21 / 79
遊撃部隊入隊編
六話
しおりを挟む茜色の夕日が差し込む中、洋助と雪は帰路に着く。
「巴流も今は現代力学や他の流派の動きを取り入れて、原点とは違った太刀筋になっているから、一概に皆同じ動きとは言えないんだ」
「…そういえば茜先生の巴流は、雪とはまた違った動きだったな…」
「茜さんの巴流は例外的というか…、実戦向きというか…、我流の動きが多いかな」
「剣戟の合間に肉弾戦が多かったからなぁ…」
しみじみと茜との鍛錬を思い出す、いや、鍛錬と言うにはあまりにも一方的に叩きのめされた思い出。
脳裏に刻まれた痛みを思い出し、若干顔が引きつりつつも洋助は雪の実家に向かう。
「しかし、本部から結構近い位置に実家があるんだな」
「おじいちゃ…、宗一郎さんが本部の剣術指南役として出勤してるから、それに数少ない大厄撃破者として有事の際には戦闘に参加する意思があるみたいで…」
「凄いな…流石に数々の二つ名があるだけあるな」
「家では寡黙な人なんだけどね、私から見たら普通のおじいちゃんだよ」
「生きる伝説も孫の前ではそんなものか」
お互いに顔を見合わせて小さく笑う、と、同時に照れる。
誤魔化す様に雪は話題を切り替え、頬の赤さを夕日に重ねる。
「あ、うちの家見えてきたよ」
「…え?」
指差された場所をなぞった目線の先に、大きな木造の家屋が見えてくる。
それを囲む塀も立派な造りであり、古風でありながら伝統的な日本家屋がそこにはあった。
「なかなか大きなおうちだね…」
「そうかな?自分の家だからあんまりそう感じたことないな…」
「その台詞はお嬢様の言葉だよ、雪…」
お嬢様、それは間違いでは無い。
巫女というこの日ノ本で重要な役割を担う身であれば、その待遇は厚く、大きな屋敷に住むのはもちろん身の回りの環境も恵まれている。
「そういえばクレープも食べた事なかったもんな」
「あ、あれは…、偶然食べてなかっただけで、本当だからっ!」
「はいはい、偶然だな、また食べに行こうな」
茶化しながら玄関まで歩くと、雪は自然に戸を開ける。
「ただいまー、今帰りました」
「あ、…お邪魔します」
がらがらっと、音を立てると廊下の奥からぱたぱたと足音が聞こえ、雰囲気や容姿の端々が雪によく似た年上の女性が歩み寄る。
「おかえりなさい灯ちゃん、あら?…隣にいる子は?」
「彼は赤原さん、ちょっと道場を使いたくてね、おじいちゃんいる?」
「いつも雪さんにはお世話になっております、赤原洋助です」
恐らく姉と思われる綺麗な方に挨拶をし、頭を下げる。
彼女は不思議そうに洋助を見つめ、頬に手を置き何かを考える。
「赤原…洋助、さん…あら?あらあら?あらあらあら~?」
「あの、何か…?」
「灯ちゃんが洋助さんを連れてくるなんて…感動だわ…」
わなわなと肩を震わせ、姉と思われる彼女は肩を掴んで洋助を居間まで押していく。
「さぁ洋助さん!上がって上がって、ご飯まだよね?是非食べていって!」
「え?ちょっと、お姉さん困りますっ!」
「まぁ!お姉さんだなんてっ!洋助さん口が上手いんだから!」
「……母さん、…ちょっと、下がって…」
「――え?母さん?雪のお姉さんじゃなかったのか…」
母親というには若すぎる容姿、かつ雪に似て綺麗な顔立ち。
一瞬混乱しかけた思考を整理し、ぐいぐい来る雪の母親をいなして話を続ける。
「洋助く――、…赤原くん、私の母の巴楓、元戦巫女でもあります」
「もー、灯ちゃんったらそんな固い紹介しなくても!母の楓でーす!」
「なんていうか…明るい感じで、いいお母さんだね」
皮肉などではなく、本心からそう思い口にする。
亡くなった母を思い出し、雪の母が良い意味で変わっていると感じ、少しだけ懐かしい気持ちになりながら居間まで押される。
「洋助さん、灯から話は帰るたびに聞いているの、だから実際に会ったらなんだか感動しちゃって、舞い上がってしまってごめんなさいね」
「ちょ、母さん!それは言わないで!」
「えー?いいじゃない?せっかく洋助さんに会えたんだから」
「は、はは…、恐縮です…」
普段どんな話をされているか気にはなったが、掘り下げることはせずに一応流す。
「あの…それで、今日って道場の使用って可能でしょうか?」
「道場?使うのはいいけど、今宗一郎さんがいないのよねぇ…」
「そうですか…残念です」
「今日はお休みして、ゆっくりしていきなさいな、ね?洋助さん!」
「しかし…急に押しかけてご迷惑では…」
「ようす――、赤原くん、こうなった母は頑固だから素直に頷いた方がいいわよ」
「そうそう、私は頑固だぞー!ね?ねっ!?」
異常に距離感の近い母親に押し負け、諦めて腰を下ろす。
母親とはこうも強情であったか、疑問に感じ記憶を思い起こすと、自分の母も確かにあれやこれやと譲らぬ性格ではあった。
それは母親という大きな存在がそうさせるのか、はたまた偶然似通った性格であったのか、洋助は母の思い出に僅かに表情が陰る。
「…すみません、ではお言葉に甘えて今日はご馳走になります」
「はいっ、是非甘えてください洋助さん、それと――」
巴楓は一瞬ではあったが洋助の暗い顔を見逃さなかった。
その表情の意味、洋助の過去、それらを加味し楓は大人である以前に母として彼の心情を察し、洋助を―ー
―――抱きしめた。
「――それと、私の事は本当の母の様に接してくださっていいですから、困った事があれば言ってくださいね」
「…ぁ、ぇ?」
「…ちょ、…母さん!?」
穏やかな楓、動揺し状況を理解できていない洋助、困惑して慌てふためく雪。
やがて一瞬の静寂を経て、洋助は静かに離される、そして呆然と佇むその瞳には確かに涙が流れていた。
「――あれ?…俺、なんで、こんな、泣いて…」
「洋助くん…」
「いいんですよ、洋助さん、今は、今だけは…」
「…俺は、そんな、っ…こんな、……っ」
――涙が、止まらない。
その涙は家族を失った悲しみや苦しさからではなく、それらを乗り越え、初めて触れた優しさで溢れた涙。
ただひた向きに強さを求め、鍛錬に明け暮れ、確かな実力を身に着けても欠けた心だけは埋まらない、しかしその隙間こそが強さであり、人間性の維持に必要な弱さ、それが今流れている涙である。
「…すみません、こんな、っ、迷惑を…」
「少し、落ち着きました?」
「はい…、本当にすみません」
「洋助くん…、大丈夫…?」
「…ああ、雪にも恥ずかしいとこを見せたな、ごめんな…」
男の子らしい雑な涙の拭き方で誤魔化し、強がった笑顔を向ける。
しんみりした空気を変えるように、楓は手を叩いてにこやかに話す。
「さぁ、洋助さんの気持ちが切り替わったとこでご飯にしましょう!今用意するのでちょっと待っていてくださいね!灯ちゃん、準備手伝ってくれますか?」
「あ、はい!」
気を遣って洋助を一人にしてくれた楓は、手際良く調理を始める。
リズム良く聞こえる包丁の音とは対称的に、鍋を振る音が豪快かつ灼熱の如き勢いなのは気にしてはいけないだろう。
「あぁ!灯ちゃんっ!もっと優しく振って、火を弱めてっ!」
「えぇ!?こうっ?こうかなっ!?」
危険な夕食の香りはしつつ、洋助は赤くなった目で台所を眺めて待つ。
二度と訪れる事が無いと思っていた温かな家族の時間、洋助は噛み締めるように目を閉じると、小さく微笑み懐かしさに浸った――。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
死んだら男女比1:99の異世界に来ていた。SSスキル持ちの僕を冒険者や王女、騎士が奪い合おうとして困っているんですけど!?
わんた
ファンタジー
DVの父から母を守って死ぬと、異世界の住民であるイオディプスの体に乗り移って目覚めた。
ここは、男女比率が1対99に偏っている世界だ。
しかもスキルという特殊能力も存在し、イオディプスは最高ランクSSのスキルブースターをもっている。
他人が持っているスキルの効果を上昇させる効果があり、ブースト対象との仲が良ければ上昇率は高まるうえに、スキルが別物に進化することもある。
本来であれば上位貴族の夫(種馬)として過ごせるほどの能力を持っているのだが、当の本人は自らの価値に気づいていない。
贅沢な暮らしなんてどうでもよく、近くにいる女性を幸せにしたいと願っているのだ。
そんな隙だらけの男を、知り合った女性は見逃さない。
家で監禁しようとする危険な女性や子作りにしか興味のない女性などと、表面上は穏やかな生活をしつつ、一緒に冒険者として活躍する日々が始まった。
捨てられた第四王女は母国には戻らない
風見ゆうみ
恋愛
フラル王国には一人の王子と四人の王女がいた。第四王女は王家にとって災厄か幸運のどちらかだと古くから伝えられていた。
災厄とみなされた第四王女のミーリルは、七歳の時に国境近くの森の中で置き去りにされてしまう。
何とか隣国にたどり着き、警備兵によって保護されたミーリルは、彼女の境遇を気の毒に思ったジャルヌ辺境伯家に、ミリルとして迎え入れられる。
そんな中、ミーリルを捨てた王家には不幸なことばかり起こるようになる。ミーリルが幸運をもたらす娘だったと気づいた王家は、秘密裏にミーリルを捜し始めるが見つけることはできなかった。
それから八年後、フラル王国の第三王女がジャルヌ辺境伯家の嫡男のリディアスに、ミーリルの婚約者である公爵令息が第三王女に恋をする。
リディアスに大事にされているミーリルを憎く思った第三王女は、実の妹とは知らずにミーリルに接触しようとするのだが……。
明治維新奇譚 紙切り与一
きもん
歴史・時代
旅回りの紙切り芸人・与一(よいち)は、『戮士(りくし)』である。
大政奉還の後世、時の明治政府は誕生して間が無く、未熟な司法や警察機構に代わり政府の直属機関として、政治犯や凶悪犯の処分を遂行する組織を密かに運用していた。その組織は「戮す=罪ある者を殺す」を意味する一文字『戮(りく)』と称され、その組織の構成員は「戮す士師」則ち「戮士」と呼ばれた。
彼らの敵対勢力の一つが、血族統治の政治結社『十頭社中(とがしらしゃちゅう)』である。開国し国際社会での地位を固めんと西洋型の近代化を進める明治政府の施策に反対し、日本独自の風土を守り新たな鎖国によって世界と対峙しようとする彼らもまた、旧幕府の勢力の資金を背景に独自の戦闘部隊を保持していた。更には、日本の傀儡化を狙う外国勢力『イルミナティ』。
表の歴史には記されていない裏日本史。日本の統治を巡り、三つどもえの戦いは続く。
日本の維新は、未だ終わっていなかった。
転生して異世界の第7王子に生まれ変わったが、魔力が0で無能者と言われ、僻地に追放されたので自由に生きる。
黒ハット
ファンタジー
ヤクザだった大宅宗一35歳は死んで記憶を持ったまま異世界の第7王子に転生する。魔力が0で魔法を使えないので、無能者と言われて王族の籍を抜かれ僻地の領主に追放される。魔法を使える事が分かって2回目の人生は前世の知識と魔法を使って領地を発展させながら自由に生きるつもりだったが、波乱万丈の人生を送る事になる
異世界TS転生で新たな人生「俺が聖女になるなんて聞いてないよ!」
マロエ
ファンタジー
普通のサラリーマンだった三十歳の男性が、いつも通り残業をこなし帰宅途中に、異世界に転生してしまう。
目を覚ますと、何故か森の中に立っていて、身体も何か違うことに気づく。
近くの水面で姿を確認すると、男性の姿が20代前半~10代後半の美しい女性へと変わっていた。
さらに、異世界の住人たちから「聖女」と呼ばれる存在になってしまい、大混乱。
新たな人生に期待と不安が入り混じりながら、男性は女性として、しかも聖女として異世界を歩み始める。
※表紙、挿絵はAIで作成したイラストを使用しています。
※R15の章には☆マークを入れてます。
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
アラヒフおばさんのゆるゆる異世界生活
ゼウママ
ファンタジー
50歳目前、突然異世界生活が始まる事に。原因は良く聞く神様のミス。私の身にこんな事が起こるなんて…。
「ごめんなさい!もう戻る事も出来ないから、この世界で楽しく過ごして下さい。」と、言われたのでゆっくり生活をする事にした。
現役看護婦の私のゆっくりとしたどたばた異世界生活が始まった。
ゆっくり更新です。はじめての投稿です。
誤字、脱字等有りましたらご指摘下さい。
華々の乱舞
こうしき
ファンタジー
【これはあたしが、苦しみから抜け出したかった物語】
*
かつて世界を救った五つの種族の英雄に、神が与えた特別な力──神力(ミース)。
水 火 雷 風 地を司り、操る力を与えられた五人の英雄達は
救った世界の人間達の身勝手な振る舞いに激昂し
神に与えられた力で世界を滅ぼしてしまう。
英雄と呼ばれていた彼らは
いつしか破壊者と呼ばれるようになった。
世界を滅ぼした五人は、
神話を元に描かれたと言われる
この世の破滅を題材にした世界的に有名な絵本
「せかいのおわり」
絵本の登場人物本人たちなのであった。
それから数千年後。
現、火の破壊者の娘アンナリリアン・ファイアランス・グランヴィ。
彼女は横暴で傲慢な父の命令に従い、殺し屋として仕事を全うする日々。
孤独ゆえに苦しみ
今だ知らぬ世界に苦しみ
己の宿命に苦しみ
家族の死に苦しみ
人からの好意に苦しみ
初めて芽生えた感情に苦しみ
身分差の愛に苦しみ
新たな命の誕生に苦しみ
苦しみながらも生き抜いた彼女が──様々な者達と出会い、成長し、変貌し、駆け抜けた約二十年間の物語
刀剣バトル有り、異能力バトル有り、人間ドラマ有り、恋愛有り、身分差の恋あり
……咲き乱れ、舞い散る花弁のように──躍り狂う戦士たちの物語
──────────
この作品は「英雄と呼ばれた破壊者の創るこの世界で
https://ncode.syosetu.com/n4840en/
https://kakuyomu.jp/works/1177354054891058916」の二十ニ年前の世界を描いたものです。
こちら単独でも楽しんで頂けるような内容にはなっております。
小説家になろうとカクヨムにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる