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卒業試験決着編

一話 

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 冷たい、水の中。

 手足は凍え動かない、だが必死にもがき、水面に向かう。

 助けないと、巡る思考は冷静さを失い、黒く染まる。

 何も見えない、ただ暗闇が広がる。

 「―――――っ」

 もはや方向感覚も失い、立っているのか浮いているのかも分からない。
 その中でぽつり、と神社がそびえ立つ。
 水底であるはずの場所に騒然と佇み、孤独にそれはそこにある。


 ―――これは…ようやくか、三百年以来かのぉ?


 不意に聴こえる女性の声、それは頭に直接響き渡る。
 返事をしようとも声は出せず、ただ息苦しさだけが残る。


 ―――お前さん、これ以上は近寄るな、神力と一緒に消えるぞ?


 忠告を受ける、どうやら神社に近付いていたらしい。
 向こう側は明るく輝き、白い風景が広がっている。


 ―――なるほど…、神力と深く繋がっておるのか、故に死の間際ここに迷い込んだか。


 社に人影が見え、その人物は狐の様な耳を生やしてこちらを見る。


 ―――ふむ、帰ろうにもお前さんの体が壊れておるな、このままでは体ごとこちら側へ来てしまう…。


 少し考え込むように狐の巫女は顔をしかめ、白いあちら側から提案する。


 ―――その心の臓…、代わりの物を用意する、さすれば元の時間に戻れよう、が、二度と人としての生は歩めん、よいか?


 意味は分からない、だが、俺は戻って戦わねばならない、そのためならば―――。

 「……構わない、俺は人の道を外れよう」
 「契約成立、じゃな…、次は死ぬなよ、洋助…」

 突如、胸が蒼く光り輝く。
 感覚の無かった手足は熱を取り戻し、動き出す。

 神力が巡り活力が湧くと、水中に叩き戻される感覚。
 呼吸は苦しく、水中を漂う。
 そして、想うは雪への気持ち、それを頼りに神力を爆発させ、浮上する―――。

 ―――― 
 ――― 
 ――

 ただ静かに、雪は正座して寄り添っていた。

 「……おはよう、雪」
 「おはよう、洋助君」

 巴家で目覚めて夢を見る、艱難辛苦に襲われ水底に落ちた光景を。
 あの戦い以来時折夢に見る、それは忘れぬように戒めの如く。

 「大丈夫?うなされてたけど…」
 「あぁ…ちょっとな」

 心配をかけまいと笑って誤魔化すが、雪はそれを察し洋助の頭を撫でる。
 分かっていても照れる洋助、少し顔を下げて隠してしまう。

 「体調…どう?検査では異常無いって言うけど…心配よ」
 「不思議な事に前より調子良いぐらいだ、今日の任務もこなすさ」

 大厄の大量出現、その戦いにおいて洋助は心臓を貫かれ死に扮した。
 
 しかし、異常な回復能力で心臓は即時修復、さらに神力の効果も上がり艱難辛苦を退けた。
 その異質な状態は戦闘後も続き、研究機関での精密検査を経てその力を調べている最中である。

 「それにしても…戦いから二週間しか経っていないのに任務に参加って…、洋助君も本当に物好きね」
 「ずっと部屋にいるよりは健康的だよ、それに雪とも一緒にいられるだろ?」
 「っ…そういう事を、当然のように…」

 今度は雪が顔を赤くする、しかし隠しはせずに目を合わせる。
 お互いの気持ちを知り得た今、恥ずかしさよりも勝る感情が二人の距離を縮める。

 「早く朝食食べて行きましょ、母さんも待っているわ」
 「楓さんを待たせるのはマズいな、すぐ準備するよ」
 「…ほんと、母さんには弱いよね洋助君…」
 「そ、そうかな?」

 図星を突かれて苦い笑いで返す、こういったしたたかな所が楓さんに似ている。

 「雪、起こしに来てくれてありがとな、準備したら向かうから先に行ってくれ」
 「わかった、調子悪かったらちゃんと言ってね」
 「ああ、もちろん」

 返事をして着替え始める。
 その身体には心臓を穿たれた跡がしっかりと残っており、痛々しくも傷口は確かに塞がっている。
 
 「―――」

 軽く傷をなぞる、それは何故生きているかも分からない程の傷。
 
 洋助は夢に見たやり取りは報告していない、あまりにも非現実的であり、死の間際に見た幻覚かもしれなかったから。
 だがこの傷を見る度に、自分が間違った行動をしたのではないか、そう頭によぎる。

 「悩んでも仕方ない、お務めだ」

 意識を切り替え、身支度を整える。
 
 自身の身体に変化は未だ無い、だが、夢でのやり取りが現実だとしたらいつかきっと破滅の未来が訪れる、洋助はそんな悪い予感を振り払って前を見た――。
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