求めて戦っているのだ、なのに、目の前にいる一人の人間さえ救うことが出来ていない、これでは意味が無い、なら――。
「俺が、灯さんを守ります」
―――唯、自分に出来る事を精一杯するしか無い。
「――な、何を、言って…」
「俺は…皆を守りたい、その願いは今も変わらずここに在り、揺らぎません、そしてこの皆の中には灯さんも含まれています」
「わ、私は、…私達は巫女よっ!?市民を守って、お務めを果たすのが役目、守って貰う訳にはいかないの!」
「…確かに、巫女の役割はそうですね、ですが灯さん、俺は正式には巫女ではありませんし、特殊遊撃部隊の一員である貴方の後輩です、故に――」
その宣言は力強く、そして高らかに宣誓される。
「巫女が誰にも守られないなら、俺が巫女を、灯さんを守ります、それが俺にできる唯一の役割であり、お務めです!」
――屈託の無い純粋な笑顔で、洋助は灯に笑いかける。
すると、背負っていた重圧から解放される様に灯は崩れ落ち、悲しみとは違う涙が溢れて泣きじゃくる。
「ようすけ、…っぅ…ほんとに、バカっ…死にかけて、辛い思いして、それなのに守るって…うぅ…ばかばかっ…」
「す、すみませんっ…ですから、辞めるなんて言わないでください」
「ぐすっ…わかってる…洋助の考えを無下にしないためにも責任は果たすよ…」
心配して駆け寄り、ハンカチを渡そうとするが灯はおもむろに洋助のシャツを掴み寄せて、豪快に鼻水と涙をそのシャツで拭き染み込ませた。
「ちょっちょ!?……えぇ!?何してるんですかッ!?」
「……お返し、乙女を泣かせた罰」
「いや、ちょっとっ!?すごいべちょべちょで汚いんですがっ!?」
「汚いとか失礼ねッ!、光栄に思いなさい」
泣き腫らした顔でありながら、その表情はいつもの悪戯な笑みである。
二人のわだかまりも解け、遊撃部隊の絆はより一層強くなる、そして洋助もまた人として成長し、その人間性を高めていくのであった――。
洋助はとある一室の前で立ち止まり、呼吸を整える。
「―――はぁ…」
焔から過去の話を聞き、灯の生い立ちを知った彼は彼女と話をするべくこの時間に灯の部屋を訪ねていた。
しかし、いざ目の前まで来ると躊躇し、戸惑う。
「……よし」
何度目かになる決心をし、部屋の呼び鈴を鳴らすその瞬間であった。
「―――あ」
「――洋助」
手を伸ばした瞬間、部屋の扉が開いて桐島灯は現れる。
その表情は暗く、少し目元が赤く腫れていた。
「あ、…ああ!すみません灯さん!急に押しかけてしまって、その…少し話をしたくて…それで…ええと…」
「――そう、…飲み物買いに行きたいから、少し待っていてくれる?」
「あ、それなら一緒に行きますよ、付いていってもいいですか?」
「まぁ、いいけど…」
施設内の廊下を二人で歩く。
その風景は見慣れているはずなのに、妙に静かで落ち着かない、足音だけが響いて洋助は少し緊張しながら話しかける。
「その、灯さん…艱難辛苦での戦いの事なんですが――」
「洋助」
強い口調、その言葉の先を言わせないとばかりに遮る。
「……洋助、自販機、付いたから、……何か飲む?」
「え、あぁ…はい、すみません…では、お茶で…」
灯は黙って自販機から温かい紅茶を取り出し、洋助にはお茶を手渡す。
自然と休憩スペースの椅子に腰かける洋助は、ただゆっくりとお茶を飲む、対する灯は柱を背に俯き、容器を回して静かに切り出す。
「―――あの戦いの後、私、…考えてた」
「…はい」
「洋助は何も気にせず笑ってくれてるけど、あれは私の実力が招いた事態に変わりない、だから、…だから、改めて謝らせて…」
「――それはっ!ちが――」
「いいえっ!何も違うなんて事はないっ…私は、あの時…、怖気づいた…それが剣を鈍らせた、ごめんなさい…」
灯は、泣いている。
あの大厄を目の前にして、初めて抱いた恐怖は灯に迷いを生ませた。
それが洋助を死の直前に至らしめ、更には消えようの無い後悔を刻ませる。
「―――っつ…」
何もできず、ただ拳を握る事しか出来ない洋助。
「私、巫女を辞めようと思う…」
「―――ぇ」
「巫女として、ただひたすらに務めてきた、けど、…もう私にはその資格が無い…」
「そんなこと…決して…」
決して無い、そう言い切ろうにも確固たる保障も無ければ、責任すら取れる訳ではない、そんな無責任な発言など出来ず、ただ言い淀む。
「だから、遊撃部隊はこれで解散、洋助には悪いけど…これで…」
違う、こんな未来を望んでいた訳ではない、皆を守って、それで笑いあっていられる、そんな未来を求めて戦っているのだ、なのに、目の前にいる一人の人間さえ救うことが出来ていない、これでは意味が無い、なら――。
「俺が、灯さんを守ります」
―――唯、自分に出来る事を精一杯するしか無い。
「――な、何を、言って…」
「俺は…皆を守りたい、その願いは今も変わらずここに在り、揺らぎません、そしてこの皆の中には灯さんも含まれています」
「わ、私は、…私達は巫女よっ!?市民を守って、お務めを果たすのが役目、守って貰う訳にはいかないの!」
「…確かに、巫女の役割はそうですね、ですが灯さん、俺は正式には巫女ではありませんし、特殊遊撃部隊の一員である貴方の後輩です、故に――」
その宣言は力強く、そして高らかに宣誓される。
「巫女が誰にも守られないなら、俺が巫女を、灯さんを守ります、それが俺にできる唯一の役割であり、お務めです!」
――屈託の無い純粋な笑顔で、洋助は灯に笑いかける。
すると、背負っていた重圧から解放される様に灯は崩れ落ち、悲しみとは違う涙が溢れて泣きじゃくる。
「ようすけ、…っぅ…ほんとに、バカっ…死にかけて、辛い思いして、それなのに守るって…うぅ…ばかばかっ…」
「す、すみませんっ…ですから、辞めるなんて言わないでください」
「ぐすっ…わかってる…洋助の考えを無下にしないためにも責任は果たすよ…」
心配して駆け寄り、ハンカチを渡そうとするが灯はおもむろに洋助のシャツを掴み寄せて、豪快に鼻水と涙をそのシャツで拭き染み込ませた。
「ちょっちょ!?……えぇ!?何してるんですかッ!?」
「……お返し、乙女を泣かせた罰」
「いや、ちょっとっ!?すごいべちょべちょで汚いんですがっ!?」
「汚いとか失礼ねッ!、光栄に思いなさい」
泣き腫らした顔でありながら、その表情はいつもの悪戯な笑みである。
二人のわだかまりも解け、遊撃部隊の絆はより一層強くなる、そして洋助もまた人として成長し、その人間性を高めていくのであった――。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる