上 下
23 / 79
遊撃部隊入隊編

八話 

しおりを挟む
 目が覚めると見慣れぬ風景が広がり、温かい布団から身を起こす。

 「そうか…雪の家に泊まっていたな、俺…」

 寝ぼけた思考を整理し、身支度を整え部屋を出る。
 早朝の空気を感じながら廊下を歩くと、朝ごはんを作る包丁の音が響いてくる。

 「おはようございます楓さん」
 「あら?朝早いのですね洋助さん、今朝食を用意するので待っていてくださいね」
 「……手伝いますよ、雪よりは力になれます」
 「いいの?ならお味噌汁に使うお豆腐とお野菜切って貰ってもいいかしら?」
 「わかりました」

 台所に立つと、慣れた手つきで豆腐を手に置き切り分ける、と、少し感慨深くなる。

 「―――」

 大厄と関わってからの日常は鍛錬と巫女の世界を知るための学習、そして戦巫女としての役割を担うため闘いの日々。
 同じ刃物でもその意味は大きく違い、包丁を握る手は軽やかになる。

 「随分手慣れていますね、洋助さん自炊しているの?」
 「あ、いえ、最近は本部の食堂で済ましているので自炊はしてないです、ただ…、昔こうやって母の料理を手伝っていたので覚えているだけですよ」
 「そう…、洋助さんは…お料理は好きですか?」
 「どうでしょう…、こうやって無心で作業していると落ち着きますけど…好きなんですかね?」
 「でしたら、今後は私がお料理教えますので手伝って頂けますか?雪ちゃんあんまりお料理得意じゃないから…、一緒にお料理作るのに憧れていたの」
 「そんな事でしたら全然いいですよ、いつでも手伝います」

 何気なく発言したがその意味を一瞬遅れて理解する。
 
 今日だけではなく今後も巴家に来ると約束したような物であり、少し気恥ずかしくなりながら手元の野菜を切り始める。
 
 すると、居間から一人の寝坊助が現れる。

 「おはよう~母さん……」
 「おはようございます雪ちゃん、あ、洋助さん、お皿こちらに持ってきて貰ってもいいですか?」
 「これですか?どうぞ」
 「――――ぇ?洋助…くん?」

 存在を忘れていたとばかりに寝ぼけていた雪は、洋助の名前を聞くと重く閉じかけていた瞼が開く。

 「雪ちゃん、洋助さんが泊まっていた事忘れていたのですか?」
 「――いや…違くて…」

 顔を真っ赤にして後ずさる雪。
 その様子を不思議に思い視線を移す洋助は、その姿に一瞬固まる。

 「……ぁ」

 年頃の女の子の寝間着、しかもだらしなくお腹のあたりがめくれていた。

 「き、着替えてくるッ!」
 「相変わらず雪ちゃんは朝が苦手ねー」
 「は、はは…」

 眼福、と言っていいものか。
 学生時代に忘れていたときめき的な感情が湧き、困惑しながら朝食を準備する。
 
 巴家の朝は想像以上に賑やかで退屈しない、ありふれた日常を経て朝を過ごす。

 「朝ごはんご馳走になりました、近いうちにまた来ますね」
 「近いうち、なんて言わずに毎日来てくださいね、雪と一緒に帰って来てください」
 「ありがとうございます、…そういえば宗一郎さんは?今朝はいなかったようですが、昨日夜に少しお会いしたのでご挨拶を…」
 「あぁ…お父さんでしたら朝早くから本部に向かいました、いつも何も言わないので困っちゃいますよね」
 「そうですか…わかりました」

 食卓にいなかったので気になったが、お務めであれば仕方ない。
 いつかまた剣の稽古を付けてもらうため、巴家に再び来る決心を固く決める。

 「雪は今日非番か、ゆっくり休んでな」
 「…うん、洋助くんこそお務め頑張ってね」
 「まぁ、大厄が現れず何事も無ければそれに越したことは無いけどな」
 「そうだね、何事もなく無事帰って来てね」
 「あらー?灯ちゃん既にお嫁さん気分かしら?」
 「ち、違うよ!?」

 恒例と化した巴親子のやり取りを見て笑う。
 水を差すのも悪いと思い、黙って振り返り本部に向かった。

 「―――洋助さん」
 「―――洋助くん」

 ふと、呼び止められる。
 楓と雪はただ優しく笑って、大切な一言を送る。

 『いってらっしゃい』

 長らく忘れていた言葉、当り前すぎて頭から抜けていた言葉。
 そんなささいで、ありふれた言葉すら思い出せなかった洋助は、今確かに年相応の心を取り戻した。

 「いってきますっ!」

 元気よく、高らかにその声は朝の空に届き、少年の心は失くしたものを取り戻した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

処理中です...